山中記

<   2015年 03月 ( 14 )   > この月の画像一覧

フリーライティング(Nonstop Writing )。

先日観た映画『NO』は、
二分されたうちの片方、NO派の啓蒙CM映像をつくっては放映していく場面を、
ユーモアや工夫や葛藤を交えてそれが連続して表現されていく内容だった。

ふと気付けば、その「映像をつくる場面の映像をつくる」というのを、
映画の外、撮影カメラのあっち側に陣取ってつくっている監督やチームがいたということだ。

 * * *

国民総情報発信時代のようなものになって、
自分だってただ画面に書く言葉、
これら言葉の外側に、
「具体」としての自分が居て、自分の暮らしが具体的に存在する。

暮らしがまず先にあって、ネタはそれに付いてくる。
現象があって、その後に理屈が付随する。

昔、人さまの言葉のみを集めてつないで切り張りして、
上手に編集して文章を書いたりしていた自分がいまそんなことを考えたりもする。
何でも「つくる」ことの方が面白いもの。

b0079965_5195291.jpg


たとえば、平和な仕組みづくりについて語り出した、
・・・のがちょっとすると坂を石が転がっていくようにはずみがついて、
「平和な仕組みづくりについて」がデカイ声を通して乱暴に討論される。
稀にほんとに乱闘になったり、憎しみが増幅されたりもする。

新しい情報を得ようとするということは、
「考え」を交換することでもあると思う。
お互いの考えの交換だったり、
自分の内側の代謝としての入れ替えだったり。

暮らしていれば教えてもらうこと、学ぶことが尽きないのと表裏一体で、
自然、異論だっていっぱい受ける。

異論を受けて感情的になれば、そこから
否定に対する否定の捻り出しばかりがやたらと繰り返されそうになる。
この脳みそプログラムが発動した場面に居合わせれば、
自省を込めて、「否定の上書き」とつぶやくようにしている。
否定の上書きは小さな単位でも十分に起こりやすいので気をつけねば。

※ただし、「家庭」という単位においては複雑な事情があるので控除の対象とする。

b0079965_5201717.jpg


「ニンゲンというものの単位は1人である」と、不確かなワタシは思う。
つまり、一人ごとにそもそもの「基準」が異なるもの。

ニンゲンもわりと三歩進むうちに大切なことを忘れるところがある。
この人とその人とを構成している「基準」はそれぞれすべて皆異なる、
という当たり前のことが、考えを交換する際の意識の中に留めてあれば、
ふさぎ止める弁もなく呑み込める。
肯定は楽だ。

肯定の仕方を考えることは、持続可能性を想うことと相似形だと思う。

「そのひとのいいどこだげを見で、付ぎ合うよにせ」
秋田の田舎から高校の下宿に送ってもらった車中で、
母が言っていた言葉は、
俺の母史上において(唯一にして)最大のファインプレイとして、
心の深くに刻まれている。

現実に実践できてきたかどうかは別ですが、
人は信用できるもんだという小さな点からなるべく展開するという考え方、
その肯定の仕方は楽だ。
楽で、楽しい。
楽しんで考える。面白可笑しく伝播させる。

b0079965_518879.jpg


数行のメモを見て思い立ち、
編集しないでとにかく書き殴るというのも今の時代に有効かもなあと調べてみると、
「フリーライティング」「ノンストップライティング」という手法があった。

ただ、この文章の中には二つほど残念な点が残ってしまった。
一つは母のせっかくのファインプレイな言葉にたどり着いたものの、
そういえばそもそもの書き始めが思いっきり「NO」からだったなと思い出して顔を赤くしたこと。

もう一つ。
せっかくの母のファインプレイな言葉も、
残念ながら秋田弁が強過ぎて、もしや誰にも意味が伝わらないとそれは悲しい。

かくして今日もワタシは自己矛盾と折り合いをつけながら暮らす。
悲しい笑劇か。笑える悲劇か。それが問題だ。


「何かを言ったり考えたり書いたりということは、
 余計なことだから、
 原則としては、
 1日が24時間あるうちの25時間目にやります。
 つまり、日常生活で普通の人がやることは
 すべてやった上で、
 その中で時間を作ってやるのが、
 ぼくにとっての書くことや考えることなんです」
(吉本隆明)


