山中記

<   2011年 05月 ( 8 )   > この月の画像一覧

ドンパン節。

週末に山中の”オクサ”の田植えを手伝わせてもらった。
山の奥深い棚田なのに、想像と違って、
オクサの一面の田んぼには水が不足していてなかなかに世知辛い状況だった。
水についてはまた後日記したいです。


機械植えは早い。

昔の手植えのみだった頃、
かなり早いヒトが一日で植えられたのがプール一つ分(25m×16m=400㎡)だったという。
一方、現在最強の田植えで8時間作業すれば、東京ドーム一つ分(50000㎡)。

これはじつに120倍以上の面積になる。
(120倍というよりもプールと東京ドームの方が分かりやすいか)
※去年買った『安曇野発!農に生きる仲間たち』という本(小冊子)から引用


たとえば、この面積の違いに何を感じるか。
ヒトそれぞれには違う背景と記憶、視野と感性があって、
だから、それぞれの想いや理論は相応に皆正しいのだろうと思う。


この本は、安曇野周辺で「半農半X」を実践している方たち32人(世帯)のお話。
ワタシが一番印象的だったのは、半農半書道教室&英会話スクールの方の文中にあった言葉でした。

<「墨を磨るか、磨らないか」
 30分かけて墨を磨り、3枚練習するか、時間を稼いで墨汁を使い10枚練習するか、
 子供たちに何を伝えていくべきか考えてきました。
 上手な字を書かせたいなら墨汁を使うべきです。
 しかし、墨を磨る過程には色々な心の動きがあります。>


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<うちの畑はとても皆さんに自慢できるものではありません。
 草に覆われ、その光景は正に我が家の姿そのものです。
 畑のサイクルと仕事のサイクルのバランスがなかなかとれません。
 農作業はとても時間がかかります。
 ついつい時間を奪われるという感覚を持ってしまうのですが、
 しかしこれは本来人間に必要な時間であって、
 実際は仕事やその他に時間を奪われていることに気付かされました。
 畑と仕事のどちらに基準を置くべきか、
 私達の目標は、まず畑にしっかりと時間を費やし充実させることです。
 畑は私達自身の姿です。>


山中に新たな本籍を移そうと考えています。
言葉や常識がいつも足りなくて、
ヒトとの距離のとり方が誰よりも下手くそな自分にとっては
けっこうな覚悟だとも自分なりに思います。

いずれ言葉にしなくては。
言葉以上の姿でなくては。


未明の3時。
鶏がやたらと正確に、時を告げてくれた。
明日の夜には再びここ山中に戻っている予定のだいぶ強行スケジュールですが、
秋田へ帰省してきます。
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by 907011 | 2011-05-31 04:37 | Trackback | Comments(0)

継。

おととい、じゃがいも植えた。
こっちに来て初めて知ったのですが、
ここらのヒトは雪溶けしてから畑をつくるまでの間、
種イモを土に埋めて(ふせて)、芽出しをする。
じゃがいもの話になると、必ずといっていいほど「いも、ふせたか?」と確認される。

雪深いゆえの知恵。
以前お話を聞いた、農業の先輩(年下)は
「その土地、その場所、その畑の土によってやり方は違うから」と繰り返していた。

たとえば、新潟県の地図に各地域ごとの特産物が載っているものがあるけど、
こと畑に関しては、そういう平均値を鵜呑みにして掘り下げることよりも、
大切なことがあると思うんです、と。

風土の違いとはよくいったもので、
土はその場所その場所、つまり自分が立っている足元ごとに違う。

木や草や作物の根っこを想うこと。
それは土の中の水の流れを想像することだし、
水を想えば必然、陽の光や風当たりを観察するようになる。
もっと観察が許されるなら、
虫を眺めて(補殺関係とか、その虫の好き嫌いとか)、菌の働きを想ったり。

目に見えるものとしてのfood/見るよりも感じることが大切な風土。
(「世の中には大切な3つのフードがあります」、と誰かスピーチしないだろうか。
 ちなみに3つめのフードはたとえばこの中にあります。)


 * * *


自然養鶏の本を読んでいたら、
「鶏のことを学びたいと思うのなら、
 本当の答えは、本や情報の中ではなく、
 まさしく目の前の鶏や鶏ふんが教えてくれます」という一節があった。

