山中記

<   2014年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

神頼みの神。

ワタシの神頼みはひじょうに年季が入っている。
(ここでの「神」は神様以外に仏様も含む、その時々に”神々しそう”に映った全てを指します。
 時にはその辺の木とか石ころなんかも。)

だいたい高校受験の頃に受験勉強の雰囲気に飽きだし、
その代わりに熱心に拝み、やたらとすがり、
神社や神棚やお守りにこの時ばかりはと願をかけ、勉強の手を緩め、
しかしその結果として願いが叶うこと(この場合は高校合格)に味をしめる。

それまで半信半疑でしていた(今も)神頼み事だったのに、
以降、人生のすべての局面あらゆる節目を
困った時の神頼みによってやり過ごしてきたと自負している。

これは現在その業界でも一目置かれる「キリギリス」としての才覚とのつながりがあるとも思われる。
初雪の頃にすごい慌ててふためき、大汗をかき急ピッチでいろんな仕事を展開するから。

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さっき。
大みそかの夕方になってふと、
携帯電話の未送信メールを使ってメモしている「やること」リストを見たら、
3行目に「門松」と書かれていた。
忘れていた。我が神頼み人生に欠かせない門松をつけてなかった。

慌てふためきカッパの下とかんじきを履き、古屋敷の松の枝を伐る。
竹は割愛し、玄関脇の南天も採る。
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これで来たる年も神頼みでもって暮らしていけるというものだ。

今年の宿題として新居の神棚にしめ縄と餅がない。
なので、来春は小さな田んぼでもち米を作付けして、
より盤石のすがり方で神頼みができるように、餅としめ縄をつくってみよう。

くだらないことを真面目に(?)記してみて、またふと思った。
気付いたら、自分の作物と神頼みとが期せずしてどんどん歩み寄りをしているかのようで、
これはなんだかじつにありがたい。そんな31日。
明朝は山中の劔神社で賽銭取りというありがたい役を仰せつかり、
これは幸先が良いので一家総出で神社の神様にワインで乾杯をし、
回る寿司並みに、とりあえず一年分思いつくまま頼んでみようかとたくらんでます。

自分のくらしがまつりとつながりを持つ。
暮らしの中のハレとケ。

来年もその場しのぎの神頼みばっかりしながらバイオリンを弾きまくるキリギリスでありたい。

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by 907011 | 2014-12-31 17:06 | Trackback | Comments(0)

暮らし。

雪掘り日和が続いた。
古屋敷の屋根に二回上がり、新居の一階にも光が入った。
(勢いに乗って気分転換に髭を剃り落としてみたら、家人に「いんちきくさい」と言われただけだった)
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上の家から「明り取り」の雪掘り仕事を頼まれるようになった。
昼になるとバサが「まんま食っていかっしゃい」と
ご飯(とビール)を用意してくれるのでありがたくいただく。
ごすけの家の昼飯はおかずが常時7,8品あってたまげつつ、
ご飯とみそ汁を2,3杯ずつおかわりしながら遠慮なくごちそうになる。
時給1000円(家々によって違う)+宴会(ビールとごちそう)昼寝付きというビッグビジネスin冬の山中。

近くで仕事をするということ。
近くのモノゴトを仕事にするということ。仕事にしようとしてみること。
不具合があればすぐ家に戻って道具を替えたり、着替えたり、
「そういえば鍋を火にかけたままではなかったろうかワタシ」と心配して戻ったりできるのが何より良い。

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(写真と文章はあまり関係ありません)

誰かが、
「冬を越すのにお金は大して要らないけど、薪が無いと生きていけない」と言っていた。
うちにも「スーパーウォーマー」by春日農機が導入されたおかげで、
毎日”あまちゃんのストーブさん”を思い出しながら、薪ストーブに張り付きながら朝晩を過ごす。
薪は見る見るうちに気持ち良く燃えていく。