**********************
[PR]
by 907011 | 2015-03-30 05:21

3.11。

b0079965_611817.jpg

山中で暮らして3年11カ月が過ぎた。

2011年。すでに山中移住と仕事を辞めることが決まり、
新生活に向けてひたすら妄想を練り続けていて、
自分が「あれもしたい、これもしよう」なんて企んでいたことと、
3月11日に起きた震災とがあまりに乖離し過ぎてずっと呆然とした。
(その日の手帳を見ると、予定欄には<ごみ当番(あと2回)>などと書かれてあった。)

 * * *

一昨日。
朝凍み渡り、なおも素晴らしく快晴だったので、
ふと思い立ち、かんじき履いて2時間近く歩き回った。

オクサの棚田に始まり、
普段はあり得ないようなルートで周辺あちこちをわしわしとさわいだ。
静かに興奮する。

ほっほっほっほっと駆けてみたり、
目の高さにあった木の葉っぱを数分ずつじーっと眺め続けたり、
稲架(はさ)場の杉の枝を伐ってみたり、
斜面をかんじきで滑り落ちてみたり、
ちょっと高いところからゴルゴ13のように無表情で集落を眺めてみたり。

b0079965_6102780.jpg


視界のすべてが雪と山と光と陰だけで展開される。

ケモノの足跡、雪と崖とが組んず解れつ崩れた痕、木の折れている様。
知恵の乏しい自分が受け取れる情報というのはそんな程度なので、
こうして非日常的に歩く時間と空間の中に身を置いてみると、
そうした視覚的な情報よりも、むしろ、
感情で受け取るものの方が圧倒的に多いもんだなあと思った。

相変わらず考えたり迷ったりしている途中の事柄だったり、
言葉にまだなっていない、言葉以前の「自分の機嫌」みたいなものだったり。
b0079965_6103969.jpg


まぶしい下で、ぶつ切りの考え事を暖めたり冷ましたり考えなかったりしながら歩く。

ある小説家が言っていた。
芸術とか小説とか音楽とかそうした現実の生活に役立ちそうにないものが、
それでも日常生活を支えているのだ、と。(もちろん言い回しはうろ覚えです)

非日常(イベントとかでなく)は日常を支えていたり、
非効率こそが、効率だけの行動やリズムを、そっと無言で補ってくれたりして、
不確かなワタシの暮らしは確かに回されているように思う。

ぶつ切りの考え事を続けたり、考えなかったりして歩いたり上ったり。
ケモノの足跡と、ぶつ切りな自分のかんじき足が気付くと何カ所も交差してつながっていた。
b0079965_6104978.jpg


山中で一年間暮らしてみたい若者(とその家族)が、
荷物と一緒にやってきたので会って少し話して、日常に還る。
(インターン開始はもう一週間くらい先)

この若者と同じように自分も緊張と不安を抱えながら、
新たな心境で春を迎えることになった。
「山中総選挙」の前後から慢性的な寝不足状態に陥り、
身体は素直だなあと感心するばかり。

帰宅すると家の下でタヌキが寝ていた。
お前さんも眠かろう。
b0079965_6101758.jpg


<三度三度のめしを、よく噛んで、おいしく食べて。
 決まった時間に気分よく排泄して。
 たのしみのひとつとしてお風呂にゆっくりつかって、
 よく寝て、すっきり起きて、いつもおだやかに笑顔でいるような人に、
 だれも勝てるとは思わないほうがいい>
 (糸井重里さんが『今日のダーリン』の中で)



****************
[PR]
by 907011 | 2015-03-29 07:45 | Trackback | Comments(0)

自分がより深まっていく競争。


農業というものが一番優れているとぼくが思うのは、こういうことです。

農民っていうのは昔から競争をしているんですね。
それは、もっといいものを採ろうとしたり、
場合によっては、隣りのうちよりもいっぱい採ってやろうと思ったり。
意外と、そういう競争はそれなりにやってきた。

ただ、その結果として、誰かが上手くやることに成功した時に、
たとえば、収量が増えたとか、収入が増えたとかという時に、
その人が成功しても、誰も脱落しないんですよね。

隣りの家の収入が倍になったからといって、
自分の家が退場を命ぜられることはないんです。
それどころか、誰かが成功してくれれば、
次第にそのやり方が地域社会に普及して、
結果的にみんなが助かってしまうということもありえるわけで、
このあたりが普通の産業とはまったく異なるところといえます。
(「第三回 哲学者・内山節さんと話そう」より)


b0079965_653198.jpg




通常の産業であれば、どこかの企業が勝利してしまうと、
どこかの企業は退場を要求されるというケースが不断に起きてしまう。

本来の農業は、そのような問題点を生むことなく、
もっと質の良い競争というか、
誰かを落とすためでは無くて、自分がより深まっていく競争という、
そういう競争のあり方こそ、
これからの社会でどう見直していった良いのか、
社会に定着させていったらいいのか、
それを考えなくてはいけないわけです。

