山中記

<   2014年 10月 ( 21 )   > この月の画像一覧

BTM。

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朝、鶏の水を替えたりしている間に毎日のように、この”モミジ”が逃走する。
当初6羽いっぺんに群れに合流して、
これはその6番目なのか「もみろく」と家人に呼ばれている。
体つきと首の裏の毛のコントラストで見分けるらしいが俺は他のモミジと区別つかない時も多々あるので、
総称して「もみこ」と呼ぶ。等距離外交。

いまはそこここの表土にカエルがとりやすい状態(冬眠支度?)でいるらしく、
一羽がカエルを捕まえると、それを横取りしようと追う・逃げるの団子レースが始まり、
見ていてひじょうに面白い。
そうこうして眺めている間に、遠くに行きたいもみこは更なる未知を探求して、
自分でもよくわからないところに突き進んでいく。

捕まえて護送中にむんずと鷲づかみされて、見上げる表情がかわいいのでついまた逃がしてしまう。
真っ直ぐで、じつに潔い目をしている。
そうして、ワタシは翌朝も鶏を追い、
自分の鶏はなかなか食えないよなあと悩みながら焼き鳥をがっつり頬張る。

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山中のもみ殻+山中の米ぬか+じょんのび村からいただいたオカラ。
じょんのび村は豆腐やがんもどきなどを手づくりしてます。近くに来られたら是非。

そのじょんのび豆腐づくりで出てくるオカラをもらい、肥やしがつくれないものか実験。
過去何度か試みるものの、なかなか上手に発酵させられずいまだ試行錯誤中。
いつかはじょんのび有機肥料で「小さな循環」が描きたい。
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岡野町に米を運んだついでに薪ストーブの話(入門編)を聞きに、
高柳の農器具の医者”春日農機”に行く。

春日農機はどっちかといえば屋号の”どうめえ”(堂前)で呼ばれることが多い。
ドウメエには自作の高柳産薪ストーブ「スーパーウォーマー」がある。
今年は2台納品されて、もう一台をちょうどつくっているところだった。
お茶1杯とコーヒー1杯をいただき、何となくチェーンソーもいただいて帰宅。

これからドウメエに初めてお会いする方もいるかもしれないですが、
特筆すべきは、父ちゃんのかぶっている帽子のつばの短さであるということを知っておくと、
よりいっそう楽しめるかと思います。
俺がこれまでの人生で見た帽子のつば史上もっとも短いと思う(普通の帽子の時もあります)。
BTM(帽子のつばの短さ)。

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昨日は、先般門出のキヨシ塾長から特別補講をしてもらって以来の検討課題だった、
「山と田んぼとを分けること」に着手した。
自分の主戦場である月ヨメ沢に4本ほど「掘るもの」を持参して、べと(泥)とたわむれる一日。
紅葉がきれい。

”紅葉”というものはこれまでいかなる時も、たとえば車で走ったりしながら
とにかく遠くの山を眺めて、「アラ、やだ~」とかいいながら愛でるというのだったけど、
いつしか自分の身体ごと、その紅葉たちの赤や黄の中にあってこうして働くようになっているのだな、
すごいな、山の中に居るのだなあと昨日ふとそんなことをしみじみ思った。

我ら山中 冬は雪のなか~
(川島正臣作詩作曲『やまなかの歌』 ※うろ覚えシリーズ)
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山肌を縫って水がしたたる。
昨日もじつに水がきれいでした、月ヨメ沢。
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思ったよりもはかどって、帰りに沢の水を引っ張り、掘られた土側溝にドボドボと入れて、
水の流れで細かい泥などをクリーニング中。
・・・今朝見に行って崩壊してないことを祈り中。

自然は当然がごとく「原野」に還ろうとする。
水も草も木も土砂も皆、さあ山に戻そうと、まるで上から俯瞰して眺めて思惑を持つかのように、
すべてが刻々とうごめいて迫り来る。自然作用。

今泥や沼と格闘して田んぼを少なからず自分なりに保守しようとするのは、
難儀で不自然ということにもなりましょうけども、
そんな自分の田から顔を見上げると、そこここに開墾された昔の棚田の跡が上の斜面から連なっていて、
山の中に田んぼを一枚つくるその苦労はどれほどのものだったろうかと想像する。
まさしく身を削って命を懸けて築かれた遺跡だと思う。

すべて古いものが良いわけではないけども、
時々、「古いもの」のなかに、ふっと「新しいもの」を見る瞬間があって、
重ね見たそのときの見え方というか、稀な感覚が自分はたまらなく好きだ。

