山中記

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刈。

大豆を刈ってつるして干し始めた。
味噌をつくりたいのと、去年もらった納豆菌があるのでわらに入れて手前納豆や手前豆腐というのも、
冬にすっぽり雪に包まれたら、やってみたいなあとたくらんでます。
そんなにはないか、豆。

小豆も充実してきたので、乾燥した鞘を探して鎌で摘む。
昔、社会の時間に見た、弥生時代の人(?)が田んぼに入って
ガサゴソとやっている石包丁的な石器を思い出す。

小豆はまだまだ少ししかつくってないので、数日にいっぺん鞘を見るようにしないと。
夏の手探りな種まきは思いのほか大変だったけど、
量が少なければ少ないで、もっと大量につくった方がいいのかなあと思ったりもする。
ただ、大量になると、「少しのこと」にこだわっていられなくなるのだろうなとも思ったりする。
ふと、妖怪・小豆洗いのことも少しだけ思ったりもする。
されば当然、手前餡子をつくりたくなりそうだが、アンコを欲しない身体なのであまり思わない。

土に触れて、つくるのは好きだ。
つくるのが好きだから、もっと「消費」も楽しまないと。
生産。消費。廃棄。という循環。


 * * *


山中トンネルを挟んで隣接している十日町市の集落・仙田にある道の駅で買った、こんにゃく芋。
小指くらいの1年生を少しだけ植えてあったので試し掘り。まずまず。
こんにゃくはだいたい3年かかるので、腐らないように冬~春の貯蔵が必要になる。
発泡スチロールにもみ殻と詰めるんだったかな。
うろ覚え。

サツマイモ、ジャガイモ、サトイモ、コンニャク。
芋によっても、貯蔵のために寒いままが良いもの、寒くさせない工夫がいるもの。
湿気もまた然りで、もみ殻を湿らせて保存する芋もあるし、湿気ないようにする芋もある。

男というのはたいがいが”助平”にできているもの、時にいろんな異性に目が向くものですが、
ちょうど芋というのは、この場合の異性のように多様性に富んでいるものであります。
と、むやみに野菜にこじつけようとしてもあまり説得力はないので男の人は注意してください。

「現実の中にあっても夢を見るのが、男。
 夢の中にあっても現実を見るのが、女。」
と昔友達が言っていた言葉、真なり。女は強いなあと思います。


そんな言葉など想い返し、芋と男と女の間を行きつ戻りつしながら、
里芋の草を久々に刈った。
しばらくいかないあいだに株元から子イモが天を向いて突き出てしまっていた。
春にもらった種芋の中に、ずいき(八つ頭)が一つだけ混ざっていたのでそこだけ収穫した。

22日土曜日。
写真の道に進む祝・就職学生と友達ファミリーが泊まりに来て、酒を呑んだ。

翌、日曜日。
蕎麦収穫イベントへ。

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by 907011 | 2011-10-29 07:12 | Trackback | Comments(6)

多写真。

祝。


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去る15日、塩沢に「ふかぐら亭」、新装開店。
23日の蕎麦収穫と温泉の後、
夕食がふかぐら亭にて振る舞われます(昼は畑でおにぎりと味噌汁が食えるそうです)。
蕎麦播きは山中の道普請で参加できなかったので、雨っぽいけども楽しみ。
ふかぐら亭で酒呑まねば。

ふかぐら亭、昼のみの営業で火曜定休日だそうです。
通りがかった方は是非。
「百姓のそば屋 ふかぐら亭」のブログ
http://hukagura.exblog.jp/

麦麦ベイクさん、月湯女荘、はるきさんのラーメン、蕎麦屋。
国道沿いの「塩沢宿」が熱いです。


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16日。
各地でイベントが多く開催された風の強い日曜日。
朝から荻ノ島集落の秋祭りに、お手伝いとして参加させてもらった。

神輿を出したり、神社に紅白幕を飾ったり、神事の支度を教えてもらったり。
神輿の俵は、山中の”さぜん”のじーさんが作ったものだそう。
俵ってどういう仕組みになって米が入るんだろう。分解衝動にかられた。


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公民館で靴を脱ぎながらふと横を見たら、荻ノ島の屋号付き集落図があった。
なんともはや。おぎのしmap。

