山中記

長く短い祭り。



人口が減ることに日本中が慌てています。

けれど秋田は
少子高齢人口減少社会のトップランナーとして
ニッポンの先頭を(のんびり)走ってきました。
そんな秋田の一つの使命として、
減るからこそ豊かになるイメージや価値観を
提案したいと思います。

秋田には「ありがとう」に対する返答として
「気にしないで〜」といった意味の
「なんもだー」という方言があります。

取り合うことが当たり前のようになってしまった
いまの世の中に必要なのは
いろんなものをおおらかにシェアしていく
「なんもだー」精神です。
数字では表せない知恵や気持ちを
いまこそインターネットのチカラを介して
日本中に伝えていきたいと思います。

その先にある「ありがとう」「なんもだー」というやりとりに
ニッポンの未来があると信じて。

なんも大学、はじまります。

なんも大学



どこにでもよくあるようなパンフレット棚で、
ふと、「なんも大学」に出会った。

秋田には3年に2,3回というご無沙汰ペースで帰省しているうちに、
秋田の側は県をあげて「あきたびじょん」や「高質な田舎」を掲げ、
目指すその切り口の見せ方、そのエネルギーが秀逸している。
毎度、唸らせられる。

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「秋田に学ぶ、ニッポンの未来」をなんも大学はうたう。
すげえな、高質な田舎。
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秋田新幹線こまち。東京行き。AM8:41。
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「きょうは秋田新幹線に乗る?」と、
店の窓ガラス越しにトランペットが欲しい黒人の子どもみたいになるガク。

実家へ連れ去る。車で。
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あきたこまち。
自分が実家に居たのは主に15年間と数カ月。

高校1年の夏に、
通学(家から大曲のバスターミナルまで自転車30分強+バス1時間強)
の日常が嫌になって、
横手という高校の近くの下宿で卒業まで過ごした。

男子寮女子寮のある30人くらいの大所帯の下宿で、
自分とこの高校以外にも
川の向こうに在るおよそ縁の無いお嬢様学校と言われた横手城南高の女子も居て、
今思えば、恵まれた環境だったと思う。
(21時にはしっかりと、女子寮との境界である食堂が施錠されました。)

下宿入りと同じタイミングで門を叩いた山岳部はひじょうに青春だった。

という話しはいいとして、
実家に居る時に毎年毎日眺めて育った、隣の田んぼ。
虫を観察したり、野球サッカーをしたり、
冬に犬と相撲をとったり、鍋でアイスを自作したりした田んぼ。
冬はよく雪で遊んだ記憶がなんとなくある。

秋田に居るまでは、
雪はとにかく静かな時間を与えてくれるので、
冬は好きで、下宿時代も夜な夜な散歩に出たりなどした。
大学に進んで新潟市に住んで、いっぺんに冬を心身が苦手になるのだった。

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実家で扇風機に「あ~」と言って茶を飲み、
油だの出汁だの珈琲やジュース詰め合わせだのといった、
実家にひたすら積もる「開かずのギフト」をくれるというだけもらう。

ここの場面においては、「欲しい。」と決して発言しないことが肝要だ。
ひとたび「あーちょうど欲しがったんだ。」などと口を滑らせると、
母親というものは、年に2回くらい同じ銘柄(貰い物だから俺が指定したわけじゃないのに)を、
買ってきてはそれをビニールだかナイロンだかの袋に入れてグルグル巻きにしたものを、
さらなるギフトの余り物と一緒にして段ボールに送ってよこす。

学生の時は友達同士でアパートに段ボールが来るたび、
「親の愛」と呼び讃え合っている余力とただただ無駄な時間だけが膨大にあったが、
社会人になってふと冷静に暮らしてみると、
そのギフトっぽい偏り方のテーマによる詰め合わせとグルグル巻きの梱包、
そして、有無をいわさず段ボールが到着する前から
したり顔で何度も電話してくる親への対応などに次第に疑問を感じるようになる。

