山中記

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えのき。

『石黒の昔の暮らし』で本物のエノキタケを初めて見た。
売り物とここまで違うものだったとは。
そもそも、「えのき」ってのは木の名前ですもんね。当たり前か。
カキやクワにも寄生するらしいと聞けば、
もしや見たことあるかもしれない、
でも果たしてそれが本当にエノキタケであるかどうか、まったく自信ないというのがキノコの易しくないところ。

そういえば昔、長岡と新潟で仕事の電話を先輩とやり取りした後、
ふとした雑談から派生してキノコの話があふれ出て止まらなくなり、
「エノキは誰と組ませてもどんな状況に置かれても、万能なポテンシャルを発揮できる」とか
「マイタケやシイタケほど点は取りに行かないけどボランチも任せられる」とか
「自己主張しないのにつっこみどころ満載で話題提供してくれるFさんの生き方はエノキだ」などと、
仕事関係ないエノキトークに集中し過ぎて、周りが引いていたのを受話器置いた瞬間に気付いたのを思い出した。

ある時は隣りの机のIさんに「イトー君は仕事は何のためにあるんだと思う?」と聞かれ、
「その後にビールを飲むからです。すっごい大切なことです」と真剣に答えたのだった。
夜な夜な長岡駅前の居酒屋で何でもない話題(例えばキノコの話)を
いかに掘り下げるかいかに展開できるかに命を燃やし、
そこからさまざまな名コピーが生まれたが、世にはいっさい輩出されなかった。
(元気かなあ、K林さん。)
二人で平日休日問わずセコムから怪しまれながらサービス残業を何ヶ月か続けた結果、
おかしなテンションになり過ぎて突然
発作的にお互いの持つ名刺ファイルを出してやった”名刺ポーカー”も良い思い出だ。
とにかくいろんなことが、「過ぎていた」なあ、あの頃。

若いということは過剰に過剰であったともいえる。
だいたいの”若気の至り”は過剰から派生するような気がする。
そして、その過剰からの発作的謎の珍行動というのは、
結局、こうして中年になって以降もまったく同じメカニズムでいくつになろうが起こってしまう。
社会的に「父親」に成った自分も相変わらず変なことばっかりたくらんだり狙ってみたりしてしまう。

何でもない空間や時間からいかにユーモアを考えるか。
そうして見れば山中など他所を圧倒するほどの「ゆるきゃランド」と呼べるし、
一見何もないようでいて、その実ネタの宝庫であるという両面性を
暮らしていれば目のあたりにし、好きに面白可笑しくいじって掘り下げることができる。

どんな方向性でもいいから、その地における「暮らし」ができればそれで良いと思う。
そういう意味では「住めば都」と「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の2つは
実によく的を射た真実だと思う。
万人を納得させる絶対的な解なんか有り得ないし、
万人受けを意識した瞬間にアイデアは暮らしも土着も離れた空論になっていく。

大切なのは暮らし。
身体のきしみと知のきしみとの交換性。
言っていることとやっていることが伴走しているか否かであり、
言葉というものはあくまで後付けに過ぎない。

とりあえず俺は台所でエノキタケをエノキと呼ぶのもよそう。

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by 907011 | 2015-01-29 04:52

爪楊枝。

生まれてはじめての「帳簿」に四苦八苦する日々が続いた。

先般捕まっていた「ツマヨウジ君」(お菓子に穴あけて逃げていた若者)の言動には、
自分もやっぱりつっこみどころ満載だったけど、
がしかしひとたび我が身に照らし合わせてみれば、
「税」という言葉とその周囲に渦巻く(?)ひたすら面倒そうなものから逃亡し続けてワタシも今日まで至った、
といえる。

はじめての農業者所得の申告にのぞむ前に、
就農関連の書類を役所に提出する期限が迫っていたので、
2階和室の間にパソコンとストーブとやかんとかき集めた資料を持って上がり、こもること数日間。

