山中記

2016年 03月 28日 ( 1 )

冬季レク。

昨日のフミエ。
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まことに天気の良い一日で、
イサオ兄はスキー力向上研修活動に、
山中インターン生君は東京で笹団子や姫の井のシティセールスに、
イトー家はガク菌による風邪で家人がダウン、
俺も半ダウン半区長仕事と、
我ら「適疎」の会も皆それぞれのソロ活動に余念のない年度末の週末だった。

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早昼を食って、ガクをつれて公民館へ。
2階に移設された観音様を銘々が参った流れで、
「賽銭箱開けちゃう?」というノリになり、ありがたいありがたいと皆で数えたものを預かる。
思いの外、2万円くらいあった。10数年ぶりに開けたらしいけど。
これは山中の剣神社の通帳へ。

神社は年間の建物共済が約5万5千円(2種類)。
盆行事は現在公民館に会場を移したものの、
春祭と秋祭、
あとは2年参りと小正月のどんど焼きで主にみんなでお参りする。
おととい、宮司さんがうちにいらして預かった神社の負担金が28年度は7700円。

という感じで山中の台所事情は農山村の限界集落としては、
かなりディスクロージャーされている(つもり)。

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大正生まれの「山中最後の木こり」サイチ翁と、ガク
87歳差。
ちなみにその後ろでたそがれている(寝てる?)のはトクイチ翁86歳。

今年は16人(たしか)の適度に疎(まば)らな冬季レクレーションだったがいろいろ緩くて、
ツッコミどころ満載で、面白かった。
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従来4班とかだったのを、2チームに分けて、一戦ずつが決勝戦状態。
なぜか1種目を2回ずつやることになり、しかも場所を変えるホーム&アウェイ方式を採用。
俄然、レクリエーション感がぐっと増したまでは良かったものの、
自分がどっちのチームだか皆混乱して少しずつ適当に混じり合い、
そのうちにゲームの集計係りのシゲルさんとマサオさんも、
互いにどっちの点数をつけているかわからなくなり、
なおかつチームの一員として種目のアンカーをしなくてはならず、
そんなこんなでいろいろ緩くなり過ぎた結果、
最後は、
「まー、いろいろあったけど、ジャンケンで2回勝った方が勝ちでいっか」というゆる決勝で幕を閉じた。
 
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どっちが勝っても負けても、特に何かが1mmも変わることもなく、
この恒例行事も、さあさあさあと速やかに「一杯」(「お茶飲み」とも言う)へ。

今日も一番搾りがよく飲めた。
やっぱりキリンだな。
隣りでサイチ翁が、山中の「村田」は坂上田村麻呂の時代から来た姓で、ひっくり返して村田なのだという、
何だか知らないが鵜呑みにはし難いぞという感じの話をしていて、
それをカワシマさんが冬眠あけの熊の様な形相でよく聞いていた。

俺の乾杯挨拶は今一つだったので、
締めは一杯入れば確実に笑いのとれる男・ヒコスケを指名し、
期待を裏切らないつかみネタと三本締めをしてもらった。
(上の写真真ん中・指をさしているのが山中の漫談師ヒコスケさん。
 同じく写真手前の瓶ビールがいっぱい立っているのが俺の一番搾りたち。)

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夕方に少しだけ出た土で鶏を遊ばせた。
弱り気味の名古屋コーチンと、昨夜献身的に介護していたウコッケイ。

 * * *

なんて噺を、イヤホンで立川談志の落語『芝浜』を耳に流しながら書いた。

昨日だったか、おとといだったか、
夜中にガクの寝言で目を覚まして、横を見ると、
ガクは、あごを右手でさするようにつかみ、その右の二の腕を左手でつかみながら寝ていた。
暗闇のなか、あまりに唐突に俺は「談志師匠のモノマネをする人」に月明かりの下で邂逅した。
なかなかトリッキーな芸を持っているなあ。我が子よ、それどこで習ってきた?
と、思わず聞きたくなったが、それは
「よそう。また夢になっちまうといけねえから」。









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by 907011 | 2016-03-28 03:41 | Trackback | Comments(0)