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隣りの空家だったところを改築したものの、
二階はほとんど手つかずのまま。
もとが大工の家だったのでだいぶセルフビルドされており、
土壁と梁や柱がむき出しの屋根裏ロフトのような空間に
いろんな古道具や材がひしめきあって転がっている。
だいぶ片付けてもらった二階をどう使っていこうか思案しながら、
廃材を刻んで薪をつくる。
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いよいよ梯子をかけずに屋根にひょいと上がれるようになった古屋敷。
雪さえどかっと積もれば屋根の上も怖さが消え(ワタシは極度の高所恐怖症です)、
山中から山と山の暮らしを眺める。
どこの集落もそうだけど、水墨画然とした冬の眺めはたまらないものがある。

二階の部屋から潜入して、階下に降り、鶏の世話をする。
最近”きんべえ”さんからいただいた白菜の菜っ葉を鶏たちが競いながら食べる。
見事にじさまばさまの集団になってしまったので、
来春なったら卵が産める青春真っ盛りのオナゴでも入れようかと検討中。

鶏に挨拶を済ませ、雨降りの日などはフルヤシキ1Fに運び入れた廃材を伐る。
3年半前に俺が転がり込んできた屋敷が新たな空家となって雪に埋もれる。
明り取りが初雪から覆われた階下で廃材を刻む。ひじょうにストイックな時間を過ごす。
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つくった薪の数束を二階に担ぎ、再び雪面に下ろしてダンプで運ぶ。

材はカロリーを燃やして熱源となり、最後は春の土に還る。
そんな熱エネルギーをもらいながら、米や野菜や肉魚を食った我らは、
再び思い思いに雪を掘ったり、木を刻んだり、稼ぎに出たり戻ったりの暮らしを繰り返す。

家々は各種電線、ケーブルにつながっている。
駐車場も除雪道も遠いので、よそで入手した物資をそれぞれ玄関に担ぎ入れる。
いざ雪に包まれた冬の暮らしは、いろんなモノゴトの出入りを実感しやすい。

かんじきとスコップとダンプのみでつくられる世界に我が家というか、
我ら冬の暮らしごと内包されている。
未明に寝床で除雪車が村に入ってくれたかどうかを聞き、
聴覚からゆっくり目覚める。
雪が一回降れば、また家の周りの世界は覆われ、
ふたたびよいしょーとかんじきを履いて出る。

「内と外」を考えながらも、静かに冬を暮らせたら、
それはどんな時間よりも沈思黙考に満ちていることでもあり、
何よりも贅沢で刺激的かつ丁寧なことなのだと思う。


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by 907011 | 2014-12-30 06:05 | Trackback | Comments(0)

「魚」偏に「神」。

冬の玄関前あるある。
道付け(道踏み)に出る際に「どっちのかんじきにしようか」と少し悩みがち。
正確に言えばどっちの長靴を履くか、
長靴に常時かんじき縛ったまま脱ぎ履きしているのが二対あるのを択一する。

これまで何度か試してみて馴染めなかった「3L」みたいな大きなかんじき。
なじめなかったからその後ほこりをかぶったのを見かけても素通りしていたのを、
最近またふと試したりする。毎朝がシンキングタイム。

何年前の冬か、
”山中の至宝”イサオさんに誘われるままに、冬の鉄砲打ちに同行させてもらった。
その際に猟師たちはあの3Lなかんじきを履いて深雪の山をサクサクサクサクと登って行った。
「大きなかんじきだと足上げる時に結び目から雪が落ってくれるから足を抜きやすいだあよ」と一服時に教わった。
それにしても雪山を嬉々として延々走り回る鉄砲打ちたち(平均60歳以上ではなかったろうか)の脚力に圧倒された。

スノーダンプは一番大きいの(ホームセンターで売っている緑の大きいやつ)が
自分がここで暮らすのには意外に万能型のようで定着しつつある。

 * * *

かくして、いろんな道具を”暮らし”を続けながら試してみて、選ぶ。好んで、使う。
世にいろんな道具があって、その周りに限りなくウンチクが広がっている。

以前、鶏の本を読んでいて腑に落ちたのは
「どんな本よりも、鶏のことを知りたければ鶏を見続けろ」という一言(ひどくうろ覚え)だった。

暮らしを続けるということ。
暮らす中でこそ、自己矛盾や自問自答をその都度考え続けていくことができる。

言っていることと、やっていることが同じことが理想だ。
机上の話や情報、更新し続けるニュース、
それらを「ワタシは新しい良い話を知っている」「追いつけている」とキャッチアップし続けることよりも、
自分の暮らしを続けることの方に自分なりの意味がある。暮らしながら考えられるから。
情報として目に見えにくかったり、矢継ぎ早の速効性やニュースとしての新規性はなくても、
意味は暮らしのふとした瞬間に宿っている。

