『じょんのびツーリズム新聞』2012夏号
山と人との間合いを想う
~「春山(ぼい切り)」体験記~
たとえば初めて目にする風景や建物に、なぜか「なつかしさ」を感じることがある。”なんぎかった暮らし”をあまり知らない自分が、そういう過去につくられたものに魅力を感じるときというのは、その古いものに対して不思議と「なつかしさ」と「新しさ」とを同時に見ていることが少なくない。
去年、山中に来てはじめてむかえた高柳の冬。屋根の上から眺めてみると、雪にすっぽり包まれた家に、電気や固定電話の線、それと自分が引っ越してから新たに引かれたパソコン用の回線が屋根裏に伸びてつながっている。
どこもかしこも真っ白ななかで目にする、内と外。ウチとそれらの線とがつながっていることで電気が使えてやっと自分たちの生活もどうにかつながっている。あれだけの雪にいざ覆われてみると、「このウチには何が入って、代わりに何が出ているのか」がかなりシンプルに見えてくる。
そう考えると、ガスや灯油もそうだ。かつては各家で薪(たきぎ/まき)をそれぞれの持つ山に入って調達し、暖房や風呂、炊事の燃料にした。囲炉裏から天井に上る煙にいぶされることで、くず屋根(茅葺き)からは虫が逃げて耐久性が強まった。
高柳町時代につくられた資料にこんな一文がある。
「30年後半、プロパンガスが普及し、カマド、薪がいらなくなる。」(『農とくらし 新潟県高柳町』)
なんぎぃ暮らしから急スピードで便利化が進んだいま、燃料はお金と交換して「買うもの」に変わった。
* * *
「春山」あるいは「春木」という言葉を初めて聞いたのがたしか昨冬のこと(はりき、はれっきともいうらしい)。かつて残雪の頃になると山に入り、斜面の小雑木をナタで切り束ねるぼい切りや、大木を切り出して薪をつくって一年分の煮炊き、風呂を焚くための薪を確保したという。
4月はじめの週末に、「春山・春木(ぼい切り)体験」が企画されたが、前日からあいにく大雪が降りやまずに中止となっていた。今年は実行できないかと思われたけど、それでも〈じょんのびツーリズムの会〉のとある話し合いの中で、雪が溶けてしまったけど、それでも集まれる人でぼい切り体験をやってみようということになった。4月に会場として予定されていた荻ノ島区長の春日俊夫さんが会員ということもあり、俊夫さんの働きかけもあって5月15日に荻ノ島江頭地区にてぼい切りをした。
当日は先生として地元の達人・重野萬治さん(うえのやま、82歳)にも参加していただいた。
斜面(「ひら」と呼ばれるそうだ)に上がってさまざまな雑木を切る。マルバマンサク、ヤマザクラ、ヤマモミジetc.多様な木がある。木の名前を瞬時に口にできる人は格好良いと思う。みんな子どもの頃に山で遊んだり、家の手伝いをする中で自ずと覚えていったという。平場で育った自分などは、そんな話にまたあこがれ、しびれるのだった。
次々に刈られていくぼい(ぼよ)が、ある程度ごそっとまとまると、手や長めの枝でまくられながらひらを転がし落とす。
「ノコは目方で切るだよ」と萬治さんが言う。自分のような素人はつい力づくで無理やり切り落そうとするけど、それを見た達人、「力を入れないで、静かに切る」「道具は一部じゃなくて、その全部をうまく使う」。
ひらの下に集まると、今度は細かな枝をナタで払いながら、150cmくらいの丈に切り揃えてながら一抱えほどの束をつくり、両端を「ねじり木」をして束ねる。達人の萬治さんがマルバマンサクの枝を使って縛る。マルバマンサクは柔らかく、粘りがあるので縛り木に最適だという。力を込めてねじりながら樹皮を割り、中の繊維をほぐしていくことで、マンサクの枝がしなやかにしかしすごい締めつけの力でぼいの束をきめていく。達人の実演に感嘆の声が挙がる。木でもって木を束ねる、縛る。ロープが必需品になった今では当然このねじり木の技、知恵も「古いもの」になろうとしている。
今回はマルバマンサクやサクラを縛り木に使ったが、たとえば同じひらにあったヤマモミジなどはねじると折れてしまうから向いてない。
大きなものは玉切りした後、薪(わっつあば)にした。春山を残雪の頃にするのは、木が水を吸う前にすることで乾燥を早めることや、木の芽が出る頃には虫がすでに中を食っていることが多いからだという。
同時に、早春に各家の持ち山でぼいやわっつあばづくりを始めないと、すぐに田の仕事が始まってしまうという理由もある。百姓の暮らしがとかく忙しいのは、こうした一年一年が循環し持続しているからだと実感した。ちないに「4月20日ころまでに一年分の薪を確保するのが目安だった」という。
また、斜面の低木をこうして4、5年おきに伐採することは、自然保護のためにもよかった。というのは、山腹の低木が大きくなりすぎると雪に引っ張られて土砂崩れの原因になることがあるからだ。ボイに適した丈の頃に切り取ると、それが防止できた。