椅子に正座し、「白色申告の手引き」を正しく開きながら、
作業ズボンや温度計、ナス苗、水稲共済掛金賦課金やらの領収書を一枚ずつ睨んで、
農業支出の該当する科目を探し続ける。

 * * *

この経費の内訳となる「科目」がじつに多岐に渡っており、
時折窓を開けては、「これは大変だ」と外のひゃっこい空気につぶやく。
ホームセンターの細かなレシートには、
ときどき、種と一緒に明らかに安赤ワインの商品名なども混在しており、
眼下に雪山の水墨画を眺めながら「ポリフェノールってか」とつぶやいたりもした。
余計なものをついで買いしたおかげで、
その度に蛍光マーカーでなぞり、軍足一つに外税を計算し直すはめにもなり、
椅子から降りて畳のへりを撫でながら、「内税っていい奴だな」とつぶやいたりもした。
かくして時間ばかりが過ぎていった。

運動不足の頭でっかちと化し、悶々とする。
このままではツマヨウジ君に負けじと
雑収入である”とも保証金支払い¥1320”を記帳せず、
「無能な税務署め」とうそぶく動画を自分で投稿するか、さもなくば、
すでにツマヨウジ君の倍も俺は歳を食ってしまっているわけなので、
楊枝を2本にしてお茶菓子の袋に穴開けるかしかないな、などと魔が射しそうになったけども、
しかしそこは説明会やら会議などでほど良く外出する機会に救われ、
気分も持ち直したところで、税からの我が逃走劇もひとまずの終わりが見えてきた。

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農協の説明会の帰りに山中のアイドル犬フミエに会う。
「この手か!この手が菓子に穴を開けようとしたのか」、と噛まれる。

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雪降り続きの下で帳簿作成し続けていたら滅入っていたと思う。天候に救われた。
快晴続きで配り物などして歩く。
うちの下の家。この長い雪階段の上にじさとばさが二人で暮らしている。

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古屋敷に積み残していた廃材は昨日全部切り終えて薪になった。
我らキリギリスの暮らしは雪が消えるまで意外に気忙しい。
気忙しいのに、楽しそうなことがあればついバイオリンを出してきてひいてしまうんだなあ。

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週末のふかぐら亭は19時まで開けているようだ。
酒を頼んだけど忙しそうだったので(勝手知ったる)家人が並々ついで持ってきてくれた。
蕎麦を食い、ダラダラと呑み終えるとヒデキさんが「豪雪見舞い」とおかわりをくれた(先々週だけど)。
その夜も風呂に入らずに寝た。
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高尾のカツオさんから打ちたて蕎麦をもらっていただく。
高尾ではふかぐら亭より少し前から休耕田対策として蕎麦づくりに取り組んでおり、
収穫した蕎麦を集落の人たちで手打ちして楽しんでいる。
この蕎麦もやたらと旨かった。

 * * *

帳簿付けも一段落してあとは白色申告を控えるのみ。
ちなみに就農開始型の補助金(給付金)が農業所得に含まれるということを知ったのが数日前。
来年は青色申告にしたいと思います。いろいろ勉強するより仕方ない。

子から風邪をもらい二日ほど寝込んだ。
今日から農水省の農林業センサスなるものの調査員(任命中は県職員)と化し、
ネームプレートをぶら下げ、まさかの防犯ブザーなども携帯して調査にウロウロする予定。
(じつは20日からの調査開始スケジュールだった。やばい)

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by 907011 | 2015-01-27 06:14 | Trackback | Comments(0)

ユキサト(下書き)。



日本の雪郷(ゆきさと)
たかやなぎ「雪の祭礼」

柏崎市域は、「雪郷」と「海郷」それぞれの文化圏を含んでいると思う。
雪郷に在るのは雪国文化、山の暮らし。

高柳雪まつりというイベントを振り返ってみれば、
本来の目的とは「遠くから来るお客さんのため」ではなく、
むしろ、「ここで暮らす自分(たち)のため」だったのではないだろうか。