 * * *

山中一人土木部。
随時体験歓迎。
ただしやり方はその時々で見て考えてみるという実験レベルなので、いろいろ遅いし、
長いことフリーズ(黙考)したり、やり直しとか二度手間も尽きません。
そのうち疲れたらくん炭焼きも予定してます(雪に降られたらあきらめます)。
紅葉、綺麗。

もしや11月後半、隣りの空家に薪ストーブが据え付けられるかもしれないので、
その際は帽子のつばの短さも目撃可能かもしれません。
是非。

コントロールするということはできっこないですが、
「気候風土を掌握する」百姓の姿には近づいていきたいものだなあと想います。

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by 907011 | 2014-10-31 05:09 | Trackback | Comments(0)

魚つかめ。

昨日。
朝早く門出へ。
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世はプロ野球日本シリーズで盛り上がってますが、
田代またぎの会による昔の文化・風習の検証シリーズ、
「魚つかめ」が、その準備段階からすでに面白そうだったのでゆく。

田代集落は高柳町の最南端にある、山と川がぐわっと取り巻く小さな集落で、
もともとは松代の村だったが合併などを経て現在は高柳19集落の一つとなっている。
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門出や荻ノ島などの「訪れてよし」な集落はぶらりと入れるが、
他の集落やそこに住む人たちの話を聞く機会というのは貴重で、
田代のシゲルさん(門出和紙のレジェンド・ヤスオ親方の弟さま)の話がやはり面白かった。
話もさることながら、話す際の柔和な表情がヤスオさんとほぼ同一で素敵な小林DNAだなあと思った。

写真は「もぎ(もぉぎ)」についてのレクチャー。
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いざ、川へ。
本来、魚つかめは春にやる風習とのことで、魚影は極めてない。
「原始人ってきっとこうだったんだろうな」と想像をかき立てられるように、ケンイチさんと山さんが
ふんがーっとそこら辺の石を次々川に投げ込み、棒きれで水面を叩きながら魚をオラオラと追って下る。
ときどき深い砂地があった。
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川の水は前日、有志に石でせき止められ、中央の仕掛けに入り込むよう水路がつくられた。

仕掛けの手前で、石を積んで水位を浅くした後、
踏ん付け歩いて石の泥などを落として水が綺麗になると、
魚はそこに卵を生むべく集まって来るのだとシゲルさんが柔和に言う。

それでも一つかかったが、あまりに貴重だったので心優しきケイキさんがリリース。

写真中央の魚がかかる「ス」(簾)は、先ほどの”もぉぎ”を編んだもの。
”もぉぎす”は人が踏んづけても耐えられるほど丈夫で、
しかもカヤよりも葉っぱの処理がしやすいから重宝されたそうだ。
(たとえばこれがヨシで編まれれば”ヨシズ”となる。)

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左がもぉぎ、その隣りに生えていたのがヨシ、右のがカヤ。
土壌によって棲み分けているのかと思ったら、意外に川原の同じようなところに共存していた。
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あまりに天候に恵まれ、その後、
門出のピザ名人・山さんが山中でピザを焼いてくれる運びになった。

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旅するピザ名人である山さんが出がけに出会い頭的に出逢ったサトル君ファミリーも訪れ、
前日、岡田の奥にある白倉(名水で知られる。現在は廃村)で釣ったという岩魚を持ってきてくれた。
その大きさに、一度は釣りたいピザ名人・山さんと俺がカルチャーショックを受け過ぎた外国人みたいになり、しばし悶絶する。
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田代は炭焼きを産業化して町おこしをした経緯があり、
職人をリスペクトするピザ名人・山さんが田代の炭も持参してくれた。
たしろ、いいね。
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火は田代。
門出ピザ、白倉イワナを贅沢にも交互に食べ続ける。
サラダは昼に山中で採れた水菜をいただき、サユリさんもカボチャサラダや銀杏を持ってきてくれて、
何となく勢いで発作的に起こったランチだったのに、高柳食率が極めて高い贅沢ランチとなった。
(ビールはスーパードライを何本か)
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山中の瞬間平均年齢がおそらく今年のピークくらい若返った昼下がり。
谷根(夢の森「チーム建築」が谷根の沢水と釜で山中米を炊いて食してくれた)までは
残念ながら行けなかったけど、恋するピザ名人・山さんやちびっ子同士や鶏たちもよく遊び、
我が家も久々(じつに数カ月ぶり)に一日を一緒に過ごしたことになる。

未明に目覚めて手をかざすと、田代の炭はまだあったかかった。

川の水、炭、穀物、魚、野菜、すべてに満たされて遊んだ秋の日。
日、月、火、水、木、土。あとは「金」を寝て待つのみ。

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by 907011 | 2014-10-27 06:25 | Trackback | Comments(0)

