山中記

<   2011年 02月 ( 2 )   > この月の画像一覧

矛盾もなく。




「食物繊維を取るとお通じが良くなるのよ」、という話はよく耳にしたものの、
風が吹けば桶屋が儲かる的に、へえーとなんとなく鵜呑みにしてた。

たくさんあふれている中の、情報一つ。
あまりよく噛まないままに、味を確かめることもなく、惰性で呑み込んでた。

ある日、たまさか目にした文章のなかに似たような話が出てきて、
そのときに気付いた。噛んだ、味わった。

”悪さ”という善さなんだ。
「消化が悪いという作用」なのね。

食物繊維は消化されにくい。
だから、胃液を通って未消化なままのモノが腸を進んでいくので、お通じよくなる。

語尾が少々インディアン嘘つかない的になったけど、
あー、なるほどなと膝を打った。
目の前にあのボタンさえあれば、いくらでも「ガッテン!」を叩きまくったと思う。


情報としての多数決をとれば、圧倒的に
「消化されやすいこと」こそが、ニンゲンが噛んで飲みこむ食物として、
”善”の位置にあるのだろう。

ただ、食物繊維の作用を想像してみると、
それって、「消化されないこと」なればこその効力なのだ。

と、力説するまでもない、話しの一つであって目新しいことは何もないのだけど、
でも、自分にとってはまるで発見のようにはっとして、刺激的で、
しばし興奮冷めやらぬのでした。


 * * *


損か得かの即断即決二極化視点は、異様な速さで選択肢をさあさあどっちと迫ってくる。

だけども、なんにでも、
メリットも、デメリットもあるのだ。

「それとこれとはおんなじものでできているから」ということばが忘れられない。
何の本だったか、忘れているのにだ。


光もあって影もある。
表があるということはよくよく見りゃ必ず裏面もある。
自分が感じる”メリット”と”デメリット”はいつも共存していて、
そのどっちか一方だけ、とはそうは卸さない、主に問屋が。

光も影も、高いも低いも、都合いいことも不都合なことも、
人知が、「発見しました!」と宣言するその時よりもずーっと先に、黙ってただそこに元からある。


流れに乗ることは大切かもしれない。
でも、その流れそのものの意味を自分なりに考えるためには、
流れている渦中にいては、俯瞰ができない。

立ち止まることはエネルギーがいることだ。

自分にとっての未消化な「面白いこと」は、それでもなぜだかそっちの方に多い。





b0079965_9371292.jpg


有相無相。
目には見えない、いろんな菌が作用して「自分の呑みもの」ができました。


いよいよとうとう、数センチずつながら、土が出てきた。
[PR]
by 907011 | 2011-02-23 09:12 | Trackback | Comments(6)

きょうの仕事。





ビニールハウスを救う。


b0079965_20431293.jpg













事務所の正面から少し足を伸ばした、急こう配の上にある陶芸の登り窯。
その周辺一帯が、セルフビルドのできる人生の先輩がた(憧れ)がつくった、オトナの遊び場空間になっている。


最近新たに買ったかんじきを嬉しそうに履き、
わっせわっせと登ったその足元よりも下に埋もれていたビニールハウス。
はたしてこれは何メートル下にあることになるんだろう。

とにかく掘ってますという日々進行形で、
この頃に時間のできた際にボスのお手伝いをしているものの、
週末の寒波が降らした雪でいよいよ「ダメんなった」模様。

でも、とにかく掘る。そうして日々は続いていく。

仕事時間に自主的にする雪かきは、
マイペースにやれる貴重な仕事なので好きです。
家でもこのくらいやれば、冬は何の問題も生じないんだろうけどなあと、
毎日仕事時間だけスイッチが入る自分の心身を歯がゆく思うのです。

明日はどうなるだろうかね、ビニールハウス。
気温が上がって雪はどんどん重たくなった。

ちなみにこの中には、焼き物のための薪がぎっしり入っていて、
休憩中、たまに登り窯で暖をとるときの焚き火はサイコーです。

火や水って、こんなにもどうして見ていて飽きないんだろうか。
二つとして同じ表情を見せないからというのもたしかにあるんだと思う。

ヒトとヒトは分かり合えないようで分かり合えていて、
分かり合えるようで分かり合えない。
それは悲しくてむなしいことでもあるし、だけど面白いことでもある。





b0079965_2132918.jpg


















今日は久々に雪かきしながら夕陽が拝めた。

あと一カ月もすれば、雪の下の雑草でも出せるんじゃないかなと感じたことが、
今年も、やっぱり「新鮮だ」って思えて、
帰ってきてから、久しぶりに鶏たちに菜っ葉をあげてみた。
ひじょうに狂喜乱舞していた。


明日はどのくらい掘れるんだろう。
かんじきの結び方をあれこれ試すことができるのもありがたい。

ビニールハウスがひと段落したら中に入って草を探してみるとしよう。
薪の下に蛇がいそうで、それは雪の上にいる今から怖い。

それにしても圧倒的に、夕陽が綺麗だった。
別に何も新しい、奇抜な情報を送りつけてくるわけでもなく、
ただ夕陽があっちにあるだけなのに、
まんじりと見とれて、じっと固まってた。

何かを言葉にしようとたくらんだ自分の記憶を照らしているようで、
いや、瞬間突っ立ったままの自分が照らされていただけのことで、
いまそれを言葉にしたところで何の意味も持たないけども、ただ美しかった。圧倒的だった。


ああいう夕陽に、
また、まだまだ、見とれて固まっていられたらいいなあ。



 * * *



<大人になってから、
 大人としてやるべきことを、
 しっかりやることは、
 大人の快感かもしれない。
 
 ただ、それは、
 子どものじぶんを静かにさせて、
 しっかりやったということではないのかな。
 静かにさせられた子どものじぶんは、
 押し入れの中で、うらみがましい目で、
 大人のじぶんを見ているかもしれない。

 断言してみたい。
 じぶんとは、子どものじぶんである。
 大人のじぶんは、じぶんがつくったじぶんである。
 つくったじぶんよりも、
 じぶんのほうが、よっぽどじぶんのはずで。
 押し入れに閉じこめられても、
 さるぐつわをかまされて黙らされても、
 そいつは生きて足をばたばたさせている。

 よし、言おう。
 言ってしまおう。
 人間とは、子どものことである。


・ぼくは、いろんな大人たちのことを理解するために、
 彼らひとりひとりを、
 想像上の中学の教室のなかに置いてみます。
 そうすると、いるんです、中学生の彼や彼女が。
 理屈の得意なおじさんは、
 口を尖らせて大声を出して笑われているやつだったり、
 気取った女性は、見栄っ張りのおませさんだったり、
 なんか中学生の姿で見えてくるんです。

 いいやつもいるけれど、たいていは、
 たいしたやつじゃありません。
 むろん、じぶんも含めて、たいしたもんじゃない。
 たいしたことない中学生が、武器や飾りを身につけて、
 ちょいとえらそうにしてるだけです。
 笑っちゃいます、よくがんばってるんです、それだけ。>(darling)
[PR]
by 907011 | 2011-02-01 21:13 | Trackback | Comments(10)