山中記

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打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

だいぶ藪を漕いで上がり、
割り箸1本くらいの水をどうにか沢から引いて一番天井の田に入れた昨夕。
今朝行って見たらどうにか溝の数本を伝ってカタツムリの早さで拡散中だった。

ふと顔を上げると、
一昨日にこの田んぼを見下ろしたガードレールの辺りが見えた。
(前回記「二日目」の一枚目の写真と合わせてお楽しみ下さい)

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by 907011 | 2014-07-31 06:11 | Trackback | Comments(0)

二日目。

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山中集落を抜けてどんどん刈り登っていくと、
自分が借りている一番てっちょ(天井)の田んぼが垣間見えた。
ようこそ月ヨメ沢。

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仙田トンネル。
かつては山中集落を上り、このトンネルを通って、人は東京へ行った。
山中~仙田経由で越後湯沢行きのバスもあったんだという。
夏でも肌に寒いほどに冷たい。

その後、集落の下に国道252号線が作られトンネルが貫通し、
今の県道にはほとんど車も人の姿も皆無。
集落内を人が用事で通り抜けることもなくなったので、
村に住む人の車か耕運機、たまに来る宅配業者か移動販売者ばかりになった。

「このトンネルは強ったぜ」と鉄人フミオさんがつぶやいた。
語尾につけられる、「ったぜ」は俄然威勢が良くなる。

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草刈り仕事は続く。
昨日はうちの御父さんにも出てもらい、
塩沢山中仙田トンネルの仕事はおそらく今日の午前で完了。
あと二日、栃ヶ原方面での延長を頼まれた。

仕事後田んぼに水を入れに行ったら、月ヨメ沢に水はなかった。
頑張れ根っこ。
雨乞い。

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by 907011 | 2014-07-30 04:28 | Trackback | Comments(0)

人足。

昨日夕方。
穂肥えを播きに行ったら、田の端で穂が出ていた。

秋の倒伏箇所を一株でも減らしたくて、
田面を一度固くしようといまだに中干しをしてきたものの、
やはり山の上から中から土の下からこんこんとしぶり出てくる水はあなどれず、
田んぼ手前ではヒビが入って歩けるほどに乾いても、
奥の山側は水たまりでいまだに膝まで潜ってしまうような田の方が多い。
パントマイム(?)の「エスカレーターに乗る人」のような田んぼである。
急ぎ田に水を戻さなくてはいけない状況になり、
一方で今年も倒れるかもなあと薄々覚悟の夏。

 * * *

「一日仕事の話だな」と勝手に早合点して、
県道(塩沢~山中~仙田に行く旧トンネル)の草刈りを区長さんから請けた。
集合してみたら3人しかおらず、
「いや~去年は5人で5日かかったよ」と田中のおじいさま(半農半蔵人)に言われる。

頭の中で、今朝までやり残したことがあれこれと駆け巡り、
焦りとあきらめ感とを行ったり来たりしながらもポーカーフェイスで草を刈り進む。

どの草も背丈よりも明らかに高いものばかりで、
なるべく左側に押っつけて薙いでいくものの、刈ったそばから顔面めがけて倒れてくる。
今回は随時作業写真撮影もあり、黄色い村田組ヘルメットを装着しているので万全。

草が倒れてくると自然、脳内に稲が倒れてくる図が思い浮かんで、
ふたたび焦り~あきらめの間を何往復も長友なみの運動量で思考が駆け巡る。
騒音と頭上からのしかかって来る長い草たちに包まれながら、
「そうか、一日じゃなかったか・・・」とつぶやいて、
おそらく悪玉のホルモン物質を脳に分泌し続けながら刈り進んだ。
一日でだいぶはかどって、塩沢から山中集落を抜けて仙田トンネル方面の入口までたどり着けた。

「人のペースに合わせるから疲れるっと」と、
山中の鉄人フミオさんが軽トラの助手席に乗り込みながら言った。
この語尾の「と」の使い方はけっこう難易度が高い。

8時~17時で9500円稼げた(刈払機と軽トラ持参、燃料は先方が用意)。
休憩多く、昼寝もできたし、意外に余力があったので田んぼにも行けた。
それで昨夕に出穂を確認し、なおも焦って目が覚める翌AM3:00。

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草を刈りながら少し考えた。
田植えをもう少し遅くできれば、作業と季節のつじつまが合うような感じがしている。
例えば中干しも梅雨入り前の頃からずれて、中盤から後半に始められる。