寿命延。

ソラマメが芽吹いた。
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種子を包むサヤが真っ直ぐに天を向くから空豆。

ニンニクもピッと出てきた。
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枝豆が終わりと見ると間髪入れずに
ニンニクやらソラマメやらを土にふせ始めるあたりは抜かりない(晩酌用)。

 * * *

昨日は時間をかけて丁寧に山中農工部の作業所を撤収、掃除をした。
区長マサオさんがコシイブキとコシヒカリを出しに来た。
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今年ははさがけ米の藁(わら)を製縄店に出荷してみた。
昨日そのお金が”ばんきち”から届く。

うちは15把を一束にして71束出した。かけることの単価90円。
えらく気前の良い業者さんで、
お釣り(7束分くらい)などすっ飛ばして七〇〇〇円と塩鮭が一匹どーんと来た。
塩じゃけをわしっと掴んでぶら下げる。爽快。
だがその後持て余し、岡野町に移して解体ショーされた。

お釣り分を駄賃にもらっただけでも7束、つまり105把だから、
一把8株として840株の稲刈りに相当するだろうか。太っ腹。

田から持ち出した分の藁はすみやかにバックナンバー藁で補いたいと思います。

 * * *

作業所の上、山中集落センター(通称「クラブ」)の2階はこのようになっている。
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先般、麦麦ベイクさんでお酒をいただいていたら(お店の新メニューなどではありません)、
農業委員のムラヤマさんから「話がある」と連絡があり、翌朝クラブに招くと、
農業者年金に入ってみてはどうかね、君も入ってみないかね、ぜひどうかねという説明だった。
月額二〇〇〇〇円、高い。
月々26,666株もの稲を刈って藁を縄屋に毎月出荷しなければならない。
これは難儀い。
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なんぎが
あってこそ
芯から
気持ちいい
時間が
やってくる
それが
じょんのび。

(クラブ二階のじょんのび高柳ポスターより)
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山の暮らし、百姓の暮らしは、
生活の時間の内側にありながら、なおかつ伝わる力をそのままの素材として持っている。
それら二つの円の重なりがあること自体が考えてみると凄いことだと思う。

遠くの不特定多数のお客(貨幣)を招こうと大衆迎合的「観光交流」をはかると、
生活の時間の内側にあったはずの円は消え失せ、
「昔の暮らしは」と言葉だけの時間と成り乖離する。

自分の言動が日々抱える「自己矛盾」がかなり嫌いだけど、
同時に、それらが自分を動かしている糧でもある(動機としてはけっこう不純)。

自問自答は大切。
限界集落におって”あきらめ感”と対峙することも大切。
この村の最後を「看取る」、それだけの覚悟も確かに大切。
もっと大切なのは自分ちから半径数百メートルの円の内側にある山中時間。いま目の前の暮らし。

この俺なんかが農家としてはたして暮らしていけるのか…
とその頃に、松之山移住百姓のコグレさんに真っ直ぐに言われた。

「サポートとか、中間支援とか、
 六次産業だとか、”つなぐ”だとか。
 ・・・たぶんそういうことじゃねえんだよ。
 我々は、つくる側でいこうよ。」

 * * *

10年前の昨夕は粟島で風呂に入ってたんだった。

「じょんのび高柳」のポスターを見ながら、
また山中の航空写真で在りし日の山の田んぼの全貌を眺めながら、
ワタシは時々のいろんな想いに駆られながら、「クラブやまんか」で酒をあおる。


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by 907011 | 2014-10-24 05:15 | Trackback | Comments(0)

友達。

冬になると「カッパのチャック」という言葉が4日にいっぺんくらい口を突く。
雪をかまう、道を踏ん付けるetc.で日々何度か2種類くらいの雨合羽を着回していると、
どれもそれなりに個性ある古しいカッパなので、
水をほとんどはじいてくれなかったり、破れていたり、内側に着ているジャージの袖の方が長かったり等々。

中でもチャックが壊れて、噛み合わせてくれないという症状が頻繁に起こる。
そんな際に、決まって自分の胸元あたりを見つめながら、「カッパのチャック・・・」と一人つぶやく。

自分の中で、主に冬季のゆるキャラ的存在として、「カッパのチャック」はあらわれる。
まだ可視化されたことはなくてイメージもかたまってないわけですが、
おそらく河童で、おそらく頭の皿の脇に一部黄色い髪なんかをのぞかせている、
冬のワタシには不釣り合いな、陽気なキャラクター。(寿司は出さない)