その場のなかに需要(ニーズ)があればイベントは成立する、と言われる。
本来の目的、つまりは「ここで暮らす自分たち」は何をもって満足するだろうか。
そう考えてみると、雪まつりの目的はおそらくわれわれ実行していく側に内在しているのだと思う。
ちょうど、集落の祭礼がそうであるように。

外の人から見れば、雪まつりは経済としてのイベントかもしれない。
単なるイベントであれば、常に”目新しい何か”が無いと満足してもらえないだろう。

しかし、ウチ(内)にいながら感じるのは、
目新たしさを求めることではない。
むしろ等身大を続けられることへの満足感だと思う。

 * * *

雪郷としての高柳だからこそ、
「雪の祭礼」というテーマを掲げたい。

もっとも、華美な祭礼ではない。
これまで行われてきた雪まつりを継続させるべく、
われわれ実行していく側が考え、集まり、試行錯誤しながら、
この雪郷での暮らしを楽しむ二日間にできないだろうか。

たとえば、前夜祭の花火と併せて、雪のほこらに雪神様を祭る。
山の田にとって雪は恵み(資源)でもあり、一方では災いにもなり得る。
年に一度、雪神様を見立て、「雪」に祈ってみるのも、
雪郷らしい自然との関係の持ち方だと思う。
雪郷の神は山の神。狐は神の遣い。
米はすなわち雪の恵みでもある。巨大もちつきを引っぱり合って、その福を授かる。
雪郷の文化は循環を描く。

高柳が高柳らしいことをするのが、
今われわれがあらためて向き合うべき「目的」ではないだろうか。
雪郷の祭りは、その目的を皆で考え合うための舞台でもある。


高柳雪まつり「YOU・悠・遊」
2015年2月21日(土曜日)~2015年2月22日(日曜日)

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by 907011 | 2015-01-16 10:47 | Trackback | Comments(0)

光を掘る。

松之山のコグレさんたちが長期的な構えで取り組まれている「姫田忠義ドキュメンタリー作品連続上映会」に、
昨年、「チセアカラ~われらいえをつくる~」というアイヌ文化の結婚式を撮った作品があった。
残念ながら俺は見に行けなかったけど。

そう。行ってないにもかかわらず、
この「チセアカラ」という語感が妙に印象的に響き、残像として居残り、
この冬、屋根に上がるたびにいちいち、「アセチカラ~われらいえをまもる~」という
非・姫田ドキュメンタリー作品非連続上映会が自分の頭の中だけで取り組まれてきた。
チセアカラ初耳の人にとっては何のこっちゃという話ですが。

一昨日。
上の家から頼まれていたけど、どんど焼きに係る二日酔いなどで遅らせた雪掘り仕事に取り組む。
これまでは午前の3時間で終わらせてきたのが、
主に二日酔いなどで延期していたら、予想の倍近く積もっており終日かかってしまった。
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朝に気合を入れるべくリポDを飲んで掘り始めたら、
婆さんがお茶代わりにリポDを持ってきてくれたのでありがたくそれも飲む。
よその家の田植え、稲刈り手伝いを頼まれた日に起こりがちな、
ダブルブッキングリポDという現象である。

11:30。
3時間経過したところで半分しかはかが行かず、
「これはやばいなあ」と遠い目をしていたら、
遠く雪壁の向こうから門出の山さんが、麦麦さんのパンとハッピーニュースを持って現れた。

焼き立てを買って来たのだという、「ゆきちから」バケットが旨かった。
ちょうどお昼になったので、山さんも一緒に”ごすけランチ”をごちそうになる。
バサが料理上手で、毎度おかずが7,8品並ぶ食卓にいつも圧倒される。

山さん所属の門出総合農場では、親方キヨシさんが数年前から
この「ゆきちから」という小麦の栽培に力を入れている。
国内小麦も徐々に需要増の様ですが、
国内産地のうちでもとりわけ圧倒的積雪量の下で育つ、根性ある雪郷小麦。麦踏み要らず。