長岡の畑の親方は、
毎朝水やりをするときに一本ずつ苗を(素早く)見て、声を聞けと話していた。
本気で教えてもらいたければ、野菜がこうしたいとかならず言うようになるから。
それが聞こえてこないうちはおめーはまだまだ聞く耳が足りねんだ、と。


 * * *


自家採種を細々と試みている。
去年などは食べられる野菜をつくることよりも、
野菜の花を眺め、種を採ることばかりを四六時中考えていた。

代を継ぐこと。
静かに試したいことが無数にあって、気付いたらこの環境に居るような気もする。

しかし、良い結果もあれど、残念ながらその3倍くらいうまくいかない。
3代目のキュウリ、トマト、ミニトマトは種採り~発芽の段階ですべて途絶えてしまった。
ふりだし。

家の中も外でもネズミ(フンからするとハツカネズミ?)が夜中のうちに、
あらゆる種をかじって散らかしていった。
今朝も容赦なく・・・勉強させてもらいました。
浦安のテーマパークにいるマウスと違って、
このマウスどもはメルヘンの力で動いてなどくれない。


下田村のセンセイは、
「白い花のつく木に、白い花が咲いた喜び」と言っていた。
最近ようやく、その言葉を自分なりに理解することができた気がする。
春菊の種をまいて、春菊の芽が土を持ちあげて出てきたのを見ると
息を呑んでいろんな角度からじーっと眺めた後、言葉も忘れて、抱きつきたいくらいに嬉しいのだ。

この感覚が麻痺してしまうぐらいなら、
他の大切なものを得る機会など失っても何でもいい。


自分の野菜を育ててみたい。
自分の好きなヒトたちに、それを渡して暮らすことができれば、
それはサイコーな生き方だなあと思っています。
いつか。
いずれ。



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<「知る」ことは、「感じる」ことの半分も重要ではないのです。>
(レイチェル・カーソン)
http://www.uplink.co.jp/kansei/
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by 907011 | 2011-05-29 07:40 | Trackback | Comments(4)

鶏力。

早寝早起きが鶏と共存する大切な要素の一つかもしれない。
最近は鶏の朝鳴きよりも早くに目覚める(2時半くらい)。

日々試行錯誤七転八倒弱肉強食などの四字熟語的トライ&エラーを繰り返し、
まだまだ改善の余地は尽きないものの、
少しずつ鶏との棲み分けができつつある。

ということで、家の畑を手で打って畝づくりが進められるようになってきた。
間もなく引っ越して一月になるけど、現状この手づくり畝が6,7本ばかし。
でも、この先なるべく不耕起にして、
多様な草や虫や菌に土をつくってもらいたいので、
丁寧に丁寧に、畑は打ち納めの心持ちで静かに畝をつくっている。


門出からいただいた米ぬかを少しまき、鶏を放つ。
鶏は草の新芽をどんどんかじる。
虫を食べたいので足で土をかく、くちばしで突く。
ときどき鶏ふんをひりだす。
米や野菜や草を食べて、消化して出てくるものなので、
そのままに足で畑にすき込んでもらう。


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「ヤンマーのトラクター○○馬力」。
果たして1馬力がどれくらいすごいのか、
馬と一緒に働いたことがないのでわからないのだけど、
うちのチキントラクターは現在のところ、最大で19鶏力ということが言えると思う。

昨日は、9鶏力。
それと1人力がくわで追う格好。

天気も良く、汗も風も心地よく。
仕事は遅いものの、一本の畝を丁寧に。

と、顔をあげたら、2鶏力はぺたんと座って毛づくろい。
後から放ったもう1鶏力は、土にふせておいたショウガとこんにゃく芋の間で砂浴び。
そのうち3羽で連れだって下の”ごん八”のほうに降りて遊ぶ。
都合、3鶏力のトラクター停止。


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もみじたちは貴重な戦力だとわかった一日。
今日も「もみじ6鶏力」と、あとは適当に放って。
頑張ろう、人力。
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by 907011 | 2011-05-25 04:58 | Trackback | Comments(6)

手づくり建築memo。

玄関の冬囲いをやっと外せた。
不格好かもしれないけど、波板を打ち付けていた骨組みは残させてもらって、
何種類かツル性の植物(キュウリ、ゴーヤ、夕顔などできるだけ野菜)をはわせて覆いたい構え。

