山中記

「花火と伊藤の街」レポ。


子は寝相が悪いもので、ベッドよりも畳部屋が良くて、
大曲駅前、なつかしの名店「肉のさとう」の横にある「ホテル富士」へinn。

ちなみに、肉のさとうを、秋田イトー家では、
「さどにぐや」といまだに呼び、親しまれていた。
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チェックインの夜。
秋田イトー家と山中イトー家とで寿司や肉を食い散らかし、
雨に降られながらタクシーでリッチに富士に無事に戻る。

フロントで鍵をもらっていたら、
斜め前から、「あの~。人違いでねばいんだけど・・・」と
女将が声をかけてきた。「いどなおき君でねが?」
小学校の同級生・スズキフサコさんと20年以上ぶりの再会だった。
(スズキは旧姓)

風呂後に和ダイニングで枝豆と出生地仙北の酒「出羽鶴」などを呑み直し、
スズキフサコが掃除などの合間に、
仙北町同級生などの「その後」の話を聞かせてくれた。
俺はまったく20年来の浦島太郎(実際2つの島で暮らしていたし)状態で、
酒の肴にまったく楽しく話を聞かせてもらい、よく酔った。

おしゃれな小冊子風の記念写真アルバムを
去年の集まりだか10年前の厄払いの集まりだったか忘れたけど、
とにかく「こんたやづもつくったんだで。いいべ?」と見せてもらい、
しばし、顔や名前の記憶の断片が酔いながら整理され、かつ補われた。

数時間前に兄から、
来夏の厄払いの集まりだけは「あど最後だど思って出だ方、いで。」と
珍しく強く促されたばかりだった。「あどなば死んだりして、会えねぐなるど。」と。

アルバムを見ながら、変わる姿変わらぬ姿や、
中学出て25年間、その一度も思い出しすらしなかったような
ふとした場面などがフラッシュバック(基本的に美化)されたりしながら、
出羽鶴を呑み、スズキフサコに来夏の集まりに「出れ。」とまた促された。
(スズキは旧姓だった)

「う~ん。なるほどー。こういう展開もあるんだな。」と
唸りながらエレベーターで部屋に戻る。
富士のフロントにはマンガが充実しており、
でもとうとう一文字も読む時間なく、後ろ髪をひかれた。
駅前だし、さどにぐや横だし、スズキフサコは女将になってたし、
一階の和ダイニングふじで呑む酒もうまかったので、また泊まりたい。


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日頃の慣習というのは恐いもので、相変わらず早起きが止まらない。
夜明けにそっとホテル富士を出て、なつかしの大曲を徘徊した。

大曲、nobody。
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これでも秋田新幹線が通る駅前のお盆だけど、nobody。

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同級生スズキフサコがつくった(であろう)朝食を
おいしく食べ、アキタコマチを3杯おかわりした後、
ガクと新幹線コマチを見に、駅に歩く。

花火暦というのがそこここにあり、
大仙市では毎月花火が打ち上がるのだという。
すごいことになっているんだな、大曲。




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ほんとうにすごいことになっているというか、
一点突破と褒めたたえるべきなのか、
「依存」と見てとった方が良いのだろうか、
判断に躊躇するくらいに、
大曲はとにかく「花火」に執着していた。

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通りも、商店街も、掲示物も、土産物も、
とにかく「花火」の一点張りだった。
唯一として目を喜ばせたのは、「ペアーレ大仙」というアオーレ長岡みたいな、
練りに練って考えたんだか、とくに深く考えることなく閃かれたんだかよくわからない、
タッチの軽いネーミングの公施設看板だった。

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国際花火シンポジウムも開催されるのだという。
花火がまったく目的にないので、あっという間に食傷気味にもなるけど、
ただし、大曲の花火大会は日本一。
新潟に住んで長岡に住んで、それなりの花火を見せてもらってきたけど、
比較するまでもなく、大曲の花火はまったく違うステージにあって、
あれは祭りとか「花火大会」ではなく、
煙火師たちの「競技大会」だからこその異次元。

全国から集まる花火屋たちが自ら、自作を打ち上げて、
一番を取るために競い合う。

観客の受けとか予算どうこうよりも、
作り手が勝負に出るがための花火が、
ただただ、喧嘩のように目の前でずどーんと繰り広げられるからすごいんだ、
と子どもの頃の俺も随分と聞かされて育った。

それにしても、佃煮にするくらい「花火」の文字で覆われた街だ。


 * * *


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また、同じように、
伊藤姓も佃煮にするくらいいっぱいある、かもしれない。

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前の前の職場で、もう一人ずっと年上の伊藤さんがいて、
新潟の事務所と長岡の事務所とで離れていたのだけど、
新潟のイトーさんから電話がくるたびにやり取りされる、
「あ、イトー君。イトーです。」というルーティーン?が好きだった。

秋田には多感であった多様な記憶がそこら中にあふれている分、
こうして行けば、即いろんな感情が同時多発的にその場面ごとに放出される。
過去はだいたい美化されがちな自分の脳にあって、
秋田での18年は、容易に美化されない場面が少なくない。

本の題名にいつもうっとりと魅了される、
中島らもさんの『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 』(集英社文庫)が読みたい。

秋田から山中を考える。
山中から秋田に想いを馳せる。
地球儀で見れば、小さな一点に過ぎない点・線・面のことを、
おそらく自分は一生、
思い出してはその都度に考えたり、落ち込んだり、笑ったりするのだと思う。





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by 907011 | 2016-08-16 06:44 | Trackback | Comments(0)
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