自分がやりたいことと言いたいこととが共鳴できるようでありたい。
言わんとすることと自分の実践とを連動させようとする場からの言葉ならずっと続けられるし、
伝え続けることではじめて少し伝わるかもしれない遅効で非効率な言葉の方に、
存在としてより確かな強度を感じる。

新しい情報も本を読むことも大切な一部だけど、
上の婆さんの茶飲み話は時にぽ~んと一瞬でそれらを超えていく。
ここに暮らしていく上では、ここで暮らしてきた経験知が何よりも役立つから。
ここで暮らしたい俺は今それを聞いて保持したいから。

 * * *

これまで自分の過去(特に失敗談)と現人生とこれから先のことを、
自分なりに「うまい編集」でもってつなげようと試みてきたけど、
10年以上やってみてもまったく上手くいかず、一度として腑に落ちなかった。

「おとなの小論文」を見てはっとした。
利己的につじつまあわせをしたかったのだと企んでいたことに気付く。

過去の自分といま、
未来という連続性を見つけるにしても、
自分と社会のつながりを見つけるにしても、

表層ではない、
ひとつ深い自分の想いに気づくことだ。

自分の過去と現在、
未来のつじつまあわせをしようとすれば
するほど、連続性は理屈っぽく、
そらぞらしいものになる。
おとなの小論文


自分が出逢ったものやしてきたことを、
きれいでスマートなものとして連続性を見せようと編集を試みた瞬間に感じる異和感は、
この「そらぞらしさ」だった。

そもそもが上手に編集できるようなシロモノではなく、
もっと一つずつがゴツゴツした手触りのある塊なのだと腑に落ちた。

暮らしたり、試したりしよう。
もう少し、暮らしながら考えよう。
つまりは、暮らしを続けよう。

いくらでも追い越されるがいい。
時にも、人にも、祝いのことばにも。
飽きずにしっかり歩いていたら、
道のずっと先で、きっと出会うものなのだから。
(「セフティ・マッチ氏の焚火話」より)


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程良く味噌に漬かったでっかいはたはた(ぶりっこ付)を食べると
やっぱり「魚を食ってるなあ」と噛みしめる。

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by 907011 | 2014-12-27 07:19 | Trackback | Comments(0)

潔し。

『アイスクライマー』はかなり好きなファミコンソフトだった。
2人同時でできるというゲームを好む傾向があって、
それは我ながら意外だったなあと、ふと思い出す。
今もなお何ら協調性を持ち合わせないまま生きているというのに。



我ら小学生の時代の象徴がおそらく「ファミコン」である。揺るぎない、一時代の象徴。
友達宅でわらわらと集まってそれぞれ好きなように部屋中に散らばって
思い思いのことを日暮れまでした。
外遊びもそれなりに盛んだったし、むしろ記憶には多く残っているものの、象徴はファミコン世代。
親たちはたまらんかったろうな、いろいろわらわらしていて。
ただ単純に良いとか悪いとかでなく、それ以上でもそれ以下でもなかった。

昨今の自分が「あー、なんだか良いなあ」と思う男の人というのは、
ほぼ間違いなく、”ちびっ子”性を持ち合わせている人だと感じる。
それは、よく言われる「好奇心」とも言い換えられなくて、
無垢な好奇心よりももっと混沌としてトリッキーで面倒くさいようなちびっ子性である。

 * * *

秋田から戻ったら、山中も雪が降り過ぎて公民館前の大きな木が道に倒れ通行止めになっていた。
公民館前といえば山中の銀座のようなものだ。
新聞も集中的に公民館に届くし、唯一のポストもゴミ捨て場もすべて公民館。
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ちなみに、山中のゴミ収集カレンダーは
柏崎の収集日が黒いマジックで縦横大きく塗りつぶされたもの。
たまげたことに、我ら1,2月は燃えるゴミ以外すべてのゴミが収集日ゼロ。
プラも瓶缶もすべて3月までお預け。むしろ潔いよねえ、冬の山中。
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役場や学校に行くバスも「銀座」まで当然入れず。
村の入り口までバスを迎えに行く”なおんじ”バサと”きんねん”父ちゃん。
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診療所へ通う二人の無事を見送り、
俺も帰省の荷物を家に運び入れるべく車をどうにか近くまで持ってきたら、
家へ降りる道が寸断されていた。

