山中記

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手づくりの時間。

先週末くらいから徐々に本格的に雪が降ってきました。


足一つでふさげてしまうくらいの細い用水路が、我が家のかすかな融雪溝。
車を出す程度のわずかな雪かき、それでも一時間はかかります。

でも、水と雪だけを見るこの一時間は、どうしてか毎度集中力が異様に高まります。
いったんやり始めると夢中になって、
嬉々として雪を刻んだり投げたりしているんです、気付くとなぜか。


融雪溝を気ままに淡々と流れる水が、刻まれた雪を運んでいく。
雪が水路をふさぐとさらに暴れんばかりの水をたくわえて、
うまく流れてくれたり、思い通りにならずにあふれたり、ただそれだけ。
なのに、なにがそれほどに夢中にさせるのか。心を静かにさせるのか。

溝の水はもちろんだけど、
足元に積もった雪にせよ、まさにいま頭上を舞っている雪にせよ、
いずれにしても、水を見つめているということなんだと思います。
コップのなかの水を「静」としたら、また違った「動」の顔をながめるということ。

融雪溝の小ささこそが、
水の動きをわかりやすく視覚化してくれている、ということなのでしょうね。
小>大
重さをどかすだけの軽さ、ということもある。


<庭のなかでは風がまわっているようである。
 小さな白い花をつけている草がゆれている。
 田文は草の花と葉をながめながら、じつは風をみつめているといってよい。>(『孟主君4』)

最近読んだ『孟嘗君』(全5巻)という本は、紀元前の中国の戦国時代が舞台ですが、
歴史小説というのは、気障なセリフ、理想に満ちた眩しいような言葉も、
厭味なく、それも現代に通ずるところが多くて好きです。


 * * *


生まれ育った環境なのか、
風のない日に、しんしんと降る雪を見るのが好きで、なんとも落ち着きます。
あたり一面の白い風景も好きだし、
雪があらゆる音を吸収してくれている空気の感じが好きです。

どんなカタチであっても、この「吸収してくれる存在」って、
ニンゲンにも必要なんだと思います。
それが目に見えるものであっても、たとえ見えないものであっても。

長い目でみれば、自分の喜怒哀楽や、もっと混沌としたもやもやっとした想いも、
いつの間にか自分に替わって、何かが、誰かがちゃんと吸収してくれていたりする。
時間もまた想いを昇華させてくれる。


雪におおわれる冬は自由気ままに想いを練る時間でもあります。


 * * *


職場にて。
手作りこんにゃく体験。
去年も手伝ったはずなのにまったく覚えていなくて、1から教わる。

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こんにゃく芋をゆでてつぶして水と混ぜたら、
ひたすら空気と触れさせるべくかき回す。
苛性ソーダを入れてさらに混ぜて、茹でて完成。
芋の皮をしっかりむいてつくれば白こんにゃく。
皮をあえて残せば黒こんにゃく。

ソーダが私的に謎の物質なので、
昔の人は何を混ぜてつくったんだろうなあと思いました。
灰?
より身近で代用できるものがあったからこそ、
こんにゃくづくりが生まれて、こうしてつながっているのだと思う。
良い出来。



年越し蕎麦打ち講座に混ぜてもらって1年ぶりに蕎麦を打つ。
これも思いのほかうまくできた。
打った本人が驚きの表情を浮かべながら、証拠写真を納めておく。
「手打ち蕎麦と、打った手の指」写真。

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こんにゃくせよ、蕎麦にせよ。
今年も畑仕事でつくった作物なので、
それらを食べられるカタチへと自分の手で落とせたことはやはり嬉しい。

それにしても、
こんにゃくや蕎麦をこういう最終形につなげた先人は偉いなあと想像します。
あの原型の芋や小さな実を収穫してみて、眺めて、かじって、首を傾げて、
果たして、そこからどういう試行錯誤紆余曲折を経たら、
このぽよぽよしたこんにゃくやら、細い麺にたどり着くのやら。

幼いころに春菊を初めてかじった瞬間のことを思い出します。
いまは好きだけど、衝撃的な香りに驚き、
春菊をたまさか荒野で(?)見つけた原始人的な人の、
これは完全に報告ミスではなかろうかと真剣に考えたものです。
いつか文明が発達したら、すぐさま春菊を片手に、時を遡って、
その原始人(そんなに太古ではない)的な人と腹を割って話がしたいと思ったものです。