ですが、今の農業政策をやっている人たちはどうも、
農業も通常の産業と同じく考えていて、
どこかが勝てばよい、
どこかが大規模にやって上手くやれば良いという農業論だけが語られてしまう。

そのような人たちが地方創生ということを言い始めれば、
結局、地方創生は生産力が上がるかどうかだけの問題になってしまいます。
あるいは国際競争力があるかどうかだけの見方になってしまう。


b0079965_6184824.jpg


ドキュメンタリー映画の監督をされている小林茂さんも、
前回に続き、内山さんの講演に駆けつけてくれた。
間もなく公開される、松之山の百姓コグレさんたちを記録した作品も
いよいよ大詰めながら、「風の波紋」という仮題をどうするかに苦心している様子だった。

百姓と雪と村の記録。
諸事情あって監督から電話をいただき、
「何でも良いので感想を聞かせて」と、
編集を終えた1時間37分の映画を拝見させていただいた。
これは嬉しい映画です。
エンディングがまた素晴らしく、にやけながらふと泣いたりもした。

 * * *

雪郷の文化は循環を描くから、
不確かな自分は魅かれるのだと思う。

ここに来た意味、ここに暮らす意味、
山で一人の時間を持つ意味、協働する意味、
集落消滅論に対してこの集落が残る意味等々、
自分がいつも渇望して欲しているのはすべて「意味」なのだと感じている。

意味とはあいまいな言葉で、
だけど、山の中で考えたり、感じたりを重ね続けて、
時々、何らかの意味というところに突き抜けたい感覚があるのだと思った。

自分も(なるべく丁寧を心がけて)村の中での暮らしをつくっていきたい。

b0079965_655672.jpg


*********************
[PR]
by 907011 | 2015-03-26 07:48

スマート。

遊佐の旅館の部屋にあった、iphone2014。

b0079965_5502968.jpg


「スマート」とは、こういうことさ。


***************
[PR]
by 907011 | 2015-03-24 05:57

「適疎」の指針。


「地域」というのはまったくそれぞれであって、
たとえば、上野村とこの辺りとも違うみたいに、
それぞれのところで自分たちの地域が持っている価値を、
いろんな形で提示していけるのかどうかが大事だと感じています。
(「第三回 哲学者・内山節さんと話そう」より)


b0079965_3295275.jpg


このあいだ、
半年ぶりに十日町で『NO』というチリの映画を観てみて、
自分の中であらためて、「伝播」について考えさせられた。

日々暮らしていることはあらゆるネタに衝突することでもある。
あらゆる術を駆使して、面白可笑しく伝播するためにはどうあるべきか。

「重さをどかすような軽さがある」という表現は素敵だなあと思っていて、
けっこういろんな場面で周りの人たちにそれを気付かせてもらって暮らしている。
真剣にユーモアを考えては織り込む試行。

自分にとって自由な表現こそが結果的に続いてく。
(しかしながら一方で、
自分では話し言葉は自分の真意と分離させてしまうので、
これまでと同じく、書き言葉に絞ろう)、と再確認した帰り道。

過程として、一人で考える行為、時間が要るので、
自分の場合は山に居る時間やこの暮らしからずれてはいかんのだと思う。
男っ前の主人公を眺めていて、
静かさを持って生きようと考えることは、あながち間違ってないなあと感じた。

今春からはさらに山中の暮らしや価値といったものを、
具体的に考えたり、伝播したりという活動にどうやらなりそうな模様。
「何を?」の部分は具体的に遭遇したり、衝突したりするネタ(価値)であるし、
「どう伝える?」は書きながら考える宿題だとも思う。

 * * *

内山節さんの話を聞いていると、
自分の思考がいかに凝り固まった脳みそでできているのかが瞬時にわかる。

ちょうど自分たちが生まれた頃、
ごくごく稀に”変わり者”が現れては、
地方移住や農業をやってみようかなという動きが出てきたそうだ。
「一代農民」というのは耳の痛い言葉で、
今後も移住や就農と一体して無くならない現象のように思える。


ただし今、やっぱり共通していることも一つだけあって、
かつての地域社会というのは、
それぞれの家が継承されることによって、地域も継承されていくようになっていました。

昔であれば、「長男は問答無用に家に残れ」という時代が長く続いてきて、
たいていの家は継承ができたし、
また、家の継承がとても大事だったから、
自分のうちに継承者がいなくても、養子をとってでも継承していくという形をとった。

