山中記

<   2009年 09月 ( 12 )   > この月の画像一覧

清酒。

昨日。
朝からの雨降り。
夜のよってけ亭を心配しつつ、収穫祭の後片付けからスタートの一日。
b0079965_6243191.jpg

みんなで掘った、サツマイモ畑。
(関係ないけど、卒業式の出し物風に読んで下さい。ex.「楽しかった、修学旅行ー」)

あまりに収量が少なくて、
じつはまだまだ掘り損ねているイモが畝の間にあるのではないかという仮説のもと、
一人、鍬を振り回す。
・・・、湿った土が重過ぎて、鍬の刃が柄から抜け、スコップに持ち変える。

ここは善い。
鳥の音、虫の音。
風に撫でられる。
山傘を脱ぎ、このナマグサ坊主の首を風に差し出す。

例えば、畑の真ん中に稲妻が落ちて、死ぬということだって自分に有る確率の一つ。
そのくらいに、死ぬことは、一瞬の出来事だ。
自分が生きていることで、別に、絶望的な誰かの命一つを救えるわけでもない。
悪意を持った誰かが企めば、一瞬で命など消えるのだろう。
生きることは死ぬことと見つけたり、という言葉を誰かが残したというが、
気持ち良く生きることは、気持ち良く死ねることと言えるだろうか。
素直に生きることは、素直に土に還る近道だろうか。


あらためて、少音の空間をこの上なく贅沢に想う。
欲も得もひっくるめて、己の身ただ一つと対峙できる空間/時間。
小さな体験畑のなかに居る、もっとも小さな自分。
ただ黙って、与えられた条件で、根を張り、つるを伸ばし、子孫を残すイモと比べて、
脳みそを持ったニンゲンである自分のエネルギーの費やし方の、そのしょうも無さ。

しばし、狂ったようにスコップを土に突き刺し、掘って掘って、ただ掘りまくる。

結論。
残りイモ、無し。


b0079965_6245860.jpg

ふと手を休めた視界に入った薄紫の可憐な花。
さつまいもの花。
多くのいもはこの花が出る前に掘られてしまう(はず)ので、
けっこう珍しいなあとしばし眺める。

さつまいもが魅せる和風な色遣いは、上品そのもの。

b0079965_6251256.jpg

残りいも発掘調査を断念し、
やや離れた別の場所にある、あぐらってのさつまいも畑に移動。
あさってあたりに、地元の園児たちが芋掘りに来るので、まずは草刈り。
草刈り機を振り回す時間も、沈思黙考の善い時間。
適度な身体の駆動感と、危険が伴うので目の前のことにただ集中する時間。
眼と身体を使って、脳は清濁合わせ飲みながらの考え事に没頭。

b0079965_6252785.jpg

綺麗な鳥は数々居れど、
個人的にカラスを眺める時間は少なくない。

ごくごく個人的な感想なのですが、
ここらの農家をしている、寡黙なタイプのおっちゃんと、カラスの動きとは似ている。
田んぼや畑の中で時折立ち止まって、
しばらく一点を見つめて何か考え事をしている姿。
あの姿勢を見せられると、さらに深まるカラス愛。
賢いカラスは、ヒトの言葉を真似て話す力も内在させているらしい。
いつかやつらを手懐けて、話してみたいもんだ。

この二羽もまた、農家のおっちゃん二人の姿によく似ている。

b0079965_6253931.jpg

こっち畑のいも、及第点。
善い出来。
園児たちに空振り作業させずに済むなあと安堵のオトナ。

b0079965_6255274.jpg

一日頑張った、泥だらけの軍手を洗い、干す。
中指を立ててみたら、挑発的だったので、人差し指を突き上げる。
好きな映画『ザ・エージェント』のトムクルーズばりの軍手。

トムクルーズ風軍手とつぶやいて、いざ立ち呑み空間へ。
・・・、残業を手伝う。
さささ、いざ、立ち呑み空間へ。
・・・、帰りの道中の8個あるすべての信号に停められる。
・・・、電車が来て踏切も降りる。

酒の神様の存在を、逆に信じますな、こうまで妨げられると。
バッカス。

b0079965_626472.jpg

越後長岡地酒屋台「よってけ亭」。
無事に初日を楽しく終了できました。
慌てて自転車こいで行って前掛け渡されて、
チラシ配りながら呼び込みをしたり、
お福酒造さんのブースで酒注ぎ担当をしたり、味がわからんといっては口に含んでみたり、
終止笑いながら。いろんな懐かしいヒトにも会えました。
素敵な立ち呑み空間でした。
ご来店くださった170名余りの方々、本当にありがとうございました。
あと3日。とにかく怪我のないように。

清酒王国が奏でる、これも青春狂騒曲。
[PR]
by 907011 | 2009-09-30 07:23 | Trackback | Comments(6)

越後長岡地酒屋台(9月29日〜10月2日)、発動。

気付けばいつも、大相撲は始まり、そして千秋楽を迎えている。

駅前に呑みに出たら、フェンスアートが完成していた。見事、流石。
よく見たら、新潟国体が本気で開会していた。
朝アパートの窓を開けたら、無花果は完熟しており、
一方のベランダをのぞき見れば、物干に下げていたタオルが風でどっかに吹っ飛ばされていた。

吹けば飛ぶよなこのワタシ。
世知辛い平面が作り上げるこの球体の内側に、希望の種など重ね見ては妄想し、
お金があれば、アルコールに変換し、
隙があれば、変換する紙幣をあちこち探し、
メールを読み返しては、タダ酒にありつく手はなかろうかと画策し、
耳を澄ませば、「こんな時間だが〜ビール飲んじゃうよ〜」と奥田民生に先を越される。
木枯し紋次郎には、関わりのねえことで、
寅さんには、それを言っちゃあおしまいで、
振り返れば、奴がいて、
織田裕二には、お金がないし、
井上陽水には、傘がなく、
舘ひろしには、免許がない。

今日は雨だからね〜と言っては、酒を呑み、
今日は天気が良くてじつに気持ち良いね〜とつぶやいては、酒を呑む。
犬が喜び庭駆け回れば、猫はこたつで丸くなる。


ということで。
立ち呑みイベント、発動。
今日から4日間、長岡駅前出てすぐの広場に、長岡の16酒蔵の酒とヒトがそろい、
越後長岡地酒屋台”よってけ亭”が開店します。

・駅前大手口真っ正面の噴水がある広場。駅から徒歩数秒。
・17時半〜19時半。
・500円でお猪口、最大32銘柄(各酒蔵のスタッフと要交渉)呑めます。
・少々ですが、つまみ(揚げもちと漬け物)も付きます。
・お猪口は記念にあげます。
・駅からの条件で「有料試飲会」となってます。
 お買い求めは駅構内か駅周辺の酒販店さんまで。
・俺も、仕事終わってから駆けつけます(18時くらい)。
・前掛けしている坊主なので、目立ちやすいかと思います。
・蔵人の話はなんともおもしろいです。
・すべては農に繋がる。
・昨夜最終打ち合わせの後もやはりペルシャ会議(呑みながら会議)に成り、
 日本酒を呷るように呑み続け、本日も二日酔い。
・呑めば、わかるさ。

以上。
乾杯!

