山中記

祷り。

自分以外の誰かのために祈ることなどこの自分にはできるんだろうか。
前夜祭の喧噪を避けてカウンターで黙祷をする22:30。
平潟神社あたりが長岡空襲がもっとも激しかったらしい。

にぎやか、雑踏、人ごみがとにかく嫌いで、
小さくて何もなくて不便な町から、便利な町にいくのが苦手だった。
どこまでが町で、どこからが街の喧噪だったのか、
その垣根が、小さな自分には見えていたような気がする。

右手にあった酒屋のあたりか、T君の家か、学校指定の学生服扱い店のあたりだったなあ。
いまも同じ感覚はたしかにある。
でも、大きくなった自分の繰り返す手繰り寄せ方は、
あの頃の感覚とはやっぱり違って、色も淡くなってしまっている。
匂い、光、色、風、湿気、感じる五感が変わること。
それを成長とは信じられなくて、でも退化って名付けるのともまた違う。

ここ数日、「祭りのあと」と「Swallowtail Butterfly」ばかり繰り返し聞いてるせいか、
畑で頭蓋再生される。
祭りはイレギュラーなものだから、早く終わってほしいなと屋上あがるたびに冷血に思う。
でも、祈る時間空間をつくることは大切だと思う。
仕掛け/花火。

<悪さしながら 男なら 粋で優しい馬鹿でいろ>


昨夜民謡流しの流れに逆行しながら駅前に遡上して居酒屋のカウンターへ。
と、思ったら満席で「民謡流しでも10分見てろや」とマスターに言われるままに、
店ののれんの前でぼーっとしていたら常連さんも同様に表れる。
逆流してきた流れを今度は少し下って缶ビール2本。
売り子が偶然前職で知り合った知人でびっくり。
めちゃくちゃ忙しくて立ち話の近況報告も難しくて、
忙しいポロシャツの胸元に名刺を指して別れた。
過去の時間の流れへの遡上。
カムバックサーモン。

で、4年も通い続けた店の前で、両手に缶ビールという初の経験。
うまかった。
でも、大きな音はやはり苦手。
()
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たまさか出くわした(俺が店の前で飲んでいたからか)常連タナカさん撮影。



カウンターに避難。
もらいタバコ一箱と、4時間くらい居た自分が払った千円以外は皆ゴチになる。
常連さんのおっちゃんと仕事論。
別の常連さんが来た時、「イトーに説教してやってんだ」と
嬉しそうに説明してくれるのが有り難い。
瓶ビールを酌み交わしながら負けじと熱く反論。

大切な要素は何だ?と聞かれ、
好きな人たちと笑い合うことですと応えたら、
だからお前は阿呆なんだと叱咤される。
本当に良いものなら万人を喜ばせてみろ、と言われるが阿呆の脳味噌ではまだまだわからず。
自分の「美しい」ってそれは偏りであって、
自分の「正しい」も然り。
でも、偏りだって意識しながらも、現状の「正しい」がないと、
混沌の中で取捨選択なんてできない。
選択しないと集中だってできない。
美しさを、今日も畑や屋上で考えてみます。


 * * *

5:40。屋上にのぼる。
川岸に花火前泊のテントの群れ。
本日も二日酔い寝不足のふらふらに任せて、負けじとテントを張る。
天幕。

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今日も畑仕事がかなりハード。
でも、たぶん職場着いて、段取りして、畑に降りたら、
おもしろいように畑のスイッチが入る。

昨朝は友達夫婦がちびっ子連れてもぎ取りに来てくれた。
楽しい時間だったなあ。
畑を案内すること、根っこやオクラの花や、
自分が独り畑で見たり聞いたり驚いたりしたその一つ一つを同じ目線で
また思い出させてくれて、言葉にしてみることが本当におもしろいし、幸せだなあって染みる。

農業体験、これならおもしろくできるなあって思う。
もっとおもしろくしたい。
手元をおろそかにせず、25時間目にやること。
広げて、具現化すること。
そのための山家への移住計画。
時間をつくって、その時の流れに便乗したい。

ふらふらになるから、夜は夜で別のスイッチを手繰る。
たぶん自分の手で届かないから、カウンターにいくんだろうなあ。

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我が家の目印。
いも判、再び。


<悲しみの果てに おぼえた歌もある
 胸に残る祭りのあとで 花火は燃え尽きた>
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by 907011 | 2009-08-02 07:45 | Trackback | Comments(2)
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Commented by うた at 2009-08-02 09:31 x
コメント控える。。なんていっておきながら

長岡空襲。。。
私の大好きおばあちゃんがいます。職場で出会ったかた。
彼女はいつも笑顔ですべてを受け入れる方でした。認知症があり暴力を振るう夫にも笑顔で接し、いつでも笑顔。。すごいとおもっていました。でもある日私と二人きりになる時間。

ポツリと

「友達がいたの、仲のよい。でもね
その日ケンカをしてしまったの・・・。とても腹がたっていてでも、
明日仲直りをしようと心にきめたの。。でもね、でもね。。長岡は日の海になって彼女にはもう永遠にあえなくなった。これほどの後悔を背負って生きていくことがどれだけのことか。。今私には現在があり彼女には未来がない、仲直りは永遠にできない。私の辛い現在は、彼女への償い。笑顔でいなければいけない理由なの」





こんなことを話したのは初めてだと彼女は泣いた
私も。
何故だろう。何故私にはなしたのか。急に話したくなっただけかもしれないでも、彼女の思いを少しでも、受け止めてあげられたのだろうか。。家族にも伝えられなかった思いを伝えてもらえたことに感謝して






Commented by 907011 at 2009-08-03 07:15
うたさん

笑顔でなければいけない理由。
共鳴、です。

映画『ひめゆり』は見ましたか?
Coccoが「話したくないことを話してくれて、ありがとう」というコメントを寄せてました。
そのおばあちゃんのようなエピソードと集団自決の話。
誰が悪いということも言えない中で、でもとても方向性が盲信されていた時代。

居酒屋のカウンターで、22:30に、
いつも説教してくれるおっちゃんが箸を置いて、黙祷をしようと呼びかけて、空襲の話をしてくれました。
長岡でこうして自分たちが生き残っていること、先祖の犠牲の上に生き延びて衣食住していること。
俺はグラス置いて合掌してました。