山中記

<   2011年 07月 ( 6 )   > この月の画像一覧

抜けぬ。

感心するばかりに雨が降った。

春に越してきて耕してつくっていった畑の畝。
これを不耕起の畝にしていくぞと「既決」にしたつもりの自分こそ、
自然を管理できると勘違いしてしまっていたわけだ。

結局、雑草の根張りもしのげないほどの雨に、
畝の間の通路の水はけが上手にできてないところは必然、
水がたまって畝の肩まで洗われて作物の根が出たり、
ついでに浄化槽を埋める工事の関係で重機が入り、
無情にもそこここを掘られてなお進行中。
天災はなんとも仕方ないにせよ、人的なものはやっぱり後悔が残ってしまう。

自分の気分は天候に左右されやすいなあ。
どんよりしているときどきに、はっとそんな風に気付く繰り返し。

努力が足りないから、自信が足りず。
と、なったとき、マイペースは取り戻しづらい。
自問自答が大切で、でもその深さもまた足りないなあ、
と気付くのはやはりこういうタイミングで。


もう十年一昔の話ですが、
隣の机の方が雑談の中でふと「俺、戦争に出てみてかった」とつぶやいていた。
詳しい話は割愛させてもらって、
直接的には自分はまた共感できにくかったけども、
でも、その夜からその衝動についてふと振り返ってみて、
手を変え品を変え、自分にもたしかにその代替品がありそうだなあと思った。
もしこれがなかったら自分はどうなっているかなあと考えるとちょっと怖く思えてしまうような、
ヒトモノカネ?、何だったろう。いろいろあったはず。

自分についての感情もそうで、
小さな衝動をどこかの何かで(無意識のうちも含めて)ぽんとあふれさせておかないと、
もっと大きな何かをしでかしそうでおっかなくなったりする。

お酒を飲んで、高確率で酒に呑まれて、
それでもどんどんペースをあげてなお溺れようとする自分には大分類で二種類あって、
その一つの方は、自傷行為自慢に似ている。
もう片方は正反対のからっとした理由で、しかもそのどっちもがその都度混ざり合っているから困る。

自問自答が足りないなあと公民館の便所でふっと思いました。
8月の明日からまたネジを巻き直して努力したいなあと思う次第です。


 * * *


<観念的な思考はかならず、いったん人間を病気の状態にしてしまう。
 そこでほんものの思想家だけが、徹底的に考え抜くことをとおして、
 自分がおちいっている病気の状態から脱出しようとするのである。
 そして、悪戦苦闘の末にようやく自分を縛っていた思考のシステムから自由になれたとき、
 その人の前にはとてつもなくゆったりとした「普通」の世界が広がっているのが見えてくる。
 そういう「普通」にたどりつくことを最後の目標にしていない思想などは、
 どれも病気の産物にすぎないもので、たいしたものではない、という考え方である。>
 (中沢新一 ”遠くに光る灯台~吉本隆明に関しての解説~”)



これから新潟へ狩猟免許取得希望者講習にいってきます。
ずど~んとさせてる狩猟友達できるといいなあ、みんな年配の方ばかりだと思うけど。
夜は4カ月ぶりくらいに居酒屋マスターを報告にたずねる予定。
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by 907011 | 2011-07-31 07:03 | Trackback | Comments(0)

高柳そば。

そばの種蒔き体験とそば食

内容:漆島 そば畑で種蒔き
    門出 野菜のもぎ取り
        かやぶきの家で、そばと地元ごっつぉ

漆島、高尾、石黒など黒姫山山麓で栽培された高柳産そば粉を使用した手打ちそばです。


期日:8月7日(日)午前9時集合~午後2時解散
集合場所:高柳町漆島 集落センター前
     (農作業できる服装でお出でください。)
参加料金:3000円(←こどもはいくらなんだろう?)
募集人員:大人30人
申し込み:こども自然王国 担当中村
     電話0257-41-3355 FAX:0257-41-3515

今後の予定:10月刈り取り体験
        12月年越しそば打ち体験
主催:特定非営利法人じょんのび研究所

(資料から抜粋)


 * * *


イトー家も当日ぜひお客さんとして参加予定でしたが、どうやらお手伝い側になる模様。
地元蕎麦屋「ふかぐら亭」のヒデキさんが打つようです、そば。
ふかぐら亭は元旅館を蕎麦屋に改修して営業、現在(7~8月)さらに素敵に改修中。
秋になったら昼酒飲みにいきたい構え。
(ふかぐら亭ブログはこちら