ただしこれは、良い悪いという問題でなく、
今や全国的に見渡してみても、
家の継承者は、「多少いる程度」という時代になってきました。

もちろん継承者が居る方は立派なのですが、
それを全員に強制するわけにいかないし、
よほど継承者が多い地域であっても、
たとえば半分も居れば、今の日本だと表彰状出してもいいような状況でしょう。

そういうことを感じているのは、
かつて、日本で都市部から来て「新規就農」という形で農業を始めたという人が、
ほんの少し現れ始めたのが、だいたい1975年くらいからです。
それまでは、まだ非常に珍しくて、
たまにどっかに行くとそういう人がいるという程度の話だったのが、
1975年あたりからぼつぼつそういう人たちが現れてきた。
80年代、90年代に入るにしたがってどんどん増えてきた。

最初の頃に就農して来た人たちも、
たとえば、80年に就農した人でもすでにもう30年以上経っているわけです。
そうすると75年に30歳で来ていれば70歳になっていて、
つまり、「新規就農者」の高齢化が始まっているということです。

だから、新規就農者の家に後継者がいるかという問題が深刻になってきたわけです。
ちゃんと調査したわけではないですが、
私が農村を歩いて見てきた印象としては、だいたい半々のようです。

新規就農者のウチなんて、
農業がしたくてやってきているわけだから、
自分の子どもたちにはたぶん、
「農業なんてやってたらダメだ」という教育はしてないはずなんです。
むしろ、農村の価値とか農業の価値とかそういうことを話す家庭だったと思うんだけど、
それでもやはり半々くらいですね。

農家の跡取りにならなかった子どもたちであっても、
農業の良さは知っている、あるいは農村の良さも知っている。
しかし、自分のやりたいことがあって、
結局、農業を継ぐことにはならなかったという、
そういうケースがかなりあるので、半々くらいかなという状況です。

ただ、そうなってくると、
新規就農者の場合に「一代農民」というのが発生するわけですね。
一代だけ農業をやって、それで終わってしまう。

でも、これも構わないんではないかと私は思っています。
これからの農業はそういう時代に移っていて、
たとえば、跡取りがちゃんといて、続けていける家はもちろん立派で、
もちろんそれはそれでいいんだけど、
跡取りがまったくいなくなってしまう家もあるし、
新規就農者でも半分くらいは継承者がいない。

b0079965_4515017.jpg


今回の講演で個人的にもっとも感銘を受けたのが、
ここから展開された継承のやり方についての話だった。
たとえば、我らが山中の「適疎」を考える上での指針となるものだと思った。

(備忘録として、かつ静かに興奮し、長くなってます)

ですから、「継承する」という言葉の単位を、
“家”から“地域”へと変えていかないといけない時に来ていると思うんです。

家の継承の結果として、地域が維持されるというのであっては、
どう考えても今の時代うまくないという感じがしています。

それなら、地域を持続させるためにはどういうことが必要なのかということなのですが、
そこで、
「自分たちの地域はどういう風な労働体系を作り上げると持続できるのか」という、
地域それぞれの労働体系をきちんと見つけ出していくという必要があると思います。

この「労働体系」の中身は地域によって違うわけで、
たとえば、上野村のように一枚も水田がない村では労働体系も当然考えなくてはいけなかった。
米というものがかなりの役割を果たす地域においては、
どういう労働体系が維持されていくと、地域の持続ができるのかをしっかり考えなくてはいけない。

つまり、どういう経済かを考える前に、
「どういう労働がその地域の中で組み合わされていくと、
その地域は持続可能になっていくのか」を考えるべき。

労働の中には、もっぱら生産に寄与するような労働だけではなくて、
お祭りを準備する労働とか、そういう労働もあります。
たぶん、この地域でもいらっしゃるでしょうけど漬物がものすごくうまいとか、
そういう役割を果たしてくれる労働もあるでしょう。

必ずしも収入になるかならないかに関わらず、
地域社会の中におけるどういう労働があったら良いのか。
この地域ももう少ししたら山菜を採りに行くのが普通に行われるでしょうけど、
それも一つの労働であって、
採ってきた山菜の一部は商品として販売されるかもしれないし、
また、多くは自分たちの消費に回っているかもしれないという、
そういう労働が地域を守っているわけです。

だから、生産的というか、最終的には収入に関与していくような労働もあって、
どういう労働があればこの地域をやっていくことができるのか、も必要ですけど、
ただ、収入に寄与しないけども地域社会が維持されていく上ではとても重要な労働もある。

