山中記

「適疎の指針」アップデート。

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文字通り正しく先生と寝食を共にする「里創義塾」2日目。
中ノ俣集落、雨の朝。
前夜に入念な夜の座学があってしたたかに酔ったものの、
やはり習慣のせいか、未明に目覚めてウロウロする。

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夜明けを待って散策。
公民館には丁寧な今年の賃金表が掲示されていた。
手植え、バインダー刈りがあるところが目にも嬉しい。
まだ暗くてよく見えなかったけども。

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2日間、善き塾生仲間の皆さんに恵まれ、
そして予想以上に多くの思考の切り口と気付きを与えていただいた。
追々言葉かあるいは形に具体として表現できると思う。

春に農業志願者・ジョージ君と畔で一服しながら、
「牛飼いたいよなあ」というのと、「馬乗りてえよなあ」と話していたら、
さすが、かみえちごさんはやっていた。
宿に写真あり。

ワタシはいつか馬に乗って役所などにゆきたい。
受付の係のところで、「あの~、馬なんですが、どこにつなげばよろしいでしょうか?」
というのをやりたい。
やろうやろう。

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数年前に、高柳でも春山やったのが単発で終わった。
ナガエさんなど個々はそれぞれの季節に自由に木伐り中。)

山にも無数の暮らしがあり、暮らしていくための仕事がある。
そして、宿に行けばだいたいその土地の誇る風景写真がある。
ただし、中ノ俣の写真は凄く、具体なのだ。

  * * *

<ただ大勢集まるのが結いではありません

 行動の動機と目的が公共性を持つことが結いです。>
 (かみえちごの関原専務理事が地元中学生に講話した『渚の思考』から)



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朝食前に再び散歩。
さっき(鳥居のところに「100m先」と書かれてあったので)断念した気比神社へ。

境内で舞われる神楽。
ナカノマタン(中ノ俣集落に暮らす人々)、いいね。
ヤマナカンもシオザワン(塩沢集落)やイシグロン(石黒地区)あたりと
今後ますます仲良く暮らし、頑張ろう。

 * * *

塾長の結城登美雄先生が、講義のなかで、
「桧枝岐の歌舞伎」についてお話されていて、
そうか、”あの空間”はそういう場所だったのか、と我が膝を打った。たまげた。
それで妙に立ち止まらせる迫力があったのだとさらに我が膝を打つ。
他人の膝は打てないので。
ヒノエマタンはまたゆきたい。見たい。

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宿に写真あり、
山中に川は無し。
旅先ではたいがい川や水路に目がとまりがち。

宿有写真、山中無川。

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<「これ以外は全部ダメ」というような人々が、
 たとえ私たちの地域を「理想的だ、素晴らしい」と、ほめてくれたとしても、
 その裏には「だから都市はダメなのだ」という主張が隠されているのです。
 
 このような「一方的なほめ言葉」は、かえって地域の現実を見えなくして、
 地域の活性化や再生をやりづらくしてしまいます。
 そして残念ですが、そのような出来事は現実に非常に多く見受けられるのです。>
 (『渚の思考』ー過疎地域で生きる中高生が地域を学ぶということー)


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過疎が語られる時、我らの地域だと
たいがい除雪費とセットで非効率論を言われる。
でも、集落単位で「予防福祉」が少しずつでも具体化されていけば、
除雪等に係る経費など比較にならない軽微さ、
あるいはむしろ効率的ですねなんて数字だとも言える、かもしれない。

中ノ俣、いいね。


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<「渚」とは、「陸」という「人間が住む世界」と
 「海」という「自然」が接する場所です。

 このような場では、そこが「渚」であることが、
 そこで活きる人間が「世界」を感じる、
 その感じ方に様々な影響を及ぼします。

 このような感じ方を「渚の思考」と呼ぶことにします。
 このように「渚」とは何も海辺だけの話ではないのです。
 「人間世界」と「自然」が接する場はすべて「渚」です。
 ですから里と山が接する場も「渚」なのです。>
 (『渚の思考』ーふたつの「渚の思考ー)

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山中にはじめて来たヒトは、だいたい「山カフェ」をやれという。

かみえちごには素敵な川カフェがあった。
労金の助成事業を活用したのだと、
かみえちごの若き結の司(事務局長)マツカワさんがニコニコしながら教えてくれた。

柏崎には海カフェがある。
山中の古民家をどう残す術があるか、もう一回頭から考え直したい。

ヒトは山カフェとすぐいうが、
我ら暮らす山中(やまんか)なので、「やまんカフェ」ということになりましょう。

川カフェの麹甘酒ドリンクは、想った以上にかなり美味くてたまげた。

あと、まったく関係ないことですが、
「コブクロ」の大きい方は俺が思っている以上に(たぶん)かなり大きい。
コブクロなのに。

「思った以上に」という表現をするとき、
チーム事務のコバヤシさんと必ず話す、コブクロの大きい方のくだりが好き。
「イトーさんが思ってる以上ですよ。」と釘をさされる。
全然関係ないですが。

などと思いながら、結城先生に桧枝岐歌舞伎の話を補講してもらいつつ、
甘酒をいただく。


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炭酸水も桑取の水でつくっているのだと、
童の司・マツカワさん(二児の母、うろ覚えですが)は言い、
なんだってと俺が喰いつき、厨房にあったのを見せてもらった。
電気屋さんで9000円くらいですよと才色兼備なマツカワさんがニコニコと教えてくれた。

そうか炭酸もつくれるのかと勢いで写真を撮ったが、
この写真がじつは今回の塾の最後の一枚だった。
最後は炭酸水マシンだったか。

帰り際に事務所で手拭い(前回買ったのを山でなくした)を購入。
村のお茶会で踊ったらしい(うろ覚え)、踊れる司・マツカワさんは、
塾終了とともに、お勘定がおぼつかないほどヘロヘロになっていたものの
ニコニコもしていた。

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秋田の「なんも大学」と関原さんの適疎とは、
わりと似た表現法だと思う。
そして、「適疎」のコピーライツを持つ関原さんに、
あの~、じつは~とモジモジしながら、
数年前から山中で「適疎」という言葉をいただいて、
丸パクリしてこねくり回して活用してました。
と、山中から「適疎」を考える会の数少ない会員を代表して白状し、
「いやーどんどん使ってください。」と許可をいただけた。

我らも山中の暮らしを、やろうやろう。


 * * *




<いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
 たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。 
 もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?
 写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、
 いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。

 その人はこう言ったんだ。
 自分が変わってゆくことだって・・・
 その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって>
 (星野道夫)







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by 907011 | 2016-08-28 04:52 | Trackback | Comments(0)
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