そんなこんなで一緒にそばを蒔きましょう、刈りましょう、打ちましょう。
食べよう、呑もう。




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そばとぜんぜん関係ないけど、貞観園にて貞観園の人に貞観園を案内してもらった(当たり前か)際、
「この畳は寝てみると気持ち良いと思いますよ」と説明を受け、
じゃあじゃあじゃあと素直に寝っ転がる秋田のイトー家父(ヤスオ)兄(ヤスノリ)、弟(ナオキ)。
・・・、俺だけ「ヤス」が入ってない。


そういえば小学生の頃、夕飯時の電話口で母(カヨコ)が、
「イトーヤスオです・・・「安い」に「夫」です・・・ええ、安いに夫です」
と説明していたのを、子どもごころに寂しく思いながらご飯を飲み下したのが懐かしい。
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by 907011 | 2011-07-23 06:39 | Trackback | Comments(2)

祈。

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<Let me not pray to be sheltered from dangers
  but to be fearless in facing them.

  Let me not beg for the stilling of my pain
 but for the heart to conquer it.

  Let me not look for allies in life's battlefield
 but to my own strength.

  Let me not crave in anxious fear to be saved
 but hope for the patience to win my freedom.

 Grant me that I may not be a coward,
 feeling your mercy in my success alone;
 but let me find the grasp of your hand in my failure.


(危険から守り給えと祈るのではなく、
 危険と勇敢に立ち向かえますように。

 痛みが鎮まることを乞うのではなく、
 痛みに打ち克つ心を乞えますように。

 人生という戦場で味方をさがすのではなく、
 自分自身の力を見いだせますように。

 不安と恐れの下で救済を切望するのではなく、
 自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。

 成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような卑怯者ではなく、
 失意のときにこそ、あなたの御手に握られていることに気づけますように)


[Rabindranath Tagore”FRUIT-GATHERING(果物採集)”より石川拓治訳]>


写真:堀内”ほりこ”彩香(長岡造形大学)
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by 907011 | 2011-07-19 03:02 | Trackback | Comments(2)

百夜百夢。

昨日の昼下がり。
玄関にある郵便受けの下のあたりでまた蛇に会う。

顔を合わすこともないままに、
軒下から別の軒下へと胴体がずるずるずるっと這っていく様を静観。
見事に(当たり前か)目指していたほうの軒下に尻尾がおさまりきるところを見届ける。
模様もよく見え、この前よりやや太く長いような気もしたが、
しばし考えた後、忘れることにする。

ニンゲンの脳は身体が眠っている間に、記憶を整理して圧縮する。
驚いたことに、脳は睡眠中にもっとも活発化するそうだ、起きている間よりも。

先日卵を飲みに来たのと格闘して以来、
毎晩夜な夜な見る夢に蛇が必ず出てくる。

そうして、夢に出てくれば必ず目を覚ます。
ヒトはどうか分からないけど、あまりにおっかない夢を見ると、
ワタシは途中で、「これは怖い夢だ。どうにかして起きよう」と”離脱”を試みる。
現実逃避中にもかかわらず、そこからさらに逃避しようとする。

ラーメンズの「透明人間」を思い出して笑う。
「脱逆非不透明人間以外に否定的じゃないか」。


そんなこんなで、
蛇出る、俺傍観する。蛇夢にも出る、俺目覚める。という図式で寝不足続き。
昼寝が気持ち良い(昼夢にはなぜか出てこない)。



 * * *


夏前にハーブの小袋をいくつか買って蒔いてみた。

先月のある夜のこと。
高柳の確かな筋の事情通(お年寄り)に、
「レモンバームっておっきくなるとイタドリに育つんだと」、と教えてもらって、
愕然とする夢を見て、ここでもとっさに目覚めた。
あまりに信ぴょう性(夢の中でのその人への信頼度)が高かったため、
起きてしばらく呆然と夢かうつつか判断がつかず、
「レモンバームつくっても意味無いでねえか」とその後も何度か愕然として、
とりあえず手帳にメモしておいた。6月17日。
いまも時々思い出しては、もしやこのレモンバームが育つとイタドリに…?と疑って見ている。
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by 907011 | 2011-07-07 08:32 | Trackback | Comments(6)

括弧書きが多いのがどうも面白くない。

古い家のなかでもまれな話だと思うのですが、
長雨や強雨のときに、そこここで雨漏りがおこります。

去る土曜日。
夢の森公園で杉の皮むき間伐を含めた森づくり活動に参加予定だったけど、
急きょ変更させてもらって、お義父さんと屋根に上がって(余談:俺は極度の高所恐怖症)、
ひびの入った瓦をめくってビニールを挟み、応急処置としました。

昨冬の大雪と3月の地震(松之山近辺が被災したもの)の影響で、
瓦(セメント瓦)やその下のトタン屋根が傷を受けたのだそう。
1階の天井の板が雨漏りによる浸水で変色しているのが見える。まずい。