来たる冬もワタシは「カッパのチャック」とときどき出逢う。

 * * *

「たあね」で洗ったカッパを干していたら、
下の”ごんぱち”のバサに呼ばれて、そのままブラブラとごんぱちへ降りる。
朝の時間などはわりに畑や鶏スペースで、
下の畑のごんぱち夫婦と話しながらお互いに何か仕事していることがあったが、
最近は朝も冷え込むし、田んぼが忙しかったので、久々に少し話しができた。

ツキヨメ沢の”てっちょう”、一番上の田んぼは”ごんぱち”の持ち物で、
今年作らせてもらった年貢に、ごんぱち田んぼでつくった米たちを渡すことができて、
何とも腑に落ちる感覚というか、「年貢、いいね」と感じた。

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ごんぱちのジサはどこか俺の秋田の父・ヤスオと似た雰囲気があって、
耳が遠くなったおかげでマイペースに(文脈などを意識せず)自分がその瞬間に想った話をするあたり、
山や畑を見ながら、そのまま好きな話を始めるあたりがヤスオさんと似通っていて落ち着くのだ。

そんなジサのことを、バサはいつもニコニコしながら見守っていて、
ジサの思いつく通りに、好きなように仕事をさせていて、いつも素敵な関係の二人だなあと思う。

バサはジサのことを指して「一生のおともだち」と称する。
だって一生のお友達だからしょーがねえ、とか。
(自分自身のことは「下の家に居る、このバカばさ」と笑う)
バサの話はいついかなる時もユーモアにあふれていて
会話を交わせば絶対にこっちが笑わせられてしまう。

そして、話の主語への”愛”に満ちている。
(たとえば昔飼った牛とか土から出てきたカエルとか夏に水をあげるオタマジャクシや野菜たちとか)

かつての山中での難儀かった暮らしの話を聞いていても、
「ユーモア&愛」がちりばめれているので、聞いている俺の身体にも情景がすっと染み入ってくる。

二人は自分が3年半前に来た時から今日までずーっと、
「良い人が来てくれて、上に住んでいてくれて嬉しい」と伝えてくれて、
その言葉は俺の日々の原動力になっている。
原動力とリポDをいただく。

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おととい。
今年二度目の山中農工部を開き、自分のはさがけ米第二弾を玄米化した。

通りがかりの”へやち”のマサさんがヒマつぶしに半日も手伝ってくれた。
マサさんも田んぼをやめてしまったので、
最後に出てきた米3キロ(家で精米できるらしいので)と第3のビールをあげて解散。
ワタシも一本ご相伴にあずかる。

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昼寝から覚めて午後。
”そうじろ”のトクイチ翁に用事で行く。
「あがらんかい?」と言うので「あがる」と言って玄関を上がる。
「一本のまんかい?」と言うので「一本のむ」といってコタツでビールをもらう。
この間青刈りした稲でしめ縄をつくっていた。

その夜は町の自立経営者農業会議という、
高柳(特に石黒地区多し)の篤農家たちの集まりに恐縮しながら混ぜてもらう。
互いに認め合える関係の百姓たちが”ちょっとした情報交換”をしている様を見て、
観光案内の看板でも見た時みたいに、遠く自分の居る現在地をよく思い知らされ、刺激を受ける。
そして、よく飲み、よく懇親させてもらった。
百姓個々の手先から繰り出される仕事、百姓たちそれぞれの間にも派手過ぎず、でもけっこう濃い愛がある。

11月2日は高柳の産業文化まつりです。
ワタシも自立経営農業者たちの手伝いで参加します。
山中米と鶏でも連れていこうかとたくらんでます。
あっちもこっちも行楽の秋で色々行事が重なってますが、もし近くを通ったら是非。

ここ、藤美屋のバサの名も「アイ」。

 言葉にすると、くっさいくっさい”愛”。
ましてや口に出すと、酒に酔ってるとしか思われない”愛”。

 でも相変わらず、歌謡曲の世界では、連発され続けている”愛”。
カラオケでいくら歌おうと、決して相手の胸に伝わることのない”愛”。
「愛してる」という時は、「愛してる?」と聞かれた時。
肉欲だけの自分じゃないと、焦りながら発することなのか?