田植えを遅らせるには、
農協苗ではどうしようもなく作業スケジュールが前倒しされていく一方なので、
手前でつくれるのか苗?、という話になってくる。
今日もまた考えよう。
草刈り中は考え事にも没頭できるので有効的に時間が使われて良い。
たぶん今日からもう2~3日続くけど。
助っ人、歓迎(機械・車は無くても大丈夫です)。

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<備考>
「パントマイムのエスカレーターのやり方」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1223372117
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by 907011 | 2014-07-29 04:37 | Trackback | Comments(0)

青刈り。

今年も「同じ光景」が撮れた。
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昨日。
”そうじろう”のトクイチ翁に頼まれ、
小さな田んぼでしめ縄の青刈りへ耕運機で向かう。

山傘には「石徳」。
山中は石塚家と村田家でほぼ構成されており、
わずか4軒だけ、新しい名字(伊藤、川島、松苗)はすべてU・Iターン移住者である。

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豆の匠・トクイチさんのところには10品種をたぶん越えている豆畑や、
昔品評会で銀賞を取ったレンコン畑が並んでいる。
蓮の花はまだ咲いてなかったが、蓮の根っこは畦も超えてママに葉を突き出していた。

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小雨の中、俺が田に入って手刈りし、船(ソリ)を使って畦にわらを積み、
トクイチ翁がそれらを束にして縛っていく。
コシヒカリは背が高くなりやすい(倒伏しやすいということでもある)ので、
しめ縄にも重宝されている。

しめ縄にするには色も大事。
青刈り前に硫安のような窒素肥料を与えて、背を伸ばし切って色味をつけたりすることもあるし、
乾燥が悪いとそこまでまた色が落ちてしまう。

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公民館に出して一服昼飯昼寝。
乾燥を受託している松代町からのトラックを12時半に迎える。
サイチ翁の下、せがれさんと”ばんきち”母ちゃんも2時間ほど刈ったようだ。

トクイチ9束、サイチ30束。
囲炉裏やストーブで背中を暖めながら、これらが雪に包まれてからの稼ぎになる。
昔は8軒くらいで競うようにやっていたという。

日頃の細かな頼まれ事も加味されてであろうけども、
時給3000円の仕事となった(その他ビール3本飲んで、桃5つもらう)。

straight story。
http://tsunagou.exblog.jp/16431284/


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by 907011 | 2014-07-28 05:42 | Trackback | Comments(0)

伴走。

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ヤマナカレッジ(Iターン留学)。
岩手大学農学部共生環境課程で里山のあり方を学ぶ若者に決定させていただきました。
しばし公募できたこと自体の感動に浸っていましたが、各方面の皆々様誠にありがとうございました。
なんとも有り難いことです。

あらためて字面にして見てみると、
新潟大学人文学部行動科学課程で心理学を学んだ(驚きの男女比1:8でほぼ飲み会しか出ませんでしたが)のが、
いかに社会に直接役立てることをしてこなかったかを痛感します。

もっとも、4年生時に某企業の面接で、
「あんたが大学でしていることって何か世の中の役に立つんかね?」と言われ、
答えに詰まりながら、腹の内では「こいつの下では絶対働かない」と感じながら苦笑したのを思い出します。
(そして就活やめて一夏佐渡の海でバイトしてました。
 実にプリミティブ[根源的]だったなあ、22歳のワタシ)

ただ、自分が気付いてなかったせいも多分にあるかと思いますが、
いざ世の中に出て見ると、それはそれで、
人文はもちろんのこと、経済学んでも法を学んでも農業勉強しても、
大した違いもなく、試行錯誤したり酒飲んだり若気の至りに走ったりと
何ら変わらないもんだなと、どこのドナタを見ても感じるものでした。
たとえば、農学や空間設計の授業に出ることと、この山中みたいな環境で生きてみることは別次元だもの。


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昨日。
オクサの田んぼで、山中生産組合の草刈り2時間半。
今後はなるべく人の顔を撮ろうと先般の研修に出て誓ったものの、
土台、自分が写真撮られるのが苦手なようなので、
どうも人にもカメラ向けるのがためらわれがちなAM9:00。
黄色いカッパは無事喪主をつとめた隣りのチヨエイさん。
「もうこれからは爺さんの年金もあてにできないんだから手前で稼げ」と親方シゲルさんに鼓舞されていた。

