IE9ピン留め

山中記。

近況。

土日に屋根の雪掘り5回目。
おとうさんが来てくれて朝から二人でやったものの二日かかった。

屋根から下ろす雪が屋根をついて、
下のを動かしてまた屋根に上がる。




雪の棄て場、除ける場所がないというのが、ここのうちの難儀な条件なのだなあと住んで知るこの冬。

段々になりながら、家と村の道と畑と人の道が斜面につながっている。
その上をしんしんと雪が覆って隠す。
夏にはたいして気にならなかった、
「ここは○○(屋号)の場所」という地面を意識するようになる。
見えなくなってから、見えてくるもの。
昔は雪の捨て場で、ケンカが絶えなかったそうだ。




かなり下にぽっかり口を開いているのがうちの玄関(の囲いの戸)です。

戸を外して雪を投げて階段をつくって雪の上に上がっていく。
いつの間にか階段は頭の高さを越えた。段も増えて遠く、伸びていく。
そこからかんじきで一人歩けるくらいの道を踏んでつける。
隣の庄兵エからの道とつなげる。

玄関から道具を出して雪との、毎日の朝晩の試行錯誤。
(こうか)、(いや違うなー)と本当にぶつぶつ口にしながら。
モノは増え、落としどころがないなりに、
どうすれば雪と折り合いをつけながら、付き合いを続けていくことができるのか。
現状を維持するというだけのことがいちばんシンプルで難しい宿題になっていく。

春には早く土が出てほしいなあと当然思うし、
たとえばここなら遅くまで雪が残っても大丈夫だろうからここに山をつくろう、とか。
この場所はこう使いたかったんだなあと、記憶を挟んで春を想う。
雪が溶けていくことを考えながら雪をかまうと、
あーこれはパーマカルチャーの話とかなり似ているのだなあと思った。

・・・が、屋根の雪はとにかく投げ落とすしかないので、すぐさまふたたびもとの混沌に戻る。





台所は今まで明りをとりながら暮らせていたけど、
今回はあきらめて板を全部落とした。すぐさま雪壁に埋まった。
(1枚目の写真の左部分、屋根の下に埋まったあたりが台所窓。
 昨日の午後最後に雪を掘って板の隙間から明りが入った)

ここの台所は眺めが良いです。

 * * *

車は10分くらい歩いた村の共同駐車場に停めている。
先週の雪は一晩で、軽トラを四角い箱に変形させていた。

昔、下田村に居候して米の集荷のバイトをした時に、
「下田のバスは毎日空気を運んでいる」という名言を聞いた。
(たしかに毎日運転手だけ乗ったバスがのんびり走っていた)
うちの軽トラはつねに山中の雪を運んでいる。



二階はまだ一部埋まったままだ。
鶏たちのところも明りが断たれて、真っ暗になってしまった。
やらねば。








# by 907011 | 2012-01-30 07:25 | Trackback | Comments(2)

冬眠る。


昨日。
8時に屋根へ上がる。
細かく下ろす方が雪掘りは気分的にも肉体的にも良いと教えてもらった。
とはいえ12月のうちに2回はなかなか快調な出足らしい、今冬。

昨日はお仕事を11時まで雪掘り休みにしてもらい、
時間になって屋根からいったん下りて仕事おさめに作業場へ。
1時間くらい来年についての話しをした。鬼、笑う。
昼過ぎに戻ると屋根の残りをおとうさんが片付けてくれていた。
ふじみやの屋根の形はなかなか入り組んでいて、面白い。
雪が積もると「開かずの戸」が増える。
身体もあちこち重たい。重力の交換。

屋根の雪堀りもまた、生きるための暮らし。
時間とカネという変数とで、
生きるための最低限はどれだけかを考えるための、いちばん小さな経済。
10年も昔にもらった『ザ・ゴール』という厚い本を、雪が降ってから手にとって一気に読んだ。
自分が小説の舞台となる工場やプロセスに一緒に居合わせたかのようで、
面白かったし、考えさせられたこと多し。

ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か

エリヤフ・ゴールドラット / ダイヤモンド社



私たちが探し求めているものは、いったい何なんだ。
三つの簡単な質問に答えることのできる能力じゃないのか。
『何を変える』、『何に変える』、それから『どうやって変える』かだ。


もし、自分たちで苦労しながら答えを探すことがなかったとしたら、実行する勇気を持てただろうか。
おそらくノーだろう。
自分たちで苦労して学んでいなかったとしたら、自分たちで苦労して練り上げた答えでなかったとしたら、
こんな途方もないことを実践してみる根性など湧いてこなかったであろう。


暮らすためのカネを得るために働くのではなくて、
暮らすために働きたい。
時間と身体こそが資本で、思考の方はまだとうぶん役には立ちそうにない。

自分の好きな道に足を突っ込むことができればできただけ、
反面、自分の弱い部分ともっとも向き合わなくてはいけなくなる。
好きな道にある必然だと思う。

自分の弱さを見るたびに悪循環を繰り返す。

親類にも村の人にも現状から特に報告できることがまだ何も無いと思っているので、
ついつい避けたくなるし、集まりの輪の中に居ても(勝手に)緊張する。
緊張するとも違うなあ。
言葉がそのものの意味を伝える力を持たないまま、ただ口から出る、
それが嫌なので口をできるだけ開かないように恐縮する。

冬になると、アルコール依存の精神にときどき共感する。
(破壊したい)という欲望は、同時に欲求不満ともいえる。
出来るぎりぎり健全な手法で。
今夜もたぶんそうして寡黙に酒に逃げる。

ただ、
今夜23時過ぎから山中の小さな神社で雪見酒でもしながら番をする役を与えられたので、それは楽しみ。
雪の中、二年参りの人らが登って来るころには神様のもとで酔っ払っているんだと思う。
そうして年男に成る。


今まで見えていた外が雪に覆われ、
今まで見えなかったもの、見ないふりをしてきたものが見えてくる。
自分の内にある影と光。

屋根の上で、
竹を伐り出しにずぶずぶと入っていく林の奥で、
裸電球2つとやかんのせるストーブ、水が凍る作業場で、
一人過ごす空間は、「反省の時間」になる。





# by 907011 | 2011-12-31 04:52 | 携帯から。 | Trackback | Comments(4)

< 前のページ

次のページ >