チラシはこちら(PDF形式)。
[PR]
by 907011 | 2009-09-29 07:44 | Trackback | Comments(8)

農道/農の駅。

春の田植え。
b0079965_5584471.jpg

畑の親方とワタシ。
自分が坊主頭にするなんて春はまたまだ考えてもなかったなあ。
山傘が二人とも新しそうだ。


田植えから4ヵ月余り、ほとんど毎日のように稲を眺めてた。

b0079965_559980.jpg

明日稲刈りが行われる棚田オーナーの田んぼ。
こちらは地元・栖吉のベテラン農家さんに中間管理を委託している。

来年。
少しでも、そのいくらかでも、技術を学びたい。
知恵を受け継ぎたい。

食べるものがなかった時代の農家さんの難儀。
食べるものがあふれ返っている時代の好奇心。
離農という時代の流れ、増える休耕地。

受け継ぐこと、繋ぐこと。
時代を越えて、世代を超えて。
自分が想う、明るい方向へ。
ヒトはきっと進みたいんだと思う。
おもしろくたって仕事はできる。

b0079965_5595455.jpg


栖吉のかあちゃんアキさんと、若者マツ君。
刈った稲を束にして結う。
田んぼの中での即興講座を遠巻きに見る。

本当、何の因果でこの二人が出会って、こうして一緒に田んぼに居るんだろう。
生きてりゃ日々続く、自分の時間、自分のなかの選択肢。
その選択の連続のなかで、会うヒト、風景、言葉。

落ち着いて見渡してみれば、感動するのに十分なくらいの天文学的確率だと思う。
でも、そのいずれもが、決して遅過ぎず、出会うべくして出会っていること。
そんなご縁。

b0079965_603981.jpg

自分なりに、いろんな疑問、葛藤、惑い、迷い、
そこら辺のすっきりしない雑多な感情にずーっと悩みながら、
それでも多くの助言をいただいて、背中を押してもらって、
いま、自分はここに居る。

b0079965_613838.jpg

迷いも惑いも、完全になくなったかといわれれば、
そんなことはなくて。
ないとは言い切れなくて。

自分の体力不足で、
相変わらず好きなヒトたちにも迷惑をかけてばっかりだ。

b0079965_615257.jpg

でも、いまここに居ることが、
自分にとって、とても素直に、”当たり前”と感じられる。
そう思える瞬間が増えてきた。


27日日曜日。
農の駅あぐらって長岡にて収穫祭。

お祭りイベントと、自分らのやっている日常の仕事とは異なるもの。
どっちが”当たり前”かと言われれば、やはり後者だ。
静かな東山の日常、ケの日。
でも、農業体験施設として、この収穫祭のために費やされた時間もまた相当なもの。
祭りの日、ハレの日。

来られる方も、来られない方にも、ありがとうございます。
まだまだ、ここはおもしろくなります。
可能性という奇跡のようなものを想って、その軌跡を残す。
まだまだ、おもしろくなれます。
いまだによく笑わされる、この東山。

天高き秋。
[PR]
by 907011 | 2009-09-25 06:38 | Trackback | Comments(4)

今後の予定覚え書き。

今夜、なじらていで貸切呑み会なのですが、
たぶん2時間くらいしたらみんなへべれけになっていると思われるので、
お近くをお通りの際はドアの隙間から垣間見てみてください。
カウンターに前掛けをした泥酔坊主がいるかと思います。

昨日はサツマイモを試し掘り。うーん・・・。
そして試し食い、食中毒などあったら大変ですからな。
うまかった。

休憩時間に親方に引っ越し報告。
当日は仕事を休むのですが、職場のトラックもお借りすることにしました。
あと20日。
屋上を離れるのはつらいが、まあ取り壊されない限り、来れるし大丈夫。

月曜朝、呑み会明けの朝に引っ越しの話をしてて、
アパートの部屋よりも、はるかに深く愛着のある屋上から離れることは、
「まるで娘を嫁に出す親の気分」に感じる。

「アンタが出てくんだから逆でしょ、逆」と大工(見習)の坊主に突っ込まれる。

昨朝は、SHS長岡店内の地産地消イタリア料理店
「AallaZ」のスタッフさんが来られました。
秋口から一緒に実験的にやっている「変わり種畑」。
昨日は紫の大根葉が初収穫。
隣の畝には黒い大根。さらに、紫人参、カリフラワーの紫、黄色、緑と並んでます。
無農薬につき、モンシロチョウがどんどん卵を産みつけていきますが、
ちょくちょく管理に来られて野菜と愛を語らっているので大丈夫。
野菜の滋味をどう調理するのか、とても楽しみ。
ついでながら、25日はSHSにお邪魔して、生産者と消費者を結ぶセミナーに参加してきます。

26日は棚田オーナー稲刈り祭り。
27日は誰でも参加フリーの収穫祭。
古農具を使った昔の農作業体験やキャンドルづくりなど、けっこう充実してます。
頑張ります。

明けて28日は、長岡駅前広場で4日間行われる、長岡地酒屋台よってけ亭の実行委員会最終打ち合わせ。
9月29日〜10月2日。長岡の16酒蔵が参加する、秋の夜の立ち呑み空間。
500円でおちょこ10杯「試飲」ができます。
俺も仕事後に駆けつける予定です。
10月1日は、日本酒の日だそうです。
スタッフのくせして酔っぱらっている坊主がいたら俺だと思ってもらって間違いないです。