アイスクライマーか、と思わずつっこむ。
冷静に(?)考えてみると、倒木で村の除雪道も塞がれ、家へのかんじき道も塞がれ、
村ごとアイスクライマーか、とつっこみながらそれはそれで壮大だなあと感心した。

(上の動画が見られると出てきますが、
 敵が氷の塊を押して運んでくる姿と冬の山中の道路事情はしばしば重なります)

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まんがい女子。

田んぼで誰かも言っていたけど、
雨降りの下とか大雪で長い時間身体を動かす時は、
カッパよりも昔のものの方が良いそうだ。もちろんどっちも一長一短あるけども、藁にも分がある。

 * * *

毎朝にフルヤシキの屋根を見上げては、
いまだあきらめずに「そのうち絶対竹ぼうきで雪を下ろしてやるからな」と言う。
特に誰に対してとも対象が見当たらないので、主に屋根に。

へば。
一時間くらい家の前をやって飯にしよう。


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by 907011 | 2014-12-24 05:58 | Trackback | Comments(0)

アイスクライマー。

「古屋敷」は初雪から積もったのをずっと溜めてしまい、
3日半ほどかかって昨日、やっと屋根の雪が降りてくれた(延べ15時間くらいだろうか)。

2m近くあったので試行錯誤の末、三段掘りとなり、
家の前側の空間が限られるため裏側に引っぱって落としたり手間取ったため、
一昨日に屋根が現れるまでが長かった。
一回目の雪掘りは地面との距離がもっとも遠く怖いのでしばらくの間、足が強張る。
(嬉々としてやっているように誤解されがちですがワタシは極度の高所恐怖症です)

 * * *

毎年、初回を終える度に強く反省する。
「今年こそは絶対に貯めずに、降るたびに俺は屋根を竹ぼうきで掃こう」と本気で誓う。
が、一たび大雪になると家の周りやら除雪道までの道踏みなどに追われ、
「屋根はもう少し溜めてから上がろう」と見事な早さで考えを切り替える。
下の”ごんぱち”の家は柏崎からせがれさんが来て3回目を上がっていた。

俺も今年は年内に2回目を上がりたい。
とりあえず降ろした雪を今週に少し片付けよう。
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裏に引っ張りはしたものの、それでも旧玄関は完全に天地がつながりふさがった。
このまま前の方へ前の方へ道をつくって延長させながら雪を押す。「前向き」な雪下ろしである。
(先週から古屋敷は二階から出入り)

昨日は8時から山中の共同車庫の「みんなで上がってえいっとやろう雪掘り」が開催され、
その後、屋根を片付けて、ふかぐら亭の新蕎麦×地酒まつりへ。充実の午前。

新蕎麦はモチモチとしていた。
高柳産蕎麦粉のヌーボーと地酒にふかぐらも盛況で若いお客も居て、
店主ヒデキも主催者「じょんのび研究所」の長”じんべ”もなんだかじつに嬉しそうに姫の井を飲んでいた。
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by 907011 | 2014-12-22 06:26 | Trackback | Comments(0)

んだ。

週末、秋田へ。
のつもりが、行きは寒波に見事に飲まれて県境の遊佐でビバーク。
良い旅館だったが数十メートル先が海岸であまりの風に朝まで眠れず。
翌朝ご飯を3杯食べた後、
「視界10メートルくらいの高速道路」という秋田の地の神さまからのお題を乗り越えて
ヘロヘロになって里帰り。

山中から移動すること1日半の後、「山内」という山の中の宿に落ち着く。
酒宴したら誰も風呂入れずに就寝し、翌朝ご飯と味噌汁を3杯ずつ食べて発つ。
帰路は柏崎までまったくの快晴で、鳥海山をこの時とばかりに自慢し続ける。

