山中記

angel.

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昨日。
ウチの一つ上の”ごすけ”の稲刈りを請け負って、
山中のあちこち奥の方(「ディープ山中」と呼ばれる)に点在する田を巡った。
初めて行く場所もあり新鮮だった。
写真は「ミョウバツケ」の現場(左下に一枚田んぼが見えるでしょうか)。
みょうばつけの「ばつけ」は畑を意味している。
ごすけのバサいわく「みょうばつけの米が美味いとヒトが言うから捨てるに捨てられない」。

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”じぜもち”のオテさん。
インターン生ホソダ君が住まわせてもらっている家の隣人のカワイイばあさん。
一カ月間という短期受入れも暖かく見守ってくれており、
彼の玄関にそっと天ぷらなどのおかずを常時おすそ分けしてくれている様子。
たまに夜遊びで家に電気が点いてないと心配してくれていたり。
正式な屋号は「りざえもん家持」⇒「りぜもち」⇒「じぜもち」に変換。
家持は分家のことで、同じ意味の屋号で「しんたく」さんもある(新宅と書く?)。

もう一カ所の現場が”じぜもち”の根っこの田と呼ばれる場所で、
オテさんがちょうど大量のサツマイモを掘って運んでいた。
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田の横にお稲荷様がまつられていた。
「この間死んだヨネハチさんが上手にこしゃってくれた」。
米八さんは大工で、酒は飲まず、ただただ仕事ばかりしていた人だという。

お稲荷さんにはススキが供えられてあった。
硬いのがカヤで、柔らかく折れるのがススキ。

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「カヤの穂が赤いとその年は大雪になるって昔は言われたった」とオテさん。
今年はまた大雪の模様。

隣接する田んぼの話を聞く。
水がなくて除草剤まきたくてもまけず、一昨日まで一人で草取りをしていた。
親指と人差し指で輪をつくり、
「かっぱ(株)が小さくて、そんなにいくらもとれないけど」と話し、少し沈黙した後、
「それでも自分が食べる分をこしゃってられれば、安心できるすけな」と笑う。

 * * *

家人がその昔、山中の年寄りを指して「エンジェル」と呼んでいた。
自分は父母兄だけのいわゆる核家族で育ち、高校の下宿時代から一人暮らしだったので、
人一倍「年寄り」のことを言葉の響き以上に考察することがまったく無いまま30数歳まで経過していた。
別にそれ以上でもそれ以下でもなくて、意識する機会も少なかった。
そのリバウンドだったのか、天使たちに見立てられた山中の年寄りたちに
いつの間にか自分も魅了されていった。

「異常」があふれる現代社会の中で、
たとえば「呆け」と呼ばれる現象で脳に「異変」をきたすのは、
考えてみれば、むしろ「正常」化なのではないか、と以前そんな話も合わせて聞いた瞬間に、
天動説だと思っていたものが実は回っていたの地球だぜ、みたいなショックを受けた。

ボケってもしや世知辛すぎた苦労や過去の不安を忘れる力かもしれないし、
都合の良い言い方をすれば、人生をもう少しだけ生き続けるための脳の最終プログラムかも分からない。
異常な環境にあって、心身が示す「異常」は、
マイナスの色をした池に石を投げて波を起こすかのように、
「正常」であろうとするための”変態”とは言えないだろうか。
良いとか悪いとかでもなくて、仕方ない背景があっての展開と考えると、
むしろそれは潔いんじゃないかとすら考えるようになった。
天が近づく、迎えが近づくってそういうことも含まれるのか。

異常の内側で「異」を唱えて、生きようとする。
思えば、自分が子どもの頃のことや、昨今のニュース、
あるいは昨今においてもまだなお自分が抱える弱さについても、
異の異を当てはめてみると、なんとも腑に落ちる(利己的な解釈だけど)。

そして気付けば自分も山中に居て、毎日エンジェルどもに遭遇する。
自分はまだまだ他人に良く見られたいという選択肢の取り方ばかりだ。まだまだ。

今日は天気がええけん今日死なしちゃる

なんとのうにわかったわ
私らは残るもんで
あっちはどこぞに行くもんなんじゃね
(西原理恵子『パーマネント野ばら』)

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「みょうばつけ」の稲刈りの合間に綺麗な薄紫の花に引き寄せられ、匂いを嗅ごうとしてたら、
コンバイン上の義父から「ダメだよ~!」と叫ばれ、
間髪いれずに「それ、トリカブト~!」と教えられた。
教わった俺もすかさず脳裏に「保険金殺人」「沖縄のコテージ」などの映像が浮かんだ。

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しかし昨日もよく働いた。

”ごすけ”からお茶と一緒にもらったハッピーターンを
寝床で本を読みながら24個食いながら寝落ちした20:30。


子供のころじいちゃんが教えてくれた。
「人はなあ 二回死ぬで
 一回目は生きるのがやまってしまう時
 二回目は人に忘れられてしまう時や
 人の心の中におらんようになったらいよいよ最後なんや
 今度こそ本当に死ぬ
 二度と生きかえらん」


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by 907011 | 2014-09-21 04:36 | Trackback | Comments(0)
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