「ユキチカラ~われらむぎをまく~」は雪解けの門出で上映が再開し、
その続編「ユキチカラ2~われらピザをやく~」も非連続上映中。
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1日の共同年賀の際に村の長老が
「長く生きてきたけど12月からここまで降る年ははじめてだ」と乾杯の挨拶で言っていた。

夕方に掘り終える。
雪に埋もれて真っ暗だった台所に、窓から明りが入る。
ひじょうにストイックかつ重労働ながら達成感のある仕事だ。

かんじきとダンプと身一つで雪は時々懐を温めてくれる。
「ありがとう」と言われながらお金をいただいて、こっちも「ありがとう」と拝むように受け取る。
どこまでも降る雪は山中4度目の冬に光を掘る仕事を与えた。

この夜は子連れでバサの夜御飯を腹いっぱいごちそうになって、風呂も入らずに寝た。

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by 907011 | 2015-01-16 05:41 | Trackback | Comments(0)

SAI NO KAMI

SEKAI NO OWARI(セカイノオワリ)の歌はまったく知らないが、
さいの神と語呂がほとんど一緒のような存在だと気付いてしまった。
山中集落はさいの神でなく、「どんど焼き」だった。
故郷秋田では「てんぴつ」と呼んでいたのを思い出し、
調べ直してみたら「天筆焼き」が正式名称らしい(天筆は書き初めのこと、らしい)。
「てんぴつ」とか「さなぶり」とか幼少の頃に意味も理解できないまま、
音だけで覚えていた言葉のうちいまだに意味が分かってないものも少なくない。

 * * *

主に岩手のホソダ君へ。

昨日はどんど焼きでした。

準備のため、「朝9時神社集合」と書かれてある場合、
9時に神社に行くと時すでに遅しであるパターンが多い。
人はだいたい8時に歩き出し、集落の上の方の神社を目指す。
自然、8時半くらいから作業が始まり、
定刻に行った場合は「遅くなってすみません」と謝りながら輪に入る羽目になる。山中時間。

稲をはさがけする家は藁3束を供出する。
俺も二階にあった縄をつないで、初めての「荷縄」。
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これでビールが切れても箱買いできる。
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一昨日の降り方は尋常じゃなく、道中いろんなものが埋もれていた。
鳥居も下半身が覆われ、人々は皆頭を下げながら鳥居をくぐる。
丁寧な人は帽子を脱ぎ、おじぎをした後、鳥居をくぐろうと再度おじぎをする格好となる。
山中・劔神社の自動おじぎ式鳥居。
(写真はみかん箱を背負ったマツナエさん)

山中にはこの劔神社一つなので(山中の上、廃村になった岩野には諏訪様が現存)
皆、信仰心は厚いのですが写真をよくよく見たら、
笹団子の母・マサコさまの上着がかかっている・・・。

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昨夏の山中のインターン(研修生)として、
山中で暮らした細田君に手伝ってもらった茅もよく燃えた。

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「ホソダ君に写真撮って送ってくれよ」と村の人に何度も言われました。
藁が少なくてややコンパクトですが、天気も良く、綺麗に燃えた。
今年の心棒は最後”久作家持”の側に向かった。
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去年は休止した山中どんど焼きの風物詩「みかん投げ」(もしくはみかんまき)でしたが、
年男イサオさんと俺の携帯メール一往復で即復活。

やっぱりみかんは雪の上で投げるべきもの。大人と子供の堺なく全員が大人気なく拾いまくる。
が、俺の前にはサッカー日本代表のゴールキーパーと同じ名前の守護神・カワシマが居り、
ファインセーブ連発されて、7個しか拾えず。(敬称略)