 どうやらジョンとヨーコのいう”LOVE”と、その”愛”との間には大きなズレがある。
ボクはそのことに対し、昔からコンプレックスを持っている。

 ジョンとヨーコの”LOVE”にドキドキしながら、ボクはまだ弁解用の”愛”で生きているからだ。
(みうらじゅん『アイデン&ティティ』)




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by 907011 | 2014-10-23 05:29 | Trackback | Comments(0)

秋祭。

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昨日。
山中集落も秋祭が行われた。

自分は一応理事でありながらしかし前夜にトラクタを二台、矢継ぎ早に農耕の神様に捧げており、
山のツキヨメ沢から自身も身動きとれない理事となってしまい、
前日の「旗立て」の手伝いに出て、本祭は妻子に出席してもらった。
(その後、トラクタは清められて無事にかえってきました)

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山中生産組合のところで籾摺りをしていたある日。
”いちべ”のジサが耕運機で登場し、その荷台に藁と杉っ葉を採って乗せていた。
聞いたら神棚にあげるのだという。
年末になると”そうじろ”のジサが枝ぶりの良い松を毎年くれるので、
うちはこの時とばかりに神棚に飾り、玄関に打ちつけてそれで足りたような気でいた。

買うのとは別の話になりますが、
この辺は自生しているサカキが少ないそうなので杉っ葉で代用しているのだという。

その後、おもむろに小屋のもみ殻袋”ヌカロン”を3つ上に乗せて走り去った。
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旗立て。
男5人。
我らが区長・マサオさんは実はまだまだ稲刈りが終わっていない。
・・・それでも毎年のことなので焦らないのが区長さんを区長さんたらしめるところである、ような気がする。
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いざ。縛り終わって見上げてから(頭上を見ると口が開く)、
「あ。ごめん!やっぱり一回下ろそう。」という、
旗立て(あるいはお盆の竹立てかけ)恒例のやり直しが一度だけだったので、概ね順調だった。
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しめ縄はあっちの世とこっちの世界を仕切る境界。
鳥居の先までうちのアホウ鶏どもの鳴き声が聞こえてくるのが視覚と耳に面白い。
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神社の準備。女2人。
風か地震か、何かに揺さぶられたらしく、
「劔神社」が刻まれた板や千羽鶴たちの紐が弱って着地していた。
つるぎじんじゃ。

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ほら、これは木のちりとりだとマサコさんがニコニコしながら見せてくれた。
旗立てから木のちりとりに至るまで、この小一時間くらいの間に、
またもワタシは口癖でもある「すげぇ」を7回くらいはつぶやいたと思われる。

 * * *

山中の秋祭は神社の中で神官さんからお祓いを受け、お神酒を口にする。
言ってしまえばただそれだけの素朴な神事だが、
ただそれだけの一つの神事、お祓いを受けるだけという、
その純朴さが自分には心地良く感じられ、
10人にも満たない人数ながらもそこに集まり、その場に居合わせられる時間が快い。

裸電球一つの少し薄暗い下でお祓いの間、余計なことばかり思い浮かべてみたり、
神社の中で酔いが少し回ると、それだけで恍惚とした気分に浸れる。
潔くて、快いわずかな時間。
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表の鶏どもが鳴き叫んだおかげで思いがけず夜明け前の月曜の三日月が見られた。
ビールの缶と酒の瓶を正しく清らかに出して、
本祭には出遅れてしまったけども、神社に朝参りに行こうと思う。

今年の大みそかは神社の賽銭取りの役を受けたので、
雪の劔神社に酒を少々持ち込んで年をまたぐこととなった。



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by 907011 | 2014-10-20 05:31 | Trackback | Comments(0)

ジャーナリズム。

今年も柿ワイン柿酢を仕込んだ。
俺も畑でたまにもいでかじる、皮ごと食える小さな甘柿を大量にもらったので、
久々に男子厨房に立ち、ヘタをもいで瓶へ。

その辺の柿(無農薬)をまじまじと眺めると表面に薄ら白い粉が吹いていて、これが天然の菌。
柿は糖度が丁度良い。低過ぎれば酵母菌が繁殖しないし、
逆に高過ぎればアルコール濃度が高くなって、酢酸菌が繁殖できなくなる。
まさしくグッドバランス。

もう一点、柿の発酵時期は冷涼で虫が繁殖しにくいので適しているとのこと。
梅よりも優位だし、とにかく柿は皆ゴロゴロと持て余しているといえます。
渋柿の方が糖度が高いらしい(渋自体は舌に作用する要素の話)。
水気があるとカビになるので表面が乾いたものを使用。
山中の在来の柿で山中の天然酵母が醸し、山中で呑む。
酢になってから飲むも好き好き、ドレッシングなどにも使える。

ただ口惜しいのは我が家の柿および隣りの空家の柿の木も、早々に実が落ちてしまい、
このままだと我が子が無事に言葉を発するようになった際、
「柿というのは大量の葉が茂り、晩秋になると一粒の実を成らす淋しくも風流な木であります」(岳談)となってしまう。
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天然酵母に活躍してもらうため、新聞紙でフタをするのがベター。
紐でしばった後、今回も記事を読み返し、その文言を見て
思わず、我がおでこを平手でピシャっと打った。