ものをもらうということは、
相応の代償の時間が必ず発生するのだということを、
親のトゥーマッチに濃い愛に知らされる10代後半~20代の社会人編切り替わり期。

見舞いに行った病院の調剤とタニタが連携していた。
我が家の家業とタニタの歴史はけっこう長い。

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秋田は寒い。
鼻穴が本当に痛くなる寒さだったけど、
そのおかげで雪は湿らずに軽くて綺麗なものだった。

道中気付いたのは、
秋田の雪の軽さとその積雪量の違いか、
秋田の家のつくりの方が、自由度がずっと高くて、
新しい(っぽい)最近(風)の家がまったく多く見てとれた。

うちの仙北町のようなとりたてて何も産業のない町であっても、
どの家どの家もとにかく綺麗なのだと家人が感心していた。

「小さな経済」を眺めてみても、
あの田舎で昔から通学路や自転車で見ていた個人商店が、
ざっと7割くらい残っていて、たまげた。
たまげたというか、「よくぞ、まあ。」と生存力に感心した。

小さなひとつの田舎町にある、
酒屋、パーマ屋床屋、文房具屋、
指定学生服や内履きを扱う呉服屋(平時は主におばちゃんの服が飾られるだけ)、
自転車屋、スタンド、材木屋etc.
ところどころに「〇〇商店」という、何もないようで何でもあって、
行くたびにいよいよ何の商売をしているんだか見当がつかない夫婦が生息していたりする。
でも、いずれにせよ、身の丈商売がなぜか残っている。

そこにある「なぜか」は暮らし続けてみなければ分からないこと。
そのなぜかの答えには、相応の小さな経済的ヒントが潜んでいると思う。
そして、ワタシの実家もどうやっているか謎の自営業だったりもする。
毎度帰省する度に、
「おー。会社あったなあ。つぶれてなかった。」と不謹慎な独り言が思わず出る。

そんな「なんも」ないようでいて小さな経済がなぜかある秋田道中で、
林業がどっしりと踏み止まって頑張っている様は、
おそらく越後杉と秋田杉でけっこうな違いを感じさせた。
もっとも車で走った風景なので便の良いところだけだと思うけど、
秋田の林は大きなところも個人の山っぽいところも、
じつに綺麗によくあちこち手入れされている。
そして、山らしい山を持っていないうちの仙北町の材木店までが、
継続してなお仕事をやっているのにまた「どうやって続くんだろう」と唸ってしまった。

同じ車社会でいながらも、
幼い頃からの自分が肌で感じられた、本当にわずかな違いとしては、
まだ町内でのお店との付き合い方が残っていたし、
現に細く長く残っているから、
あの”みへ(店)”たちは持続されているのだと思う。
帰るたびに不思議な故郷。
東北の気質というか、ニンゲンの濃い情がつくる経済というものもまたあるのだなと低く唸る。
なんも無いのに、だ。

秋田の(国体?)マスコット・杉っちや、なまはげの中には、
示唆に富む、地方生き残り最後の鍵が
見るものには見えるとか、見えない(ただのオッサンが内臓されているだけ)とか。


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山形県境に戻る日本海・秋田側最後の道の駅象潟にもよく寄る。
きさかたの地ピザや、比内鶏のからあげとハンバーガーショップなど、
お洒落かつ美味しく地デザインされた店が15店ほど結集してリニューアルされていた。

高柳でもいろんな構想として話題レベルでは浮上するけど、
にかほ市の観光課は、えいっと一気に地デザインを形に具体化していたのが見てとれた。
地元の観光協会は一般社団法人化されており、本気度の高さをうかがわせた。