 * * *

なぜこんな平日昼間にこんな行事録を記しているかというと、
それはワタシが恐ろしい二日酔いで仕事にならないから。
午後から会議があり、上の家に頼まれていた雪掘り仕事も明日以降に延期させてもらう。
それにしてもよく呑んだ。
準備終わって神社で一杯呑んで、どんど焼きで竹コップで呑み、
その後”久作家持”で一杯いただいた後、
公民館での二次会に合流して17時過ぎまで呑み続けて、
昨夕はどのようにして帰宅したのかもまったく記憶レス。
起きたらなぜか布団の中にイボ竹(畑でよく見る緑の支柱:ガクがおもちゃにしているらしい)が入っていた。

 * * *

お知らせ。
<山中から「適疎」を考える会>として新たに、
一年間のインターン希望者の募集を開始しました。
ぜひ、興味のありそうな方が居たら選択肢の一つとして教えていただければ幸いです。
イナカレッジ
その他にも荻ノ島&門出ほか、魅力的な候補地がいっぱい載ってます。
私的には松之山の百姓・コグレさんの話に強く共感します。

我らは山中特有の「緩さ」を念頭に置きながら、まずは募集してみようかと手を挙げることにしました。
緩さとはなんとも曖昧な言葉ですが、ここに暮らせば実感します。
もう少し言葉を足すと、「続くための緩さ」と言えるかもしれません。
ただ、「続く」「続かない」は判断基準がないので、”続けたいがための緩さ”が正しいでしょうか。
苦肉の緩さ。
KUNIKU NO YURUSA

研修の中身そのものも募集のために文章化してもらいましたが、
実際のところは明確化しにくく、その時々に一緒に緩く考えたいと思います。
強いて言うなら、山の中の暮らし全般です。
また、いきなり雪掘りだけ一冬だとおそらく滅入ってしまうと思われるので、
地酒造りの手伝いも予定してます。

一年間の山中暮らしについては、また追って緩く検討しながら緩々と書こうと思います。
是非。


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by 907011 | 2015-01-13 04:22 | Trackback | Comments(0)

けものショック。

今週は子を歯科検診に送ったのと夜会議に降りただけで、
山中の冬がよく堪能できた。

雪、降る。掘る。運んで除く。
雪、さらに降る。上書きされる。
※2行前の先頭に戻る


遠くに除雪ブルの後退音を聞きながら、
かんじきとスノーダンプの道具2つ(+人力)でひたすら外に居り、
「家の周囲半径5~10数メートルにどのような世界を描けば一冬まわせるか」
「家と雪との関係がどのようであれば、日々の自力だけで維持できるのか」
と白い中で考え続けながら、かんじき道と家の屋根外壁と頭上からの雪とをひたすら見比べ続ける。
これは数年前に”夢の森”で聞いたパーマカルチャー的デザイン論と善く重なる。

古屋敷に潜入して廃材を切る。
かくして「雪&薪」で大人の生活5日分くらいの時間が構成された。
じつにストイック。
健康的厭世感。
「生」に超前向きな構えの、引き籠もりの新しいカタチ。

・・・と書けば前向きなカタチ風ですが、
元旦二日から今日までずっと「けものショック」に恐ろしく痺れたままです。

 * * *

一夜に一羽ずつ、
3日続けて鶏がケモノに殺されてしまった。
アイガモ夫婦と若手の雄鶏。もっとも元気なところが夜中のうちにやられていた。
亡骸を見ると、首が激しく傷んで食道だけでかろうじて頭がつながっている状態。
血を吸った痕からイタチが夜中に侵入して襲った模様。

侵入経路を探そうにも、調べたら3センチ程度の穴から頭が入ればどこからでも入れるのだと分かり、
3羽目の雄鶏が背側から激しく襲われた痕を見て、
新居2階に残り10羽を担いで移した。
すげえなあ、野生。すごい敗北感。