今冬の雪で玄関上の瓦が破損し、この間の雨降りが続いた日に雨漏り発覚。
シートを張って瓦を敷き直すそうなので、(梯子が苦手だけど)習う予定。

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”オクサ”にある田んぼで手伝いの仕方を教えてもらう。
この週末に田植えがあるので、
肥やしまきや代かきなどの”田こしゃい”を見習いしながらトラクタ練習をさせてもらった。
何年ぶりのトラクタだったろう。
「何もない」山の中にいて、しかし「何でもある」山を見ながら働けるのが嬉しい。


 * * *


先週の夢の森の建築講座で、
「プロにしかできないこと、素人(建て主)にしかできないこと」
という二つの円が交わる図を眺めながら、
「素人にもできること」を互いに話し合う時間があった。

建築に関わらず、プロにしかできないこと、資格が必要なものは多い。
しかし、たとえば個人が家を一つ建てる場合、
「こんな風に暮らしたい」という、そこに住むヒトの想いは
建て主本人にしか持ち得ないことだといえる。
これは田畑でもまったく同じことが言えると思う。

トラクタもまた専門的な技術を備えた機械であって、
そこからあらためて手仕事の動きを考えてみれば、
どこかあのプロと素人の二つの円と通ずるものがあるなあとも思えた。


<素人は建築に関わることができないという思いこみを解除することで共につくることができる>
<必ずしも安くつくることができるというわけではない。
 一緒にやることでかえって高くつくこともあるかもしれない。
 それでも、自分の手でつくる喜びを感じることができるし、
 苦労することでより愛着がわく>


 * * *


土曜日に二回目の手づくり建築講座に行って来ました。
今回は「基礎」づくり。

時間を勝手に勘違いして、30分以上早く一番乗りで到着してしまった、珍しい。
今春につくられたハーブガーデン(ステビアの葉が甘かった)や懐かしの自然農畑を眺める静かな時間。
次回もまた時間を間違えるのだと思う。

そんな傍らで、今回の講師であり、
夢の森が建築したいイメージを平面図・立面図に落として描かれた光風林の方々が
講座のための準備の作業をされている現場を眺める。

4人の職人。
水平をとって地面に基準線となる縄を張り(地縄)、
「遣り方(やりかた)」と呼ばれる板でその外側を間隔、水平ともにぴしっと決める。
この遣り方があってはじめて建物の位置が定まり、
何もない地面に、それでも目に見えない骨組みが可視化された(プロの目には)状態となる。

この間、光風林の職人の皆さんは二言三言の確認の単語以外、
ほとんど言葉を交わさぬまま静かに張りつめられた空間をなめらかに動き続けていた。
あんな空気に触れることは日常なかなかないだろう、早く着いてみるもんだ。

座学として光風林の筒井さんから建築やその背景の話があった。
私的に印象的だったのが、
「図面を書くということと、デザインをするということは違う」という言葉だった。


 * * *


今回は基礎づくりということで、実習がメイン。
上記の遣り方という板囲いから図面に基づいて水糸と言われる線をピンと張り、
その線が交わる個所に柱が立つ。
柱の位置の真下がすなわち、基礎が置かれる点として定まる。
22本(うろ覚え)の柱のための基礎がそれぞれに置かれる、
この柱ごとの基礎は「独立基礎」と呼ばれる。
一方、現在の一般住宅の主流となっているのは、
各柱をつなぐ形で、壁の下をなぞるようにコンクリが線でつながっているもので、
これが「布基礎」といわれるものだそうだ。

講座の実習は基礎位置を割り出すための水糸張りから開始。
水糸の交わった点から直径と深さを測りながら、穴掘り。
途中、木や岩に当たったり、隣の足湯(昨年の建築講座作品)の排水パイプにあたってしまったりしたものの、
外での協働作業はやはり互いの距離感を縮めてくれる。
ほとんどの方が会ってまだ二度目だったけど皆さん面白い頼もしい。

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掘られた穴に砕石を敷き詰めて鎮圧。
これも水糸からの深さを確認しながら石を取ったり足したり専用の道具で叩いたり。


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新潟らしくということで、田んぼの畦シート(!)を用いて、
そこに基礎石代わりのコンクリートを流し込む。
補強のための鉄筋はまっすぐなものと、バネ状に巻かれたものの二つが入る。
その場にあった丸太に鉄筋を巻きつけて手で曲げていたのが圧巻だった。
「そこにあるものを使うというのが理にかなっているしいちばん面白いんです」