やまんかmap構想、夏に泊まりに来てくれた鬼才・N田センセイと進めねば。雪が降る。
なかなか日程が調整できずスミマセン、野Dセンセイ。

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境内の二本杉が見事な松尾神社は、聞けばお酒の神様だという。
自分が一日と欠かさずに深い信仰を貫いているありがたい神様がこんな近くにいらっしゃったとは。
ありがたいので朝の一服から、ありがたいお水をいただく。嗚呼ありがたい。

お昼の塩むすびもうまかった。
荻ノ島の米は水が善さそう。
お昼食べながら、キノコの話や、お米の直売構想の話などを聞く。
ビールをもう一本もらう。ありがたいありがたい。

天気も良くなって午後から、神事、神楽舞(長岡の土合から舞に毎年来られる方々だそう)とお祭りが進む。
神楽の後、子どもたちにお菓子がばらまかれた。

岡野町シャッターアートを描かれている吉田画伯がひょっとこのお面をかぶり、
脇を走りざまにうまい棒をくれた。

そういえば、荻ノ島の人たちが素晴らしいなあと気付いたことがあって。
一服の後、作業に戻る前にみんな一斉に蛇口のところにいって、
呑み終わった缶を水でゆすいでまとめていた。
感心して、「荻ノ島の人は意識が高いんですねえ」とつぶやいたら、
「そう??」と事もなげに言われた。ゆすぎながら。


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笛の音。

今月発刊された『じょんのびだより』、2011年秋号。
ばー(嫁さんの祖母)の笑い顔が表紙を飾ってます。

うちらも文章と写真を載せてもらったので、
「じょんのびだよりに載ってた人」と言われ、気恥ずかしくなる。

じつは、俺の方の文章は、校正の時点でどうにも折り合いがつかず、
ほろ苦い経験をさせてもらった。

これまでお世話になってきた人たちと、まだまったく知らない人たち。
その両方に対しての「自己紹介」という意味合いで自分なりに言葉を選んで書いていただけに、
かなりニュアンスが変わってしまっていて、数日寝込みそうになりました。
地方季刊誌、あなどれず。

有り難や。


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神事が終わり、集落内を神輿がひかれる。
夏に秋田から伊藤家が来た際に泊まらせてもらった荻の家・島の家の真ん中で神楽。
ありがたい振る舞い酒を数杯いただく。


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かやぶき屋根、環状集落で知られる荻ノ島。
けものへんの方がおぎで、のぎへんの方(萩)がはぎ。
何度目にしてもいざ書こうとするとわからなくなる。

ちなみに、写真左の家が空家だそうです。
10年くらい経つからだいぶ手を入れないとダメだそうですが、すごくいい家。

あとはもうなし崩し的に、秋祭り的に、芋煮をつまみに一杯ずつ深く酔っていく。
姫の井の生原酒もうまかった。

暗くなって山中に無事帰る。
ひなたちも無事に寝ていた。

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by 907011 | 2011-10-18 07:53 | Trackback | Comments(4)

straight story

狐の夜祭りが終わった翌10日体育の日。晴れ。
朝起きて麦まき。
身体がどっぷり疲れている様子なので、少しやっては鶏と遊ぶを繰り返す。

朝飯食って、山の方の畑へ行こうとする。
行こうとして、家の前の登り坂で軽トラを脱輪さす。
200回くらいは行き来したであろう日常茶飯事の出発地点で脱輪して、さすがに疲れてるなあ俺と実感。
ジャッキなどで持ち上げてどうにか脱出して、サツマイモ掘りへ。

田植え時期に植えた紅あずま25~6本、500円。
畝作りにだいぶ手間取ったけども、一株に300グラム程度の丁度良い大きさのイモが3つ4つ。
ネズミモグラにかじられることもなく、十分な出来でひじょうに満足。軽トラは脱輪したけど。

来年はもっと水平植えにこだわってみたい。

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ここの畑もなんというか崖っぷちでツル伸ばし放題だし、眺めがよろしい。

イモのツルも軽トラ一杯分とれた。
サツマイモづくりの半分はこのツルを試すのが目的。
冬の鶏の保存食になってくれる予定。

この秋、山中のいろんなうちや他の集落の親戚などからも大量のいりご(規格外米)をもらえた。
ほぼ毎日のように、マツナエさんが畑で出る菜っ葉を「鶏たちに」と玄関先まで持ってきてくれる。
さらに最近、じょんのび村さんからも豆腐づくりで出るおからをいただけるようになり、
鶏の食べ物について、地域内での循環が飛躍的に目に見えるようになってきて嬉しい。

