山中記

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半農半X

久しぶりに雨が少量降ってきた。
まだ朝露と変わらない程度なので、降り続いてくれると良いのだけど。


ここ一カ月くらいの挨拶が
「雨降らねえなー」
「だーすけそー。降ってくれねば困るどもそ」
というのが繰り返されている。


朝の畑越しに、下の”ごんぱち”のばさと熱中症の話にもなる。
「毎日まいんち、年寄りが倒れて死んでるども、おらは山で死ねたら本望だー」って笑っていた。


昨日は語呂的にも完璧な「焼肉の日」だったので、夜に澤田屋にジンギスカンを食べに出た。
店の母ちゃんに「今日は焼肉の日だねー」と家人が話したら、「あらそうなの~」と軽くいなされた。
ここ数週間の食欲が異常に増していて、一番体重の落ちる夏のこの時期に過去最高ウェイトを記録中。


 * * *


週明け月曜日から新しい仕事が増えました。
職務を全うされた前任者は73歳。
自分が就くにはあまりにも恐縮な話しだったし、
まして移住2年目のよそ者がやるのは失礼に当たるんではなかろうかとも葛藤しましたが、
引き受けた以上は、とりあえずのんびりじっくり、今までどおりのスタンスで勉強してみようかとも思います。
お近くをお通りの際はお茶を飲みに来てください。
役場ノ3階ニ居リマス。
(各会議、会合で不在も多そうだけど)

日中のあっつい時間をエアコンの下での事務仕事にあてて、
体力温存もできて一石二鳥くらいに考えていたけど、
思った以上に会議や週末のイベント出席で、やはり忙しくなりそう。

出来る限り利己的に使える時間を、勉強や情報発信のためのネタ探しと割り切ってやろうと思います。


半農半センター長。
公私ともに酒量がまた増えそうな気配。


 * * *


そんなこんなで。

これから4日間ほど家を離れて、精進してきます。
生まれて初めての異文化世界への単身赴任。
(日曜までパソコン開かないと思うのでご了承ください)

たぶん、禁酒生活になるでしょう。

いざ精進。
出発は雨。
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by 907011 | 2012-08-30 06:16 | Trackback | Comments(0)

これでよろしいか?

この画面の一番下に「もったいない グリーンプロジェクト」というのを付けました。
じつのところ、まだ俺自身も内容をよく熟知してないのですが、
発作的に衝動的にえいっとくっつけてみるのでした。

クリック募金というのができるようです。

バナーをクリックするだけで、無料で、1円募金することができます。
あなたに代わってスポンサー企業が支援団体に寄付を行う仕組みのため、
金銭的負担は一切かかりません。

1日に1クリック=1円の募金が可能です。
グリーンベルト運動では、苗木1本分の費用が約7円(=5ケニアシリング)※。
ということは、毎日クリックすれば1週間で苗1本分の費用になります。
寄付されたお金は、グリーンベルト運動で役立てられます。
クリックして植林を!指1本で参加できるボランティアです。
ぜひご参加ください。
※為替レートにより変動します。



以上よろしくお願いします。
俺もぽちっとやりながら、どういう仕組みなのか探ってみます。
1クリックで世界が変わるというのなら。
(「そんなわきゃあ無い」とも思いながら…)
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by 907011 | 2012-08-29 06:30 | Trackback | Comments(1)

たんね。

山中~谷根。
やまんか、たんね。

「谷根はおもしろいぞ」という話を聞いたのが、長岡に居た3,4年前のこと。
「たんねのあかり」という素敵そうな催しがあるのを知ったのが去年のこと。
でも、何だかの用事と重なって行けず。

ギャラリーtanneさんでコーヒーを飲んでいた際に、
実行委員長であるところのイケダ親方とご一緒させていただき、
そんな流れで、先週末にあった「たんねのあかりワークショップ」に行ってきました。
(たんねの人はエキサイトブログ率高くて、勝手に親近感わきます)


