山中記

2017年 04月 30日 ( 1 )

春霖。

28日7時、上納。
4月分の区費徴収に集まる朝。
昨年全員の区費を一律下げ、
今年度も死去などに伴い2万くらい下げたので、
歳入は2年で40万円減額してスタート。

金融に預けた後、朽ちた消火栓のポンプを回収・格納。
トラクタのグリスアップを経て、
田打ちはじめ。

”オクサ”の2枚だけ水が溜まらずにたまらない田んぼに入って
しばらく代かきし、ひび割れているだろう下の層に泥を詰めて、
水をとる。
育苗中の苗を使って最後に田植えしたい予定なので、
おおよそ1ヶ月間、耐えてもらうことになる。

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29日朝、たまらん田にふたたび入って、もう一回泥を詰める。
たまるか。
「なおきさんの田が泥になっていた。」と
イサオさんが腰をさすりながら巡視報告にやってきた。
この時期の我ら耕作者は「先走り過ぎ注意」や「頑張り過ぎ注意」と言いながら、
先駆け過ぎそうな者に対しては、
もっとゆっくりしようよ、まあまあ休んで一服しようよ、と釘を刺し合う。
離農者も年々出るが、山の田んぼは集約化は難しいし、
それぞれのブロックに複数人の耕作者が居て多様化している方が良い面もある。
一人でやっていると心身を休める一服のタイミングも下手になるばかりだ。

雨で草も勢いよく伸び、
家人が”こうすんず(強清水)”のつくりぜんまいを見にいくというので
休みがてら林の中を歩く。
沢の反対側の崖のはるか上にいいぜんまいがあるが、
崖すぎて登れず届かず。
「崖が過ぎるぞ。」と言ってあきらめる。

田からあがったトラクタの泥落としがてら畑を2枚耕す。
『故・石塚亀吉3年日誌』によれば、
「耕」という字を書いて、昔の人は「たがえす」と読んだそうだ。
土の天地返しこそが耕すこと。味噌づくりを思い出す。

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藤のツルが蛇のように巻き付き、しめ殺されて木は枯れ倒れる。
花の時期こそ綺麗だが、そこら中、ふじっつる最強説がはびこっている。

畑をもう1枚打って帰飯。
家人の友だちが年賀状の住所とそこにあった写真を頼りに、
山中まで遊びに来てくれて、鶏と池の生き物たちと遊んでいた。
「夢物語(昔話?うろ覚え)みたいなところだ。」と
友だちはあたりを眺めては褒めていた。
じつは家の中は子や子猫などで足の踏み場もなくなりがちで、
玄関や部屋はそこに暮らす者の脳内をつくづく反映しているのだなと考えさせられる。

鶏がよく遊んでいたので外でござを広げて昼飯を食う。
30分くらい昼寝して午後、月ヨメ沢の田に入ってゴミさらい。
田の雪がまだとけない。
1日に代かきを終えて8日からコシイブキ植えをと思っていたけど、
後ずさりの構え。
去年の春が早過ぎただけなので、
今春は今春なりに植えるしかない模様。
雷雨に打たれ、撤収。
雨でまた草木、よく伸びる。

ウドとタケノコとニシンを肴に早々とビールと酒を飲む。
寝落ちかけて、昨夜もかろうじてぎりぎり風呂につかって寝た。


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by 907011 | 2017-04-30 05:25 | Trackback | Comments(0)