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昼飯食って昼寝して、
かねてからお願いしていた、ソウジロウの徳一さんに蓮根掘りに同行させてもらった。

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耕運機の荷台は軽トラの後ろよりも興奮する。
自分もこの山で循環を描きながら暮らせるようになったら、
車よりも耕運機に乗っていたい。


やまんかの集落を過ぎてほんの2,3分の先に、
ソウジロウの田んぼと蓮根畑と豆畑がある。

夏の道普請の道中で目にして、蓮根を里芋と勘違いしてでっけーとたまげていたら、
「あれは蓮根つくっているんだ」マツミヤの父ちゃんに教えてもらった。
さっそく収穫のお手伝いをさせてもらえて有り難い。

徳一さんと田に入る。
鎌で茎を切り、株元をひたすら探る。
慣れると足の感覚で分かるらしい。
手を突っ込んでさぐっていると、土の下20センチくらいのところに根が連なっている。
思っていたよりもずっと深いところで、脈々とつながっている。
食べる塊り以外の根の先や元を鎌で絶ち、重たい泥の中から掘り上げる。
あちこちに蓮根がつながっていて、力を入れると時々ぽきっと折れてしまう。
ゲンゴロウやタニシやヒルやいろんな虫が泳ぎまわっていておもしろい。

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この日は二時間くらい収穫作業させてもらった。
専業で大きくやっている農家だとポンプで泥を飛ばしながら掘るそうだが、
こうして手でやると、足着いたもっとずっと下の重い泥をかき続けるわけで、
田植えの10倍は難儀な仕事だなあと思った。
足も腰も痛くなる体勢で、そこから力と感覚を活かすというのは、
年寄りになるほど上手になれるものかもしれない。
それにしても、まだ一枚目の10分の1にも満たない程度。それがもう一枚。
これから11月にかけて蓮根の収穫が続く。

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この耕運機のターンをこなす年寄りがとにかく格好良い。
どうですかお客さん!、とまた荷台で一人激高して、
結局この日のカメラには耕運機を運転する徳一翁の背中の写真が60枚くらいあった。
肝心の蓮根掘り仕事は泥まみれなため割愛。

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豆の畑も見せてもらって、晩生の「トウキチ豆」の枝豆をもらった。
トウキチ豆は高柳の在来種の代表的な一つ。
ひじょうに甘くておいしかった。
来年、うちも種をもらってつくろう。

「レンコンの渋が抜けないよねえ」と話す徳一さん。
たしかにまだ指先が黒い。

この夜も疲れて19時に寝た。


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翌朝火曜日は朝から雨。
1日に仕込んだ今年第一弾の自分酒を開ける。
粛々とおごそかに瓶詰めの儀。
今回は半分以上玄米を使用した初の試み。

ぷつぷつぷつぷつ、毎日甕に耳を当てながら酒と話をするのがたまらない。
蓮根のきんぴらも旨い。
秋はいろいろ旨いのだ。
いろいろ旨いので、どうしても酒が必要になってくるのである。


 * * *


家人がお仕事で京都(修学旅行の看護引率らしい)へゆき、火曜~土曜まで独居。
なので、夜は酒をはんなり飲んで、だいたい19時にはんなりと布団に入ります。
藤美屋真っ暗で明りついてないですが、人も鶏も生存証明日記。

せば、麦まきに行かねば。
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by 907011 | 2011-10-13 05:18 | Trackback | Comments(2)

草屋根づくり/狐の夜祭り。

へろへろになった先週。
それでも土日はのどかにうららかにやってくる。

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8日土曜日。
一カ月ぶり?の夢の森公園に手づくり建築講座へ。
いつもと変わらぬ作業着着て土日感がただよわぬまま、
車を降りて足袋にはき替えて少し歩く。
何度来ても素敵な公園だなあとしみじみ思う。


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午前中。
屋根がつくられていく。
野地板の合板の上に敷かれた防水シート(アスファルトルーフィング)の上に敷かれた耐根シートの上に、
ヤシ繊維のステラシートを植木職人が使うクワガタの角みたいなハサミで切って敷いていく。

当初、持ち前の致命的高所恐怖症が懸念されておったのですが、
屋根から下が見えなくなって以降、がぜん高所が怖くなくなり楽しんで作業できてます。
風と日差しが気持ち良い。