よってけ亭打ち上げての、3日夜は小千谷で呑み会にお誘いいただいたので検討中。
4日は朝から柏崎にて自然農講座で稲刈り。
5日早朝に長岡を発って再び福島の鮫川村にて稲刈りとご縁会。
戻って一気に引っ越し準備を進めて11日日曜日善き朝に成願寺へ。
寺のしかも「坊屋敷」という地名らしく、なんともご縁を感じます。
節目の引っ越しを全て立ち会ってもらっている恩人が新潟から駆けつけてくれそうなので、
節目の縁会をこじんまりとやります、たぶん明るい時間から。

12日。
あぐらってさん休館日ですが、引っ越し早々に家を出て、
小千谷の小麦栽培農家を見学に行ってきます。
早ければこの秋から、またもSHSレストランと一緒に、
「長岡で小麦からパスタをつくってみよう」の実験開始。

同日夕方に新潟に移動して、高速バスで夜の山形シティに降り立つ予定。
山形国際ドキュメンタリー映画祭(のメイン飲み屋)へ。
山形の街がバックパッカーたちで彩られます。
ドキュメンタリーを腹いっぱい見続けて二泊。
14日夜に新潟市に戻り、そのまま駅前で呑む算段。


屋上にゆきます。
考えよう、ストレッチしながら考えよう。



***********
[PR]
by 907011 | 2009-09-23 06:00 | Trackback | Comments(4)

根っこと、在庫管理。


とうとう。
27日日曜日の収穫祭に向けて、最後の一週間が始まる。
土曜日は「棚田オーナー」の稲刈りがあるので実質4日間。
natural highで一息に駆け上ります。

その手前の貴重なお休み。
『1000年の山古志』に予想以上に脳みそを揺さぶられる。
あんなに泣き続けて映画を観たのは久しぶりだ。
「感動」という言葉でもなく、なんでしょう、あれは。

豪雪で、分け入っても急勾配の深い山ばかりで、
今でいうところの”普通の生活”をするにはあまりに不便。
同じ中越圏内ではありながら、似て非なる暮らし。

でも、そんな「不便」な山古志村に、
どうしてもあんなに帰りたくて、戻ることを切望していた人たちがいる。
村に帰るために、堪え難きを耐えて、逆境を跳ね返して、
前に駆動する為のエネルギーにすらした人たちがいる。

ある村人は、道半ばの復興と歩幅を合わせるように、
錦鯉職人の道を継ぎ、親父さんのやっていた伝統的な育て方に挑戦する。
初めての品評会でのどたばたぶりに一瞬、会場が笑いで揺れる。
ある村人は、泣き崩れて謝りながら牛舎を捨て、ヘリに乗せられ避難。
山古志が好きだと素敵な笑顔で語る若者は、
そんな被災の轍を踏まないようにと、
新たに共同牛舎(前職で見学に行った建物だったのでびっくりした)を建設。
新たな命を育み、村人全員が見守る中で闘牛にも参加。
まだ幼い彩葉(いろは)ちゃんが見つめる目の前での子牛の出産シーンは見物。

b0079965_5464681.jpg

文化。
不便だからこそ自力で生えたニンゲンの知恵。ニンゲンの教養。
受け継ぐことは、尊敬すること。
受け継ぐことは、根のつながりを感じること。

祈り。
村に戻れなかった人もいる。
しかも、自分たちのすぐ周囲にたしかに居る。

b0079965_547279.jpg


撮影4年余り。
単なる復興の記録作品というものでもなく、
小林茂監督がカメラマンをした作品『阿賀に生きる』を彷彿させられました。
その土地に相応しい暮らしと、
そこに産まれる笑い/そこに戻りつつある笑い。

山古志名産のかぐらなんばん(神楽南蛮)と同じ様に、
古来種、伝統種が土を介して受け継がれていくこと。
適地適作。
その土地で、その土地に合った暮らしをする。
日々に難儀はあれども、贅沢も、貧しいもない。
ただ、そこの暮らしがある。
ニンゲンも一種の種だ。

b0079965_5413886.jpg


ルーツ。
上映の間、ずっと「根」という言葉を考えて、時に泣きつつ観ていた。
根を張ること。
張った根を、広げること。
根を張りたい。
自分はどこに根を張れるのだろうか。

なぜ、ああまでして山古志村に戻りたかったか。
上映後のトークで橋本監督は、その疑問に応えるものがつくりかったと話す。
是非、『掘るまいか』(11月に長岡の図書館で無料上映会があります)と合わせてオススメします。


 * * *


恍惚。
興奮冷めやらぬまま呆然。
上映後に、農に関心のある女花火師(見習)にお会いし、東山と成願寺を案内。
やはり、ここは善い。一先ずはここに集中したい。

なおも興奮から醒めず、居酒屋カウンターへ。
高速1000円で東日本を縦断しているという滋賀県の若夫婦と呑む。
自分のルーツであるところの秋田の話など酌み交わし、
マスターに地酒を渡され、振る舞う。
ここも善い。俺の社交場。酒は燃料であり、酒の空間は豊富な教養を叩き込んでくれる。

節分に天川に行く際、滋賀に立ち寄ってみようと思う。
連絡先を旦那さんの携帯電話に打ち込む。
と、「直樹という感じですね」と奥さんに言われる。なるほど。どうなんだろう。
名は体をあらわすものなのか。
でも、名前負けしているとも常々思う、たとえ別の名前であっても負けるなあ。

本日も寝不足二日酔い。
でも、お祭り週間。


 * * *


以下、たまった写真の在庫一掃。
供養して、近況報告に換える。


b0079965_5435213.jpg

あぐらってさんには、古民具というのか、古農具というのか、
私的にかなりレアな品物がたくさんある。
実際に田植えでは昔ながらのゴロを転がす。(春の田植え日記に写真と説明あります)
これらをえいっと出して掃除。
写真はいも洗い機と、井戸の滑車。

b0079965_544376.jpg

満場一致で「こなきじじい」。

b0079965_542203.jpg

久々登場のSHS長岡、素敵空間。
昨日は、紹介した前職の同僚のコがジャズピアノを演奏していた。
明日のお昼にも、再びレストランに彼女あらわれます。
お休みの方は是非。
ついで(?)に、あぐらっての古農具の展示などもやっています。
でも、今回は収穫の端境期で、出せる野菜もないため、私らは山の田畑に居ります。


