山中記

暮れの春。

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私的ホーム・月ヨメの田んぼは、
混沌と静寂とが同じ時間を占領する棚田。

”さんしょう”の父ちゃんが道の雪を割ってくれて、
”はちべえ”のヒコスケさんに頼んで、
道に倒れながら下の田んぼに突き刺さった杉の木を切ってもらい、
やっと軽トラ一台分の道が開通した。

自分の借りた一番上の田んぼから写真を撮ったのを見てみたら、
魚眼レンズのような眺めになった。
田ごとの形がそれぞれユニークなので起こった錯覚。

切ってもらった倒木の枝と泥に埋まる無数の杉っ葉、
あれらを片付けるのもおそらく2日以上はかかるだろう。
最奥の田んぼはいまだ冬の季節感。

窓の外の客観的な春のみは暮れようとしている。
修行のような今春は続く。もがけ、春。

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「だいたいこんな感じ」と、今年もイメージのみで強引に昔の水苗代をつくった。

先日、マサオさんの苗づくりで聞いた言葉を振りかえりつつ、
それに「昔の苗づくり=こんな感じ」というほぼ勝手な想像を織り交ぜて、
(まあ失敗したら箱苗の余りを植えよう)と一人何度も言い聞かせて、
こだわりのような考え、こだわらんとする執着を捨てたい。
捨て切れてないけど。

とにもかくにも、
土を砕いて練って盛り上げ、そこに種をおろす。
万能グワで土を起こす。
水をかけながら二度、三度と刃を入れると、
粘土は「塊」から千切れて、次第にこねれる土へとこなれ、関係性が変態する。

寝床をつくり、直に籾(筋)を播き、
マサオさんにもらったくん炭と畑の土ブレンドを覆土とした。
3代目の在来種コシヒカリの更新はいかに出るか。

こっから先はすべて我流なので、
終始「ちがうかな」と一挙手一投足が首をひねりながら行われていく。
水を切らして苗が絶えるか、雨ではたかれて床が崩れて苗が流れ去るかもしれん。
(去年は雨の翌日に苗を拾ってかき集めて、再び苗代に小さな田植えを繰り返したりした)

「お天道様にはかなわんなあ」と、ほとんどすべてのことを委ねながら、
それでも毎日オロオロと様子を見に行き、
昨日やった仕事を、翌朝にやっぱり元に戻したりという試行錯誤を繰り返して、
あわあわと苗代の周りを駆け回る。

これらが手植えされたら奇跡、俺の春は梅雨の頃に駆け足で暮れへと向かう。

 * * *

かくしてワタシの妄想具体型実験は、
「米づくり=八十八手」と言われるうちの60手くらいが消耗され、持ち駒は切れ、
来月あたりからはいちいち「待った」を唱え続けながら万事行われてゆく。

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お誘いをいただいて十日町の池谷集落を見て、話を聞いてきた。
イベント的にではなくて、ふらりと行けたのが良かったと思う。
限界集落を脱したことから「奇跡の集落」と呼ばれている池谷。

話しを伺っていて、共鳴したこと感じたことは様々あって、
でもしかし、こっから先はどの集落も似たり寄ったりの相似形だなと強く思った。

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「大切な人と狼煙をあげませんか?」

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より具体的に言えば、
田んぼの杉っ葉が多くて手に負えず、困ってます。
ある程度拾ったり、片付けないことには田起こしも始まらない。
(周囲でも代かき田植えが始まっているものの、
 「あれは外国」とつぶやきながら目を背けるようにしてます。黒船とかペリーとか)

田から拾い上げた杉っ葉の塊は乾燥したものを燃やして灰にします。
焚き火は疲れた体(最近のワタシは疲れた心)に訴えてくる何かがあって、
夕暮れなどはつい杉っ葉塊の前に体育座りして夢中になって見惚れて、
気付くと15分くらい全然違う昔のことを考えたりしています。

杉っ葉ボランティア、大歓迎。
焚火と体育座り回顧の時間を提供します。

雪が残る沢に入って、一緒に土砂に埋もれたパイプを引き出してくれる人も歓迎。
やることいっぱいあります。
手繰れ、春。


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by 907011 | 2015-05-07 08:15 | Trackback | Comments(0)
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