だいぶ快適になったものの、
さっき朝方の強雨でなおもやっぱりポタポタと漏ってきた。
床に広げられたバケツやボールが雨水を受ける。
いつか子どもの頃に見たドリフと一緒の光景だなあ。
雨漏りコント。
笑いの力って、大きい。


出稼ぎに憧れもあるのですが(憧れるということはきっとやるのでしょう)、
この環境が自分にとっての「終の住処」であってほしいなあと思います。

永く住みたいという気持ちと、なるべく今あるもので何とかし続けたいという気持ちとは、
双子のごとく、この家に共存している。
なので、新しく何かを増やしてほしい、くっつけて欲しいという欲があまり無い。
といいつつ、ぼっとん便所保存の意思はあっけなく水に流されてしまって、
今夏に合併浄化槽の工事が始まる運びとなっている。今年度の急ぐ補助金らしい。

この時世に、変わることよりも、変わらずにいることの方がはるかに難しいのかもしれない。


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笑いの力はやっぱり大きい。


<マジックのタネ、トリックをひと言で言うと『非常識』なんですよ。
 常識にあらざるもの、です。>

と、毎週日曜に楽しみにしている『ライフ・イズ・マジック』の中にあった。
頭ぐるぐる回す手品?のナポレオンズの方が書いている文章。

ワタシらが「それはわたし知っています」、「知ってる知ってる」と言う場合、
その多くは「常識」の分野に含まれるものを指すのだと思う。
あるいは見ず知らずのヒトや不特定多数のヒトたちと時間を共有するには、
まず常識の範ちゅうにありそうな言語を選ぶことから始まる。

逆に、言葉も何も分からない文化圏に瞬間的にぽつんと移ったら、
目の前のことすべてが自分にとっての非常識とも言える。


<学校で非常識を学んだことって、ないでしょ?
 それで、非常識にはうとくなるんですよ。
 だから、マジックの中に隠された
 非常識には気付かないのです。

 別に、マジックのタネ、
 非常識に気付かなくてもいいとは思うけれど、
 長い間、たくさんの常識を頭の中に溜めていくと、
 思い込みや固定観念というものも増えてしまいます。

 そこで、時には非常識、マジックの不思議を味わうと、
 凝り固まった頭がほぐれるのですよ。>



「それってジョーシキでしょ?」と、ふいに思わぬ方角からお叱りを受けたりするように、
「常識」は自分にとって、そのヒトにとって、ときどきマイナーチェンジしているように思う。

一方の非常識も、言葉の上ではそれにともなって変わりそうなものであるけど、
何にせよまず少ないのだ、自分の常識なんていうものは。
だから、自分にとっての非常識を考えてみると、意外に揺るがない。

日常と非日常ともそういう風にできていそうだ。


非常識な空間、非日常な時間では、
あらゆることが即興のアドリブ劇になる。ドリフのコントしかりで。

天井からなぜだか雨が落ちてきたら、ヒトはきっとバケツやボールをあてがったりするものなのだ。
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by 907011 | 2011-07-05 07:06 | Trackback | Comments(0)

屠る。

去年の10月に1日違いで産まれた二羽の雄鳥、トットとトックを昨日しめた。

日はだいぶ前に話して決めて、
気持ちも固めるために、毎日目につく黒板に書き込んでおいた。

朝に外のゲージに二羽を移し、ダルマストーブで湯をわかし、
しめる間際まで久々に二羽を抱いた。
いつも逃げ回って暴れてあげくに噛み付いたりされたやつらなのに、
昨日は不思議とおとなしくて、トットを抱いていたら顔をのぞきこむようにずっと目を見てきた。

ここでいきなりひるむまいと目を見つめ返すものの、
これからしめるんだもう決めたんだと思うと、
やはり目を見ることが耐えられなくなってしまう。

こいつらは、これまでとも違って卵が温められた過程から今日まで知っているわけで、
ペットと同じように愛着があり、
いざことが始まる直前まで、気持ちがまったく揺らいだ。固まらなかった。
今回は地元の「月湯女」の料理人コウジさんにもご協力いただいて、
鶏の身体のさばき方を教えてもらうことも決まっており、
羽根をむしったらすぐにお店で待つコウジさんのもとにうかがう段取りだったので、
ある程度、時間も限られていた。

本当にやるのか、それだけの意味はあるのか。
やっぱり気持ちが固まるまでは、避けたい気持ちとの葛藤だった。
二人じゃなかったら、自分一人には実行できなかったと思う。
それは単純に何が良くて何が悪いと分けることのできる問題ではないけども。

