山中記

居ること。

水曜日
夜の街へ久々。
飲み歩く。

考え中の考え事を、それでも考え中のそのままに話せる相手が、
自分にとっての掛け替えのない人なのだろうとビール片手に思う。


居る場所で、居ること。
翌日二日酔いの頭でそんなことを考えていた。

好きなひとたちと居られる時には、
ただ、
居る場所で、居ることが感じられればそれで善い。

電波でつながっていなくとも、
自分が何をしているのか、誤解を恐れて具体的に一から十まで報告をしなくても、
ただ、「居る」というのを感じられていたら、それでいいなあと。

一緒の空間にいて、
必ずしも話し続けなくても、
近くに座ることで、居ることを感じる。

その、相手が居ることを感じている自分を、
向こうも向こうなりに感じているものだな、と
この頃に鶏たちを眺めていて思う。

鶏たちもヒトたちもおそらく、同じようなもの。
言葉はやっぱり後付けに過ぎなくて、
存在や出来事はいつも、そこにある。

理論は常に現実に従う。
「そこ」に、言葉のかわりに
ただ黙ってビールがあれば、それは素敵なことだ。


静かな今年なりに、
静かな自分なりの、スイッチがやはり静かに入った感。


 * * *


雨あがりの週末。

鶏たちを山中に里帰りさせ、
実の親とひなを対面させる。
故郷に錦。

ワラをとるついでに小屋から引っ張り出されただるまストーブでたき火。
いかなどを炙る。
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男は火が好きだ。
自分の手に負えないもの、見えないものへのあこがれと、
それを自分でコントロールしてみたいという火遊び欲求。
なんにせよ、酒がすすむ。


夜がふけて、もう一人の坊主頭が山中へたどり着く。
差し入れのビールをすみやかにいただき、ゆるやかに話す。

昼に少しだけ人の土をいじり、
こんなにゆっくりと畑ができたらいいなあと感じた。
この頃想い続けている単純な考え事/惑い。

ゆっくり草や虫を見て、その音を聞いて、土に触れていたい。

ゆっくりだけど、一日は感化に満ちている。
鳥の声も、虫の羽音も、風の音も、
そこが静かだからこそ、耳に入ってくる。
静けさは最高の贅沢だと思う。
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by 907011 | 2010-06-01 06:44 | Trackback | Comments(0)
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