山中記

2017年 09月 12日 ( 1 )

人間の業の肯定。

梅雨のころからか、
寝る前に落語をイヤホンで聴き続けている。

盆過ぎあたりから、懲りずに付け焼刃的に排水土木仕事を終日していたので、
一つの噺も満足に聞けないまま、気を失って寝落ちてる。
数時間後に目覚めてみると、
とんでもなく先の噺(100本くらい入っている)が展開されていて、
寝ぼけながら電源を切って寝直す。

稲姿を見るだとか、特に田の状態をああしたいこうしたいという管理を
その時期、観察したその日にしばし黙考して手を施さねば、
まったくもってその年、その四季のそれも刻々と変わる読めない天候に応対できない。
秋のこの時期になると恒例、成長できない自分を反省する。

とりわけ今季は、
「自分が一番下手なのである。」と一夏言い聞かせ身に染みさせて自戒した。
一つずつこなしたり、一つずつ減らしていかないと、
「やりたいこと」はただの積み残しとなって先に進めず。

プロ専業農家の大先輩に
「現代の状況で稲作やるなんてボランティアだ。」と
熱く諭されて以降、凹み悩みながも沈思黙考は続く。

そんなこんなとは無関係に、今夏はカモシカに踏み荒らされてしまってしばらく凹んだ。


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日曜日に当地で保育園小学校中学校合同運動会があり、子を眺めてきた。
聞けば3つの子どもら合わせて50人を割ったそうだ。

数年前に回覧板の学校だよりを眺めていたら、
PTAイサオさんが「キミたちは47人居るのだ。赤穂浪士と同じ四十七士だ。」
というような話を書かれていたのを思い出した。
数年前、小学生で47人いたのか中学校と合わせてだったか、忘れてしまったけど。

 *

立川談春という一人の噺家がいる。

いかに生きるべきかを悩んでいた中学卒業間近に、
上野の演芸場に足を運んだのが、
「立川流イエモト立川談志との運命的な出会い」と著書の中で回顧している。

談志は忠臣蔵のネタを披露したという。
赤穂藩には当時300人の家来がいた。
現代まで語られることとなる、主君の仇(あだ)を討って、
世間のヒーローになったのは47人。

残りの253人は逃げちゃった、と談志はいう。

<「逃げちゃった奴等はどんなに悪く云われたか考えてごらん。
 理由の如何(いかん)を問わず
 つらい思いをしたはずだ。
 落語はね、この逃げちゃった奴等が主人公なんだ。
 人間は寝ちゃいけない状況でも、眠きゃ寝る。
 酒を飲んじゃいけないと、
 わかっていてもつい飲んじゃう。
 *
 それを認めてやるのが落語だ。
 客席にいる周りの大人をよく見てみろ。
 昼間からこんなところで油を売ってるなんて
 ロクなもんじゃねェヨ。
 でもな努力して皆偉くなるんなら誰も苦労はしない。
 努力したけど偉くならないから寄席に来てるんだ」――。
 *
「『落語とは人間の業(ごう)の肯定である』。
 よく覚えときな。
 教師なんてほとんど馬鹿なんだから、
 こんなことは教えねェだろう。
 嫌なことがあったら、
 たまには落語を聴きに来いや」。>
(立川談春著『赤めだか』)


この頃は柳家古三治さんの語り口に和む。






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by 907011 | 2017-09-12 05:38 | Trackback | Comments(0)