山中記

運。

昨日17時公民館発のバスに乗る。葬儀場行き。
村の人たちはみんな時間より20分も早くに乗っており、俺は最後だったようだ。
ちょうど、じょんのび村では「カラオケ大会」が組まれており、
その迎えのバスも同時刻に公民館に来ていた。ハレとケ。

いわゆる”お迎え”について、
「オラもこっからあと20番目くらいだろうな」とシゲルさんが笑って言うが、
「そんなん(主に酒など)だと2番目かもしれないわよ」とトシコさんも笑っていた。
”死ん騒ぎ”に向かう頃には村の人たちは皆からっと明るい。
落語の長屋に自分も居合わせているかのようで、
あっちとこっちとの境界がぼんやりと”不確かなもの”になる。

確かな日常の中で、喧騒を離れた不確かな山中時間でぼんやりと。
自分は物心ついてから変わらずにずーっと不確かなものであり続け、
不確かな自分が、不確かな暮らしをつくりながら、
不確かな時間のなかで、年寄りたちに確かに活かしてもらって生きている。
不確かな自分もまた、確かな死に向かう。

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死ぬことは確かな一点として有るから、その一点を見ようとすれば、
不確かのなかに確かなものがぼんやりと内包されているように感じることがある。

「ヨネハチとは二人して木挽きもしたなあ」と”最後の木こり”の一人、サイチが熱燗片手に言う。
「あれらの年は戦争行ってほとんど死んじまった」。
残ったヨネハチさんやうち(藤美屋)の故・亀吉じいさん、下の”ごんぱち”のジサなどは運が良かったのだという。
「戦争に行きたくなくて指を切ったヤツもいたっけなぃ」と別の年寄りが言っていた。
引き金をひけないように自らした、という話だ。

お斎(おとき)の間、向かいに座るサイチの戦争の話を聞きながらつがれるままに飲んだ。
ハレとケ。
「落ち着いて、良かったなぃ」。しばらくしてから誰かがぼそっと言った。
「肩の荷、下りたろう。いい顔んなった」と誰かもぼそっと言った。

不確かであり続けるから自分は生きているのかもしれない。

 * * *

死ぬとどうなるの。
谷川俊太郎が一夜で綴り、松本大洋が二年かけて描いた、『かないくん』を読むAM3:00。

「死を重々しく考えたくない。
かといって軽々しく考えたくもない」
独り言のようにおじいちゃんが言う。
「この絵本をどう終えればいいのか分からない」

「金井君の絵本まだ終わってないのに」
と言ったら、おじいちゃんは
「死んだら終わりまで描ける」
と私の耳もとで言った。


月ユメ田の溝切り、一先ず終了の夏。
死ん騒ぎが終わったら山の田んぼのメインイベントでもある草刈りの夏が来る。
田んぼの面積より草刈る面積の方がでかいとも揶揄される。

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真っ白なまぶしい世界の中で、
突然私は「始まった」と思った。

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by 907011 | 2014-07-21 05:21 | Trackback | Comments(0)
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