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午後。
山の土をこねくりまわして、屋根の上に乗せられていく。
ここは重機がドスンと登場。
現場で働いていた経歴を持つ重機マニアのカミムラさん(女性)が興奮を隠さぬまま、
でも屋根の上からたくみに運転手に土降ろし場所を指示していて頼もしかった。

一服挟んで後半は屋根の上チームと交替して、屋根に上がり土広げチームとなる。
それにしても、じかに見ても触れても、
屋根の上に土を乗せて草を生やすというこの草屋根の印象は新鮮だ。

この日予定では最後にみんなで小麦をまく予定だったけど時間切れ。


 * * *


柏崎の街は遠いなあと感じるこのごろ。
普段とも違う適度に心地よい疲れ具合を体感しながら、山中に帰る。
俺は自分畑に大麦をまかねば。
あと1500粒はあるなあ。
どうしたもんかなあ。

一晩よく寝て9日日曜日。
朝に集合して狐の夜祭りのお手伝いで栃ヶ原へ。
この日は神奈川の大学生や高柳中学生もわらわらといて賑やか。

いかにも「ハツラツ!」という雰囲気の中にいると疲れてくるので、
ハツラツとはしないまま、焼き鳥などをいただくままに缶ビールを次々に買い漁り、
ときどき受付をしたり、田楽売りのためのあぶらげ焼きなどを手伝いながら、缶ビールを飲む。
豆からつくった豆腐を神社でひたすら油で揚げて、
その油揚げを焼くというひたすら長い手づくりプロセスを経た田楽、いろんな形のを一皿200円。
ちなみに、前日に豆腐づくりを始めたら、にがりが全然足りなくて、
柏崎中のマルイ(新潟のスーパー)などから買い占めたらしい。
おからと余った豆腐(落語ばりの酢豆腐)はうちの鶏たちがありがたくいただきました。


炭火のあんばいがうまくいかずに少し焦げた練習焼き鳥を栃ヶ原のおっちゃんが受付に持ってきてくれて、
それをとっさに両の素手で受け付けていたお父ちゃんが素敵(「熱い」とは一言いっていた)。
とにかく天晴れで缶ビールを飲んでも呑んでも足らなかった。


栃ヶ原の神社の屋根のこう配は見事なもので圧倒された。
宮大工の粋な仕事っぷり。
神社の下から見上げながら一瞬だけハツラツとする。
今度写真を撮りに行こうと思います。

ハツラツと非ハツラツのあいだをいったりきたりながら、
なおもあぶらげを焼いてビールを呑み、女子大生などと少し話もしつつ、
人見知りながらニンゲン観察などする。
いろんな人がいるものだ、などと感心しているうちに日は傾いて、
神社で神楽や神事が行われ、かがり火が灯され、目の前を行列がゆく。


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栃ヶ原~漆島へ一時間半ほどかけて山道を提灯行列がのたりのたりと進む。


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俺は初めてのお祭りだったけど行列には残念ながら同行できず、漆島会場へ回る。
灯篭がつらなる。

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写真を撮るということに何の意味があるんだろう、と考えながら自分もまたカメラを備える。
それにしてもカメラマンの量とエネルギーは多かった。


栃ヶ原と漆島。
小さな2つの集落を結んで行われる23回目の幻想的夜祭り。

21時半乾杯となった打ち上げで親方のヒデキさんが苦労話を聞かせてくれた。
熱い話がまたおもしろく、思わず日本酒をつがれそうになるが、あまり呑まずにお暇させてもらう。

ヒデキさんといえば、蕎麦屋「ふかぐら亭」が、元旅館の建物を改修して、
いよいよ今週末にオープンします。
「百姓のそば屋 ふかぐら亭」ブログ
http://hukagura.exblog.jp/

23日には蕎麦収穫イベント(昼夜のごっつぉとじょんのびの温泉付き)があります。
かなり楽しそうです。
また当日はお手伝いで参加しますので、都合つくかたは是非。

http://www.jonnobi-takayanagi.jp/jonnobi-ken/sobajigyou/soba03.html
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by 907011 | 2011-10-12 06:19 | Trackback | Comments(2)