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空気を抜きながらコンクリを高さを合わせながら詰め、アンカーを埋めて完了。
アンカーには横に材木がつながれて、その上に柱が立つ(だったはず)。

恥かしながらセメント・コンクリ・モルタルの違いもまったくもって分からなかったけど、
実際に練られていく様を見て体得。
セメント+砂(+水)=モルタル
モルタル+砂利(+水)=コンクリート
コンクリートは石が練り込まれることで、モルタルよりも強度が高くなる。


かなりガテンな勉強だったけど、外で身体を動かすのがやっぱり気持ち良い。

筒井さんの話によると、
こういう家の基礎づくりを含めたいわゆる土木工事は、
大工ではなく「土方」がやっていて、
土方の仕事を見ているとたとえば穴掘り一つにしても仕事が格段に違うとのこと。

鳶職など、単に肉体労働のイメージがあるけど、
何もない(素人の目には)空間に任意の基準線を引いて、
寸法や水平を空間に可視化していく、感覚と間隔と力の仕事。

かつて、土方の親方といえば、大工の棟梁からも一目置かれる、
そういう存在であり、役割だったのだという。


あとは忘れないように、自分なりに発酵するように。
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by 907011 | 2011-05-23 05:46 | Trackback | Comments(7)

偶然の必要。

13日の金曜日。
ひどい二日酔いが結局ひかないままに柏崎まで出て、
ハローワークでの雇用保険の初回説明会へ。

家のこと、鶏のこと、畑のことに加えて、
田んぼの仕事を覚えること、山も然り。
さらに加えて集落のこと、先達から教えてもらうこと、夢の森で学ぶこと。
以上のもろもろを一つずつ組み合わせたり、足したりかけたりして、
最終的に「この家でまず冬を越す」というのが今年の最優先事項なので、
特定の組織に属して就労しようという意識がとうぶんない
(連休だけ地元の「王国」のお手伝いをさせてもらった)。

なので、なんとなく作業ズボンとパーカーを着て、
ふらふらとハローワークの会場に入ったら、
驚くなかれ、そのパーカー率の高さよ。
後ろの席から眺めていたら8割くらいがパーカーを着ていた。
無職でこの時期というのはパーカーを羽織るものなんだな、
と感嘆しながらトイレに立ち、胃のふちからこみあげるものを感じつつも、
鏡の前で己の二日酔いパーカー(?)の安直さを恥じる13:30。
8割のパーカーのうち9割5分くらいのフード部分は、
たぶんこれといって機能することのないまま終焉を迎えるのだろう。
このフード部分をどっかの何かに使えないものだろうかなどと考えるが、
どっかも、何かも、まったく思い浮かばないまま時は過ぎた。


保険、税金のことはからきし弱くて、睡魔や二日酔いに苦しみながら無事終了。
林業就業支援講習というチラシを片隅で見つけたのが最大の収穫だった。
森林と山村地域の現状、林業の知識、チェーンソー作業、実地講習など、
魅惑の内容があるほか、受講料無料なだけでなく、宿泊費まで出る。
はたして新潟の農林公社などで受講できるものかどうか、
後日、「求職活動」として相談に行こうとたくらんでます。
夜はウドで晩酌をして寝た。

14日の土曜日。
夢の森にて「手づくり自然建築と暮らしの講座」。
初回につき、参加者同士を知ることに重きをおかれ、
その他、講師となる地元の工務店の方のお話や、森を歩きながら木の話をたくさん聴いた。
自己紹介で鶏小屋をつくりたいですと話したら
その工務店にも材がたくさんあるから取りにおいでなさいといってくれた。

参加者は10数名。
2年かけて、キッチンつきのオープンスペースがつくられる構想。
一年目の今年に基礎、墨つけ、刻み、建前、屋根と進み、
来年に、土壁、杉皮葺きの屋根、アースオーブン、ロケットストーブなどへと進み、
非電化冷蔵庫も備え付けられる模様。

ここの家の部分直しや鶏小屋を少々という低い志かつ手ぶらな状態でのぞんだワタシは、
差し金や尺貫法のところでいきなりつまずきそうになったので気合を入れねば。
でも、夢の森に集まるヒトはみんな個性的だ。