最初の被害(アイガモ雄)では何が起きたのか分からず、
翌日アイガモ雌がまったく同じ傷になっており、
そこで即動かしておけば3羽目は防げていたのかもしれない。
が、あまりに悲惨な姿にすっかり心が折れてしまい、
その亡骸をしばらく埋めることもままならずおろおろとしてしまった。
(後日、家人が隣りのチヨさんに会うと、
 「昼間に台所にテンが居て鍋の中身を食っていた」と話していたという。
 イタチかテンか。)

その後もどうにも折り合いがつかないまま過ごす。
起こってしまったことは仕方なく受け止めるのと、
今回目に焼き付いた凄惨な光景をどうにか糧にして次につなげよう等々考えるものの、
現状の鶏たちで止めにしようかとも考えたり、考えなかったり。折れるなあ、心。

雪にすっぽり埋まって真っ暗になった古屋敷に薪をつくりに入るたび、
いろんな感情がない交ぜになる。
序盤は「とらばさみをセットして、外で野生の生き物とかに与えて鳥葬をしよう」などと企んだ。
日々刻々と変わる自分の感情の沸点(融点?)はいまだによく分からないけども、
喰った(であろう)奴をいかにして抑え込んで、どうしてやろうか、
そんな風なことばかり考えていた。
それはそれで気分すっきりだとも思う。

わずかながら時間とともに沸点&融点はさらに変化し続けて、
感情の処理について、
たとえばこっちがそれで優勢になって処分しても、
それだと一話完結で済んでしまい、結局先には進まないような、
何と言うか「もったいない」ような気がしてきた。(時間、金、酒、すべてにおいてケチなので)。

同時に、
(残念ながら)そのすさまじい傷に、
イタチ(テン?)のさらに強烈な「意味」を見た気もする。
そうする意味、そうしなければいけない意味。
んな大げさなと笑われるかもしれないけども、生きる意味という「意味」。
立場としては「間接的」である自分の感情を上回る、生きる意味。

ヒトはやがて死ぬのになぜ生きる?

 * * *

この冬で何度目になるんだか、いっこうに頭に入らず読み返した中にあった、
「互いの感情をどう落ち着かせるか」というニューギニアの話を思い出して、さらにまた数度読み返した。


・私にはニューギニアで事業を営んでいる友人がいるんです。
あるとき、その友人の会社の社員が10歳の男の子を車でひいてしまった。
物陰からその子が飛び出してきて、ブレーキは引いたんだけれども、
気づいたときには遅くって結局、男の子は亡くなってしまった。

アメリカであれば、すぐその友人は まず事業主として弁護士を雇い、
「どうやって社員を弁護するか」という考えに集中していたでしょう。
亡くなった子供の遺族との関係づくりなど、微塵も考えないと思います。
ところが、この事故が起きたのはニューギニアです。全く対応が違いました。

・まず事故の翌日に、亡くなった子供のお父さんが友人の会社を訪ねてきたのだそうです。
そのとき友人は「殺される!」と思ったそうなんですが、
そのお父さんがやってきた理由は、こういうことでした。
「おたくの社員が事故を起こし、うちの子供が亡くなりました。
わざとやったことでないのは、わかります。
けれど現在、私たち家族は非常につらい気持ちの中で暮らしています。
ですから4日後に子供のことを偲んで昼食会を開こうと思っています。
そこへ、来ていただけないでしょうか。
また、その昼食会の食べ物を出していただけないでしょうか」
そういう話だったんです。

・それからは、あいだに経験豊かな人が入って、
どんな食べ物を持っていくべきかといった話がなされ、
なんと事故が起こってわずか5日後に、その社長である私の友人や、幹部の社員、
それから亡くなったお子さんのご両親や親戚が同じ食卓を囲んで、お昼を共にしたそうなんです。
これはアメリカだと考えられない話です。

・昼食会では、ひとりずつが弔辞のようにその子のことを想ってスピーチをしました。
たとえばその子のお父さんが亡くなった子の写真を持って
「死んでしまって、本当につらい。
 さびしい。また会いたい」
といった話をしたりとか。
その場にいる人たちが亡くなった子供のことを想ってみんな、泣いているわけです。