高柳人の黒姫山への気持ちがようやく腑に落ちた。
鳥海山だけは自分も別格で、自分が育った背景やその後の往復、
上り下りなどいろんなことを重ね見ながら通り過ぎていく羽前越後の道中だった。
移動は思考も少し揺さぶってくれる。

 * * *

「移住男子」としての俺が故郷へ帰るのは、長くても2日程度。
別に何を断じたわけでもなく、長居しない。長居できないという感覚もあるようだ。

年々わずかずつではあるものの、
自分の内に、ずっと自分なりに考えてきたことの重なりを曖昧ながら、
しかし帰省の度に実感する。

一方で、自分の永い宿題でもある「自己矛盾」も突きつけられる。
生まれ育った地でなぜ自分は暮らしをしないのだろうかという自問自答は、
自分が暮らし直しでもしない限り、おそらく死ぬまで背負うんだろうと思う。

過去と現人生とこの先をあれこれ対峙させられ、
高速移動をし続けながら考えては逡巡してしまう。
が、しかし、
湯気でぼんやりしている浴場のそこここから一斉に包まれた秋田弁は、
やはり自分を形作ってきたベースだなあと思った。
秋田弁のテンポや口を開かないまま交わされ続ける会話が心地良かった。
「本能」は思考の手前にある。

 * * *

幸田文さんの『木』という本の中の一節をずっと(トイレで)読み返していた。
高さをみることはあきらめて、根をみる。
細根、といっても腕ほども太いのが、地表に浮いて、縦横にひろがっている。
投網を連想した。
投網の先には錘(おもり)がつけてあるが、
このごぼごぼと浮上がった根の先先は、ちょうど錘にも当るほどの力をいれて、
一心に土を掴んでいるとおもう。
細根は木という仕組みの末端だが、仕組みの末端が負っているその努力、その強さ。
人にふまれ、赤むけになって、だまって濡れている投網型の根をみていると、
木は一生、住居をかえない、ということへ思いがつながる。
生れた所で死ぬまで生き続けようと、
一番強く観念しているのは根にちがいない。
(幸田文『木』 「杉」より)


戻って山中。
自己矛盾を抱えながら、ようやく今年初めて屋根にあがる。
すでに雪は頭上にあった。

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昨日からあと何日か屋根の上の人となり、
身体のきしみと知のきしみとを交わせながら、
あらためて、「暮らし」をやってみる。

欲しているのは「意味」だ。
自分の内に絶えず湧いてくる(なぜ?)や自己矛盾に
時に向かっていけるだけの意味だとワタシは思う。

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by 907011 | 2014-12-19 06:16 | Trackback | Comments(0)

私的「里山資本主義」。

私的メモ
12月5日 内山節×藻谷浩介

〇こども(0~9歳?)の人数で「未来図」を見る。
 限界集落だけではなく、都市にしても起こっているのは
 「人口増」ではなく、少子高齢化の相似形。
 (首都圏だけ若い世代の人口増というのは単なる幻のイメージ:藻谷データ参照)
 ⇒「子育てしたい」家族への情報発信&誘致もしてみよう。

〇なぜ(雪の降らない西日本ばかりではなく)今、新潟に移住者が増えているのか?
 一人あたりが専有できる「資源」の量が田舎は膨大。
 資源とはすなわち、「やりたいことをする(でき得る)資源」。土壌。
 都会では人口集積(人口増でなく少子・高齢化)し過ぎて現在、一人あたりの資源はほぼゼロ。

 新潟を含む北陸の山の豪雪地は、
 一人当たりが使える水(雪水)の量が世界一!
 質としても最高の水を世界一占有できた上で稲をつくり、酒をつくる(その他諸々)。

 「不便であればあるほど、資源量は大きい」。
 伝統(農業あるいは暮らし)への「緩い」回帰。

 石油ショック以前に比べて油の値段は10倍に跳ね上がっている状況。
 薪(古くて難儀いもの)だけに固執するのでなく、
 ペレット(新しい試み)も組みあわせて持続可能な方法で自分で燃やす。

