山中記

滝行。

「すべての市民は記者である」とは、
インターネット新聞「JanJan」の言葉。

日常が是即、年寄りや山に対しての取材のような日々。
1聞けば、答えとして想ったものよりはるかに多い10くらいが響いて返ってくる。

大切なことは山が教えてくれる。
人の言葉は、山への畏れや戒めに時々結びつく。

山の中に、川の中に、答えはただ静かにそこにあって、
たとえば、大昔の匠が手がけた木彫りの仏像のように、
木の中から「形」が削られるべくして削られてその姿を浮き彫りにさせるようなものかもしれない。

「なつかしさ」という感情であらわすこともできるし、
その延長線上に「未来」を描くことだって易しいと思う。
なつかしい未来。

 * * *

この冬、あまりに雪を毎日目に焼き付けたせいなのか、
いまだに「真夏」という感覚がない。
「暑い…」とは思うし、口にもするけど、どうも頭の中が夏っぽくない。
ひょっとするとまだあの家の陰に雪壁があるんじゃなかろうか、と半分本気で錯覚したりする。
あと数カ月過ぎれば、いよいよさっそく雪が巡り巡って、頭の上から降り帰ってくる。

正月に初めて発刊した<じょんのびツーリズム新聞>を配って山中を回った時、
集落の一番上で一人暮らしをする”つねぞう”のばーさんが、
「ここは年の半分は雪だすけそ」と静かな声で、雪の山中を見下ろしながらつぶやいていた。

「孤高」。
孤高と孤立は異なる、と石川直樹さんが以前コラムに書いていた。
孤高は自分の意思でそこに立つということ。

この山の中の暮らしは、夜の明かりの灯る家の数だけ、
異なる孤高が連なってできている。
孤高の群れには、どこよりユーモアがあるし、協働がある。

 * * *

その後、新聞はなんとなく季刊ペースで、この夏に第3号が出た。
高柳700軒、全戸手配り新聞。
春から不肖私が編集長という肩書をおおせつかり、
かといって特に難儀ぃ仕事もなく、他の5人くらいの編集チームの方に大いに進めてもらってます。

「取材」というタンゴ(単語)の響きに、
大学出た頃の文系フリーター(卒業したけど就職できず佐渡でフラフラしてたりした)の俺は、
甘美な匂いを感じてあこがれたものですが、
いざ、文を業にしてみたらば、日常を生きることがだいたい取材のようなものだと気付く。
だから、だいたいすべての人は記者であり、すべては取材であって、
そこに何ら特別な、見えない線引きなどないと思った。
見えない線というのは、しょせん見えないのだから、
だいたい農家にせよ作家にせよ、自称すれば成立すると思う。
名乗った上で、何に懸命になって努力をするかできるかの話で。

ということで、取材してきました。
「ヘルメット持って9時に岡田の公民館な」と呼ばれたので、
ヘルメット持って9時に岡田の公民館へ。
勤め先に所属してないニンゲンのひじょーに良いところだと思う、この辺の流れが。
ただし、サラリーも保証されてないから、もちろん人にはオススメできないし、いろいろ大変だけど。



日本の川を旅する―カヌー単独行 (新潮文庫)

野田 知佑 / 新潮社





不安定な自由をとるか、不自由な安定をとるか、それが問題だ



そんなトモスケさんの言葉を思い出しつつ、
「柏崎市消防団」と正しく書かれたヘルメットを初めてかぶり、
終始「休め」の心持ちで、白倉の堰堤(えん堤)を目指してやぶをこぐ。

集まったのは、水先案内人兼渓流釣りのプロであるところのキヨシさんと、
岡田から3人、区長さんタカアキさんと、
すごい高そうな一眼レフを片手に水を浴びながら二連梯子を登っていくコヤマさんと、
お世話になっている岡田の新聞屋の父ちゃん。


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人工物は山より滝よりなぜか怖い。
そういえば、自分は高校の時に山岳部に入ったけど、
小さい頃から異常な高所恐怖症で、
しかもビルだけじゃなく、たとえば雲とか飛行機を見ても足がすくむことがある。
そこに居るような精神に陥るんだと思う。
飛行機いまだに乗ったことないからなおさらタチが悪いんだと思う。
なんであの鉄のかたまりが浮くのか、これはきっと墓場まで持っていくんだとも思う。