そんな幼子もいつからかどういう経路をたどったのか、春菊は好きです。


 * * *


手づくりにあこがれる自分の内面とはどういうものなのか。
ときどきぼんやり考えます。

便利さの裏で消えていく知恵。
それが農業やその周辺の暮らしに携わりたいと想ったきっかけでした。

手間暇のかかるモノゴトに対しては、
ついつい安易なものをお金で買って、それで済ませたくなります。
それは仕方のないことでもあると思います。

便利で豊かな生活に包まれる一方で、
その恩恵を享受する代償として、
大部分の人は自分の時間を切り売りせざるを得なくなります。

たとえいくら高度な技術が生まれても、
ドラえもんのポケットの中身に時代が追いついたかのような便利な道具が増えても、
この、自分の時間と社会的な時間との切り売りのせめぎ合いはすぐには解消しません。

こんにゃくのときもそうでしたが、
これは昔の人はどうやったのかな、何を代用してつかったんだろうなと、
時間をさかのぼって想うと、
気の遠くなるような手間暇がかかっていることが見えてきます。
ひとかけらの鶏肉を食べることだってそうだった。
めまいがして逃げたくなるような、圧倒的な手づくりのための時間。

便利でスマートに暮らせる世の中で、
それでも生きづらさを感じてしまう自分は、
その圧倒的な時間と経験の量をまぶしく感じながらも、
それでもやっぱりいいなあいいなあ近づきたいなあと惹かれていくんだと思います。

そしてそれは、自分の弱さと向き合えば向き合うほどに強くなっているのでしょう。

時間を手づくりすること。
闘わず、逃げず、慌てずにいくことにします。


 * * *


そして、鶏たちは今日も元気です。

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by 907011 | 2010-12-28 08:27 | Trackback | Comments(4)

リストラ。

たとえば、冬囲いを外すことでも、何でもいい。

何かを元に戻す時、
重ねたものを解体する時、というのは、
現在の状態から、時計を遡るようにして行われていくものです。

温泉宿の浴衣もそう。
着たり脱いだりの、そのいちばん手始めにすることは、ごくごく直近のこと。
つまり、帯なり、紐の結いなり解きなり、
最後に羽織ったものを脱ぐことであり、
最後に脱いだものをよっこらせとまた着直すこと。

もちろん、そのときにたとえば下着を変えるという細かな”習慣”も付いて回るものだけど、
習慣というのは、「その時のそのヒトの都合」とも言い換えられる。

 * * *

再(Re)構築(structuring)。
「もう一度、建て直そうぜ」ということは、
そのすべてを否定して一瞬で消してしまうこととも異なる。

自分の状況を構築し直したい、変わってゆきたい
と、本気で願うんならば、
まず直近の、目の前のことにもう一回手を付け直しながら悩めばいい。






***************





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by 907011 | 2010-12-22 08:06 | Trackback | Comments(6)

親子熊。

12月に入り、畑仕事を離れて、
加工体験の方に仕事が切り替わった。

建物内で多くの御婦人がたと接する毎日は、
畑仕事の時間とはまったくといっていいくらい対照的。
抽象的に表現すれば、
ニンゲンの持つ固有エネルギーの循環あるいは、多様性の交換による増幅というのでしょう。
なかなか、です。

ただ、畑であっても加工体験であっても、共通しているのは、
仕事を通じて、人との行ったり来たりを通して、
自分の得手不得手と向き合う、ということ。
弱さももろさも嬉しいも、しかと映してくれる鏡。
姿見が無いと、自分にたしかに在るのに見えない部分も有る。

とはいっても、自分ができることはまだまだ少なく、
主に燻製づくりと味噌づくりの講座を担当する一冬。

見え方、聞こえ方というのはさまざまで、
繰り返す光景をどう受け止めるか、
見慣れているものにどう光を当てるか、
何をおもしろがるかは、
新鮮さを感じる実験ともいえる。

寒くなると途端に気分がどんよりしてくるもので、
時々は意識しようと思います、自分実験。


 * * *


5日。
自分にとって今年度上半期もっとも難仕事だった、親子の体験教室が最終日だった。
田植え~稲刈り、陶芸、落花生づくり、段ボール燻製、うどん打ち、
ソーセージづくり、味噌づくり、とあぐらってでできる体験をほぼすべてこなして、
今回はドライフラワーの先生を講師に招き、門松づくりをした。

天気も良かったので、急きょ外にテーブル椅子を出して、松竹を切ったり、飾り付けをしたり、
今回もにぎやかで、なかなか良い絵になったと思う。
(ケーブルテレビさんが取材に来てくれたけど、我が家にテレビないので確認できず)
竹も一部ウチの裏庭のを数本ですが提供。
天気良くうららかな日に、デッキで一人竹を切って支度をする時間が至福でした。

門松づくり後に、閉校式の時間をもうけて、1時間くらい「振り返り」をしてもらいました。
思っていた以上に、参加家族たちの率直な感想や想いが聞けたし、
自分も手作りをしてみることや、それを通じて笑うことについての話など少しさせてもらい、
それぞれの参加者からいただいた一言一言がひじょうに励みになったし、
終わってみればやっぱりやれて良かったなあとウルウルっとした。