杉皮の屋根というのが実に興味深かった。
葺くために使う杉皮は木に水分の多い春~夏にとり、
材木は水分の少ない秋冬にとるそうです。春にとると材がかびてダメらしい。

昔は家をつくるのに3年くらいかかったといわれる。
職人が棟梁となって指揮をとり、村の衆が大工衆と成り、
山主とともに山に入って木を切り倒して材をとるところがスタート地点。
今は完全に分業制となり(水まわりやサッシなど)、
プレカットされた材を組み合わせる式に建て方も変わり、数か月で家が建つのがほとんど。
「山の曲がり木を使いこなせる大工はもうほぼいない状態」と先生は話していた。

建築に限らず、
「生産」「消費」「廃棄」のそれぞれはもはや完全分業が当たり前となり、
3つの間には互いに見えない壁ができてしまっているのが現状。たしかに。

夢の森スタッフによるアイスブレークが秀逸していた。
アナタは自分をおでんの具にたとえると何になる(例:大根、こぶ、はんぺん、つみれの4択)?
なんてのもあり、ワタシはなんとなくふらふらとはんぺんの場所にたどりつき、
「はんぺん派」の人たちと「なぜ、はんぺんか!?」と話しあったのでした。
あと、A型のヒトが圧倒的に多くて、
我がB型はスタッフと俺の2人だけだった。たしかになあ。

以上、備忘録。
晩酌はウドとニシンの煮つけ。



昨日日曜。
山中の道普請(”やまぶしん”とも呼ぶらしい)。
7:30~17:00くらいまでみっちりと労働。たぶん今日はかなり筋肉痛。
今年は特に雪が多かったので倒木と土砂崩れが多く、
山中~栃ヶ原へとつづく山道を車が通れるように、熊手スコップときどきユンボなおよそ10時間。
身体は消耗したけど、山深いところで一日働けて楽しかった。
それにしてもみんな(俺以外は自分のお父さん世代~高齢の方)、
山で使う基礎体力がやっぱりすごい。
道をゆきながら、あるいは一服のときに耳にした話がいちいちおもしろかった。

倒木を倒木のまま、もらう。
後日切り刻んで運ばねばという宿題がやまんかのあちこちに増えていく。
ちょっと不安。


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で、夜は下の隣組の焼肉打ち上げに呼んでもらって、
「りはち」の素敵な家でビール。
おもしろい話がまたたくさん聞けた。
山中の月夜の立ちションがひじょうに気持ち良かった。


おもしろ週末だったので殴り書き留め。
3時に鶏と起きだして、今日は門出の田植えを手伝ってきます。
たぶん明日も筋肉痛。
それが終わったらようやく家のことができるだろうか。
雪解け後(それでもまた雪に出くわす)は忙しいもんだなあ。
来春は早くから畑の準備がしたい。
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by 907011 | 2011-05-16 05:37 | Trackback | Comments(10)

言葉について。

落花生と黒豆と青豆をまいたマメな昨日。
昼前に山のウド畑に鶏を二羽道連れにして、ウドを散々採り、
それをアテにしてかじりながら、成願寺の別れでいただいた寒梅を呑んだ。

山で掘ったままにかじったウドは茎というよりは果実のように甘くみずみずしくて、
そんなこんなで晩酌もやたらと呑んだらしい。
気付くと泥のついた作業ズボンのまま布団に入っていた。
夜明けに見てみると、一升瓶がだいぶ空いている。
やまんか(山中)に越してきて初の二日酔い。


 * * *


奥田民生の風味がとても好きだ。

こっちに越してからも、すでに50回くらい聴いているんではないだろうか、
昨晩も酔いながら『CUSTOM』という曲を繰り返し繰り返し聴いていた。
聴いてないふりをしながらじつはしがみついてすがるように、
この曲を繰り返し繰り返し耳にしていると安心する。


<伝えたい事が そりゃ僕にだって あるんだ
  ただ 笑ってるけれど

 伝えたい事は 言葉にしたくは ないんだ
  そしたらどうしたらいいのさ        >




 * * *



おとといに下のゴンパチのじさと話をしていたら、
うちの裏に井戸があることを教えてもらった。

ごんぱちさんもぼっとん便所を残したいと熱く語っていた。
何度かの震災でなおか確信したらしく、
「今に街のニンゲンがやまんかにぼっとん便所借りにくるぞ」と、
たしかにオラ確信めいたぞという顔で話してた。
ちなみに俺の秋田の実家もぼっとん便所で、小さい頃に便所スリッパなど落としたもんだ。