「だんな様7年、びっぽは5年」。山をたくさん持つだんな様でもない限り、なかなか太い木は伐採できなかった。だから、わっつあばはハレの日(正月や大切なお客さんが来た時)に使うために確保しておいたのだという。良いわっつあばは煙が少なくて、火持ちが良い。対して急いで湯を沸かしたい時やみそ汁をつくる時などは火付きの早いぼいを燃やした。
山が売り買いされる時には「わっつあば何束」で値踏みをしたそうだ。
〈じょんのびツーリズムの会〉で昨年田舎暮らし体験の視察をした際、その担当者が「いま実際にはまったく行われなくなったものを、本当に体験メニューにする必要があるのかどうかと考えることもあります」と話していた。加速度的に便利な暮らしになってますます、早いことが得であって、遅いこと、手間のかかること、なんぎぃことは不便な分だけ損なことと見なされるようになったのかもしれない。
間伐。
機械化は効率的だが、木を選ばない。
効率化を優先した結果、木の良し悪しを選べない。
〈人間は時間の短縮と空間の拡大に狂奔しながら、かえって真の時間と空間を失った。〉
福岡正信さんの『無Ⅲ 自然農法』(春秋社)という本の中にある一文だ。
別に昔がすべて良いとは思わないが、かといって便利化された今の暮らしが必ずしも正しいとも思えなくて、何かよく分からない違和感があった。そこに東北の震災が起きた。違和感が目の前にあらわれた。
もしいま、「買うもの」としてのエネルギーがなくなったらどうなるだろう。石油やガスがいま枯れたら。何が動いて、何が止まるだろう。
そんなことを想うと、かつての山に生きた百姓の技や知恵が、実は科学よりもはるか先を進んでいるような気がする。「なんぎぃがあるすけ、じょんのびぃがある」という言葉はもしかしたら何世代か先の、孫の孫のそのまた孫の未来にとっての指標になり得るかもしれない。
今の「便利」が「不便」に変わってしまった日、かつての山の暮らしは最先端の暮らしになるかもしれない。
「ていねいな暮らし」、生き方、物語を提案する時代
買うものから売るものへ。
高柳のじさばさが宿している「記憶の力」。何気なく話している「なつかしさ」の物語は、「買うもの」を「売るもの」へと替える「記憶の力」かもしれない。
山と人との間合いを想う
~「春山(ぼい切り)」体験記~
たとえば初めて目にする風景や建物に、なぜか「なつかしさ」を感じることがある。”なんぎかった暮らし”をあまり知らない自分が、そういう過去につくられたものに魅力を感じるときというのは、その古いものに対して不思議と「なつかしさ」と「新しさ」とを同時に見ていることが少なくない。
去年、山中に来てはじめてむかえた高柳の冬。屋根の上から眺めてみると、雪にすっぽり包まれた家に、電気や固定電話の線、それと自分が引っ越してから新たに引かれたパソコン用の回線が屋根裏に伸びてつながっている。
どこもかしこも真っ白ななかで目にする、内と外。ウチとそれらの線とがつながっていることで電気が使えてやっと自分たちの生活もどうにかつながっている。あれだけの雪にいざ覆われてみると、「このウチには何が入って、代わりに何が出ているのか」がかなりシンプルに見えてくる。
そう考えると、ガスや灯油もそうだ。かつては各家で薪(たきぎ/まき)をそれぞれの持つ山に入って調達し、暖房や風呂、炊事の燃料にした。囲炉裏から天井に上る煙にいぶされることで、くず屋根(茅葺き)からは虫が逃げて耐久性が強まった。
高柳町時代につくられた資料にこんな一文がある。
「30年後半、プロパンガスが普及し、カマド、薪がいらなくなる。」(『農とくらし 新潟県高柳町』)
なんぎぃ暮らしから急スピードで便利化が進んだいま、燃料はお金と交換して「買うもの」に変わった。
* * *
「春山」あるいは「春木」という言葉を初めて聞いたのがたしか昨冬のこと(はりき、はれっきともいうらしい)。かつて残雪の頃になると山に入り、斜面の小雑木をナタで切り束ねるぼい切りや、大木を切り出して薪をつくって一年分の煮炊き、風呂を焚くための薪を確保したという。
4月はじめの週末に、「春山・春木(ぼい切り)体験」が企画されたが、前日からあいにく大雪が降りやまずに中止となっていた。今年は実行できないかと思われたけど、それでも〈じょんのびツーリズムの会〉のとある話し合いの中で、雪が溶けてしまったけど、それでも集まれる人でぼい切り体験をやってみようということになった。4月に会場として予定されていた荻ノ島区長の春日俊夫さんが会員ということもあり、俊夫さんの働きかけもあって5月15日に荻ノ島江頭地区にてぼい切りをした。
当日は先生として地元の達人・重野萬治さん(うえのやま、82歳)にも参加していただいた。
斜面(「ひら」と呼ばれるそうだ)に上がってさまざまな雑木を切る。マルバマンサク、ヤマザクラ、ヤマモミジetc.多様な木がある。木の名前を瞬時に口にできる人は格好良いと思う。みんな子どもの頃に山で遊んだり、家の手伝いをする中で自ずと覚えていったという。平場で育った自分などは、そんな話にまたあこがれ、しびれるのだった。