b0079965_5442414.jpg


先日の職場体験に来た南中生の休憩時間。
3日目になるとダレ始める。
逆足湯につからせてみた。

b0079965_5444787.jpg

加工のお客さんの愛犬。
すっごい撫でてみた。
以前、東山近辺のログハウスで呑んだ際に居た麦という愛犬を、
すっごい撫でたら、しばらく棒立ちになっていた。
くらくらしたのでしょう、ビール片手の俺につかまったばっかりに。
可愛そうに可愛かった。

b0079965_5445920.jpg

逃げ惑う犬。追うちびっ子。
こうやって見ていると、子どもが小人ではないことがよくわかる。
子どもはオトナだ。

どっかで読んだ言葉、
人生をおもしろがる才能にあふれているのは、
まだ何も知らない子どもと、すべてを経験して通過した年寄りだ。
その才能に時に嫉妬する中間のオトナ。
感性、教養。
もうこっから先は、とにかく経験を重ねて通過するまで突き抜けるしかない。


b0079965_5452328.jpg

b0079965_5454319.jpg

ニラの花。
ヘビの皮。

ヘビはホースのあたりにいるぞ、と以前聞いていたが本当にいた。
たぶんホースを仲間だと思うんだろうなあ。
身を寄せるように脱皮。
ヘビは大の苦手なので、怖々と皮をいただいて財布に入れる。
皮があるだけでも、けっこう緊張感。
時間を置いて机に戻ると、やはりびくっと身体が反応する。
自分の脳内に眠る、自己防衛の本能だろうか。

その皮は、昨夜の居酒屋で滋賀の夫婦の財布にあげた。
半分は居酒屋マスターにもあげた。
今日補充しなくては、俺の財布が金持ちになれない。

b0079965_5455530.jpg

補充先。
ある日、机を掃除していたら親方のコーナーに封筒があってかなり驚く。
もう、字を見ただけで退いてしまった。
それにしても、愛嬌あるなあ、親方の字。
人柄。
字は体をあらわす、かもしれない。


b0079965_546975.jpg

バジルの穂ととんぼ。
とんぼ乱舞。収穫祭なのでしょう。
とんぼとつばめを最近のあぐらって空間で、よく目にする。
つばめ、帰省中なのだろうか。
映画『WATARIDORI』に想いを寄せる。

b0079965_5462222.jpg

賢者。

虫には「叶わないなあ」と思う。
この小さな身体にものすごい本能を宿している。
餌取り戦略、縄張り意識、集団理論、危険な中での生殖行為、育児、食物連鎖。
あまりにストイックな生き方。虫生。
でも、たまに思惑を持って変な動きをする、愛しげ。
哲学にあふれた小さな賢者たち。

冬に新津美術館で見たファーブル展に想いがはぜる
思えば、あの霜降りだなんだという牛肉にしたって、
牛はただ草を食んで生活している。
それでもあの脂肪分。実に不思議だ。
俺は何を食って生活しているんだろう。

食べ物を元の元の元の元くらいまで、遡ってみることはできますか?
鶏肉の鳥はどんな虫を食べて、その虫は何を食べているか。
意外にニンゲンの出したものと循環しているかもしれないし、
とっても科学的なものかもしれない。

よく動物性の肥やしを指して、「有機肥料」といわれるけど、
でもその動物はゲージの中で合成飼料を食わされて育った動物かもしれない。
病気にならないようにいろんなサプリメントも入るだろうし。
「純天然」などというのものは、
情報が発達した現代の世界地図の中に空白域を探すくらいに難しくなったのだと思う。
どんな山奥に振る雨も、ニンゲンの身体や科学を通している雲から落ちる。
それらを糧として凝縮された食べ物の落としどころとなるニンゲン。
ニンゲンの身体と心はすでに気付き始めているんじゃないんだろうか。
逆境や矛盾を乗り越えられるだけの知恵をニンゲンは持っているんじゃなかろうか。

謙虚になくては、自分なりの空間/時間をつくることも半端になってしまう。
実際、謙虚さがあまりに足りないから残念なくらいに半端なままで居る。


自然栽培をするなら虫を知らなくてはいけない。
これがどんな習性のある虫で、何が好みなのか、何を嫌うのか。
適材適所で虫すら利己的に活かして畑ができたらという理想論。。

もっと、賢者たちに魅せられて、おもしろがって、学ばなくてはいけない。
真似しなくてはいけない。
[PR]
by 907011 | 2009-09-22 07:15 | Trackback | Comments(8)

《「第2回農的ご縁会」のお知らせ》、とか。


世間はすごい連休らしいというのを2日前くらいに知ったワタシですが、
今日だけ一日だけ休み。有り難し。

来月山古志でNPOの復興関連事業のお手伝いをしてくるので、
映画祭行って、『1000年の山古志』見て、勝手にイメトレしてきます。自主練。

このお手伝い。
被災地にてラジオドラマを脚本から創るという、
なかなかにおもしろそうな住民参加型ワークショップがメインで、
しかもちらりと耳にしたら、かなり割の良いバイトらしく、
人手もまだ募集しそうなので、興味ありそうな知人を探ってみつつ、また後日告知します。

『1000年の山古志』、農繁期と重なったアジア映画祭での数少ない私的楽しみかも。
やはりどうしても時間つくれず、
coccoの六ヶ所村から国内各地を巡る作品も残念ながら観られなかった。
まあいずれどっかで出会うさ。

今日上映後のトークもされる橋本監督。
数年前に『掘るまいか』を見た時、かなり脳みそ揺さぶられました。
山間の村に手掘りの隧道がつくられるまでの記録映画。
中山隧道は日本の公共事業の原点と言われてます。
若かりし記者時代に、尊敬していた日銀支店長がオススメした思い出のある映画でもあります。

住民たちの想い。
立ち上がって、時には交錯して、犠牲も生じて。
想いは力だ、と強く感じます。これでいいのか、自分よ、とも。

自分らの手でつくること。
手には記憶が宿っている。
まだまだやれるんじゃないか、まだ間に合うんじゃないかな、なんてことを
若かりし頃なりに、鼻息荒く考えたのでした。
考えて考えて、夜は酒呑んで話しながら、また考えて。
昨日も仕事しながら想っていた。
考えることに限界はなくて、
考えることは動物の中のニンゲンが持っている貴重な可能性だと思う。

自分などたまに考え過ぎたり、かと思うと考える余裕もなくて、善し悪し。
「可能性」という言葉を「奇跡」に近い感覚で捉えられたらおもしろそうだなと思います。
ニンゲンにせよ、他の動物にせよ、
生きることが、絶えざる選択の連続だとしたら、
選択の際に、自分の可能性を想像することは、けっこうおもしろいんじゃないかな、と。