そして、私の友人にもスピーチの番がまわってきたそうです。
彼はもう、あとで振り返っても
あんな辛いスピーチをしたことはなかったと言っていましたけれど、
絞り出すように
「‥‥自分にも子供がいます」
と、はじめたのだそうです。
そして、
「だから、突然に子供を失う気持ちというのはほんの多少ですけれども、
私にも察することができます。
今日はこうして食べ物を持ってきましたが、
こんなものはお子さんの命に比べたら、ほとんど価値のないものだと思います」
と、そんなスピーチをしたそうなんです。
(『J・ダイアモンドさんのおどろくほどクリアな視点』から)


「死」を手にとって眺めて見て、
確かに生きているはずのニンゲンの自分は、
相変わらず、不確かなままの感情を引きずっておろおろする。

不確かで、おろおろしながら夜な夜な布団の中で家人のスマホを拝借して、読み返す。
ニューギニアの話を。極端な振れ幅ではあるけれど。
イタチ(テン?)と俺は共に食卓を囲えないけれども。

・言ってみればこれは、感情の処理をとても重視した
「対立」の解消方法であるわけです。
その場でお互いに泣くことによって、互いの痛みが共有できますし、
亡くなった子供の家族や親戚たちからしても、社長である私の友人が
「ことが無事済んでよかった」みたいに軽々しく思っているわけではないとわかります。
また、その社長や、事故を起こした社員自身も「ひどいことをした」という心の傷を
過度に背負うことなく暮らしていけます。

・こんなふうに、伝統的社会では「対立」が起こったときに
「お互いの感情をどう処理し、どう落ち着かせるか」に重きをおきます。
ですが、先進国においては
「どちらが正しいか、間違ってるか」が何よりの争点で、
それぞれの感情の処理にはまったく思いをめぐらせないんですよね。
(「対立」が起きたとき、私たちは。より)



昨日。
屋根雪掘り(その4)に上がる。
イタチスキー場はさらにゲレンデが拡幅され、
屋根から滑るというよりはもう一つの家みたいな塊になった。

「けものショック」に対して、果たして自分の感情はどういうところに落ち着きを揺れ戻すのか。
雪&薪のストイックな時間を重ねながら、
身体のきしみと知のきしみを交互に繰り返しながら、
もうしばらくの間、実験する人のようにじーっと眺めたり考えたりしてゆきたい。
そういう供養もある。ないか。

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by 907011 | 2015-01-12 05:12

イタチスキー場。

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2015年1月5日OPEN。
山中集落、旧”藤美屋”の屋敷、セメント瓦のてっぺんから見渡すパノラマは絶景。
屋根の一番高いところから下界まで一直線。
肥やし袋で滑れば、気分は最高。
さらに上級者のアナタには、
スコップで約5分、「軒先からそのままジャンプコース」にカスタマイズ可能。
(保険は各自で加入しておこう)

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昨日ワタシは3度目(また他所より1,2回溜めてしまった)の雪掘りで重たくなったザラメ雪と格闘の際、
かんじきの両足が同時に滑り降りてシュプールを描きました。
ザラメは重い上に滑りやすく、ダンプごと引きずり落とされそうになるのでスリル満点。
不思議とかんじき履いてても、自然に「ハの字」に開いてどうにか止まろうと足が反応するものですね。

家の裏側は未整備のため、
屋根先からダイブした後、身体がすぽっと埋まって抜けられない超上級者コース。

 * * *

まったくの余談ですが、屋根の高い所からする「小」というのも良いものです。
所によっては「区の条例違反」とか「モラル不足甚だしい」とお叱りを受けるのかもわかりませんが、
あの瞬間、むしろワタシは公衆に対するモニュメントとしての「小便小僧」に存在が近づきます。

溶かしてよし、遠くの家から少し見えてもまあよし。
もう一つの「よし」を探して。
グッドバランス。

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by 907011 | 2015-01-06 05:49 | Trackback | Comments(0)