山中記

2017年 03月 03日 ( 1 )

「先」という言葉。

高柳雪まつり。雪も風もなく(雨は少々)無事終了。

そもそもは、「町の人、つまりは実行する側がいかに楽しむか」が
根源だったこのイベント。

我ら山中集落にも毎年、「地区選出による実行委員1名」を出すよう早くに文書が来て、
でも、誰も成り手がおらず、
(役員会の雑談のときも数名から「雪まつりだけは、もうカンベンしてくれ。」というので)
今年もどうにも仕方なく、
脳みそ側の自分がすごーく反対しているのに、
我が氏名を書き込んで提出し、「山中からの人」となる。

夜の会議は全部出られなかったので、
届いた議事録を薪ストーブの番をしながらさーっと読み、
前夜からの準備と片付けをまじめにこなし、一応の誠意を見せる。
当日割り当てられた役どころ(一つだけ夜の遅いのを請うて交代してもらった)は出て、
あとは「実行する側がいかに楽しむか.」を追求して、主にドリンク類の売上に貢献した。
いろんな人と久々に飲んで話せて良かった。

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雪まつりが終わって翌日に精算の準備をそろえ、
翌28日朝に今年度最後の上納「暮割」をした。

公民館に各戸から出てきてもらい、28年度下半期の徴収および支払い。
各役職員給や草刈仕事などもろもろの支払いで、
冬の暮割りは支払いがかなりでかい。

俺が今春から新たな補助金を当て込んで、皮算用と会議を重ねた末に、
区費が各戸一律2万円(年間)くらい下げられたのもあって、
これまでは徴収していた相殺分が減り、
おおよそ50万円くらいの支払いとなった。大放出。

メイン通帳の残高は一気に半分以下になったので、
この頃になってようやく重い腰を上げて、
コーヒーをひたすら飲んだり、眠くなっては雪をつついたり鶏を眺めに行ったりしながら、
各種(補助や支援)事業の申請書類に向っている。
今春つくった山中予算の収入のおよそ半分くらいが、
年度末に作成する提出物にかかっているので、
この冬期間ばかりは春夏秋と変わって事務作業の人となる。
(ちなみに自分の確定申告はまだできず)


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上記のような状態で、冬はできるだけ山中暮しに専念するようにしている。
会議の招集も稲刈り後から途端に2月あたりまで増えるが、
夜のものだけはできるだけ勘弁してもらっている。

雪まつりで久々に会った人が多かったなかで、
拙記の奇特な読者の一部の方には「ブログが更新されないねえ。」と言われる。
(毎冬ほとんど冬は更新できないし、しないようにしてますが、
 それでも毎冬、よく言われる。)

 * * *

実は、たまーにぽつぽつと書いている。
書いているというか、いろいろ読んだり、耳にしたりした中で、
「あーなるほどなあ」とか「すげーなあ」だの「雪が溶けたら考えてみよう」、
というようなものを、写経のように書き写しているので、
何か自分で考えて書いているわけでなく、引用ばかりなので、
非公開の私的メモとしてブログを使っている。

という、長い冬の、長い言い訳。

今日も書類(と会議)を頑張ろう。
この2,3日集中的にやった農業系の活動支援制度(の一つ)のおかげで、
70万円くらいは支出を補填できそうだ。

農山村が今後どうなっていくかは、
集落の規模の大小ではなくて、いかに農業がその集落なりに、
(小さくなりながらも)やっていけるか、
にかかっているところがだいぶ大きい、とワタシは思う。
「農山村」だから。
農山村が生き残っていくという課題だから。

我ら小部落を眺めて、
(他所の)人は皆、もっとポジティブにやれとか、
先進的なことをしろとか、次々に「攻め」の展開をしろだの、
とにかくもっと外貨を入れるように働きかけろとか、
もっと早く、もっと急いで、もっと非効率を排除してとか、
要は「先へ進め」とそれぞれが口々に言う。

ただ、この山の中での一集落ごと一戸ごと一人ずつの暮しがそうであるように、
あるいは都会においても「いかに生きるか」と葛藤しながら働いている人であるとか、
自分もかつて新潟市や長岡あたりで働きつつ、毎晩居酒屋のカウンター
「俺はこれからどう進んでいくべきかなあ」って堂々巡りに悶々と悩み続け、
けっつまずいたり起き上がったりしては、また考えて考えて考えて、していたように、
「先」なんて、それぞれの状況、環境、生きてきた背景、その時の想いによって、
その「先」がどっちの方角を向いているかすら分からないからこそ、
個々がそれぞれの立場なりに、考えたり悩んだり試行錯誤を繰り返しながら暮しているのだ。


わかるんだったら行くよ、「先」へ。す~っと。
見えるんだったら、「先」について具体的に考えるよ。もっと早く。もっと急いで。

自分はゆっくり非効率型ニンゲンなので、
まだまだ考えたり、悩んだり、その時々に想ったりします。「先」というものについて。


 * * *


<一般に農業は、農地や水利を中心に
地域や集落に存在するさまざまな農業用資源と結びついており、
過去から現在、未来へと受け継ぐことで営まれています。
特に農地を生産の基盤とする以上、先進的経営体といえども
この農業の特質からは逃れられません。

 先端型の技術を取り入れた施設園芸などを「次世代型農業」ととらえ、
こうした農業を展開する経営体を「先進的経営体」と考える向きもありますが、
私たちが「次世代」というキーワードを使う中で重視するのは、
地域や集落に存在するさまざまな農業生産諸資源を未来に引き継ぐことです。
(便所で読んだ農業共済新聞にあった書評から)>





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by 907011 | 2017-03-03 05:22 | Trackback | Comments(0)