概念ばかりを深追いすると混乱するけど、
でも、好きなモノゴトを考える時、好きな空間時間に居る時に、
ふと「可能性」を確かめたり、実感したりすることは、
次の選択にたぶん肥やしをくれると思います。
なぜか途中からですます調。

田畑に居るとそんなことを想う。
自分の内なる成分で可能な、自分への肥やし。
外からの栄養、素敵なヒトたち、素敵な言葉たち、
背中を後押しくれるものも、自分の想定外のものも、
すべてを自分なりに咀嚼して、なるべく無駄にしないで、肥やしに活かせないかまた考える。
貧乏性なりの摂生と節制。

おもしろいよ、農業って。

b0079965_9254098.jpg


いろいろ難儀の連続だけど、でも、
おもしれーじゃねえかコンチクショー、ってまた立ち上がって畑へゆく。
そんな時間/夜は酒/酒は燃料/焼(く)べたら燃える、はぜる。
農的生活。
農業とはいかなくても、
生活にちょこちょこ農を取り入れるのは、ひじょーに賛成。
応援します。協力します。背中押します(無責任に押します)。
農の風。
農の駅あぐらってさん。もっとやらねば。もっと。
個人活動も。

ということで、来月。
手作り田んぼの稲刈りと酒縁のため、3度目の鮫川へ。
農的な暮らし、時間の流れ、農家さんの知恵、ニンゲン本来の眠ってそうな自力、
興味あるヒト、一緒に行きましょ。
はじめの一歩でもなんでもいいです。
一歩だけ足を進めてみると、見える風景もまた変わってくるかと思います。
まあ、ゆるりと。

以下、鮫川村に移住した現地幹事の稲子さんより。


来月、稲刈りをするのですが、これもまた面白い出会いの場所になりそうと思い、
「第2回農的ご縁会」として、時間を作りたいと思いました。
興味を持っていただけましたら、お気軽に御連絡下さい。

*詳細*

・場所
福島県鮫川村

・日時
10月5日、6日(月曜、火曜)

5日12:00鮫川村内集合
●電車や新幹線の方は、新白河に10:30集合。

・日程
小さな田んぼの稲刈りと縁会(宴会)

田んぼは10名程で作業すれば二時間程度で終わるくらいの小さな田んぼです。

農家さんに教えていただきながら、先ずはカケバを作って、
稲を手刈りしながら束ねて、ハセガケをします。

鮫川村の風景の中で、
農家さんや参加者の方々と触れ合いながら、色んな話をしながら農作業をして、
そこにある「ご縁」を自然体で感じて、つないで、つながってみませんか?

稲刈りの後は、温泉に行って汗を流した後、みんなで縁会(宴会)をします。

そのままそこに宿泊できますので、毛布は持参してください。(電車の方はお貸しします)

ご都合がある方は早く帰られても大丈夫です。

次の日は、滝をゆっくり散策して、昼前に解散となります。(11:30頃)

・参加費
4000円(食費、宿泊費、お風呂代込み。)
ただし、アルコールは御持参いただきます。

・服装*持ち物
長靴(電車の方はお貸しします)
長袖長ズボンの汚れてもいいもの
手袋(農作業ができるもの)
タオル
帽子
着替えやバスタオル
お酒を飲まれる方はお酒
一日目の昼食
その他必要なもの

※募集人数は10名程度です。興味がありましたら、お早めに御連絡下さい。
 御質問などありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせ下さい。


いなこ。


 * * *


以上。
2回目の今回はとにかくゆるりとしましょう。
持参する酒の量だけが、今宵もこの容量少なき坊主頭を悩ませる。
[PR]
by 907011 | 2009-09-21 08:46 | Trackback | Comments(0)

“Not This Way But That”。

星と三日月を見た、昨夜産まれた頃の未明空。
すーっと上空に浮上して、夜空のてっぺんから俯瞰して、
この薄暗い部屋の灯り、そのベランダにちんまりとたたずむ自分は、果たしてどう映るのだろうか。

ニンゲンという動物の中の変態、
そのニンゲンの内の自分というよくわからない生きもの、
その自分というものを指し示す数値、「32」が「33」になったところで、
何も変わらない、変えることができない、自分の時間軸。
時間が足りない、時間が速い。
つまりは、意志や思考を具現するための体力がまだまだ伴っていない。

満ち欠け。
陰陽。
一つを得れば、即ち一つを失う。
その失う一つにさえも、いまだ執着するどん欲。
時間が足りないと思えば思うほど、時間ケチになる。

一昨日夜のカウンター。
32歳最後の酒は、相も変わらずに有り難いお説教をいただいていた。
自分はそういう気性ではないが、「リーダーになるため」のお説教。

もちろん合法な範囲内での話だけど、自分が直感するアブノーマルは、誰かにとってのノーマル。
性癖を例に挙げて、エロスとマジメが交錯する経営者ジョージさんの処世術。
誰かの快感は、自分にはわからぬ不快、かもしれないけど、
でも、とにかく「それは普通然として、ある」ということを自覚しろとお説教をいただく。

広い世界を見ろ、いろんなニンゲンがいることを常に意識しろ、
いろんなニンゲンに出会え、いろんな話をしろ、違いを知れ。
受け入れられなくても、ニンゲンの多様さを感じろ。
自分の想像の狭さと、世界の広さをずっと意識しろ。

渡世。
とかくこの世の中には、ありとあらゆるニンゲンがいる。
そのそれぞれが思考を持ち、嗜好を持つ。
それぞれに思惑を持って、うごめいている。
自分の「基準」など、自分の脳内にしか存在し得ない。
その脳外にある世界は、それぞれのスタンダードで形づくられ、
またその嗜好によって、集団も大なり小なりその都度形成されている。

知れ、すべてを。
そのすべてを、知れなくとも、考えていたい。焼き付けていたい。
「否定」の数を少なくして、その分、グレーゾーンと「肯定」の数を増やしたい。
ヒトそれぞれ。
違うからこそ、この分からぬ自分が浮き彫りになる。
でも、すぐに忘れてしまう。

考えの、意見のずれという、ニンゲンの多様性の善いところを、
脳力不足の自分は、いつの間にかネガティブなイライラに置き換えては、斜に構えてしまう。
ギャップが入り口の扉となって、少なからずニンゲン社会はできてつながっているのに。