そんな(どんな?)ごんぱちのじさが言ってくれた。
「ここは、誰も居ねすけ、ゆっくりやればいい。
 今日の仕事が明日になっても、
 明日の仕事があさってになってもいいから、
 あわてず、ゆっくりやりなさい」


 * * *


くだらぬ言葉は存外に出てくるのに、
大切な言葉は酒が入った時くらいしか口の外に出ない。
自分のことを指して、わりによく話すヒトだと評するヒトも中にはいるが、
たいていは物静かなオトコだといわれる。

当たり前のヒトが当たり前にしている、
意思を伝えるということに並々ならぬ器用さを(勝手に)重ね見て、
指をくわえる不器用で愚鈍で静かなオトコ、なのだと自分でも思う。
自ずと離れてしまったともだちも大切だっただろうヒトもいる。
いまだにつながりのあるともだちは皆、
そんな不器用さに寛容なヒトばかり、ということになるだろう。

一個ずつ不器用に積み重ねていくことしかできない。
できないのだけど、”よそ者”としての自分の立ち位置からすれば、
少し多めの言葉を重ねて説明が必要条件になる場面が日々ある。
でもなかなかそうは変われない。

説明だ、説明が必要なんだと自分に言いつけても、
言葉が追いつかない。

追いついてくれないというべきか、
いま焦って、取り繕った表面的な言葉をいくら重ねても、
後でずれが必ず生じると思うから、
そういうのが要するにすごく億劫に感じてしまう。


いろんな実験、観察ができる。
そんな延長線上でいろんなヒトとそれを分かち合ってわかりあっていける環境だと思うんです。

いま居る、この環境への感謝、
すなわち謙虚に、素直にならねばいかんよねえ。
社会的に戸籍上の身を固めるにあたってそんな不器用な事情で悶絶してます。

そうだ、丸刈りしよう。



< 誰か  誰か  見てて  くれないか
  誰か  誰か  聞いて  くれないか>


奥田民生『CUSTOM』


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by 907011 | 2011-05-15 05:14 | Trackback | Comments(0)

狩り。



昨日から降り続いた雨が弱まってきた。
身体を消耗させないとどうも眠りが浅い様子。
今日は午前中にトラクタを教えてもらうのとバタリを立てる予定。

バタリは開閉式の簡易作業小屋とでも呼ぶべきだろうか、
雪のある間はたたまれて家の壁と化し、
春になるとその屋根が持ち上げられて下に柱が据えられ物置になる。
季節としては冬囲いとちょうど逆に位置する存在。
ここら固有の名詞なんだろうか、わかるヒトがいたら聞いてみたい。


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昨日はふたたび門出に行ってお茶をいただいてきた。
門出の家ではすっかり”好物”と見なされている餅を
ほれほれ餅食っていけーと焼いてもらったのを二つ食べ、
筍煮などもおいしくいただく。
”好物”と見なされて久しい餅なのだが、じつは普段餅はあまり食べなくてもっぱら米が好き、
ということはこの際、内に秘めたまま墓場まで持っていこうと思う。

お父ちゃんが狩猟免許の取得について、かかる経費などの話を教えてくれた。
自身、この春に受験してわなの免許を取るということで、
「79歳にもなって猟の免許を取ることになるとはなあ」とこぼしていた。
門出では猪が山から時折出没するようになったらしく、
この家のすぐ前にも巨大なものが来たらしい。
その他猟の写真など見せてもらったけど、ひじょうにでかかった。

わなで捕まえて鉄砲でずどんとやるのだが、
ただ狩猟免許を取っても猟友会なるものに加盟しなくては、冬の猟期以外は禁止だし、
そもそも害獣の駆除は県からその地域の猟友会を通して初めて仕事として発生するらしい。
だから、趣味?で免許をとって猟銃を持つというよりは、
免許所有者すなわち猟友会員になるというのが、行政的には望ましいようで、
県庁や各地域振興局などで無料の講習をやっており、我らもぜひ聞きにいこうとたくらんでます。
ちなみに柏崎および高柳の猟友会の年会費は初年度でおよそ2万5千円もかかる。