9時開始を9時半と間違えていたらしく、
余裕たっぷりのつもりで会場のコミセンに着いたら、全員そろって記念撮影をしている様子。
何せ俺だけアウェイなもので、早めに行って溶け込もう作戦、いきなり失敗。
でも、tanneのお二人のおかげですみやかに共同作業できました。

今回は棚田に浮かべる行燈づくり。
谷根の竹を使って骨組みをつくり、紙を張る。

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高柳や自分の暮らしの話などしながら、「ふかぐら亭に食いに来てください」と蕎麦屋を宣伝。
べつに高柳はこういう人種ばかりではないので、安心してお越しください。

無事に目標数を作り終えて、いったん解散。
tanneさんでランチをいただき、谷根神社やお寺などを散策。
神社から集落の間を流れる谷根川を眺め下ろす。
「いいなー」とひとらごとをつぶやいていたら、居合わせた猫が逃げていった。

借りた散策マップに、夫婦仲良しを祈るための神体(?)があるというので、
あわてて探し求めて、よくよく深く厚く手を合わせてきました。
私的に谷根に行ったら必ずお参りするスポットにしよう。
(そのうち、土下座している姿を見かけるかもしれませんが、そっとしてあげてください。)

その後、メトロポリタン松島の良い温泉につかろうかなと思ったけど、
高柳に戻り、ふかぐら亭で一服し、昼寝。

岡野町でシャワーを借りて、大根とニンジンの種まきを眺めてから、再び谷根へ。

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ここに地はじまり、海終わる。
昔読んだ宮本輝の本にそんな題名のがあった気がする。
内容はすっかり忘れましたが。
忘れる天才。


夜の部。
美大の先生と卒業生による、アートとあかりの話。
ギャラリーtanneさんのお二人による、外から見たたんねの魅力についての話。

たんねと「そこにあるもの」とアート。
アートとは、意思をつなぐもの。

村の道普請などの協働作業や、あるいは個々の農家さんの百姓仕事を見て、
ときに芸術性を感じることすらあるなあと思い返してみると、
それは、意思をつなぐものという言葉で説明できるのかもしれないなあ。

自然に内包されて暮らす。
だから、山の木や水や土に対して、
自分や自分たちの意思をつなぐ行為が必要になる。

イベントとして毎年続くアート(非日常)には、
よそからのお客さんを呼ぶ力が毎年生み出されるのだろうし、
一方で、百姓仕事のように、より継続的な行為(日常)は、
その地に根差す個々の想いをつないでいくための力だと思った。

想いは力だ。


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陶芸家のシマダさんが言っていた「谷根のいまこのままの感じがちょうど良いと思うのでそれが続けばいい」、
というような(言い回しはうろ覚え)話に、ひじょうに共感できた。

そんな流れでアラキさんやtanneのお客さんから寄せられたたんねの魅力を聞いていると、
「たんね」を「やまんか」に置き換えても当てはまることが多くて、
どことなくなんとなく初めて来たときに感じるのは、二つのムラの共通項だったのかもしれない。



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by 907011 | 2012-08-28 05:12 | Trackback | Comments(4)

1×2×2×2。


鶏が遊ぶのを眺めたり、焚き火を前に沈思黙考したりするなかで、
眺め方というのが4つあるなあとこの頃、ふと考える。


自分の状況×その視線を送る先の対象の状態。
つまり、

動きながら、止まっているものをみる。
動きながら、動いているものをみる。

止まりながら、止まっているものをみる。
止まりながら、動いているものをみる。


という4つの状況があって、それぞれに見方やそこからのとらえ方も微妙に変わる。

これ、対象が鶏であったり、草木であったり、
あるいは、仕事のパートナーのやり方であったり、
たとえば文章の字面からイメージが湧いてくるような、頭のなかの世界でもあるかもしれない。

いずれにせよ、ほとんど等しく一つの身体に二つの目ん玉。

…なんてことの続きを想いながら、朝日を眺めてきます。
動きながら、止まりながら。


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by 907011 | 2012-08-24 04:30 | Trackback | Comments(0)