慰労を兼ねて、
翌日から湯之谷の温泉宿にて「年賀状合宿」を張る。
なるほど、温泉はお肌に良いなーと実感したが、どぶろくなど呑んで結局1枚も書けず。


 * * *


今日から今シーズン初めての味噌づくり講座担当3日間。
参加者20人と多めで、日頃通りにくい声が余計に・・・、人数少ない時よりもちと大変。
初日はお米から米麹をつくるべく仕込みます。

そういえば、おととい急ぎの回覧板が回ってきて、
とても近くで、「熊が出ました」。
気をつけろといわれても、どう気をつければいいものだろうかね。

成願寺にお越しの皆さん、気をつけてください。
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by 907011 | 2010-12-10 06:02 | Trackback | Comments(2)

ニワトリスト。

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暖め中だった卵2つ。
昨日の夜に一羽、
もう一羽の雛もたった今無事に産まれました。

これでいよいよ9羽目。
来年は二桁台に突入だなあ。


自然養鶏をして暮らそう。
鶏と我らが食べる米や野菜をちゃんと作れるようになろう。
山羊と犬も飼いたい。
農耕馬や牛もいつか一緒に暮らせたらいいなあ。

早ければ来春に長岡を離れて山中にいこうと思います。


まずはタイヤを替えよう。
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by 907011 | 2010-12-08 11:41 | 携帯から。 | Trackback | Comments(6)

*逆*算*。

外に出た鶏が草を食みつつ鶏フンをひり出すように。

日々その毎日のなにがしかをポチポチっと打ち込んで記録しよう、なんて考えたら、
自分の場合それは
おそらく4時くらいからの朝の言動に限られるんだろうなって、夜に濃い酒呑みながら思った。

まず、家中が寝静まっていること。
それと同じほどに、
家の周りが静まっていること。

天気は雨降りよりはやんでいる方が望ましい。
雪というのはまあ、晴れと同じくらいのいい塩梅でしょう。

夜は無条件にダメで、
ただ、夜にときどき想うのはそんな朝の時間です。

あとはおとなしく休息して、朝に回そう、あれもこれも。
よろしく、頼んだ。


 * * *


っていう、「逆算」の仕方、受け止め方がとても下手くそになっている気がします。
早起きしながら、早起きを再思考する真っ暗闇。


 * * *


永く、先に続けるために。

強火を短く、よりも、
弱火を永く、と思って。

で、その弱火の選択を優先したくて取る行動は、
目の前のその強火に水をかけて消すことばかりにしか思えなくて。
ただの未練だろうかね。
いかんいかん。なんていいながら結局、一所が一生迷うんでしょう。

より長く、より遠くを。
と、目を遠くに細めて見る素振りをしながら実は、惜しんでいるだろうに目の前の火。


 * * *


自分がやってるこの逆算は、はてさて少しでも合うんだろうか。
合うもなにも、
そもそもが、未知でまだ見ぬ無垢なはずの答えを、
純粋に逆算しようと思えているんだろうかワタシ。


 * * *


エコ。次世代のため、その次のまだ見ぬ世代のため。

とっても都合良くって、すんごく便利な言葉はあふれていて、
選んだ行動の動機も、スマートに後付けできる。
「あ、ボクがこのときこうしたのは、
 勘違いしないでね、あくまでこういう理由だから」、ってな風に。
意外に簡単に、放つ言葉の置き換えはぽーんとできる。

本来は、まだあやふやで漠然で、まだまだずっと固まらないであろう想い。
そう簡単にヒトには伝えられなくて、
それでもどうにか身振り手振り、背中も使って語り続けて、
やっとほんの少しだけ伝えることができるかもしれない自分の根本。
時間をかけて手間をかけて、一生やってみても足りないこともあって、でも
なぜだろうかいつからか、
年中無休的に便利に置き換え可能になっていた。

「便利であること」の代償は大きくて、それに気付くのは決まってずっと後です。


 * * *


自分のわがままな逆算は、
好きなときに、好きなように、
軌道修正を含めてはじきだそうとするから、これはなかなかによこしまだ。
後出しでされる計算に、ろくな計算はない。


逆算に気をつけよう、自分。
そういう不純な逆算を企むよりは、
布団に入ってさぶいなとちんまりしている情けない姿の方が真実なもので、たぶんそっちが正解。


 * * *


夜は夜な夜なそんなことを思います。
あー、自分の考える理想って、冷静に見たらだいぶワガママにできているもんだなあ。
ううむ、ヒトの信じている考えを否定しないようになれたらいいなあとか。
それと同じ感覚で、畑の虫とか草を見れたらいいなあと。

夜な夜な、な。
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by 907011 | 2010-12-04 21:34 | Trackback | Comments(2)