「相次ぐ軌道修正」(安部政権について、らしい)
「複数の浮遊物発見」(マレーシア飛行機失踪後のインド洋にて、らしい)

前回のは、「地力に差」「重圧に負け」「ミス連発」などの文言が並んでいた。

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by 907011 | 2014-10-18 05:19 | Trackback | Comments(0)

雨降につき。

冬眠前の最後の頑張りなのか、身体がよく目覚める。
何せ飲み会以外は20時に寝床に入るので、雄鶏よりも早くに起床。
メールの返事を書いたり、読み物にふけるAM3:00。
「ほぼ日」を読み終える夜明けの頃に身体がもっとも冷えてきて、小一時間二度寝したりしなかったり。

昨日は寝床に戻ろうとしたらやおら”たつみょう”の耕運機が
寝床の横の村道をボンボンボンボンボンと駆けあがっていき、
続け様にあちこちから山中耕運機部の活動する音がした。
週末の秋祭のための老人クラブによる神社掃除の日だったようだ。

それぞれの集落にはそれぞれ流れる固有の時間があり、山中も例外ではない。
山中時間はこういう村の協働作業や上納(区費を納める)の日になると、
ヒトはだいたい15分前くらいには当然のように集まり切る。

例えばこのケースだと、
俺が口にパンをくわえたまま上着のそでに腕を通しながら神社に定刻に掛け上がった時には、
おそらく葉っぱ集めなどはもう一段落していて、
集合時間どおりに到着してしまった自分を詫び、
「遅くなってしまってスミマセン!」とあやまりながら近寄るはめになる。

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年寄りたちの気配に押されて、久しぶりに自分も朝仕事などしてみる。
食用の菊が咲きはじめていた。
寒くなるとより強く深く実感するのは、俺はポン酢が好きということ。
おそらく前世、味ぽんの蓋か何かだったんじゃないかと信じ込むほど、ポン酢は欠かせない。

道具を運んだり、鶏の水を変えたりして、畑を片付けようとしていたら、
農業塾長・門出のキヨシさんが、
ちょうど朝日を浴びて普段よりさらに2割ほど眼光鋭く現れてたまげた。
目力に朝日を蓄えたキヨシさんだったが、
あまりに対照的に薄暗い格好をまとった俺が畑と同化して気付かず、たまげていた。
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しばし懇談し、隣りの空家を見たりした後、
山中のかつての貴重な仕事だった藁縄づくりの道具一式を見に行く。
共同車庫で藁打ち機械や藁ない機械を物色していたら”山中の至宝”イサオさんも登場。
登り坂に足を踏み入れた自分がふと顔を上げた時、必ず前の方に居る二人。まだまだ背中も見えず。

『故・石塚亀吉3年連続日記』(未刊)にもたびたび藁仕事が登場するが、
かつてキヨシさんはこの藁縄で1200万稼いだこともあったという。
「じょんのびツーリズムの会」でこのマシーンを体験に、
あるいは小さな経済の仕組みづくりの一つとして再び回せるかどうか。
村から譲れるかどうかを先ずはかってもらう予定。
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「ほれ、案内賃」といって門出総合農場のアイガモ米をポンっといただく。ええ米。
セレブたちが求める「完全有機農業の米」と本当に美味い米はまた別だぜ、とキヨシさんは自嘲気味に言う。

「百姓は賢くないとできない」という言葉にはいつも戒められる。
賢くありたいと近づく努力を怠けた途端に、不思議と
百姓の先達から知恵を吸収する率は顕著に低下する。
俺の冬などはまったくそうだ。じき、冬が来る。
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田んぼの仕事は義父さまがトラクターを使うので、たぶん月末までできず、
畑で大麦を播いた一日。
すっかり茶色くなったカマキリが親子でおんぶして現れた。
わらしっこ、じっぱりこしゃれ。
ままけ。
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この山の畑もまた眺めが良い。
腹が減ったので近くの甘柿をどうにか掴んでもいで2つ食べた。
小さく種も多いが皮まで甘い。
山のおやつ、バンザイ。
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「山中蓮根」。
毎秋恒例、”そうじろう”からいただくレンコン。
これがまたうまいもんで酒が止まらなくなる。

昨夜も気付いたら寝ていた。


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by 907011 | 2014-10-17 08:06 | Trackback | Comments(0)