言葉少なな時間が過ぎて、なるべくすみやかにおこなった。
俺は終始身体をおさえていたけど、ものすごい力を見せつけられた。
いざことが始まるとすべては静かに進んでいく、
後から考えるとあっけないくらいに。

ただ、慣れというものからはかけ離れていて、
むしろ、精神的にもだいぶ消耗した。
二羽立て続けにということもあるかもしれない、
初体験の異様な興奮が覚めているともいえるんだろう。
本当にやるだけの意味が、自分にその資格があるのか、
悩んでいてはこいつらが浮かばれない。でも脳裏をよぎる。


コウジさんの包丁さばきは圧巻で、かつ丁寧に説明をしていただけて、
それは唯一、直後の自分たちにとって、彼らにとって救われた時間だと思えた。

肉とアラになったものを持って山中に帰宅し、
胸肉のひとかけを噛んでごくっと呑みこんで、
それからはずっと黙ったまま、それぞれの時間を過ごした。
静かで、とても奇妙な間合いだったと思う。


俺はダルマストーブでふたたび火を起こして、
むしった羽根をすべて灰にした。
釜に湯を沸かして、黙ったままガラを煮続けた。

気付いたらまた18時のエーデルワイスが流れた。
俺は6時間くらいずっと一人で火の前に座っていた。

たぶん二人とも放心していたのだと思う。
悲しいとか、つらいとか、自責だとか反省だとか、そんな簡単に言葉になる時間ではなくて、
自分にとっては「放心」が的を射た表し方だと思う。

間際に抱きながらずっと目を見られて、自分の弱さも全部見透かされていたのだと思う。
自分よりも弱い生き物に最後まで従わなければいけないことは屈辱だったろう。

「強さ」を形作るものの一つの要因として「やさしさ」が含まれるなら、
自分はあまりにも彼らにとって弱すぎた。




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ハレの日とケの日。
その彼岸と河岸の間にある大きな河のこと。
放心して、火を見ながらずっと考えていた。
その間を行き来するための船となる儀式、祭礼。

”儀式的なもの”に身を借りて、姿を変えて、
でもそうすることでしか抜け出せない、あまりにも身体に、顔に付きまとう日常がある。

たとえば、
飾り物を施して、幕で仕切って、着物に着替えて、節を付けて声帯を震わせて、はじめて、
その先の空間と時間とが非日常なものに変わる。


「祭りが増えすぎてしまったと俺は思う」と門出のキヨシさんは話していた。
イベントや農村での体験、交流について話をしていた時。

年に何度かの、古くからの、昔の祭りには観客がいない。
居るのは村の人たち、その人たちが皆その祭りを行うからだ。
そこに観客が入った途端に、それは見せるための色合いを出す。
祭礼がもともとの純粋な意味を薄め、
そのバランスがより観客に偏れば、それはもはやビジネスとしてのイベントに表情を変える。

目に見える数字、とりわけお金のことが一番大事なものに位置して、
そこから逆算されて、日取りや時間や会場や人員がプロモートされていく。
そうしてたとえば稲刈りの日にちが決まっていて、
そこに大雨があたって「今年はダメだった」なんてことも多々ある。
ヒトを集めるための周知に胃を痛めつつ苦心奔走したり。

季節やお天道様のアンバイ、百姓仕事との間に、その兼ね合いでやや流動的に、
その村にその年の祭礼がかつてあったことには、より強い祈りや想いが直結していたと思う。

震災からの復興を願って各地で有志がいろんなイベントを行って、支援の手を延べて、
そうした、伝えたいことがあるイベントのその先にある伝えたい姿(たとえば「復興」という言葉)って、
観客も誰も居ない祭礼や村の姿にあるんではないだろうか、とそんなことも思った。


 * * *


とにもかくにも、焚き火を前にした放心は、
自分なりの儀式的な時間だったのだと思います。
あっちとこっちを行き来する河にゆらゆらゆらゆら浮かんでました。


自分にとっての現実が常に目の前にはあって、
それを肯定する目と、
否定までいかずとももう少し慎重に見る、
そんな二つの目を持っていたいなあと想います。

自分の意見を持たずに鵜呑みしてしまう時は、もう少し吟味して呑みこむ時間を。
食わず嫌いで怪しがって否定してしまう時は、好奇心を抱く時間を。

弱い自分は弱いなりにどうしたらもっと優しくなれるのか。
そのためのさらに試行錯誤の時間をつくっていこうと思いました。


目の前のここではない”どっか”の空間や時間を、
ときどきはぼんやり見つめて、たまに手を合わせたいと想います。

合掌




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by 907011 | 2011-07-01 07:04 | Trackback | Comments(4)