雨降りでカッパも暑くて大変だったけど、
協働でえいっとやるメリットを久々に実感。
ここのところ一人農業ばかりだったので、あれこれ考えさせられた。

昼から月ユメの田の草刈りしながら、
ここにモンジロウの可愛い夫婦が居て、故・亀吉祖父さんが居て、ゴンパチ夫婦が居て、
みんなそれぞれに山仕事をしてたら、
それは何て素敵な光景だったろうなあと想像。

等身大の地図は意味を為さず、
地球儀で見れば、一つの点にもなり得ないようなこのわずかな集落であっても、
それを継ぎ、守ろうとしている協働作業の美しさ。
延々と単純な仕事を繰り返した後に見返る時、
その美しさの中に、「意味」をはじめて感じることができる。

仕事にも、おそらく暮らしにも、意味を還元する時間は付かず離れず必要で、
ただ、ここで感じる意味というのは、机上にありそうでいて実はそれは模造品でしかなくて、
単純に協働の仕事の中あるいは自分なりの暮らしの中に、
木材の中に彫刻が入っていたかのごとく掘られていくように、ある時ぶわっと感じるものかもしれない。

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もうすぐ穂が出、実を結ぶ。
草刈り、穂肥、カメムシ防除、あと一月半もすれば稲刈りが始まる。
そのうちの一カ月間、我らは21歳の若者を山中に迎える。
10年くらい前の自分がそうだったように、
農家や百姓の生き様に魅かれ関心を持つ人材に、自分なりの伴走ができれば、
10年間かかった自分にとってもそれほど嬉しいことはない。

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by 907011 | 2014-07-25 04:03 | Trackback | Comments(0)

火。

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田の溝切り、(志半ばで)終了。
マタガールに始まり、3代に渡る女房たちを代わりばんこに綺麗に洗い、
関係を清算して、片を付けた。

昨日からカメムシを一時的に遠ざけるための草刈り開始。
もうすぐ穂が出てくる。

火曜。
この時期の草刈りは炎天下の山の修業のようなものである。
昨日は何とか一日身体が持続可能だったので、
今日も4時半から開始してみよう。
夏季のワタシの特技が異常な早起きであり、
これに今年はスズキ君(原付)を所有したので神出鬼没に山に出る。

昨夜は夜中にムカデ(たぶん)が二回入ってきて襲われたので寝不足気味。
寝不足や身体の疲れは昼食後に調整される。
昼寝中は電話が来ても、玄関に誰かが来ても、基本的に起きない。
非社会的ですが、リセットが優先(起きられない)。

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昨朝。
一時間半ほどやって朝飯に戻ったら、
鶏ネットに藤豆の花が咲いていた。
藤美屋のシンボルグリーンカーテン、フジの花(豆をゆでて食べる品種)。

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スナップエンドウも取り切れず茶色い鞘も見え隠れしてきたので、自家採種へ。
10月頃まけば春に食べられるらしいので、それやってみよう。
農家体験の小学生たちと話したけど、土さえあれば何でもできる、何とでもなる。

草刈りの時間は良くも悪くも周りの音がかき消され、ただひたすらに夢中の時間。
告別式のお斎の席もまたサイチ翁の隣になり、
昔の「焼き場」の話をあれこれと聞いたことを反芻する。

わりと近年まで、山中の墓場の奥の方で行われていた火葬のこと。
村の人が何人かで半日がかりで焼いていたという話。
下に一段だけ木を組んで、縦の棺桶に膝を曲げて座らせた。
木よりも藁の火力の方が重宝されたのだという。
身体の悪い部分が焼けにくかったそうで、
半日程度でなかなか焼き切れず、最後まで焼けない部位をふん投げるなんて人もいたようだと
マサオさんが熱燗をチビリとやりながら笑っていた。
ふん投げられては困るけど、村の中で葬られることに対して、酔いながら惹かれてうっとりとした。

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by 907011 | 2014-07-23 04:14 | Trackback | Comments(0)

運。

昨日17時公民館発のバスに乗る。葬儀場行き。
村の人たちはみんな時間より20分も早くに乗っており、俺は最後だったようだ。
ちょうど、じょんのび村では「カラオケ大会」が組まれており、
その迎えのバスも同時刻に公民館に来ていた。ハレとケ。