夏から秋時間へ。


ご無沙汰日記。

前回記したのが15日でした。
あの夜は用足しの帰りに塩沢集落の盆踊りにふらりと飛び入りして瓶ビールをラッパ飲みして躍って寝た。
ご馳走さまでした。

お盆の週は盆らしく仕事は控えめに、付き合うべき付き合いを優先して、
長岡の前の職場で友達と再会し、病院(ひじょうに苦手)行った帰り道に褒美として初めての谷根を走り、
柏崎であった小林茂監督の音楽会と、石黒の地蔵峠の草刈りも微力ながら参加した。


17日。
門出のかやぶきで東京の若者たちと生紙工房のヤスオ親方と語る夜会へ。
予想をはるかに上回る4時間超の語り合いになり、
しかもこの夜は何年かぶりにノンアルコーラーという自分史上まれな壁に挑み、無事にやり遂げた。
やり遂げた二日後に、家人とツキヨメ食堂で肉を焼き、しこたま飲み食いした。


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田んぼはおおむね順調。
たぶん9月の中旬くらいに、お天道様の様子を見て稲刈り、はざ掛けして天日干しする予定。
(長岡の映画祭に最低二日は駆けつけたいので要検討)


畑の方はやや遅れ気味ながら畝を作りなおして、種蒔きの日々。
何年挑んでもろくな苗が育たない玉ねぎは相変わらず難しそうだけど、
太ネギ(前の職場から余り種をいろいろもらった)、白菜、越冬ニンジン、大根など。

あとはニンニク、ラッキョウを土に入れて、野口種屋さんで買ったのらぼう菜なる面白そうな野菜をまいて、
二代目の大麦を選別して、まけば今年の種蒔きは完了。


七十二候だと、昨日までが立秋の「蒙霧升降」(ふかき きり まとう)。
今日から処暑の「綿柎開」(わたの はなしべ ひらく)。
暦でいえば、来週は26日と31日が「一粒万倍日」。


最近は門出総合農場のお手伝いとして、蕎麦に続いて小麦(「ゆきちから」)粉をひいてます。
真っさらなものから荒びきの4番粉まで挽き分けて、残った”フスマ”は食用にも堆肥にもなる。
エアコン(ドライ)の効いた部屋なので、求む製粉ヘルパー。


粉の世界もじつに奥深し。
週末はうどんでも打ってみるかね。
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by 907011 | 2012-08-23 05:14 | Trackback | Comments(0)

レマト。

この一年には七十二の季節がある。

春夏秋冬が「四季」。
立春や夏至、秋分や大寒などが「二十四節季」。
ここまでは日常的に使われるのですけれど、
さらにこまかく分けたものを「七十二節季」って言うんです。
365÷72・・・ということはつまり、
季節ってだいたい5日にいちどめぐってくるんだ!
http://www.1101.com/kurashinokoyomi/2012-08-12.html


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いま(8月12日~16日)は、「寒蝉鳴」、ひぐらしなく。

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今朝4時半の三日月は太陽でいうところの10時のあたりだった。

畑には秋の虫が鳴いている。
未明が明に代わる頃に、蜂や虫どもが畑に飛んできて、花粉を次々に仲介していく。

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昨夜は山中の盆行事でカラオケ大会でした。
塩沢山中消防団からビール1ケースが届いていた。


朝から村の役員と隣組長で準備。
竹を切り出して、花を飾って、各家の屋号の入った提灯がともる。
今年の藤美屋は公民館の中に灯った。

終わってからそのまま公民館で「口を湿らせて帰ってください」の一杯。
朝もまだ雨降りで、”きんねん(金年)”のじさが着ていたミノ(?)が素敵だった。
”たつみょう(辰見屋)”のじさはまだつくれるらしい。
二年詣りでたつみょうがマンガイ(雪ん子みたいな三角のかぶるやつ)を着て、
雪のなかを神社に登って来る姿は見といたほうがいいと個人的には思います。
長岡から初めて冬の山中に来たときに、衝撃を受けて以降目に焼き付いてます、あの雪の光景。


飲みながら、山中のいろんな話を聞く。
冬のユンボとブルの乗り手のために、大型特殊と作業免許を取りに行くことになりそう。
来月になったらお金の方を調べてみたいと思います。
村から補助出るかな、出ないかな。