かくして、地デザインが気持ち良くカタチになり、
農家も漁師も、商人も加工者も、
訪れる客も、老若男女が面白い仕掛けが具現化される。
そして、木が使われる。木がつくられる。
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道の駅にしめで出会った、「東北のシンガー・やしまきよみ」。
道の駅単体で応援ソングがあることにたまげる。
でも、先入観なのか、庄内弁シンガーの方が気になる。
深街エンジとやしまきよみの二人の関係性が気になる。
地方巡業で駅前居酒屋の打ち上げで熱い、地方ソング談義をするかどうかが気になる。
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遊佐にて湯ノ田温泉に投宿。
目の前に海を見て湯につかり、
海を見ながら御飯を食べて、海を見ながら酒を飲んで、
波音に圧倒されながら寝ながら海を見る貴重な一泊。
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1年半前の暴風雪厳冬強行突破の帰省以来に再会した、
iphone2016」。

ボタンなど一つもなく、
プルプルプルは呼び出し中、プープープーは話し中です。」というメッセージのみ。

いたる休憩所中で、居合わせる数十人~百人超が
一様にただただスマホをいじくり続けている姿を見た。
普段そこまで多くの人と空間を同じくすることがないせいか、
ただただ異様な光景に映った。気持ち悪いとさえ感じた。

 * * *

例えば農薬にせよ、補助金にせよ、お菓子の味にせよなんにせよ、
なにかを批評するには、
いったんはそれを使用して自分の側に取り入れてから、
口にすべきだと私的には思うので、
スマホを携帯しない自分が言うのは、嘘になってしまうのですが、
それでもなお、あの異様な光景だけじゃなく、
スマホ自体が脳みそに与える変化について、
けっこういろんなことを考えさせられる。
吉本隆明さんの良寛講演シリーズを6月にずっと聞いた中にあった、
「普通の人の日常でいう無意味といわれる時間の中にある意味と、
 意味の中にある無意味。」とか。

わからないことと、わかること。
「わかる」のはるか手前に「知る」があると思う。
知るの前に検索する・調べる、あるいは「わかるまで考える」があって、
その手前にそもそも感じるがあって、
その前(実際の具体的な体験)から「わかる」までずーっと通しで、
「わからない」と「わかりたい」が合い混じった不快感みたいな感覚がある。

たまに帰省したり旅して訪れることと、暮らすことは異なる。
わかることと、知ることは違う。
そして、考えること、感じることと、
考えないで知れてしまうことは、
まったく次元が異なる時間の過ごし方だと思う。

自省を込めて、
本物のスマートとは、こういうことさ。
と酒田屋旅館のアイホンを見ると思う。
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アイホンが横ちょにひかえながらとる夕飯がまた素晴らしい。
そして3人で海見て温泉入って食い飲み散らかしてもお求めやすい。
昼飯から魚は避けておいての投宿。
食事の素晴らしい宿には全力で味わって飲み食いするのが礼儀だ。

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子は秋田~山形~新潟、どこでも驚くほどに寝相が悪い。

それはどういう寝方なんだ、それはどういう角度なんだ、
その向きで本当に寝れるのか、
キミは布団の形状に何か恨みとかあるのか、
どこで習えばその寝方ができるようになるのだ、
と未明に顔に足を載せられながら目覚めて考えさせられずにはいられない。

夜明けを待って、
布団という決められたレールの上からはみ出ようとする子どもの上で脱衣して、
湯へ。

 * * *

帰宅後、さっそくなんも大学をチェックしてくれたイサオさんから、
やっぱり同じこと思ったんだなあというありがたいメール。
「適疎」の指針と、「なんも」の紹介文は同じベクトルだったから、共鳴する。

<なんも大学、いいっすねえ。
 なんも大学と適疎の会
 趣旨はほぼ同じじゃないですか!
 わたしら、すごい。
 ババヘラと濃厚ばばあだんごも似てないっすか?>

「ありがとー」の返しは、山中だったら「なんが、なんが」。
「やまんか」や「なんが」でなんかこねくり出せないだろうか。
コピーは大切。



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by 907011 | 2016-08-21 02:41 | Trackback | Comments(0)
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