山中記

名残雪。

昨朝4cmくらい、雪が降った。
水雪なのでかさは増さないが、残雪がぐっと重たくなる。
凝固された雪はこの溶ける時期に重くなる分、負荷が強まって、
崖の土を下へとずるずると引っ張って崩していく。

などと書いていたら、今朝は倍ほど降っていた。



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<「自分と向き合うっていうのは、わかるようでいて、とても曖昧な言い方だ、
 自分のどこと、何と向き合うかというのが大切なポイントだ、
 オレ達は、自分の、負の部分と向き合う、
 自分のイメージと、現実のギャップに向き合うようになっている、
 それはからだが痛みを訴えて、
 オレ達が異常に気付くのとパラレルになっているんだけど、
 胃に妙なしこりがあって何かの拍子に時々痛む、
 それはからだが生きのびようと信号を発しているわけだ、
 オレ達はその胃の痛みに向き合って、
 薬をのむとか病院に行くとかからだを休めるという風にしないと、
 生きのびていけない、
 同じように、わかりやすい極端な例でいうと、
 ナチスに両親を、いやこの例は消化に悪そうだ、
 途中でこれはいけると思ったトーナメントで、
 自滅して勝てなかったゴルファーだと、
 そいつがこれからゴルファーとして生きのびていく場合、
 自滅してダブルボギーを叩いた時の自分と向き合わなくてはいけない、
 そうしないと次も勝てないもんな。>
(村上龍『長崎オランダ村』)

 * * *

去年読んだ本でもっとも印象が深かったのは、
「チーム事務」のKさんに頂いた『長崎オランダ村』だった。
(これまではたして彼に何冊の本をいただいたことか。)

書かれている大筋は、語り手である作家(九州出身)と、
冒頭に登場人物で「主人公」と紹介されてある九州の後輩・ナカムラが、
ただただ食事し続けながら(店を変えながら本当に次々と食べまくる)
話す、その会話が(おそらく)9割くらいを占めている。

その中で主人公が話す言葉自体に、
読みながらどんどん強く魅かれていった。
これまで、自分が幾度も考えたり言葉にしてみようとして、
まったく中途半端なままに終始していたことが、
主人公が何かを食い続けながら、
後輩を易々と諭す会話のなかに散りばめられていて、
唸りながら、読み終えて、もういっぺん頭から読み直し、
夏~冬のあいだに、何遍繰り返し読んだかわからない。


<「そうだよ、眠れない夜が辛いのは
 ずーっと自分と向かい合っていなきゃならないからだ、
 自分と向かい合うのは必要悪なんだよ、
 楽しい時や、美しいもの、そして他者が、
 自分と向き合うことから救ってくれる、
 自分と向き合うのは、一人ぼっちの時、病気の時、
 自分を許せない時、楽しくない時だ」
 「でも小説を書く時なんかは自分と向き合わんばいけんとやなかですか?」
 「自分と向き合って小説を書く奴はクズだ、
 自分と何か、世界とかね、他者とかね、女とかね、
 自分と何かとの関係に向き合って、そのことを書いていくんだ、
 言葉が美しく力のある順序で並べば、やはり自分は消えるんだよ」
 「でも、われ思う、故にわれありって言うた人のおるですよ」
 「デカルトだって、自分と世界との関係に向かい合って、
 哲学を極めたわけだろ?読んでないけど」
 「じゃあ、自分と向かい合うことは、よくないことなんですね?」
 「よくないことっていうよりも、自分の状態が自分のイメージと違う時に、
 自分と向き合うってことね」>
(『長崎オランダ村』)

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一昨日、夜。
上の”五助(ごすけ)”のバサが急逝した。



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去夏のバサ。

明日お通夜となった。




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# by 907011 | 2017-03-24 05:36 | Trackback | Comments(0)

3/25@大阪。

農業を志して、名古屋からやってきて、
昨春の農繫期に山中に一カ月住み込みでどっぷりと
援農(一応研修生という名目で保険等に加入)してくれた、
新規就農の人、ジョージ・木村からメールをもらった。

聞けば今週末に、
「大阪で30分話すことになってんねん。えらい緊張しますわ。
 どないやっちゅうねん。」とのこと。
関西圏の方、是非。
(20名限定みたいだから定員になっていたらスミマセン。)

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詳細は↓ワタシの知るジョージ君そのものは、
飲んだくれて立ち寄ったコンビニのよく磨かれたガラスに、
真っ向から思い切りぶつかり、
店員が気をつかって見なかったふりをしてくれた、という
なんともアホウなニンゲンですので、ご贔屓にどうぞお願いします。


参考文献:『ジョージさんの山中見聞録』(未刊)






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# by 907011 | 2017-03-21 06:19 | Trackback | Comments(0)

経て。

昔、社内で『経られる前に経ろ!』の「経てー」が流行り続けたことがある。

しかし、ワタシもだいぶ経たなあ。


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2月某日。
グルグルハウスのイマイさんサイトウさんオーサワ君と
小学校のワカツキ先生が、「シンセサイザー高柳組曲」の下見に
富山から6時間を経てやって来られた音楽家・タキザワさんを連れて、
山中までいらっしゃった。
(詳細は上記「シンセサイザー高柳組曲」にあります。
 ワタシも歳をとりまして、すでに30代でもなく、
 かといってばりばりでもないんですが。)

山中の話を見たり、集落を眺めたいという話を
以前よりグルグルさんからお願いを経ていたので、
山中や高柳の春夏秋冬語り部係のうちの一人として、
”じんべ”のカズオさんと、語れない方の係として俺、
そして、公民館で絶賛体調不調中のカワシマさんにも来てもらって、
山中の今昔や、カワシマンが山中に移住して、
2年ほど前に作詞作曲した「山中の歌」を披露してしばし懇談を経た。

口惜しいのは、カワシマさんがまさにここというタイミングで
風邪をひき、喉まで絶不調だったことだったけど、
頑張って2つ歌ったりして、なかなか良いアンバイだった。
その後、集落を(全貌はできないけど)見下ろせるいちばん天頂まで経て行って、
道中もいろんな話を交換し合った。

冬の山中で雪はまだあるし、とりわけ我らは「交流」とか、
「見どころ」という言葉に一歩距離を置きながら暮しているので、
若干不安だったものの、大所帯でわらわらと歩けて、
まあこんなところです、という冬のイメージは何となく経ていただけたと思う。

タキザワさんはプロの音楽家としてのみならず、
じつはドローンの使い手でもあり、
ワカツキ先生から後日教えていただいた、
数々の動画を見聞きして、その映像と曲の綺麗なことにたまげた。

最近、ワタシは事務仕事の間、ずっとその曲たちをBGMとして経ている。
(たまに、イサオさんの秋田探究熱が高まり、
 「なんも大学」にあったなまはげについて等のメールをもらったりしたので、
 「秋田県民歌」なども経る。)

そんな某日を経て。

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雪まつりも経た。
湯気の後ろで、ライスカレーも経た。


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メンバー強化が著しい、山中・笹団子の母ちゃんたちが
今年は自前出店して、カレーライスではなく、「ライスカレーなのだ。」と、
熱く主張するライスカレーを湯気の向こうで、経つづけた。


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前夜はイサオさんやノリオカ父ちゃんなどと、主にドリンクを経て、
翌本祭は山﨑農舎のヤマさんやその弟分のコータ君と主にドリンクを経て、
じゃれている間に、まつりは経られていた。

・・という写真整理。


「問題はね、経つづけられるかどうかなんだよ」。







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# by 907011 | 2017-03-19 08:03 | Trackback | Comments(0)