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山中記

YTK。

定例となった”ばんきち”での、山中から「適疎」を考える会(YTK)の土曜夜ミーティング。
岳一歳も会の前半のマジメな部分は皆勤しており(後半は飲み会)、それぞれに手探り。

ここに来てたまに、うーん難しいなあと感じる場面に遭遇するようになった。
自律か、介入か。
じっと待つべきか、割り込んで変えるべきか。

とかく一カ月間という時間は短いもので、
山中の暮らし体験における「お手伝い」というのはあくまで歩み寄りのための手段であり、
その目的は山中の暮らしやここに住む人らの想いを、
外からの視点で記録し、異なる角度から表現することにある。

「労働力」ではなくて、個々の感受性こそが求められる。

五感をバランスさせない知は、人間性を持ちえない。
五感を感覚するためには、心を漂白し、まず観ること。
知のきしみと肉体のきしみを、交互に行うこと。
(『山里からの箴言』)


きしめ、知よ。
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ミーティングから帰ろうとしたら雨降り。
昨日の午前も一時激しい雨に見舞われた(通り雨らしく塩沢の道は乾いていた)。

合間に農協出荷用の米袋に急ぎハンコを押した。
この袋に自分の名前が入るとは、3年前くらいの自分も考えてなかった。

 * * *

一部個人で売る用にもこの正しく頑丈な農協袋を使おうと企んで発注したら、
「25年度」のところに訂正印で26と書かれてあるぢゃないですか。
・・・。
俺の目論見が甘かったか。
これは個人に渡すには誤解(まさか去年の米?とか)を招きそうで、見た目が悪い。

いろんなものが合併しては、効率性による継続を図る。

コスト削減こそが改革であるという”正義”を前にして、
「非効率」はいかにして独自の持続可能性を探るべきだろう。
”グッドバランス”(適疎)は、なおも非効率の中にこそ存在し得るように感じている。


群にいても、個たちであること。
個力の交感する波紋は駆動する変化であり、美しい。
生きるための要素を、他者に委ねてはならない。
未来を切り売りしてはいけない。それは鎖になる。

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へぎそばを表現し切った田。
欽チャンの仮装大賞出れる完成度の高さだ。
クラス一丸となり、撤収(刈取り)の際には熱い涙で溢れるんだと思う。
刈り取るワタシの目にもすでに異なる感情の涙が。
この上4段に渡る棚田がすべて仮装大賞状態であり、
みんなが欽チャンが来るのを倒伏しながら(「絶対頭上げるなよ」と皆で呼び掛けながら)待っている。

今月は稲刈り作業のピークと併せて、
残り半分を切ったインターンの報告のまとめ方で怒涛のうちに終わってしまう。

五感をバランスさせない知は、人間性を持ちえない。
山に一人居る時間は、反省の時間であり、祈りのような時間でもある。

慈をもって慟哭せよ。悲をもって戦え。慈悲の人となれ。
挫折を糧とせよ。憎悪にしてはならない。

そして、疲れたらいつでも戻って来い。



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by 907011 | 2014-09-15 05:28 | Trackback