復刻ラベル。

いざ、雪が降るまでは、
「ま~、雪が降るまでには・・・」という作業にとにかく追われまくる。

自称「農家」というありがたい肩書がつき、
一応この暮らしそのものが、「うちのお父さんはああ見えても仕事中です(岳談)」ということになる。
冬を前に焦るキリギリスにもアイデンティティ(自分は何者かという概念)が与えられた。

『解夏』という映画では、
主人公が唐突に失明していくまでの心理描写が表現されていて、
その中で、ある坊さん(うろ覚え)に
「”目が見えなくなる”という、それは兄(あん)さんの抱える業(ごう)ですなあ。
 そして見えなくなった瞬間にはじめてその業から解放されるんでしょうなあ」
というセリフがある(・・・あったはず)。

自分にも業は尽きず、
「いやーまいった。このままだと雪が降って来てしまう・・・」とあわあわと過ぎてゆく毎日の中で、
雪がいざ目に映ってハラハラと舞ってくる瞬間を待たずして待っているのかもしれない。

ただ、忙しい時のたまの車中でわりと家人と話す時間がとれるなあと、台風休みの際にふと気付いた。

 * * *

合併前につくられた「山中米」ラベルを復刻させたいと思い立ち、
山中が誇る地デザイナー・イサオさんにいろいろ相談。
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直販を縛る法律だけでなく、
10数年前(?)と今日で事情が大きく変わっている点もある。
たとえば、たぶんに挑戦的かつ希少性を打ち出した「未検査米」というコピーは、
原発事故のために逆にマイナスの意味でとらえられてしまうだろう。

自分は当面農協にも出しているので、
検査もクリア(なんと稲刈り第一弾は予想に反して全一等米でした)してますが、
まったくの個人で未検査だと、法的には品種も産地も記載して販売してはいけない決まりらしい。
つまり、コシヒカリとか新潟県産といった表記そのものが違法になる。
万が一、その米で事故が起こった場合、
品種や産地の風評被害につながるからという言い分もたしかに一理ある。

ただ、あくまで役所的にはそういう決まりというだけのことで、
法の網をくぐり抜けるグレーゾーンも少なからずあるはず。
昨日風呂に入りながら閃きましたが、
たとえば仮に俺が未検査ニンゲンで、「コシヒカリ」の表記をネチネチと指摘されたら、
これは「コシヒカリ」ぢゃなくて、「コシヒ力(ちから)リ」という俺の米だと主張し、
ネットニュースか何かで小さく話題になってみたい。
「結局全部、売名行為だから」というナマラ江口さんの言葉を思い出す。
こしひちからり。

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雨降りで土に入れない代わりに、
久々の山中農工部の活動ができた。
もう一軒の伊藤家、山中移住の大先輩・マサノリさんの米をすった。
予想を下回った収量にもめげず、
”いりご”にも敗者復活戦のチャンスを与えさせて、常に熱血かつ前向きなマサノリさんは素敵だ。

「おー、直樹クン!この米なんか見事に一軍昇格だよー!すごいよ!」と喜ぶ検査員・マサノリさん。

 * * *

今春、初めての水苗代(雪解け田んぼに籾を播いて苗づくり)した在来コシヒカリは、
まだはさにかかっており、天日待ち。
雨がときどきしっとりと降るので、
田んぼの秋打ちもまったく未着手のまま、
今年も懲りずに六条大麦をまく算段をしてました。山中麦茶部。

玉ねぎも毎年まいて待てども待てども苗が太らない。
しかし、畑もまた面白くて夢中になれる時間となる。
時間を忘れて没頭するキリギリス。
行楽の秋の誘惑も多い。
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by 907011 | 2014-10-16 04:32 | Trackback | Comments(0)

ケツネ。

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12日。狐の夜祭り。

稲刈りがギリッギリまで終わらず、山中に来て初めてお客さんとして祭りを堪能。
関係者の皆さんがやたらと格好良く見えたのは、そんな視点の違いからだろうか。
実際に高柳に住んでみて感じるあれだけ濃厚な有志のエネルギーが、
「狐」という一日だけのアイコンに注がれていることをまじまじと実感。
夜の山道と提灯の光景もさることながら、
「お面」をかぶることで、本来の『祭り』の意味が視覚的あるいは集団心理的にも姿を現すのだと感じた。

想像の世界の素晴らしさに感慨深い気分に浸りながら、
ワタシは岳を前抱っこしてビールを飲んだ。
ただし、そんな素敵集団「夢追人」の一人一人の昼陽中の姿は、
いわゆるふつーの働き盛りの中年ニンゲン(?)たちです。
アイコンってすごい。
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台風が来る前にと思い立ち、ツゲヒロさん家に朝駆けして米の配達に行ってきた。
流れのままに今や超人気カフェと成ったドナで美人店長カオリさんにも会え、
柘植家の顔立ちの整った子どもたちと我が家とで食卓を囲む。
子連れで楽しめる畳スペースがやたらとしっくりきて、我ら5人はさながら自宅のようにゴロゴロ過ごした。