そういう労働も含めて、
それぞれの地域にどういう労働体系があったらば、地域社会は維持できるのか。

その地域の労働体系の継承者をどういう風に補償していくのか、
それを考えるべき時に来ているのだと思うんです。

それが結果として各家に跡取りがいてうまくいくのであれば素晴らしいけども、
各家々に継承者がいなかった場合であっても、
地域の労働体系としてどういう風に継承者を募集したり、確保したりしていくのか。

その時に、
単に突然募集するのではなくて、
その前から絶えず「来れるような地域社会」をつくっておいて、
その双方にとってあまりストレスが発生しないような形で入ってきてもらうという、
そういう仕組みをどのようにつくっていくか、いろんな形で考えるべきだと思います。

今言ったように農村社会で農民が一代で終わるという時代になって、
それは日本の歴史でもなかったことなので、
そういう意味では新しい地域づくりが必要になっています。
ただし、新しい地域づくりだから
「コンパクトシティにしてしまいましょう」という方向の“新しい”ではなくて、
これまでの伝統社会が持ってきたものを、
どういう風に維持・継承させていくのかを前提にしたものであるべきでしょう。

場合によっては、皆が一代で農業をやってはやめるというような時代が来ても、
心づもりとしては構わない、
だけど、この地域は不滅であるといえるような関係を考えること。

もちろん、全員が一代で終わるとは思わないですけど、
つまり、極端にいえば、そういうケースになったとしても、
この地域社会が持っている力は変わらないということを
念頭に置いていく時代に来ているのだろうと感じています。

「流動性を内蔵させた農村社会」、
あるいは「流動性を内蔵させた持続」という、
そういうものを考えていかなければならないと思っています。


「適疎」を考えることは、
現象と向き合いながら、具体として暮らしていくこと。
継承を考え、持続を考え、いかに小さくあるべきかを考えること。

迷ったときは指針を見よう。

”TEKISO”=good balance!

**********************
[PR]
by 907011 | 2015-03-22 04:51 | Trackback | Comments(0)

雪ねぶり。

雨が降り、地から靄が立ち込め出して、
一帯が白く包まれた。
山中、谷底。

終日谷底に居るかのような心地よい錯覚を繰り返しながら、
元は江戸っ子・内山節さんの歯切れ良く澱みない哲学の話を耳に挿す。脳みそに植える。

 * * *

今月に立教大を退官される内山先生は、
すでに40年以上も東京と群馬・上野村(と講演の日々)とを往還して暮らしている。
平成の大合併に対して、「合併をしない」という宣言をした上野村は、
ありとあらゆる分野で地域内循環を描いている希有な村であり、
事例の一つ一つが示唆に富んでいる。

急峻な山間に村はあり、水田が一枚もない。
「それだから、国の農政と一切無関係なままやってこれたから、
 いろんなことを考え、工夫するような仕組みづくりができた」と笑って言う。

よく言われる「食料自給率」というのも僕ら気に入らなくて、
それは、日本の食料自給率ってカロリー計算なんですよね。
そうすると、上野村って「何にもつくってない」ということになっちゃうんです。
キノコやコンニャクだとほとんどカロリー無いから、
さて困ってしまったというわけですから。
(「第三回 哲学者・内山節さんと話そう」より)


村の90%超は森林によって占められている。
木工の職人を育て熟練化し、村内ペレット燃料に続きペレット発電が始動した。
製材の過程で出るおが屑を基にしたキノコ栽培は群馬県の半数を供給している。
森では25人ほどが林業に携わる。すべて移住者だという。

稲作がなく、
かといって畑にできる農地も一反などある場所はほぼ皆無、
しかも当地とも違って小さな畑が何枚かつながるという場所も無い。
それでも、本来の農業が持つ特異性をいま、再認識することが肝要だという。


だけども、
そういう風にしてみんなが小規模農業をぼそぼそとやっていて、
結局、そのボソボソやっていることによって、
村の連帯もあるし、村の雰囲気もあるし、
たとえば4月に入れば春祭りは本来、農業の開始と絡んだお祭りなので、
そういうものもすべて、「農業という基礎」があって成り立っているわけです。