奇遇にも昨夜、
玄米と寝袋と猟銃を持ち、それ以外の食糧、装備(電話やテントなど)は持たずに山に入る
「サバイバル登山」なる独自のスタイルで山にこもるヒトのドキュメンタリーを見た。

30m下の沢に滑落して、後にそれは肋骨骨折と分かったそうだが、その時の
「生きなければ、俺がつかまえた鹿や岩魚に申しわけない」という言葉が印象的だった。
山に居る間は”寂しい”という感情が自分の多くを占めるのだという。
ただ、その孤独や飢え(玄米以外の食べ物は獲物が現れてくれない限り口にできない)の中で、
狩猟した獲物を食べる際、この命を自分が殺して食べていいのか、それに値するのか、
という自問自答が悶々と繰り返されるのだという。


連休に自然王国でばったり出会って買った熊森(日本熊森協会)の本。
猟のことは山に居ながらゆっくり考え、昔の人たちの話をもう少し聞きたいと思います。
まずはバタリ。
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by 907011 | 2011-05-11 06:43 | Trackback | Comments(13)

皐月。



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去る先月26日に引っ越しを終えて、
柏崎市高柳町にある山中(やまんか)という集落に無事移りました。
はや2週間。
遅かった今年の雪もほぼ消えてきました。

二階の広めの部屋にあった山積みの荷をえいっとどかして、
自分の居部屋(書斎兼種まき温室、兼けっきょく物置)とする。
城下(一階)に広がる引っ越し後手つかず段ボールの山々は見ないことにして、
率先して一心不乱に我が城ばかりを築くバカ殿となる。

住めば都とはいったもので、
こうしてここに居れば、さもここにいるのが当たり前で、
あー落ち着く、という心境になってゆくから不思議だ。



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細々したこの先の宿題はさまざまにあれど、
あとはここに根を張るだけなのだという状況は、
背もたれにただ深く身体をあずけて、目の前の風景をゆっくり眺めるよう。
潔いもので、心鎮まります。

とくに、自分がずっと付き合える土が目の前にあるということに、
おそらくずーっと探してきた、内なる喜びを感じてます。



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鶏小屋第一弾を解体して出たコタツの台をリ・リユースして、
ひな用の遊び小屋をつくってみた。
鶏は草を食んだり、足でひっかきながら腐葉土や土の中の虫を食べる。
もちろん、フンもする。そしてまた土を蹴る。突く。
この手の大きめの囲いを畑に置くと、草や虫をとり、鶏ふんが土にすきこまれる。
作物のある場所をよけて囲いを動かすことでまた隣の土へ。
ヒトは喜び、鶏も喜ぶ。土と野菜もたぶん喜ぶ。
これは「チキントラクター」と呼ばれるパーマカルチャーのデザインの一つ。


 * * *


昨日。
5時間ほどかかって、
鶏の放し飼い空間を大きく区切るためのネット張りをした。
昔からここに残っているはさ木を使って、
どちらかといえば、鶏から畑を守るための線引き用。

誰かの日記で、
「やらねばやらねばということの方が、
 ただやりたいことをやった後よりも、大きな達成感を感じます」
という言葉を見たけど、たぶん俺もそうだと思う。

とにかくずっと懸念してたのでだいぶすっきり。
これでいよいよ畑の実験ができる。


 * * *


今朝は夜明けごろから暴風雨で、
空が白むのと同時に、かっぱを着て家の周りをぐるぐる歩きながら
雨水が家と畑とをどういう流れで動いていくのかを観察。
あわせて、鶏ネットがちゃんと機能したままかもニヤニヤしながら確認。

それは雨の降る日、風が強い日にしかできないのだから。




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雪で折れた桜や、廃材をもらって、芝や薪づくりを少しずつ進めてます。
この家に関してふたりでひとつ決めていることがあって、
いつか薪ストーブを買って、
なるべくここの山から燃料をいただいていこうということ。

今切る生木は、早くても来年の冬のための薪。
慣れない筋肉を使ってぎこぎこと挽きながら、ふいに、
「今強くなるための稽古と、10年後に強くなるための稽古を両方します」
という千代の富士の話を思い出す。
次の時間のことを想いながら、前の時間をかけてできたものをいただく。
畑に積んだ鶏糞も、発酵と腐敗の間を行ったり来たり。
できるだけ時間をかけて、その間は待とう。
ちなみに、千代の富士の言葉じゃなかったらスミマセン。