いわゆる”お迎え”について、
「オラもこっからあと20番目くらいだろうな」とシゲルさんが笑って言うが、
「そんなん(主に酒など)だと2番目かもしれないわよ」とトシコさんも笑っていた。
”死ん騒ぎ”に向かう頃には村の人たちは皆からっと明るい。
落語の長屋に自分も居合わせているかのようで、
あっちとこっちとの境界がぼんやりと”不確かなもの”になる。

確かな日常の中で、喧騒を離れた不確かな山中時間でぼんやりと。
自分は物心ついてから変わらずにずーっと不確かなものであり続け、
不確かな自分が、不確かな暮らしをつくりながら、
不確かな時間のなかで、年寄りたちに確かに活かしてもらって生きている。
不確かな自分もまた、確かな死に向かう。

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死ぬことは確かな一点として有るから、その一点を見ようとすれば、
不確かのなかに確かなものがぼんやりと内包されているように感じることがある。

「ヨネハチとは二人して木挽きもしたなあ」と”最後の木こり”の一人、サイチが熱燗片手に言う。
「あれらの年は戦争行ってほとんど死んじまった」。
残ったヨネハチさんやうち(藤美屋)の故・亀吉じいさん、下の”ごんぱち”のジサなどは運が良かったのだという。
「戦争に行きたくなくて指を切ったヤツもいたっけなぃ」と別の年寄りが言っていた。
引き金をひけないように自らした、という話だ。

お斎(おとき)の間、向かいに座るサイチの戦争の話を聞きながらつがれるままに飲んだ。
ハレとケ。
「落ち着いて、良かったなぃ」。しばらくしてから誰かがぼそっと言った。
「肩の荷、下りたろう。いい顔んなった」と誰かもぼそっと言った。

不確かであり続けるから自分は生きているのかもしれない。

 * * *

死ぬとどうなるの。
谷川俊太郎が一夜で綴り、松本大洋が二年かけて描いた、『かないくん』を読むAM3:00。

「死を重々しく考えたくない。
かといって軽々しく考えたくもない」
独り言のようにおじいちゃんが言う。
「この絵本をどう終えればいいのか分からない」

「金井君の絵本まだ終わってないのに」
と言ったら、おじいちゃんは
「死んだら終わりまで描ける」
と私の耳もとで言った。


月ユメ田の溝切り、一先ず終了の夏。
死ん騒ぎが終わったら山の田んぼのメインイベントでもある草刈りの夏が来る。
田んぼの面積より草刈る面積の方がでかいとも揶揄される。

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真っ白なまぶしい世界の中で、
突然私は「始まった」と思った。

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by 907011 | 2014-07-21 05:21 | Trackback | Comments(0)

死ん騒ぎ。

週末。
東京からの「農家体験」受け入れを終えてなお、山に行く時間が限られてしまった。
山に行ってよいしょーと腰を折り曲げたところで雨に降られたりで、なかなか。

ここ数日。
次年度の田んぼをどうつくっていくか会議を開いて苗や土づくりの考えを練った。
合間に「農業塾」に参加して、
知る人ぞ知る新潟の飼料用米「新潟次郎」の田を見て(もう出穂してた)、
うちのアホウ鶏たちにも一枚くらいつくってみたいなあと企む。
農業塾には行ったものの、
「ワタシはいまだ溝切り作業をしています」などと言ったら、
バケツを持って廊下に立たされそうなので、おくびにも出せない。
カメムシ対策の草刈りが迫ってきたので時間切れ。
来年の課題、山積み。

ただ、ふと思い出してみれば5,6年前などは、
「自分がずーっと関われる”自分の土”(田畑)が欲しい」と切望して
脳みそや胸をかきむしりながら農業に携わっていたわけなので、
現状を客観的に見れば、
ひじょうに望ましい環境に包まれているのが容易に実感できて振り出しに戻る。

この絵は、描ききれない部分があるんだけども
それは残しておいて次の絵にぶつけたほうがいいんです。
いつも、絵は、前の絵をやめたことがかかわっています。
次の絵で発見した要素をまた前の絵に戻って描き加えたりすることもあるかもしれない。
そう考えると、一生に一枚の絵を、画家は描いているのかもしれない
(横尾忠則)


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                    (藤美屋の田溝切りの図。自家鶏ふん無農薬テデトール栽培3年目)



昨日。
十日町で「移住者受入人材育成研修会」の2回目に参加。
高知県で進められている先進事例や「田舎からの情報発信を考える」話が聞けて有意義だった。

抱える問題は大なり小なりどの集落でも相似形であって、
ただその中で埋没しがちな個々人の魅力を、長く発信し続けること。
変わらず続けるもの(モノ、者)には、後から変わったものがついてきて、還元される。