 たとえ収入が少ない暮らしであっても、薪で暖をとって暮らす人は
 それだけで実は「国際競争」を一人地道に戦っているといえる。米も然り。

 「プラスは必ずマイナスを含んでいる。」

〇「土地が許すか、否か」。
 ex.原発:柏崎だけは唯一、短期間で3度の大地震が襲っている。
 ニンゲン都合(ニンゲンが考えること)ではなくて、
 その土地は「喜ぶ」のかどうか。
 その風土は許すかどうか。

 ”移住者”がその土地に暮らせるか、定着できるかどうか、ではなくて、
 最後に決めるのはその土地、その風土。
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by 907011 | 2014-12-12 06:16 | Trackback | Comments(0)

山中資本主義。

昨年度から山中区の会計監査の役(2名)を仰せつかり、
上半期、下半期と年に二回「監査」をさせてもらっている。

監査と書けばものすごく厳格で難解なことのようだけど、
何人かで電卓を持って集まり、帳簿の数字を読み上げて確認したり、
電卓をはじいて現金と通帳の合計を確かめたりという素朴で実直な仕事。
わずかな時間ですが時給にしてみれば2千円超のビッグビジネスin山中。

終われば電卓をしまってみんなで一杯。
山中の「なつかしい暮らしの話」がすごく好き。

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11月に監査した際に、区長マサオさんが
終戦後昭和20年ごろの当時130戸あった山中の図を持参してくれて、
時間を忘れて大いに盛り上がった。
時間を超えて今を、昔から見る「今」を。
過疎から適疎へ。緩く。
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「容易には出られません」と書いたものの、
うまい蕎麦が食いたい衝動を抑えられず、
山中米の補充という大義名分で「ふかぐら亭」へ。

ふかぐらブログで見た(店主ヒデキのトリッキーな文面は要チェックです)、
「人類初の糸ウリの佃煮」を蕎麦湯飲みながら試食させてもらった。
裏の山の山椒がぴりっと聞いていてじつに酒が飲みたくなる。

酒と言えば、20日・21日は地酒「姫の井」の石塚酒造との企画で、
ふかぐら亭にて5種の地酒を昼から楽しめる模様。
そのうち新聞折り込みチラシが入るとのヒデキ談。
我が家も行かねば。

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「容易には来られません」とも書いたものの、
一昨日の麦麦ベイクさんに続き、
昨夜門出のキヨシさんが自作の蕎麦粉でつくられた焼き立て「そばガレット」を
わざわざ山中にも持ってきてくれた。
急ぎ雪道を駆け上り、駆け下り、玄関入って数秒で食ってしまい(夕飯後だったのに)、
あわてて写真を撮ってみる。旨い。
うちのせがれ・ガクは結局昼も夜も高柳蕎麦を楽しんだ。
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昨晩。
山中の「オクサ圃場水利組合」の総会へ。
水揚げに係る会計を精算して、俺は人足で仕事した分の給与をもらう。

会計の都合上(稲刈り後、雪降り後に会計されるので)、
これも冬季のありがたい現金収入となる。
併せて今月は山中生産組合の総会(忘年会)があり、
生産組合からも今年度手伝った分の給与が入る。
冬は忘年会が続くわけですが、
酒を飲んで山中の今昔話を交わしながら、
お給料袋を持ち、ほろ酔いで得意げに雪道を転んだりしながら家に帰ることができる。

水利組合の会計報告後の一杯でも区長さんの130戸山中最盛期の図を広げてあれこれ話を聞く。
イサオさんとまた緩い企画が一つ生まれそうな兆し。

 * * *

テレビ無し我が家ではパソコンを開いているとガクが不機嫌になるので、
未明の限られたパソコン時間。
先般に聞いてひじょうに感銘を受けて帰ってきた内山節さん(と『里山資本主義』の藻谷さん)の
際のメモを起こそうと思ったら時間切れ。

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by 907011 | 2014-12-08 06:12 | Trackback | Comments(0)

冬季アクセス。

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朝の道付け。
かんじきで朝晩一時間ずつくらい踏んで道をつける。
(多く降れば昼も)
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今冬から道付けルートを変え、
うちの玄関までのアクセスが大きく(?)変わりました。