とにかく山の斜面なため、重機のてめえ(手前)の重さを活かしつつのひじょうにおっかない作業とのこと。
雪の中から道路や家を掘り出すべく、雪を削る仕事は、
この雪のない状態の道や石垣なんかを熟知していないとできない。
できるんだろうか。
でも、山中にこもって冬の仕事も受け継ぐことができれば幸いです。
このオペの資格と、狩猟免許は取りたい。
でも狩猟の方は年間の維持費(猟友会含む)がネックになる。

そんな想いを抱きながら、次回秋田に帰省したらマタギの郷を見学して、
この冬は鉄砲打ちの話を聞いたり、本でも読もうとたくらんでます。

鉄砲ぶちには煙管(キセル)だよなあ。勝手なイメージ。


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かつては少し山の上の方にある剣神社のところで、盆踊りをしていたそうだ。
家人が言うには、来年(会場は公民館で)に盆踊りを復刻させられるかもしれない。
太鼓叩ける人は大勢いて、うたえる人もいる。踊り手も少なくないとのこと。


俺は国道沿いの山中入り口にある直売所を復刻させたい。
かつて何がどうなってたたむことになったのか、今年はそんな話を村の人に聞きたい。
来年以降、米を直売する実験を進めていかねば。

遊ぶように、
最小限の経済と、最大限の自分の時間とをつくりたい。
その両方をつくりたい。


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ヒナたちも、そしてアイガモたちまでも、鶏どもと一緒にあそびまくってます。
「楽しくったって仕事はできる」という言葉を具現化している我が家の象徴のような存在たち。
鶏の生き方に学ぶことは少なくない。
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by 907011 | 2012-08-15 06:04 | Trackback | Comments(0)

解夏。

子どもの妄想みたいな話なんですが、
自分は高校生のころからなぜだか、
「もし、自分の目が見えなくなったら…?」という空想をする癖がある。


一応の原因はあって、
それは伊藤家が目が悪い家系(兄も俺も)で、それは父の遺伝子で、
しかも、小学生くらいのときに、父親が眼球に注射を施すような治療を目の当たりにしてきたからだと思う。

案の定(?)、俺は兄よりも視力の低下が進んで、今に至る。
学生の頃は、人の目(視線)が好きでなかったし、
それが照れたり緊張のもとになるので、時には目を避けるように暮らしてきた。

社会人になってみて、話を聞く(主に取材)人の目を少しずつ洞察する癖へと、微々たる”昇華”をした。
ただ、いわゆる「目力」のある人は苦手で、仕事外では特に友達になることもなく、
”目力の人”とは疎遠で暮らした。
けど、人を好きになるとき、それは男であっても、
目に魅かれるという要素が少なからずあることに気付いた。笑ったときの目とか。

もちろん、その他の要素が大いに影響しているんだろうけど、
ふっとたまに、恩師や先輩だったり、友達のことを思い出すと、
それは笑い目が脳裏によみがえっているような気がする。

目は口ほどにものを言う。
あえてあまり口外はしないけど、ちらりとその人の目を見つつ、
その口から出る言葉の背景を洞察しているような気もする。
なんにせよ、癖だろう。
その癖だって、自分の視覚が一応機能しているから可能なことで。

 * * *

終の棲家を意識しだして、5年近く務めた出版社を辞めて脱サラして、
「研修」とか「農業見習い」という、使い勝手の良い肩書をぶらさげてはあちこちふらふらと居候漂流した。

それでも頭の片隅にはいつも目のことがあって、
自分の目が見えなくなったら、どういうところなら暮らせるんだろうというシミュレーションがあった。
我ながらそこまで予想してなかったけど、さまよいまくって、
いま、この山中で結婚して、「藤美屋」に籍を入れて、当たり前のような顔をして暮らしている。
ご縁というのは、じつに不思議なものだ。


 * * *


昨日は親類の集まりがあって、夜はお盆らしく酒を飲んでへらへらしていた。
飲んでいる途中で、外で雷が鳴って、カーテンの奥が光って間もなく雨が堕ちてきた。
久々の雨の恵み。