その後のグループワークにしても、
集落を覆ってしまう「あきらめ感」に対して何を考え、どう動くかについて、
かなり具体的な意見を交換することができて、俺もここ数週間の頭の整理ができた。

講師の一人、いなかパイプの佐々倉さんが口にしていた「地デザイナー」という言葉が印象的だった。
「見方じゃなく、考え方。その背景にある考え方を知ることがデザインになる」。

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帰宅したら、入院中だった隣の”しょうべえ”のジサが亡くなってた。
米八(よねはち)、91歳。90年と4カ月と18日間。
今夜御通夜、明日告別式。
山中にまた一軒、独居が増えた。


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by 907011 | 2014-07-20 05:20 | Trackback | Comments(0)

B面。

昨日の未明。
ゴキブリが立て続けに足元にあらわれ、手にしていた手帳で2連続KO。OK。

案の定、もらって以降ずっと読んでない本がたまっていて、
また風呂やトイレで少しずつすこしずつ読んだりしている。
本屋およびブックオフに近づかないように自己規制しているので、
このままを継続して、今冬あたり久々に近づいてみたいよなあとたくらんでいる。

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最近読み終えた川上弘美さんの『おめでとう』の一節が妙に頭に残り、考えさせられた。
たぶん、このような山の暮らしや情報発信についても当てはまるような、
揺れる心持ちのところをばしっと射た表現だからかなぁと後から気付いた。


「おばあちゃんの教え」と章子が称することは、
たいがい章子の女としてのおこないにかんすることである。
もしも章子が僕の妻なり公式の恋人なりという立場にいたならば、
のびのびと発揮してもいいはずの、女のおこないである。
しかし章子はそういうおこないを発揮できないから、発揮すると僕が困惑すると知っているから、
「おばあちゃん」という仲介者をつくるにちがいない。
仲介者を通して、人形師にしかたなく操られる人形のかたちをとって、
はじめて女としてのおこないを、ちょぴり成すことができるのだ。

それが、僕にはいじらしい。そしてまた同時に、うとましい。


「仲介者をつくる」という行為を自分もふとした時にとっているなあと気付いて、考えさせられた。

自分自身が、状況や相手に合わせて言葉の選び方に気を使うのと同じように、
自分以外の存在を借りて、それを仲介者として言葉をそれに乗せていくという伝え方。

仲介者は山中の年寄りであったり、鶏であったり、草木だったり、農作物だったり、昔の神話であったり、
はたまた、会ったこともないのに画面でよく見るから知ったような気になりがちな有名人であったりする。

それらを、自分を隠すように前面に介在させることによって話すことや、
もしくは、その存在の言葉を借りる形をして、「そいつが言っていたんだけど」と話すことで、
初めて表現を試みるような自分の感情や記憶がある。

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                       (鶏ネットの内と外で野菜の見え方も異なる)

もう一点、考えさせられたことは、ここでの暮らしについて。

「ありがとう」と僕は言いながら、章子をいじらしく思った。
その次に、ほんのわずか、ごくわずかに、うとましく思った。
うとましく思った瞬間、僕は自分を恥じた。
それでも、かすかなうとましさは消えなかった。



そこを訪れることと、
そこに暮らすこととは、大きく異なる。
面倒も不便もしわ寄せなんかも巻き込んでの暮らしであり、
でもそこに自立のための時間も干渉されない自由も不思議と同居して存在している。

いじらしく、また、うとましく、感じるかぎり、
僕は章子から離れられないのだと思う。
いじらしい、だけならば、こんなに続かなかっただろう。


いじらしいだけでは続かない。
うとましいだけでももちろん続かない。
いじらしいとうとましいという感情が絶えず、ない交ぜにより合わされて、
だから、執着がそこに生まれてくる。

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by 907011 | 2014-07-18 08:17 | Trackback | Comments(0)

(お知らせ)山の中で暮らそう。

山中から「適疎」を考える会
山奥の小さな集落で暮らす意味を考える
~体験や交流を通じて“外から見た山中集落”を記録する~



22世帯40人の山中集落は、70歳以上の人が多く、
一人暮らし高齢者が大半を占める、いわゆる限界集落。
このままだとこの先集落はどうなってしまうのか…そんな危機感が、二人の若手を突き動かした!
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by 907011 | 2014-07-18 05:55 | Trackback | Comments(0)