次々に刈られていくぼい(ぼよ)が、ある程度ごそっとまとまると、手や長めの枝でまくられながらひらを転がし落とす。
「ノコは目方で切るだよ」と萬治さんが言う。自分のような素人はつい力づくで無理やり切り落そうとするけど、それを見た達人、「力を入れないで、静かに切る」「道具は一部じゃなくて、その全部をうまく使う」。
ひらの下に集まると、今度は細かな枝をナタで払いながら、150cmくらいの丈に切り揃えてながら一抱えほどの束をつくり、両端を「ねじり木」をして束ねる。達人の萬治さんがマルバマンサクの枝を使って縛る。マルバマンサクは柔らかく、粘りがあるので縛り木に最適だという。力を込めてねじりながら樹皮を割り、中の繊維をほぐしていくことで、マンサクの枝がしなやかにしかしすごい締めつけの力でぼいの束をきめていく。達人の実演に感嘆の声が挙がる。木でもって木を束ねる、縛る。ロープが必需品になった今では当然このねじり木の技、知恵も「古いもの」になろうとしている。
今回はマルバマンサクやサクラを縛り木に使ったが、たとえば同じひらにあったヤマモミジなどはねじると折れてしまうから向いてない。
大きなものは玉切りした後、薪(わっつあば)にした。春山を残雪の頃にするのは、木が水を吸う前にすることで乾燥を早めることや、木の芽が出る頃には虫がすでに中を食っていることが多いからだという。
同時に、早春に各家の持ち山でぼいやわっつあばづくりを始めないと、すぐに田の仕事が始まってしまうという理由もある。百姓の暮らしがとかく忙しいのは、こうした一年一年が循環し持続しているからだと実感した。ちないに「4月20日ころまでに一年分の薪を確保するのが目安だった」という。
また、斜面の低木をこうして4、5年おきに伐採することは、自然保護のためにもよかった。というのは、山腹の低木が大きくなりすぎると雪に引っ張られて土砂崩れの原因になることがあるからだ。ボイに適した丈の頃に切り取ると、それが防止できた。
「だんな様7年、びっぽは5年」。山をたくさん持つだんな様でもない限り、なかなか太い木は伐採できなかった。だから、わっつあばはハレの日(正月や大切なお客さんが来た時)に使うために確保しておいたのだという。良いわっつあばは煙が少なくて、火持ちが良い。対して急いで湯を沸かしたい時やみそ汁をつくる時などは火付きの早いぼいを燃やした。
山が売り買いされる時には「わっつあば何束」で値踏みをしたそうだ。
〈じょんのびツーリズムの会〉で昨年田舎暮らし体験の視察をした際、その担当者が「いま実際にはまったく行われなくなったものを、本当に体験メニューにする必要があるのかどうかと考えることもあります」と話していた。加速度的に便利な暮らしになってますます、早いことが得であって、遅いこと、手間のかかること、なんぎぃことは不便な分だけ損なことと見なされるようになったのかもしれない。
間伐。
機械化は効率的だが、木を選ばない。
効率化を優先した結果、木の良し悪しを選べない。
〈人間は時間の短縮と空間の拡大に狂奔しながら、かえって真の時間と空間を失った。〉
福岡正信さんの『無Ⅲ 自然農法』(春秋社)という本の中にある一文だ。
別に昔がすべて良いとは思わないが、かといって便利化された今の暮らしが必ずしも正しいとも思えなくて、何かよく分からない違和感があった。そこに東北の震災が起きた。違和感が目の前にあらわれた。
もしいま、「買うもの」としてのエネルギーがなくなったらどうなるだろう。石油やガスがいま枯れたら。何が動いて、何が止まるだろう。
そんなことを想うと、かつての山に生きた百姓の技や知恵が、実は科学よりもはるか先を進んでいるような気がする。「なんぎぃがあるすけ、じょんのびぃがある」という言葉はもしかしたら何世代か先の、孫の孫のそのまた孫の未来にとっての指標になり得るかもしれない。
今の「便利」が「不便」に変わってしまった日、かつての山の暮らしは最先端の暮らしになるかもしれない。
「ていねいな暮らし」、生き方、物語を提案する時代
買うものから売るものへ。
高柳のじさばさが宿している「記憶の力」。何気なく話している「なつかしさ」の物語は、「買うもの」を「売るもの」へと替える「記憶の力」かもしれない。
# by 907011 | 2012-05-27 06:12
自分の机の上の状態が
そのヒトの、その時々の心の状態を表すんだと思う。
てなことを、すっちゃかめっちゃかな机上で言葉に表してみる朝。
そのヒトの、その時々の心の状態を表すんだと思う。
てなことを、すっちゃかめっちゃかな机上で言葉に表してみる朝。
<欲しかったら、ぜんぶ捨てなさい>
『調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論』 (幻冬舎文庫)
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