夜中にトイレに立って、水を飲んで、いまだに雨が降り続いている。
それを耳で聞く。
そういえば、最初の落雷を「感受」したのは目じゃなくて耳だなあと水を飲みながらぼんやり考えた。
それからふたたび横になりながら、雨音をこれも耳で受容した。

自分がなんで毎日、未明に外に出るかがわかったような気がした。
外の音を耳で受容し、空気の匂いを嗅覚で感受するためかもしれない。
つまり、目を効かせないため、それによって他の五感を試してみたくなる衝動なのかも。
誰にも、あるいは他の騒音や煙などに邪魔されない時間を選んで。
(夜の時間は例外なく毎日酔っぱらっているから駄目)

夜に月や星を見て、感じるところ多しなのも、どこかこの目との距離感と関係ありそうな気がする。

 * * *

学生の頃か、社会人なってからか、『解夏』という映画を見た。
まさしく、目が見えなくなるというストーリーで、
自分としてはより一歩突っ込んだドキュメンタリー的に見て、その言葉を聞いた。

目が見えなくなるという病を告知された大沢たかお(役名覚えてない)が、
ひじょうに怖くて苦しんで、目が見えなくなることを受容できず、
やけくそ状態になった時に、一人の坊さん(うろ覚え)に会う。

「あんたにとって、目が見えなくなるという恐れこそが、あんたの抱える業(ごう)ですな。
 そして、その業は、あんたの目がいざ見えなくなった時にはじめて無くなって、解放される」
というような言葉が印象的だった。

 * * *

その後、『座頭市』も、何度も何度も見た。
最後はいっぺんだけ、始めから終わりまでイヤホンをして、耳だけで映画を聞いたりもした。
目の見えない按摩(あんま)が、悪者を斬るという内容。
最後は、悪ボスを殺さず、目だけ斬り、お前も一生あんまで暮らせというメッセージを残す。

言葉は悪いですが、
”めくらにしか見えないものもある”という表現が印象に残っている。


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朝の”青い時間”に畑を眺めて回る。
朝顔に水をやる。

定点観測というか、俺はまだまだわからないことだらけなので、
せめて決まった時間に作物を見るようにしている。可能な範囲でだけど、だいたい朝の時間に。

決まった時間に見ることの方が、観察は上手くいくような、根拠のない自信があって。
で、やっぱり変化を感じやすいように思います。
これは後付けの理屈かもしれないけど。
でも、朝見て、次の日は昼とか夕方に見たんでは、
自分の場合は脈絡を欠くというか、どうも頭のなかで同一の作物(その一つ一つ)がうまくつながらない。
少量多品種の難しくも、面白きところだなあと自己解釈をしてます。


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畑でそうして作物も虫も草も眺めている時間というのは、
「観る」のはもちろんだけど、
むしろ「読む」感覚に近いのだと思っています。ですます調になってきたけど。

多様性を読むこと。
もう少し気取っておおげさな表現をすれば、森羅万象を読み取るトレーニングというような感覚があります。

読んで、想像すること。
それを自分なりに噛み砕いて、味わって、そのすべての行程を通して感じたことを、
今度は言葉にして、別の形で「記す」こと。

そういう「読み書き」もある。
農業や山の暮らしというのは、頭が良くないと続けられないと強く感じています。
だからかつての百姓の生き方にあこがれるんです。

いまだに、あともう少しの時間は、現役でいる百姓たちがこの地には根を張って生きています。
そういう賢者の声に耳を傾け、その知恵を目の当たりにできることは、
他のどんな書籍化されたものを読むことよりも、はるかに刺激的で、打ち奮えるような快感につながります。
そういう時間に俺は自分の命を感じるようにできているみたいです。




・・・、でもあえて本のなかの話。

調理場という戦場―「コート・ドール」斉須政雄の仕事論 (幻冬舎文庫)