だけど、これが今言われている生産力とか競争力という話になってしまうと、
村の農業なんてどうでもいいようなものになってしまいます。

本来の農業が持っている、いろんな周辺の部分に、
地域社会と農業の関係もあれば、
地域文化と農業の関係もある。

みんなが少しでもいいからやってくれることによって、
地域に一つのまとまりができるという面がある。
みんなが農業をしているからこそ、
自然との関係も工夫もするし、いろんなことを考えていく。
これからどんな風に自然と人間は関係を結んでいったらいいのかを考えながら暮らしていく。
(同上)


b0079965_6542925.jpg


今朝も雪ねぶりで谷底然の風景に包まれた。
暮らしというのは絶えず何がしかに包まれながら進んでいる。
鬱蒼とした白が内包する世界に近くの数戸と夥しい木とが浮かんで立つ。

「面白い」という言葉は、面の先が白くなること、
つまりは目の前が明るくなる、見えづらかったもの見たかった風景が見えてくることを、
意味されているのだという。

雪ねぶる山谷の底に居り、靄で凝り固まった頭に面白いねえ哲学。

*****************
[PR]
by 907011 | 2015-03-20 06:28 | Comments(0)

もっと光を。

今年も「邂逅」。
意固地になって地面早出し大会を行い、足2歩分の着地が叶った。

b0079965_531476.jpg


ほったらかしたままの雪は硬くしまりながら、
まだまだ遠く、ひたすらに深く、
我が家のコンクリ車道までは2.4メートルほど。

例年イトー家に軽トラが入るのがだいたい5月の連休頃。
(最後は見かねた義父や、
 村の下(しも)からシゲルさんが機械で道を割って近づいてきてくれる)
今年もスコップとダンプでこつこつと数週間ばかし、春の身体づくりとして、
少なくとも二人にしびれを切らされるまでは筋トレしよう。

b0079965_5449.jpg

薪ストーブから出た灰を融雪剤に蒔きはじめる。
雪郷の文化は循環を描く。

雪掘りをしながら、
「吉本隆明の183講演」を何年も何年もかけて繰り返しながら聞いて、
自分も考えてみたいものだなあと永らく思案していた。
それでいろいろ調べ漁ったり、価格ドットコムしたり、
比較しすぎて混乱し悶絶したり、
冬季のワタシの必要経費として果たして採決されるのか、うちの山の神様の顔色をうかがったり、
そうこうしてようやっと3000円のMP3プレイヤーなるものを買い、
以降連日耳でずっと吉本さんが語りかけている状態。
(その以前は1000円のFMラジオを耳に挿していた)

内山節講演会が近づくにつれ、
記憶レスのワタシはおさらいをしないとうまくないなあという焦燥に駆られ、
過去の高柳2講演を聞き続けた。
中でも、自分がこっちに来たばかりの年に
初めて内山節さんの名を知った2011年のお話は秀逸だった。
「抜けの良い考え方」は、日頃もやもやとばかりしている自分にも腑に落ちる。
でも、一日経つと忘れてしまう。また聞く。
・・・また忘れる。またまた聞く、という循環を描く。

言葉が哲学が血肉になり、湧き踊る。
「経済」「集落」「自分の暮らし」という、自分にとっての”唯三”と言える焦点を
ここから俯瞰できたのかもしれない始まりにも感じられた。
今にして思えば、そういうことだった。

門出のショウゴ君より先日の講演録音をもらってさっそく昨日聞き返した。
(やっぱり脳がザルのように記憶を留めておられない)
かくして、この冬のワタシの耳元では常に吉本さんと内山さんが
代わる代わるささやきながら、
尋常じゃない熱量の思想の塊をぶつけられる。

受ける方も相当のエネルギーがいるので
時々耳を開放して、野の音を聞く。

外はほとんど無音のようなものであり、
一方で絶えず何がしかの音がしているのだと気付いてはっとする。

足元に木の棒で雪をつつき続ける子がいたので、
待ち遠しかったであろう地面に連れていくものの、本能的なものか、すぐに出たがった。
b0079965_54147.jpg



*************
[PR]
by 907011 | 2015-03-19 06:02

聖地。

先般ご報告の通り、
イナカレッジの一年間若者受入れが山中でも決まり、
本人(25歳・男性)とメールをやり取りしながら引っ越しの算段が進行中。

昨夏のインターン生・細田クンと同じ旧「ばんきち」のでっかい家で、
山中の暮らしをゆっくり噛み締めながら体験してもらう。
一年間の受入れにあたり多少の予算を与えてもらうので、
取り急ぎ給油タンクを設置し、風呂に入れるようにと話し合っている最中(×もなか〇さいちゅう)。