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ここが入り口です。
上の家、”ごすけ”の家前。
秋に相談して、”ごすけ”の玄関までうちから道を踏みつなげて上がることにしました。
除雪車の通る「道路」へのルートに一冬つなげて出入りしてみます。
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距離にしてほんのわずかですが、
ごすけから降りて行く道がちょっとした崖なのでご注意。
杉の木の下は雪が少ないけど、やや崖です。
あと晴れの日は一気に枝の雪が頭にがつんと落ちてきたりするので覚悟。
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つづら折りも一部あります。
もう少し雪が増えるとスイッチバックをやめて、直線の階段につくり替えます。
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ごすけの家に上がっていって、見たらすでに二階の窓まで落雪は達していた。
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うちの”古屋敷”も初雪から2日でけっこうな厚さになっていた。
今年は何回上がるんだろうか。

「アクセス」と書いたものの、
我が家も車を一冬置かせてもらう駐車場が集落入口にあるため、
容易には来られません。容易には出られません。
集落の回覧板や配り物も、危険につき公民館に私書箱を設置して
いったん箱でやり取りすることにしました。
これぞ正しき「メールチェック」というものです。

ということで、冬季はおおむね社交(集落以外)は閉鎖して、
静かに薪ストーブの番とたまに子の観察(我家にテレビも無いので)をしながら雪と遊ぶ山中時間。

何を酔狂の冬の山ごもり暮らし。
でも今冬はなんだか面白い(12月上旬現在)。

 * * *

昨日。
こんな道を頑張って麦麦さん(お母さんとカズ君)が遊びに来てくれて、
引っ越し祝いのパンをいただいてしまいました。
鶏とひよこと卵と「ふじみや」。

しばらく表札にさせてもらいます。
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そうは言っても、
まだ冬屋敷に居残る鶏たちの冬囲いがこれから。
バタリも残してあるのが雪でつぶれそう。薪もまだまだ足りない。
我ら「キリギリス業界」にとっては、雪の降ったこれからがまさにかき入れ時。
額に汗して奔走するのである。
働きアリに冷ややかな目で見られることを快感のエネルギーにすらしつつ、
忙しそうに、でも時々バイオリンをひき遊びながら、
ニンゲンとしてニンゲンらしき暮らしをする。

 * * * * * *
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by 907011 | 2014-12-07 09:07 | Trackback | Comments(0)

あなたがた。

敬老会に今しがた行ってきました。
山中の役員会忘年会を兼ねての会だったので遠慮なく昼から日本酒を飲む。

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”吉五郎”ジサの手。
シベリア抑留と昔の暮らしの貧しい食べ物との相関関係の話が面白かった。
身体に染みた記憶がチカラになり意志となって、
ふたたびあきらめず生きることへと導いたのだと思った。
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キンネン父ちゃんの手。
あなたがたの手って、すごい。
何か、酒呑みながらでも、「ほれ、どう?」と言われ手を合わせてもらう瞬間は恐れ多くなる。
見てきたものが違い過ぎた。
でも仲間に入りたくてしょうがない衝動。

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「山中区バンザイ三唱」直前のヒコスケさん。
なんであんなに面白いんだろう。(集落外の会議などでは意見するところを見たことがない)

この人話したらたぶん全員笑かすだろと思ったら、案の定全員笑っていた。
集落内の小さなネタ。
それが我ら腹の膜を揺らして100%笑えるという幸せ。
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愛すべきあなたがた。

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2枚目。
「まあ、ピースでもしてみようか、ね」「じゃあ皆やって」「カメラマンもはいれ」等々、
撮られるみんなに話しかけられながらシャッターを押す瞬間というのも、
何だかすごくいいなあーと感慨深くなった。

俺はあなたがたと一緒に居れたので3年半やってこれたのだと思う。
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今年、山中老人クラブ(ゲートボール)が頑張って賞状が二枚増える運びとなった。
上がるマサオ区長さま。
「区長さん、左!もっと左!」

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「あー区長さん、それのそっち側のそれの。」
(実際は賞状の額をかけた後、昔の写真の誰が誰だかで盛り上がったところ)

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上り続ける区長。

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10年以上におよぶ我らの名誉区長。

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by 907011 | 2014-12-01 15:46 | Trackback