斉須 政雄 / 幻冬舎






本に書いてあったからとか、講習を受けたとか、
そのひとつだけでわかるものごとは、ごくごくわずかなものではないでしょうか。

見る。聞く。嗅ぐ。動く。
身体の中にまで入り込んだ時に、初めて、言葉や手法は発露するのです。

人がものごとを吸収して、それを行動の原動力にまで変えていくというのは、
とても効率の悪い、時間のかかることだと思います。



この本もまた、
万が一、自分の目が見えなくなったとしても、
あるいは、自分の五感が閉じる日まで、傍に持ち続ける一冊だと思う。

 * * *

今日はしばらく雨っぽくて、朝に山中公民館に集まって、
お盆行事のために公民館を彩ります。
各家々の屋号のついた提灯がぶらさがって、こじんまりとしつつ幻想的。

当たり前のような言い方ですが、
藤美屋の提灯がみんなと一緒に並んでぶら下がるのはとても嬉しいです。
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by 907011 | 2012-08-14 05:55 | Trackback | Comments(0)

当然



月一つ、星一つ
昨夕にビール飲んだ焚き火跡の椅子に座って、4時の暗闇に目をこらす

まだ太陽でいうところの11時くらいのあたりにあるようなとがった三日月に雲がかかって、流れていく

山の稜線とまでは言わないのか、平らな森の上っ面に、
下からオレンジ色が噴きはじめる
朝の時間が始まる
その手前のこの青い時間に魅了されて圧倒されてたたずんで、もう何年くらい同じようにしているんだろう


太古の人も江戸のお方も、
いま奥山のケモノたちも、カボチャの花を巡り続ける蜂も、また
同じ眺めを見ているんだろうか

風も水も、時空間を越えて共有している
と、そう感じられることは幸せな感覚だと思う

畑で田んぼでときどき風に撫でられているとそんなことを想う

 * * *

変わることは容易なこと
だから、変えないこと、形をできるだけ変えずにのこすことの方がはるかに難しい

自分は何を受け継いで、これから遺すことができるんだろうか
目がかけてばかりのザルみたいに、あちこちバラバラといろんな物事をこぼしながらばらまきながら
そのたびに、「またやったなあ」とあたまでもポリポリとかきながら、笑いながら


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「当たり前」のことがいちばん難しい
そんなことをこの頃に強く想う

当たり前のことが言葉の通りあたりまえにあふれているから、
それが「あたりまえ」に成るから、
人は忘れることができるし、
あたりまえに”当たり前のこと”を忘れることができるから、それで人は一つずつ前に進める


当たり前のことを当たり前に

難しいよ、簡単なことじゃねえよ。
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by 907011 | 2012-08-13 04:46 | 携帯から。 | Trackback | Comments(2)

5日前の朝のことと、16日後の夜のこと。



代かきの頃からほとんど毎日、
夜明けの頃の青い時間帯に田を見に行く。
(多い時は日に2回も、3回も・・・)

田植えから2カ月が過ぎた。

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水もかかってひじょうに順調な経緯。
昨秋に鶏たちの床(わら、もみがら、鶏ふん、米ぬか)を発酵させたものを少しパラっと入れただけなので、
これはたぶん去年までつくっていたイサオさんの肥やしの残りも効いていたりするんだろう。


畔の実験的ミントも少しだけど、思いのほか根付いている。
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勝手に増えてくれるとありがたい。
カメムシはミントの匂いが嫌いらしい。


畔豆もいまのところ順調。
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山中在来種の”藤吉豆”は晩生の枝豆なので
これから豆がついて、ケモノがどのくらいかじりに来るんだか。
見守ります。

 * * *

8月4日、朝。

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出穂。


「白い花の咲く木に、白い花が咲く幸せ」と下田の北澤センセイは言っていた。
当たり前のことかもしれないけど、泣きそうなほどに感動した。
とうとう、穂が出た。


来年はもう二枚ほど、水をさかのぼって田を借りて増やしてみます。
1反ちょっと。
同じく手でできるかな、どうかな。

援農歓迎(田・畑・鶏)。


 * * *


それと。

今年こそは「たんねのあかり」が見たい。
http://tanne2012.jugem.jp/
初・谷根に足を踏み入れてみたい。


毎朝田んぼに出る前に読む、「tanne」さんのブログによると、
25日に”あかり”の器をつくるワークショップがあるらしい。
魅力的。
夜の「たんねと景観のおはなし」と、「たんねのあかり新聞」もひじょうに気になる。

