山中記

2017年 04月 06日 ( 1 )

だんごの指針。




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<じぶんがお菓子を好きだということもあるけれど、
 ぼくは、いつのまにか
 「おかしやさん」と知り合っていた。
 そんなに何人もはいないけれど、
 ぼくの出会った「おかしやさん」は、
 まことに「おかしやさん」にふさわしい人たちだった。
 お菓子好きのぼくは、
 「おかしやさん」という人のことも好きになった。
 
 「おかしやさん」は、なかなか不思議なしごとだ。
 おいしいお菓子をつくったり、売ったりするのだけれど、
 それといっしょに、「なんだかうれしい」を売っている。
 買いに行く人たちも、食べる人たちも、
 おいしさやかわいらしさもほしいのだけれど、
 「なんだかうれしい」のほうが、もっとほしい。

 お菓子の好きな人たちは、他の人たちに、
 よくお菓子をあげたがるものだ。
 「なんだかうれしい」をわけてやりたいからだ。
 もらっただれかに「なんだかうれしい」が届いたとき、
 受取ったよとか言われなくても、そのことがわかる。
 「なんだかうれしい」を受取った人は、
 きっと笑うからだ。
 ばかばかばか、おとなのくせに、どうして笑うのだ。
 世間のなんたるを知らぬこどものくせに、なぜ笑う。
 
 「おかしやさん」たちは、
 お菓子がどういうものなのか、よく知っている。
 お菓子は、生まれたての赤ん坊のようだ。
 なんの役にも立たないし、なにも言えずに裸でいても、
 だれかが抱きしめてあたためてくれる。
 栄養だの、健康だの、必要だのという世界が滅んでも、
 きっとお菓子は生き残っていると思う。
 ヒーローが、勇気ある人が助けてくれるというよりも、
 無名のお菓子好きなみんなが、隠してくれて生き残る。
 
 ぼくは、いろんなしごとをしてきたけれど、
 「おかしやさん」のようでありたいと思っている。
 世界中のだれもかれもがよろこぶわけじゃないけれど、
 それなりにたくさんのお菓子好きと共に生きていたい。>
  (ほぼ日「今日のダーリン」から)



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もらっただれかに「なんだかうれしい」が届いたとき、
受取ったよとか言われなくても、そのことがわかる。



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「なんだかうれしい」を受取った人は、
 きっと笑うからだ。



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by 907011 | 2017-04-06 04:18 | ほぼ日などから。 | Trackback | Comments(0)