秋分。

一雨ごとに風が冷たくなる。

昨日は高柳全体で防災訓練があった。
「8時半過ぎに地震が来るんだからな」という想定だったので、それまで小麦を少しまいた。
春に山の畑を耕していたら、一カ所だけ麦が生えていたので、そのまま残して採種。
聞けば家人がおととしに播いたものが、去年はこぼれ種で自力で育ったものらしい。

麦は秋に播いて、初夏に収穫される。
そのため、麦の収穫時期は「麦秋」とも呼ばれる。むぎあき。
温暖な西日本では稲との二毛作も可能で多くつくられもするみたいだけど、東日本では少ない。
麦が実るタイミングと、梅雨が重なってしまう。麦秋は短い。


さて、想定通りに事が始まって、防災訓練に公民館へ。
杖をついたり車いすを押してもらったり、集まってみるとあらためて高齢率が顕著だ。
でも元気な年寄りたちばかり。
秋晴れ。
夫婦で避難用リュックを背負って歩いてくる姿が微笑ましい。

一斗缶に実際に火を付けながらの消化器の練習のとき、あるじいちゃんが
たぶんレバーを握ることに夢中になって、レバーと自分の手だけを一心に見つめ、
肝心のホースは途中から完全に手を離し、以降地面に置き伏せられたままで笑いを誘っていた。
消化器はピンクと白の粉を吐いていて、
あんなに短時間しか使えないのだということを(おそらく)初めて知った。

山中は何か事故が起きたらまず公民館に集まるのを決まりごとにしようと区長さんの挨拶。
「この公民館は鉄骨でまずつぶれません。横の山が崩れない限り大丈夫」。
隣の山肌はだいぶ近い。
その上にはお墓が並んでいる。

発電機の付け方と消化器の使い方を練習して解散。

大きな震災が続くこの一年。
だぶん雪も多いんだろうと思う。

この山中でもし火事や震災が起きたら大変だろうなと実感した。
でも、年寄りたちはそれでもまだまだ頼もしく、いざとなると活躍するんだろうなとも思った。
これからじきにストーブの周りに濡れたものを干す冬がやってくる。
火の用心、とくに藤美屋(うち)。

 * * *

帰宅してから、大麦を少しずつまいた。
麦茶手づくり、ことはじめ。

冬に成願寺にも泊まりに来てくれた阿波の国の友達に
また一人子どもが生まれた、との知らせが携帯電話にやってきた。
お祝いメールをしたら、名前に困っていた様子なので「麦春」はどうだろう。むぎはる。
俺が麦を播いていたので。
ちなみに男なんだろうか。

畑で手を止めて頭上を眺めてみるが、見事に柿の木に柿がない。
今年ぜひとも柿酢というのをつくりたくて、柿をもらわないと。できれば甘柿。




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なんてささやかな日常を徒然とパソコンに向かいながら思い起こすわけです。


客人が来て、初めて、
「行ける」ようになる場所があります。

初めて、「聞くことができる」質問なんかもヒトにできたりします。
初めて、触れるものもたくさんあります。
それまではわざわざ恥ずかしいからとか、だいたいがそんな理由で。

毎日通ってる場所で目には入っていても、じっくりとよく見ることがなかったもの。
見えていても、分かってなかったもの。
分かったつもりになって、じつはそうではなかったこと。
分かっていたはずだったのに、忘れてしまっていること。

そういったことに気づかせてくれるのは、いつもそうした自分以外の感覚を持った存在です。
友達、仲間、他人、よそ者、いろんな呼称が当てはまるでしょう。

うちの場合、鶏たちというのもそのような存在です。


 * * *


9月23日、秋分の日の早朝にウコッケイが亡くなりました。

2010年3月、この山中の家に初めて鶏がやってきた3羽のうちの最後の一つでした。

この群れの中ではおばあちゃん鶏という位置づけで、
うちに上げたり、外で気ままに日がな散歩していたり、客人たちにもだいぶ可愛がってもらった鶏でした。

この夏に抱卵を続けて、見事にヒナを孵して育て始めた矢先でした。


残されたヒナたちをどうにか育て上げたいと思います。


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<自然の劇は常に新しい。
 なぜなら彼女は常に新しい観客を作るから。
 生命は彼女の最も美しい発明である。
 死は多くの生命を持つための彼女の技巧である。>
 (ゲーテ『自然に関する断片』から)
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by 907011 | 2011-10-03 06:09 | Trackback | Comments(0)