彼の山中体験を通して、
同時に、我らも村の人たちと、
「山中の暮らしとこれから」といった辺りを緩々と考え合っていけたらいいなと思う。
何せ、「えーと」と集落の上から指折り数えても、
1分しないうちに終えるくらいに「山中の暮らし」の日常登場人物は少ない。

山と暮らしとの間。
村と村との間。
自分ちと隣りの家との間。
ニンゲンとケモノとの間。
ハレとケとの間。効率と非効率との間。
経済と不経済。マジメと不真面目。肉体と精神。素面と酩酊。
キーワードは「間」である。

山中における森羅万象の間をワタシら「個体」は、
巨大ゼリーの中を突き進んでいくようにして内包されながらも
しかしそれぞれさまざまに思惑を持ち浮かべながら、暮らしている。
思惑も内包ゼリーもが合わさっての「具体」としてのここの暮らし。

個が家を成し、家が組を成し、
組は村を成し、村は町を構成している。
つまりは、山中で暮らす我らは、具体として個や家や村のことを考える。
時にマジメに、だいたいは面白可笑しく。
山中固有の「緩さ」でもって、時間を重ねられるように。
強火は続かないので、弱火を続ける。

とはいえ、はじめてのことばかりでいろいろ不安にもなるので、
イナカレッジの一年インターン生たちの報告を聞きに夜の長岡に久々数時間。
明るい事例、夢いっぱいの話があふれる中で、
自分が一番心打たれたのは、己の葛藤や迷いを
小手先の編集でごまかすことなく、言葉にし続けようとした荻ノ島&門出のタカハシ君の姿だった。

 * * *

時間を遡って、長岡時代のワタシといえば、
それは長岡駅前にある「居酒屋」という名の居酒屋のカウンターであった。
この椅子が、カウンターがワタシの青春であり、
久々の時間と空間を重ねた。

マスターに山中米を渡し、いつものように瓶ビールを注ぎ合いながら多少の近況報告をした。
17時代の常連・サトーさんが相撲中継を見ながら、
「2日前にイトー君どうしてるかなってマスターと話したんだよ」と焼酎水割りを飲みながら教えてくれた。

俺はここのメニューを見るともなしに眺めながら、四六時中いつも悩んでいた。
何年も何年も。
飲みながらずーっと堂々巡りで考えてばかりいて、居座って、
暗い酒だなあといつも叱られながら深く酔っていった。
答えをいまだに考えてばかりいる。
b0079965_614663.jpg



***********
[PR]
by 907011 | 2015-03-15 07:02

本日は内山節さん講演会です。

昨日。
天気も素晴らしく、鶏たちも子も陽を浴びられた。
「本日のアバラ」は相変わらずで、寝るのには不向きなものの、
外で雪と戯れるリハビリはひじょうに良好。

ふと振り返ると、子のスコップさばきの上達はなにやら目覚ましく、
はじめは一段高いところからほほおと静観していたけど、
徐々に歩み寄っては、「あと3年くらいで主戦力になるなあ」とあごひげを指でしごきながらたくらんだ。
四十数歳になったら俺は姫の井一升瓶ケースを逆さにして座りながら扇子か何かで指揮することにしよう。

・・・などと空想していたら、
真下におったガクにアバラを頭突きされ、雪の上で一人呻いた。

 * * *

「雪がなくなったなあ」と実感したのは、
夜寝る際に、窓の真下にある枕からまっすぐおでこの先に夜の月が見えること。
b0079965_5105589.jpg


啓蟄から遅れること一日。
土中から這い出てくる虫たちの後を追いかけるようにして、
”とわち”で唯一、俺が堂々と使える土間の戸がついに出た。
(別名:農業用玄関、裏口、セカンド玄関、汚くして上がる入口etc.)
b0079965_5111575.jpg


天気が良ければ何でもできる、と思う。
雪、水、土、木、山に内包された暮らしに陽が射す。

何を食べたとか、何かが始まったとか、
暦の上ではどうとか、有名人が何かを周知したからとかでもない。
すべてにおいて不確かな自分であっても、純朴に「あ、春」と頭だけでなく身体だけでもなく、
心身でぴたりと感じる、ああいう瞬間あのような感覚のために、
それぞれに冬を過ごして居るのだとさえ思う。

 * * *

喜んでいたのも束の間で秋田の兄から電話が来て、
再び三度また税務署に来週出頭せねばならず、こたつで調べ物をして午後が終わる。
ぬか喜び。

スコップとダンプとかんじきで、同じ動作を延々続けてつくられる世界が美しいので、
そのうち雪面にテーブルと一升瓶ケースの椅子を置いて、
ここでもって陽を浴びながらビールを飲もうと決めたので、
あるよく晴れた日にビールを飲むのだと思う。
山中を眺めながら、向こう一年のことをあれこれ考えよう。


