山中記

ムロフシ的時間。

弱いニンゲンの性か、
強い者に食われないよう遺伝された本能なんだか、
基本的に眠りが浅い。

眠りが浅くて得することといえる点は、やはりどう考えてみても、少ない。
強いていえば、
心身ともに好調なら、日が上る前にぬらりと起きて朝仕事に出られることか。
眠くなったら、後の自分が昼寝でリセットできればいいや、とぬらり起き立つ。

冬なら、家が寝静まっているうちに薪ストーブに着火し、部屋をぬくくしておくことで、
失われたお父さんの尊厳みたいなものをセルフで満たして、
「今年は薪が大量にあって良かったですねぇ」という独り言を
聞こえるか聞こえないかくらいの声で言えること。
(あと最近は深夜~未明にガクが深みのある寝言をいうので、
 できるだけ聞き洩らさないようにしている。)

ただ、
薪を燃やしストーブに張り付くのが習慣化し過ぎ、
さらに、部屋の構造上、子ども侵入防止の柵にもたれてちんまりと座っているので、
家人、子さえも気付かれないままに素通りされてしまう。
これでは、薪がいくら燃えても、尊厳は枯渇したままという事態に陥るため、
今冬の終盤などは、よいしょとストーブの柵をまたいで、家事手伝いにも手を拡げ、
未明に薄暗い脱衣場で内山節さんの講演を聞きブツブツ言いながら洗濯物を干したりなどした。

 * * *

とはいえ薪ストーブは大変良いもので、
朝に夕にうっとりしながら、最近は左耳をガラス部分にずーっと寄せて、
空気の吸い込まれる音と薪の爆ぜる音を聞き続けては、
一人ニヤニヤしたり、目をつぶり深くうなずいたりなどする。
「ひらがな」以外で耳に入って来る音だから、
こう飽かずに聞き続けられるものかもしれない。

おかげでほとんど灯油にお世話にならずに、
背あぶりながら村の書類仕事が存分に出来たので快適だった。


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今朝、数カ月ぶりにたまった灰を出せた。
拾った杉っ葉ともらったクルミ殻で着火できるので、
少量の木灰ながら、手づくり田んぼで使おうと企んでいる。

雪融かしに灰を蒔くにはもったいないくらいな、雪のない冬だった。
気温もまた怖いほどに高かったんではないだろうか。

山中において、我が家の前に車が入られるのはおそらくもっとも遅くて、
5月頃になってやっとということもあったが、
今年は3月中に車を入れられそう。まったく奇跡的小雪。
田んぼの人らは皆一様に春の水を不安している。

雪掘りはすでに終わり、わが家も雪割りへと移行する。
迎える春のいろんな動線をあれこれ思い描きながら、
それぞれの想う方向へと雪を割って地を探る。

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冬が迫る前に、たぶん一月近くもかかって薪割りをしながら、
「ムロフシ的時間」についてしばらく考えていた。

去年は思いの外、自分の時間だとか、静かな時間から離れなければ.いけないことが多かったので、
晴れた日に山を見ながら、「せーのー。ズドン」とマサカリを振り下ろす瞬間が、
もう快楽で快楽で仕方なかった。
薪割りはただの難儀な仕事だと勝手に解釈していたけど、
まったく道楽で、夢中で一日が終った。

刃が丸太にズトンと刺さる凶器的なインパクトの瞬間、
脳裏に浮かんだのが、
室伏広治がハンマー投げをする時の、あの”雄叫び”だった(0:47あたりを参照)。
幾度も幾度も、来る日も来る日も、ワタシの脳裏はムロフシの雄叫びで占められた。

下手くそに割られた薪を日暮れ前に片付けながら、
この「ふんがー」とか「ズドーン」だのという時間、
いわゆる「ムロフシ的時間」は、ともすれば世の中の平和にさえ通じているのでは、と本気で思った。

冬の雪掘りも、雪割りも、このムロフシ的時間に属する瞬間瞬間が散りばめられているため、
気付けば無心、夢中になり、時に擬音やら雄叫びのような声も発したりする。

特有といわれる「山中時間」のなかの「ムロフシ的時間」を想いながら、
汗だくで、知のきしみと身体のきしみとを交錯させる。
そしてまた火に当たる。
ストーブのガラスに左耳を寄せながら今夜もワタシは安ワインなどを呑む。

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<僕ら人間について、大地が万巻の書より多くを教える。
 理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。>
(サン・テグジュペリ『人間の土地』)







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by 907011 | 2016-03-15 09:06 | Trackback | Comments(0)
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