山中記

2017年 04月 28日 ( 1 )

無計画良品。

昨朝。
冬に散々頭をいじめるからかどうか、
一年を通じてどうも眠りが浅い。
夜中に目覚めて、しばらくイヤホンを耳に挿して
吉本隆明さんの「都市論としての福岡」を聞く。

仕方なく起きだして29年産米の計画を練る。
今頃。本来は残雪のうちにやらねばならなかっただろう。
計画はまだ定まらず、
しかしコシヒカリは収量を0.5俵(一反あたり30㎏一袋)上げられれば
おおよそご注文いただいた量になる模様。
上がるか?
否、上げまいか。

不足すれば年貢米分を少し山中の米を買うことになる。
すべてはこれから。
「自分を頼ってくれた注文に対して、
 自分の米が少し足りなそうであっても、断ったらダメだぞ。
 たとえ勘定で損してでもちゃんと応じること。」
と先輩農業者に教わった話を思い出す。

朝食後、子の出勤を見送り、
朝食中のグルグルハウスさんでお茶を飲む。
デザイナー・F前さんが来られていて、
高柳サテライトオフィスに岡野町の空家を買ったと爽やかに話していた。
買って、山中の空家。次は山中のサテライトオフィスも是非。

ミツタカさんに米の紙袋の印字された版について立ち話に寄る。
印刷された袋をオーダーするのは簡単だけど、
最小ロットが500袋からと聞いて、あきらめる。
自分は今春、2町歩農家となったものの、500袋だと半分にも満たない。
農協の丈夫な袋と市販のを組み合わせて、なるべくロスの出ないように
細かな経費を考えると、計画も大事なのだなと、無計画を反省する一方で、
「無計画良品。」と無印のロゴを真似るイメージをしながら帰路。

”先納沢”の田に寄って、水をとって帰宅。
自分らがいま住んでいる”とわち”から市内に出たツネさんが
小さなラジカセで大きく音楽をかけながら何かしていた。春。

苗づくりの匠・マサオさんの田んぼに通っていたら、
田んぼの脇に植えたアスパラに妙に魅かれて、
市販のアスパラ株をさっそく畑の隅に埋めた。
”ごすけ”のハルキさんが畔塗をしてきたと腰をだいぶさすりながら現れ、
親類のバサの田の心配事などを少し話す。
ハルキさんの腰が心配。
他人の心配をしているうちに
いつの間にか自分の方がどっかガタが出る、という毎年のあるある。
我以外皆屈強。

20分くらい昼寝をとって寝不足を補う。
月ヨメ沢の奥に行って、田んぼに入った杉っ葉や倒木や石を片付ける。
まだまだ雪が田に積っている状態であさってあたりから、
コシイブキ分の田打ちを始めたいが、雪はどいてくれるかどうか。

「その土地や自然が、その人を許すかどうか。」
という内山節さんの話を思い出す。

一輪車のタイヤを交換して夜。
ホタルイカをつまみながら姫ノ井を飲んでいたと思いきや、
そのまま長座布団に寝落ちする。
かろうじて風呂に入り久々に子を洗ったりしながら正しく寝る。

変な夢ばかり見ながらだいぶ良く寝て起きたら、
玄関でトイレトレーニング中の子猫が鳴く。
ウグイスもよく鳴き、うちの雄鶏ツユも共鳴相手がいて嬉しそうに雄叫ぶ。
猫の隙間を開けると即、つめを研いでいた。

b0079965_04164422.jpg



<九州一円についての都市について論ずることは、
世界全体について論ずることと一向に変わりなく、
同じことなわけです。
都市と都市を比較するということは、
先進国と後進国を比較するというのと同じ意味を持ちます。
たとえば福岡市と鹿児島市、
あるいは福岡市と熊本市のデータを比べて、
さまざまな観点から比較をしますと、
世界における先進国と後進国、
あるいは先進地域と後進地域との格差が
どのように縮まるかとか、
いや格差は縮まらないんだとか、
そういうことについての判断のモデルになりうるのです。>
(吉本隆明「都市論としての福岡」から)





********************




[PR]
by 907011 | 2017-04-28 05:25 | Trackback | Comments(0)