無農薬はさがけ米(自家鶏ふんをぱらっと播いただけ)をドナにも置かせてもらうことになりました。
今後は「配達業務中」と称して、平日に海をぼーっとみながら堂々とコーヒーが楽しめる予定。

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狐で感動したは良かったが、
一カ月近く稲刈りで酷使し過ぎてしまった義父さまが、
狐の会場の焼き鳥テントの裏のテーブルに居て、
会場内の誰よりも圧倒的にろれつ回らず腰が抜けるほどしこたまに泥酔(注:実行委員の一人です)しており、
家まで担いだりの仕事をして結局狐の夜祭りは缶ビール3本におさまった。

 * * *

昨日。

義父は夜が明けてからもなお寝床やマッサージチェアで終日「廃人」のようになっており、
具体化していた「刈り上げ(稲刈り打ち上げ)」で松之山温泉のコウジさんのところに行こうそうしようという話が、
思わぬ逆風で唐突に立ち消えになってしまった。

朝から大量のもみ殻を田んぼに還したりしてきて、山から戻ると、
ふかぐら亭で昼酒を飲んで良い」と言われたので、素直に従いビールを飲む。
昨日はふかぐらもなかなかの繁盛っぷりで、
ビールの後、地酒姫ノ井を頼んだら、店主ヒデキに「おー瓶ごと持ってって呑め」と言われ、
他のテーブルから怪しい視線を浴びながら、刈り上げだから遠慮なく飲んだ。
昼酒はよく回り、ふかぐらの向かいの麦麦ベイクさんでしばらくノリオカさんと話す。

話していたらなんだかんだで、特に我々何をどうこうしたわけでもないけど、
夢追人に負けじと「お疲れさま会」をしようとはずみがつき、
夜はノリオカ家でイサオさんファミリーと鍋を囲んで酒をいただいた。
子どもらもほどよく遊んでいて、山中に一カ月こもっていた自分も、
ノリオカさん夫婦とイサオさん夫婦という敬愛するグッドバランスな”ナイスカッポー”に包まれて、
移住の話や田んぼの話、ノリオカ父ちゃんの大阪の学校が信じられないくらい荒れ狂っていた話etc.
久しぶりにいろんな話が聞けてなんとも素敵でたまらない麦麦ナイトでした。

頑張ろう我らも。
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by 907011 | 2014-10-14 06:28 | Trackback | Comments(0)

「たあねのあかり」。

昨日。
はさがけ米の袋詰めをしたり、お世話になったバインダーたちを水洗いして、
とうとう「たんねのあかり」に今年も行けず残念。
ギャラリーtanneのアラキさんのブログを毎日楽しみに拝読しておると、
隔年開催になったみたいなのでたんねのあかりはまた再来年。
一度だけ直前ワークショップに参加したときに見た谷根の神社は素晴らしかった。
鮭のあがっていた谷根川も素敵だった。
たんねの釣り堀付近の小屋を改装しているらしい、
夢の森”チーム建築”のカミさまも谷根で時々遊んでいるらしい。

たんね、いいね。と想いながら機械をずっと”ケルヒャー”していて、
ふと一瞬思い立ち、我が膝を打った。奮った。

そうか、我が家には”たあね”があるぢゃないか。
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ここらでは家の玄関前に山の水をひいた池、「たあね」がある。
山の水だから、「田んぼの根っこ」で田根だろうかと家人に聞いたが、その字面でもどうやらないらしい。
とにかく、たあね。

”ごすけ”の脱穀機が不調だとバサから電話をもらい、見に行って何も役立てず帰宅すると、
すっかり暗くなり、月が出ていた。
水に浮かぶロウソクをもらい、たあねでしばし観賞。

山中にはたあねがいっぱいあるので、
「たあねのあかり」なら、いつでもできる。
ひらめきというのは一瞬の出来事であり、
「人生とは、なにかを計画している時に起きてしまう別の出来事のこと」である(ガイアシンフォニー第三番より)。
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いずれにせよ、我らの「たあねのあかり」はそこここでできるもの。
しかも山中の山の水、すごい綺麗。
みんなの玄関先。ロウソクだけ。おもてなし無し。

いいね、たあね。


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good balance!(2014年度文化庁・非文化活動非支援非事業)

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by 907011 | 2014-10-12 06:24 | Trackback | Comments(0)