ただ、24日夜に高柳町自立経営農業者会議があって、
農水省が進めている、集落の農地を営み続けていくための「人・農地プラン」という素敵な事業の説明があり、
その後、またもすみやかに懇親会が用意されているので、ちと心配。
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by 907011 | 2012-08-09 06:57 | Trackback | Comments(0)

奇祭と海。

今日は夏の道普請(みちぶしん)。
「山普請」とも言われる。
熱中症をくぐり抜けて強行突破に挑むかのような満身創痍になる一日。

支度して7時過ぎに公民館に集合。軽トラと耕運機が連なる山普請ならではの眺め。
昼休みを挟んで、17時まで延々と各班が山の道の草刈りをして進んでいく。
炎天下の「奇祭」、山普請。

それにしても今年はまた暑さのピークと重なり、多少心配。
うちの班は50代~70代で編成される9人チーム(あまりに難儀ぃ一日なので、義父さんも駆けつけてくれる)で、
それでも一番多いので一番長い区間を刈り進んでいく。
山中~栃ヶ原へと続く、総距離何キロくらいだろう。
去年も春(倒木と土砂崩れ)もやはり17時ギリギリまでかかってゴール地点にたどり着いた。
「ほんとにこの人数でやるの?」と9時とか14時とかにふっと不安がよぎってしまうくらい長い山の道。
最後は意地。山にする意地。

でも、みんな毎度ひじょうにたくましく、頼もしく。
一服の時になると、昔のなつかしい話に花が咲く。
どうしてこの人たちは、こんなに難儀ぃなかでそんなユーモアが湧き出てくるのかといつも感心する。
今年はうち(ふじみや)が隣組長をやっているので、
家人が用意してくれた飲みもの、漬物などを冷やして軽トラに積み、一服時に配る。

とにかく、一人も怪我人病人出ませんように。
昨日の午後、墓場の掃除を手伝ったので、そこら辺も祈っておけば良かったな。

予定では、夜は山中の「ザ・古民家」という感じの”りはち”で打ち上げ。
カズオさんが囲炉裏で汗だくで焚き火をする納涼会(?)の絵が浮かびます。

うまいビールが飲めるその時間まで、とにかくくたばるわけにはいかんのです。
昼寝が肝心要。


 * * *


暑さの中で、ふっと海のことなど考えるんだと思う。



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こう眼下に海を見下ろして。

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歩いて1分のところに海がある幸せを五感で味わう。
海もまた見ていて飽きない。


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海風になでられながら、
野菜のたっぷり入ったランチをぼーっとしつついただいて、
海を見ながら沈思黙考・・・、すぐにうとうとしながら珈琲を呑む。

考え事と海を眺めるのとウトウトを繰り返す、ゆっくりした海の時間。

海にて、山を想う。


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この間所用で柏崎に出たついでに、
umicafe DONAに寄ってランチと居眠りをしてきました。

そういえば、開店して一カ月が過ぎたんだね、ドナ。
素敵な時間をいただきました。
ヒロさん&カオリさん、すごい頑張っていて、繁盛しているのも伝わりました。
素晴らしい循環。

次回こそはビール飲んだりしながら夕陽が沈むまで長居します。


私的に、ドナのブログに毎回載るカオリさんの写真の雰囲気に惹かれます。呑みこまれます。
ブログ「ちょっと海まで」
http://ameblo.jp/umicafedona/


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帰り際に見つけたドナの隠れメッセージ(?)。
海と山との「切り替え」という、深い想いが込められているとかいないとか。
見つけた方には、何か幸運が訪れるとか訪れないとか。


 * * *


田んぼ見て、畑見て、鶏見て、支度して、
いざ山普請へ。
”奇祭”を楽しんで、受け継いで、守っていこう。
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by 907011 | 2012-08-05 04:14 | Trackback | Comments(0)