桜を切りながら、ついでに鶏の止まり木もつくった。
夜目のきかない鶏は外敵から身を守るため、高いところに止まって寝る習性がある。
そして大部分のふんは寝ている時間にするらしい。
だからちょっと動かせる式の止まり木があると世話もしやすい。
という理屈だけど、即興でつくった止まり木はちょっと動かせるどころかなんだか頼りないものとなった。
こうして手づくりしてみると、オトナにはオトナのさまざまな宿題が途切れずにあるものだ。
いつも私的あこがれの先にある夢の森の手づくり建築講座に今週から通って勉強してみます。

http://www.yumenomori-park.jp/program/general/2011/adult11.html#a02




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余裕のある日の夜や、夕焼けがきれいな夕方は、
薪およびダルマストーブの試運転として焚き火をときどきします。
酒がいっそううまいです。




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家の脇にあったウド。
掘り方を教えてもらい、最寄りのフキノトウやニラや卵と一緒に秋田の実家に直送してもらう。
秋田から何か欲しいものはないかと聞かれるが、お酒以外いつも何も思いつかない。
おみやげはあるのだが、はたして「土産」がすぐさま思い浮かばない。

ちなみにウドは漢字だと「独活」と書くんです。
独りで活きるという意味なんだろうか?
ずっと謎です。




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昨日は用事のついでに門出和紙の工房でやっている「きがみ市」を見にゆく。
お茶をいただきながら親方・康生さんのインタビュー記事を読んで感服する。
かつて高柳での冬は出稼ぎか蚕か紙漉きの副業しかなかったそうで、
一週間ほど考えた末、家業の紙漉きを継ごうと決意したのが高3の時だった。
<どうせやるなら、生業にしよう>

康生さんには昨秋に初めて山中で鶏をしめるときに来ていただいて手ほどきしてもらった。
昨日訪れた工房ではこの春にお弟子さんに入られたという女性が原料の楮(こうぞ)を下処理し、
別の若いお弟子さんが耕運機と格闘しながら畑を打ち、
展示を見ていた階下からは紙を漉く音が絶え間なく聞えた。


きがみ、生紙。

和紙ではなく生紙をつくっていきたいという康生さんの言葉。
紙が冬に漉かれていたことにも道理があり、
楮の栽培や雪ざらしなど、その工程は季節と深く結び付くため、
一年を通して紙が漉かれることに対して、
「夏に漉く紙を生紙と呼んで良いものか。
 生業にしようと決めたことが間違いだったのだろうか」、という自問が消えないという。



<しかし、和紙という名のもとで必然(自然)の紙と人為の紙が混在したまま
 使い手にとっても、何より日本の文化にとっても不幸である。

 当地においては、昔から生紙と呼んでいた。
 和紙という言葉を初めて知ったのは、小学校5年生の社会科の時間で、
 「康生ん家の生紙、和紙って言うんだね。」とみんなで頷いた記憶がある。
 ただその頃「きがみ」は、「木紙」と書くものと思っていた。
 生紙と教えてくれたのは、恩師の木我忠治氏であり、この道に首を入れ始めた頃である。

 その後10年程して紙を選別するとき、
 古い紙程、こしや張が出てきて水に容易に溶けない強靭な紙に成長している。
 日々の湿度による呼吸で段々一人前になるという、人の一生を重ねたようで、
 よくぞ生紙と名付けてくれたものだと感動する。

 生紙は、生紙固有の名前であって洋紙に対して名付けられたものではなく、
 必然(自然)の紙にのみ与えられたものである。従って不自然の紙は偽物となる。
 もちろんパルプ入りの紙や機械漉き、海外の原料の紙を否定するつもりはないが、
 そうした紙まで生紙と言って欲しくない。正道の紙にだけ許された名称である。

 その紙の名称及び正体をはっきり使い手に伝えることは作り手の義務といえる。>


きがみ市は15日(日)まで。
期間中無休だそうですので足を伸ばせる方は是非。
http://www.kadoidewashi.com/index.php


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ヒトと鶏の引っ越し完了生存報告日記でした。
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by 907011 | 2011-05-10 09:23 | Trackback | Comments(12)