この”戦争的思考”を、自分の脳から追い出せないくせに、
戦争はいかんだの、環境を善くしようなどと口にしてしまう。
自分1人変えられないニンゲンは、それなら自分の外側なんて変えられない、と時々は思う。
そんな毎日が堂々巡り。

以前読んだ、画家の横尾忠則さんの本にあった、
”人間が趣味や嗜好を持って生きることは、
 死の恐怖という意識から自分を遠ざけるため”、
といった言葉を思い出した。

時間ケチな自分。
ヒトのことでイライラする時間さえも惜しいという、わがままな自分のエゴ。
このエゴにはいずれ限界があるのだろう。
自分の想像の範ちゅうの狭さ。
ニンゲンらしい混沌。


b0079965_692013.jpg

             (「9/17」と銘打たれた薫製たち。
               昨日あぐらってでできた無二の品物。加工体験のお客様に頂く)



市立南中学校の子どもたち7人が、あぐらってに職業体験に3日間やってきた。
はじめ、なんとなくテキトウにあしらおうと思っていたものの、
最後はどっぷりと一緒に仕事をするようになり、
ほれほれと背中を叩いたり、まだまだ仕事あるから連休もおいでとスカウトしたり。

自分のこの二つの眼で見られる領域なんてものは、たかがしれていて、
地図にしたらゴマ粒にもならない程度。
そのゴマ粒坊主の脳が想像できる範ちゅうの狭さ。
有るも無いも、おそらくは同じような狭さ。
言葉にしなくても、じつは自分の脳ですら、それをどこか窮屈に感じているのかもしれない。
だから、たかが小さい自分の小さな悩みは、小さいなりに尽きないのかもしれない。

自分二つだけの眼で見えている視野の中ですら、
ただそこにずっとある、どれだけ多くの存在を見落としているか。
2人の眼、3人の眼・・・、7人の眼。
慣れを感じる空間が、新規なものに見える瞬間。

三日間だけの7人と独りの視野で見るあぐらってという空間。
農業体験をさせながら、しながら、
思うことは、結局のところ、「自分が体験しなくてはいけないなあ」ということ。

自分が楽しくないと、ヒトを楽しませることは、どうも自分にはできない。
自己犠牲では永続しない。
努力も忍耐力も必要だけど、どうもそれだけではない。
遊び心が必要だと思い、考えるけど、
ない頭で考えるだけ、無駄かもしれない。

だって、こんなことになってたんです、畑にて。

b0079965_620161.jpg

南中生1「あー、腰いってえー」
南中生2「重いって!やべー、まじでやめて」
俺「ブロッコリーつぶしたら、殺す」


 * * *


超自己。
わがまま越え。
単なるエゴを越える、超利己性について、この頃ずっと考えている。

うまい例えがまだできそうにないけど、
カネが欲しいという欲望。
でも、その当面手にしたカネで快楽を手にして時間を自分のものにする、とする。
たとえばレストランで高級な飯を食う。
それだって時間を買うこと。
漁師の修行して、漁船に乗ってうまい魚をつかまえて、
板前の修業して、料理にして、
もとい、その厨房のスペースをつくって、というようなもろもろの時間。
お金は、生活と時間とを媒介する特使。

まあ当面、そんな感じで、目前の欲を満たす。
でも、本当にそこで何がしたいかが見えてくるなら、
ずっと潜在していた想いを実現する力が湧くのなら、
たとえ単なる利己であっても、それを突き通していいかもしれないとこの頃に思っている。
利己を突き抜けるための、利己。
超利己のための、手前の欲望をクリアすること。

必要悪だって有ると思う。
合法であっても、ヒトに迷惑をかけることは佃煮にできそうなぐらいある。
自分も、たくさん悪いことをしてきた。
まだまだ終わりとも思っていないし、このまま変わらない、まだまだ譲れないところもたしかにある。

ただ、その先にちゃんと想いがあるかどうか。
そのための目の前の快楽かどうか。

欲を満たして満たして、一喜一憂して、
本当にやりたいことが見えてくるヒトもいると思う。
だから、遠慮せずにやれば、と思う。
なるべく迷惑をかけない方法で。

いまだ考え中の私論だけど、
たぶん本当にやりたいことは、自分の外側にあると想う。
小さな自分の「内」もひっくるめた、「外」の大きな円にあると想う。

自分が楽しむことで、円が楽しくなること。
そんなことをこの頃、考えている。


 * * *


昨夜。やっとアジア映画祭。
去年はフリーパス買って、見まくっていたのに。
たぶん今年はもう1本『千年の山古志』見て終わりかもしれない。
しかし、映画祭はどこに行ってもうらやましい。
農繁期と完全に重なるけど、来年こそはスタッフになりたい。
来月の山形国際ドキュメンタリー映画祭がかなり愉しみ。
あれこそ、作品を媒介にした、日本が誇るべきお祭りだと思う。
2年前に行った時は、いろんな国の屋台があって、いろんな国のニンゲンがいて、
ザック背負いながら、山形すげーってビール片手に笑ってた。
今年もビール片手に・・・。


小林茂監督が助手をしていた頃の恩師・柳沢監督の傑作、『そっちやない、こっちや』を観た。

30年前。
「何にもできないチエオクレ」と呼ばれていた療病者たちが、
”吉徳”という使われなくなった廃屋を、自分たちで改修していく過程のドキュメント。

壁を壊し、床をとっぱらって、
全員会議をして、
スロープをどこに設けよう、どんなトイレにしようか、作業場にどんな机を何体置こう、等
デザインからすべてを療病者たちで話して決めた「空想設計図」がカタチになっていく様子。

助っ人の地元大工が、療病者の働きぶりを目にして変わっていく様子。
ずっと寄り添って、お世話をしてきたヒトたちの、
それでも、心配していた想像の狭さ。
それを笑いながら突き抜けていった療病者たちの粋な仕事っぷり。
「何もできない」と言われたヒトたちが、ひたすら笑って働く様子にうるっとした。
なんであんなにみんな笑っているんだろう。
笑いながら、つくっていく。
時間も空間も、やはりつくるものだ。
つくれるものだ。
感動とかいう前向きなものではなくて、自分はどうなんだという、持病”うらやまし病”の涙。