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植物観察などしながらゆるりゆるりと「白倉の御滝」を目指して進む。
沢歩き、おもしろい。そして、そこらじゅうが食べられる草だらけ。

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「熊の跡だな」と、言われる。
しばらくその後歩いていたら、「まー出たら出たで仕方ねーな」と、言われる。
この展開は昨春の渓流釣りの時と同じ・・・、やたらと手を叩きながら歩く。

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こっちはカモシカかイノシシの跡。二股の爪だから。
カモシカ、イノシシ、かわいいなあと癒される。
癒されるんだけど、熊に出られると困るのでやたらと手を叩きながら進む。


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7月23日月曜日。
頭上に残雪があった。
雪に見とれたいたら、落石が転がってきた。
小動物が少し歩いただけで、連鎖的に岩が落ちるケースがあるので、
こうしたところを歩く際はヘルメットをかぶりましょう。
ヘルメットを無料で欲しい方はお近くの消防団に入ると、お酒もたくさん飲めて良いと思います。

落石を横目に見つつ、もう痛くなるくらいに手を叩きながら、進む。

残雪の上に、落ち葉と土が積もり、その上に草が生えていた。
溶けない、積もる、発芽するというミルフィーユ。
生と死と眠の層。


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進むにつれて、ブーツから入ってくる水温がじわじわと冷たくなる。
一服したところの水があまりに綺麗で、コヤマさんが顔を突っ込んで飲んでいたので、真似する。
澄んでいた。
口からさらに頭までそのまま前傾してすっぽり浸かってみた。
ニンゲンは水に内包されている。

コヤマさんの山傘には「晴雨乃友」と書かれてあった。
意味を尋ねると、
「雨が降っても、晴れてても、この傘はずっと一緒なんだ」と少し照れくさそうに教えてくれた。

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のんびりやって一時間ほどで御滝に到着。
マイナスイオン浴び放題。


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二回、滝に打たれる。
記念写真を撮ってもらったけど、あまりにスケスケ写真となりNG。

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御滝に打たれ、いろんなものがそぎ落とされた、かもしれない。
「いやー、ありがたいなあ。ありがたいねえ」と”水曜どうでしょう”の大泉洋のようになる。

滝の水は痛いほど冷たくて、急いでシャツをしぼるべく脱ごうとしたら、シャツの背中がやぶれる。
いやー、ありがたいなあ。

その後、ありがたく手を叩きながら、ありがたく下っていく。
山もそうだけど、下りの方が足にかかる負担は大きく、ケガも下りで起きやすい。
いやーありがたい教えだなあ。

熊が出ることだけは有り難くあって欲しい。

堰堤を再び降りて下界へ。
木に結んだロープを左手に握って、この下りのハシゴが一番怖かった。

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白倉の湧水のところでお昼。
きよしさんと新聞屋さんからおにぎりをそれぞれいただく。

この白倉もかつての村だったのが、離村した地域。
温泉源もあり、岡田集落の飲み水の源泉でもある。
「だから岡田の米は良いんだ」と岡田の人は嬉しそうにいう。

岡田区長タカアキさんの話だと、
この御滝への観光道をつけようかという話も浮上しているそうだけど、
それによって果たしてこの水源およびその下に連なる田んぼなどの環境に
どういう影響が生じるか、あるいは生じないか。
場合によっては、道はつくるべきではないという選択も考えなくてはいけない、とのこと。

観光として外からの貨幣を、村の内の経済に落としこめることはとても魅力的だと思う。
想像するだけで、いや想像すればするほどに、新鮮な刺激が頭によぎって離れないとも思う。
でも、川上、まして「水源」に携わる区長としてのタカアキさんの葛藤は相当なものがあるだろう。

自律。
自分の、自分たちの欲望を律するということは、そういう葛藤の繰り返しかもしれない。
それは極北の先住民にもあるだろうし、ここまで便利化された日本の中山間地の一集落でも、
程度としてさほどの差はないと言えるかもしれない。
いずれにせよ、日々断続的に選択をし続けるのだろう。

自分を律するということはそういうことなのかもしれない。

 * * *

起こるすべてのことに自己責任を持てる人、
白倉の御滝まで今度また一緒に登りましょう。
水をさかのぼると、考えるところ感じるところ多しです。
普段の自分の日常生活を俯瞰して眺めることができる沢登り道中になるかと思います。
是非。
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by 907011 | 2012-07-28 05:30 | Trackback | Comments(0)
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