山中記

「気候風土を掌握」するということ。

大地の芸術祭に、見に行かなくてももう良いかもなあと思うようになった。

遠くにいたから、汗だくになって里山を駆けずり回るのが刺激的だったんだろうなあ。
今は自分たちの、よりディープな山奥の田畑で右往左往七転八倒試行錯誤して思考する方が刺激的だ。

もともと人ごみが嫌いなので、「イベント」としての祭りにはどうも関心が薄い。
気候風土よりも優先的にまず日時が決まっていて、(だから雨が降ったらどうしようと悩む)
大量の準備・運営が動員されて、大量のロスを含めてそろばんがはじかれる。
イベントではお客様がどうしても神様になる。

イベントと対照的な祭りとして、かつてから続く「祭礼」がある。
これはその土地の神様であったり、お願いごと、祈りが軸となる。
お客が見に来ることは土台眼中になく、村の祭りとして、
村の暮らしを続けていくための村の人らによる祭礼で、お客はあくまで聴衆の存在。

どうでもその二つが二極化して対立しているわけではないけど、
自分の場合はその後者の存在の醸す、目に見えにくい強度にひかれるものがあるようだ。


 * * *


昨日。
あっつい中、十日町の道の駅「クロス10」へ。
案の定、芸術祭混雑を避けるように二階に上がり、
「染織のための自然素材展」に行ってきました。

11時からの講演、大麻栽培農家・大森由久「大麻が繋ぐ日本の伝統」を聞く。

大麻という単語にはドラッグの印象が即結びつくけど、さにあらず。
栃木の農業試験場で毎年、毒性のない品種に交配された種をまいているそうだ。
「うちの大麻の畑には柵もないし、施錠も必要ない。生産販売のための免許はいるけど。
 だから、マリファナ系の人たちがうちの大麻を盗んだところで、吸えるものじゃないし、
 それでいて警察に捕まるのは一緒だから(笑)。
 純粋なマリファナの人(?)とは一線を隔す、伝統を受け継ぐための大麻なんです」

大森さんは現在、1.1町歩ほどの畑で大麻を栽培されている。
今月の10日頃までは刈り取りのピークだそうだ。

麻の栽培はかつて国内どこでも行われていた。
大正11年に1万町歩(うろ覚え)以上、北海道~沖縄までつくっていたそうで、
道端でもふつうに麻は見られたのだという。
昭和の前半でも1万町歩つくっていて、
畳糸や漁網が麻でつくられてきた。
最初の播種機は阿賀町でつくられたのだという。

なぜ今、麻が消滅しかけているかとよく聞かれるけど、
戦前からすでに麻は韓国産や中国産におびやかされていたという。
それと、木綿が流行り普及し、漁網はナイロンに替わった。
ナイロンの漁網は麻と違って、水を吸って重くならないし、大量生産でダメになったらすぐ買える(替えられる)。

栽培された麻は今時期6尺5寸まで伸び(慣行栽培)、
刈ったものを屋根裏に干し、その後、灰をいれた湯で煮てから、本格的に乾燥させる。

日本の風土が持つ湿気と乾期。
春夏秋冬を通して栽培、乾燥されてはじめて、その四季に耐えられる糸が生まれる。
針金はさびても麻はさびず。縄は150年仕事をする。

「強さを追求して、失敗のさらにその上に失敗を重ねたような、かつての先人たちの試行錯誤の賜物。
 先人たちはその失敗の先に、気候風土を掌握した」

 * * *

強さを追求するものと、
優美を追求するもの。

強さのための池ざらし、雪ざらしをした白い麻。九州四国山陰北陸信州など。

美しさのための発酵させる黄色い麻。群馬栃木福島岩手など。
発酵文化。


縄文の時代、1万6千年前(半眠りうろ覚え)も人は麻でものとものとを縛っていた。
麻の実は食用に。

ずーっと麻や天然素材の縄が作られ使われ、
近年でいえば下駄を結わいたのも麻だった。
「下駄が戦前戦後、靴やサンダルに替わり、麻の生産・需要は絶えた」

かやぶき屋根の下地(かやを葺く下)にも麻が10センチくらい敷かれた。
「麻を入れないとかやがすぐ腐ってだめになる」

奉納であったり、神社では今も麻のしめ縄が使われる。
麻糸は弓の弦、太鼓、凧の糸にも使われているそうだ。
「麻糸は伸び縮みしない。
 凧は紙でつくるから、”神”とかかって、左巻きのものでなくてはいけなかった」

先日、荻ノ島でやった勉強会「生活素材としての草」でも話があったけど、
神事にまつわるものは縄ないもすべて左巻きでなわれた。
通常の生活用具としての縄は右巻き。

横綱のまわしもそう、左巻き。
左巻きのまわしを付ける横綱というのは相撲の起源の頃は、だから、神格化された存在だった。
近頃は外国から神様横綱になられるケースが多いようだけど。


門出和紙も出展されていて、新聞づくりでお世話になっている若いY瀬さんが会場にいて、
オススメ展示物に案内してくれた。
セイタカアワダチソウやクズ・フジでなった縄、
畔に生えているネコジャラシ(名前忘れた)や、
とにかく草刈りで親の敵のように刈られていく、あの草やあの草やあの草たちでなった縄たち、
オクラでなった縄もあった。
あの天然素材で編んだ縄は、ものすごく圧巻で、
講演後もぶつぶつ独り言をつぶやきながらしばらく眺めてきました。もう1回見たい。あれ、すごい。


夜は、地元の福祉施設柏柳の里の盆踊りを見にいく。
・・・時間間違えたらしく、行ったら盆踊りは終わっていて、
十日町に18時まで居たはずのY瀬さんがニコニコしながらよさこいを舞っていた。
ビールも枝豆もその他もろもろ無料提供だったので、
喉の渇きのままにビールを呑もうとしたら、
5杯目くらいで「生ビール終わりました、スミマセン」と言われ、
代わりになぜかノンアルコールのスーパードライそっくり(冬にビールと間違えて呑んだ)の缶が配られた。
・・・カップに残った最後の生ビールをしばし見つめ、「明日死ぬかのよう」な顔で飲み干す。

永遠に生きるかのように学べ。
明日死ぬかのように生きろ。



大麻大森さんから「農業は五感でやるもの」とアドバイスをもらえた。
「田畑にいる間はとにかく五感を使って、
 それを通して後から出てきた言葉を書いていけばそれでいい」。

 * * *

「気候風土を掌握する」という言葉が持つ意味は何だろう。
とにかく頭から離れ堅い、滋養を含んだ言葉だ。


強さを追求するもの、優美さを追求するもの。
その二つの円はきっとその等距離のところで交わっているのだと思う。

そんな二つの円と交わらないところにもう一つ円があるとすれば、
それは「スマートさ」の円かもしれない。

スマートさを追求しようとしたら、いよいよ自分で自分を律することができればいいなあと思う。

「選択に迷ったら難しいほうを選べ」という言葉がある。


 『恐れている物事をやってみなさい。そうすれば恐怖心は、消える』
エマーソン(思想家・詩人)

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by 907011 | 2012-08-04 05:55 | Trackback | Comments(0)
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