山中記

四季五感。

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世間話でよく、人が「いやー曜日感覚がなくてねえ」と言ったりするけども、
はたして本当に曜日感覚を持たずに暮らすと、
たとえばこの連休のありがたみなども
まったく感覚されないままに過ごしてしまう。
とりわけ今年はいまが何日であるのか何曜日であるのか、
意識して何かを見るか、聞くかしないとわからないまま暮している。
良い面もありそうで、もちろん悪い面もある。

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ゴボウの花。
数年前に夢の森公園で種の交換会があって(良い集まりだった)、
自分もまだ畑の時間がいまよりもあったのであれこれ自家採種に精を出していた頃で、
(家人には「種とるから、うちの野菜には食べられるものがないのですね。」
と言われ、いまに至る。)
種種交換したりしながらもらった種の一つにこのゴボウがあった。
ゴボウは繁殖力旺盛で世話もいらないため、うちのまわり中に増えていて、
昨秋、集落の敬老会などで食されて活躍してくれた。
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ニンジンの花は花火を彷彿させる。
ゴボウもニンジンももはや山菜だと認識して暮らすようになった。


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リアルタイムで見たこともないが、
「かわぐちひろし探検隊。」とつぶやきながら、
豪雨で流された沢のホースを回収して、滝となった沢を遡り、水をとる。

炎天下にこういう沢の中の仕事をするか、
せっかく日当たりの悪い圃場が多いので、日陰の田んぼ箇所で仕事をすると良い。

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無事、田に水がかかる。
沢によってはこの水が無事に通るまで2時間くらい、
田んぼと沢を行ったり来たり、登ったり降りたりで往復し続ける。
晴れて水がとれたらまだいいが、
水がとうとう出ずにその日は打ち切りとなり、あきらめて帰路につくこともままある。

ここ一か月近く田面を乾燥させて、
去年の稲株などの有機物の堆肥化を促したり、
無効分げつを止めたり、いろいろ作用はあるものの、
いちばんは秋の稲刈りを無事に進めるための表土乾燥が
耕作者にとっては切実にその意味合いを占めている。
そして今年もまったく乾かずにズブズブの箇所が何枚もある。
年に少しずつ改善していっているものの、
今春も田んぼできない人の分を急きょやることになり、
増える枚数に自分の管理能力がまったく不足しているのを痛感する。


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管理力不足なのでto doリストのうち時期的に〆切のせまった、
村管理道路の除草剤まきをタモさんマサさんの同級生コンビに委託した。
2人で一日半かけて入念に管理していただいた。

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その裏で、マサさんのやめた田んぼを使って実験中の
不耕起田んぼの草取りができた。

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昨朝の子タヌキ。
雨降り後の昼に再び通ると一つ(おそらく足を負傷していた方)は残念ながら
道端に虫の息となっており、モーキンの類が二羽、最期の始末に来ていた。
もう一つは逃げのびたかどうか、見当たらず。
自然の理を、オトナになった自分がコドモ脳のままの自分に叩きこむ。
が、コドモ脳の自分は鵜呑みにできずにいて葛藤し、消化不良となる。


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ラッカセイも花がついていた。
花が落ちてすーっと地中に伸びて行って、土に入っていき、実を成らせる。
落花生という名は字としても音の感覚としても腑に落ちる。
野生は、自然の理を柔軟に肯定し、皆素直に映る。
透明な呼吸を感覚する。





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by 907011 | 2017-07-17 07:25 | Trackback | Comments(0)
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