「働くことってどういうことだろう」って、
ナレーションにもあったし、小林茂さんも話していた。

労働の対価が賃金。
そのお金でまた別の時間を買う。
自分にはできないから、その分の時間の対価を払い、
その貨幣が、その誰かの賃金になり、また別の空間で時間のやり取りが行われる。

俺がもらっているカネだって、どこかの誰かが働く対価。
いろんな時間を媒介して、自分の手元に偶然巡ってきた紙幣と通貨。

超自己のために使う。


 * * *

 
自分が住む空間をデザインし、自分でつくること。
自分の時間を自分でつくること。
急かさず、今することを先ずする。
利己を越える自己。

自分の時間を、自分でつくろうと想う。
[PR]
by 907011 | 2009-09-18 06:49 | Trackback | Comments(2)

「ご縁会」〜第一回・鮫川村〜。



奥只見の山中にて、福島からの帰路の途中に、
借りた携帯電話から、前回の文章を推敲しようとして、誤って削除してしまいました。
まだアップしてない書きかけ段階で誤って消えてしまうことはたまにあるものの、
アップしたのを間違って消したのは初めて。
けっこうなショック。
いろいろ書いたんだけどなあ。。。


 * * *


ここのブログでも、構想妄想段階から時々紹介してきた、福島県鮫川村での「ご縁会」。
その第一回目が無事に終了し、日曜の夜に長岡に戻ってきました。

サイコーな幹事さんのおかげで、
想像をさらに上回るサイコーな時間/空間でした。
一緒に参加した皆さん、本当にありがとうございました。
福島の北の方から、茨木、千葉、栃木、そして新潟班。
職業も年齢もごっちゃまぜでほぼ初対面の方ばかりだったのに、
あんなにも楽しい縁会になるとは。
これから回覧板を回して、あれこれ思いつくままに、
各地でさらに縁会を開き、膨らましていきましょう。
新潟にもまだまだ面白いニンゲンがいっぱい居ますよ。


b0079965_621235.jpg


b0079965_6214696.jpg


b0079965_624772.jpg


b0079965_6222034.jpg


b0079965_62247.jpg


b0079965_6223472.jpg


b0079965_6233745.jpg


b0079965_6242468.jpg



次回。
10月11日、日曜日。
手作り田んぼの稲刈りに行きます。
個人的にもちょうど山形の国際ドキュメンタリー映画祭と重なりそうなので、
あぐらってさんの稲刈りも終わり、ゆっくり休みがとれたら、鮫川村〜山形市にしばらく滞在予定。
しばらく新居(10月頭に本当に引っ越せるのか、俺?)を留守にするのでしょう。
しかし、今年の長岡アジア映画祭、まったくもって見に行けず。
このパターンだと、農繁期の備えにつき、来年も同様っぽいなあ。

どなたか、山形市の知人で数日イソウロウの余地がある方がいらっしゃったら、
ぜひぜひご紹介ください。
酒を呑んでも、酒に呑まれても、翌未明の早朝にヒトや犬を起こすことは得意です。


 * * *


鮫川でのあれこれ。
いまだ言葉にならないくらいだったんです。とにかく。
もうしばらく考えてみます。
[PR]
by 907011 | 2009-09-17 07:29 | Trackback | Comments(0)

つなぎ目 つれづれ 夏忘れ。

秋夜。
片貝花火のハレとケとを、感じるその肌のまあ冷えること。
それでも、一年の祭りに懸ける想いを久しぶりに見られて善かった。

旧暦(今日は七月二十三日)や二十四節気などの、
「暦」をもっと自分の生活に取り入れたいとも想うけど、
カレンダーとして単に掲げられてずらっと眺めるだけの暦は、
多様な生活の中で、個々に思惑を持って動くヒトそれぞれが、
いくらかの歩幅を合わせる為にある平均値の印かもしれない。

春夏秋冬の変わり目もその一つだ。
それぞれの季節の”繋ぎ”が漠然とあって、
たとえば自分なら、
春から夏のつなぎ目を意識するのは、
「暑い季節がやって来るなあ」と感じた肌から脳へ抜ける瞬間の感覚だし、
一方で、ちょうど今時分の朝晩に、
「やっぱり、寒いのよりは、暑い方が耐えられるよなあ」と感じるその変わり身の早さ。

で、また次の夏になったらなったで、
「暑い方より、ゼッタイ寒い方が耐え・・・」と変節。
とかく、そんな繰り返しで季節の替わりを私的に受け入れる。

季節のつなぎ目や暦に当たってみて、
やはり、それぞれが見てきた風景や、背負い続けて来た記憶を重ねながら、
皆、思い思いのナニガシカを想うものなんだろう。


<世はさだめなきこそいみじけれ。
 つくづくと一年をくらすほどだにも、こよなう長閑(のど)けしや。
 飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の夢の心ちこそせめ。>
 (吉田兼好『徒然草』)


収穫祭の準備の合間に、
小川をずぶずぶと渡って親方と若人と3人でくるみ拾いをしたり、
(個人的にはくるみよりも、澄んだ川の横断がとにかく楽しかった)
冬の温室栽培用の苺の世話をしたりの昨今。
昨日のお昼。
久々に立ち寝に見舞われる。
白昼、暁を覚えず。

数日前の夜。
ボスに誘われ、二つ返事で仕事後に長岡駅前の素敵な呑み屋さん二軒。
久しぶりに薄暗いバーでカクテルなど呑みながら、陶芸の話などした後、
解散した23:00。
帰りの自転車をこいで、そこで初めて、自分が財布を持って来ていないことに気付く。
いくらなんでも、たとえ上司に誘ってもらった酒席とはいえ、
これは油断し過ぎだろう自分、と酔いが醒める。


 * * *


坊主頭はわりと昔なら一般人はしてはならない髪型だった、と教えられた。
いわゆる「かたぎ」のニンゲンはしてはならなくて、そんな安かなくて、
それは近年主流だったパンチパーマよりも、より色濃く極道のスタイルだったとのこと。
道を極める。

6日日曜。
柏崎へ自然農講座に行ったら即そこに坊主が居た。
Tさんも図らずしてヒゲボーズ。
己の頭を撫でながら、笑い合い、認め合うツインボーズ。

みんなで畑で穫れた野菜をつまみ、ご飯をいただく。
合掌してご飯食べるのが、これほどさりげなく、心地良い空間も珍しい。

この日は来月の稲刈りに向けた田の草取りもして、
ヒエやクサネム(名前が愛しげ)は外に出すけどその他の草は持ち出さずに刈ったままそこに敷く。
敷いた草は即効性こそ無いけど、でも、何年か後の緑肥となる。

緑の肥やし。
畑にしても田にしても、まいた肥料の大部分は、
野菜や稲よりも、その周りにびっしり繁茂する草が吸って糧にする。
しかも人工的な苗なんかよりはるかに広く、深く根を掘って土中の養分を吸う。
その土地の養分をたっぷり蓄えた草を、外に出すのはもったいない。
その養分を還元するのが自然農の基本。
持ち出さないし、持ち込まない。
目にはなかなか見えない土の中のことや根っこのことなどを教えてもらうのが毎回有り難いし、面白い。

ご飯の後、毎回の振り返り。
自然農は継続して初めて、何か自分なりに得たいものが見えてくるのだろう、
結果がすぐに出るものではないと思うし、
だからこそ、この先ずっと続けていきたいという気持ちを再認識。

 * * *

午後から有志で「藍の生葉染め」をした。
まず、座学で染め物の何たるかを
かなりわかりやすくレクチャーしてもらい、俄然やる気。来年だけど。
とりあえず紅花は今年うまくいかず、でも種だけとったので、来年再挑戦。
他にも、たまねぎの皮(我が台所でも去年から貯めている)や栗のいが、
セイタカアワダチソウでも草木染めができるらしい。

輪ゴムでくるくると角をしばっておくと、花火のような模様が綺麗。
深まる愛着。

b0079965_6182573.jpg


夜の「夏忘れの会」もかなり楽しい縁会だった。
時空。
時間/空間。

前にも書いたけど、なぜもここまで気持ちの良い人たちが集められるのかなと、
その日も一日考えていた。
柏崎の帰り道は毎度一人振り返りの会。

一つは、確かな地盤に築かれたブランドともいうべき参加者からの信頼感。
スタッフが皆さん若いのに、知識も楽しませ方も実にプロフェッショナルで毎回感化される。

もう一つは、その集まった参加者たちを「プレリーダー」といったようなポジションで財産化させて、
自主参加してくれる人材を増やして、育てていること。
単に迎合して、闇雲にファンを増やすこととも違って、
とても確立されているなあと今回も良い刺激をいただきました。

 * * *

「酒縁」という、今つくった造語が妙に気に入った。
酒縁は、自分を表現する大切な言葉の一つだと思われる。
酒縁、いい響きだ。

明日の夜は、鮫川村に駆けつけての酒縁。
夜はとにかく寒いのであったかくしてのぞみましょう。
[PR]
by 907011 | 2009-09-11 07:02 | Trackback | Comments(6)

出家。

成願寺という集落で家を借りることにしました。

山。
お店も何も無いところ。
お寺の裏に住み、家の裏には小川が流れ、竹林が茂ってます。
暗闇に横たわって川のせせらぎを聞いては、川の流れに混ざる瞑想などしつつ眠りに落ちて、
竹やぶの中で狸と狐が毎晩化かし合いして踊るミュージカルでも観るのであろう。

敷地が広いので、草の管理が大変ですが、家庭菜園が好きなだけできます。
自然農法の出番だ。虫や草と野菜とのほどほどの共存。

築7年でかなり綺麗で独り身にはひたすら広い家です。
でも住みたいと思ったので、、雪の下で静かに暮らします。

家賃に給料の手取り半分が占められ、毎月残金5万スタートみたいな状態になるので、けっこうサバイバルな山暮らし。
保存の利く差し入れ歓迎(お酒ならモアベター)。部屋数いっぱいなので、泊まり自由。
家の美化/オモシロ空間化に賛同して提案、協力してくれる人、歓迎。
でも、テレビは無いので、テレビや人工音が無いと生活し難い方にはおそらく不向きです。
山と田んぼと畑と民家しかないです。

ただ、
光熱(ちなみに現状我が家の電気代は改訂前で基本料的な1300円代を維持してました)や片付け、
冬はどうしても灯油代がけっこうするだろうし、
最低限、自分が損をしないような交流スペースにすべく、初めからルールを決めて、
それを了承してもらえないと、続かないだろうなあとも思っています。

何を酔狂の不便で無音な暮らし。
楽しむ空間/時間を永続させるための相互関係。

b0079965_6283036.jpg

成願寺から八方台へ行く一本道がひたすらに素敵で、
おもしろいようにぐんぐん上って、車で数分走っただけでかなりの高みに達す。


 * * *


東山を手工芸職人の工房の里山にする計画もあぐらって近くの方の構想に便乗できそうで、
自分も根付けたら、いずれ囲炉裏のある古民家に住んで、
さらなる異業種交流呑み会を毎晩してはそれを取材の糧にしたいと企んでます。
そのための礎。
職人の里山。大衆迎合的なものではなく、あくまでこじんまりとやります。
静かに、熱く。
引っ越して冬に時間ができたらもう一回話し合って、”こんな感じ”と発動したいと思います。


そんなに荷物ないですが、屋上との別れがひたすら寂しくて、
でもたぶんきっとたまに上がりに来ると思う。夕陽見に。
居酒屋カウンターにも来なくては。

誰か、このアパートそのまま住まないかなあ。
この屋上で、この駐車場付き家賃は断然安いですもの。
花火見放題だし。
b0079965_6293185.jpg

            (あるお昼、弁当無くてカップラーメンに湯を入れたら足りないなあと直感し、
             鍋を出して袋ラーメンを追加。「とんこつ味噌ダブルラーメン」と命名す。旨し。)


 * * *


今日はこれから柏崎へ。
自然農の講座と、午後から有志で藍の生葉染めでハンカチつくります。
俺もこの講座でいただいた藍を数本栽培しているので勉強してきます。
残念ながら紅花は失敗で、種だけとって来年リベンジ。
そして、自分の何気ない、でもいつもの一言「このメンバーで酒が呑みたいねえ」で、
いや実に呑みたいねえと発展し、今夜柏崎駅前で呑み会。
この講座のメンバーは異様に気持ちの良い方ばかりで、楽しみ。
若い面子が多いし、みんな気軽で自分なりの農の言葉を隠し持っているから、
笑い合っているうちに、おそらく泥酔するのだと思う。

どこに行っても、付きまとう酒好きキャラ。
なまぐさ坊主。
合掌。
[PR]
by 907011 | 2009-09-06 06:40 | Trackback | Comments(8)