共同体のあり方。
山の暮らしは残れるのか。
小さな自治。
適度な小ささとは。
消滅論からの逸脱。
市場経済ともう一方にある、必ずしも貨幣を媒介としない地域経済。
交換価値と使用価値。
「集落原理主義」とは何か。
関係性をどうつくっていくか。
つまりは自分はどう暮らすか。

15時から高柳地区コミュニティセンター大会議室(昔の町議場)にて内山節さん講演会です。

ワタシはここからまた数カ月くらい消化不良のまま、
山の哲学者の言葉を繰り返し反芻して過ごすでしょう。
相変わらず自分の暮らしや考え方の軸は不安定なので、
あのような示唆に富んだ言葉や思考を、
自分の生き方に落としこめずにいる。

つまりは、「俺はどう暮らしていくか」という話しには、
それがたとえいくら時間のかかる過程であっても、
手前で落とし込んで、手前で持っていかなくては「具体」にはならない。
俺はたぶん、相当に時間がかかる。


・・・山中はまだ講演会のビラが回って来ない。

**************
[PR]
by 907011 | 2015-03-08 06:20 | Trackback | Comments(0)

いてまえ。

日曜日。
最近どうも習慣化しているふかぐら亭で蕎麦を食った後、
麦麦ベイクさんファミリーに会い、路傍で立ち話。
麦麦お父さんがかつて「雪上にテント張ってツキユメに肉頼んで焼肉をしたんやでえ」という話を聞き、
それは是非やりたい、テントで酒池肉林!?と色めきたったものの、
即座にお母さんがたに「寒い」とNGを出された。

夕方、話のノリであつかましくもノリオカ家にお邪魔して日が落ちる前にいっぱい飲む。
ノリオカお父さんと熱い話をしているうちに加速度的に飲んでしまい、
将棋を一しきり指した後にセガレ・カズミチを泣かせ、帰宅。前回も泣かせてしまった気がする。
「仲良し!」というピークが来た後、泣いて終わる。いつ見ても波乱万丈型。

 * * *

翌朝。
起きたら右足首と右アバラが尋常じゃなく痛い。
「あ、いかん。これは折れてる」と直感的に悟ったものの、いかんせん骨折したことがないので、
打撲打ち身やらと骨折との違いがまったくもって判断できず、
忙しい家人に怒られるのもやっかいなので、知らぬ存ぜぬ無罪を主張みたいな顔でやり過ごす。
ちなみに本日もまだ痛い。

ブラックアウトするほど飲んだ翌朝にだいたい同じことをしますが、
部屋から自分がたどってきたであろう道を注意深く見ながら戻る。溯上。
ほどなくして、家へと帰るかんじきの雪道(細い崖みたいな難所)から
落ちて騒いだ跡を見つける。あ、これだ。
「ここだよ、ここ。すっげえ痛かった」とアバラが共鳴する。
記憶はない。麻酔が溶ける。

b0079965_6624.jpg

雪で新屋敷と古屋敷のそれぞれ高いところで見つめ合っていた二階の窓たちがフラットになったある日、
窓to窓で担いでやってきたこたつでもって、静養しながら、
「確定申告対策本部」を設置し、最終的な作業に入る。
あばらはなおも痛く、横になると寝返りも打てず寝不足が続く上、
待ち望んだこたつ昼寝も叶わず、悶々と過ごす。

ワタシの集中力は致命的に欠如している。
プラス寝不足ともあれば、もう目も当てられないひどさとなる。
エクセル画面に向かい、ふと気になって調べ物をしていたはずが、
「はっ!」と気付くと、ミナミの帝王の動画を見て竹内力に変な決め顔で睨まれたりしていた。

水曜日。
町事務所の確定申告会場へ無事にたどり着く。
待って呼ばれて、いざ着席した瞬間、
このワタシの今この一瞬一瞬の表情にあらわれる心情の機微や一挙手一投足いかんでは、
マルサが入らないかと妄想してドキドキし、次第に自分が竹内力みたいな顔になる。

無事終了。
初めての農業所得の反省点として一番大きかったのは、
レシートや領収書を反射的に捨ててしまう癖をどうにかしないとまずいということだ。
来年は青色申告にして脂汗をかきながら提出する予定。
まずは伊丹監督のマルサシリーズを見て勉強しよう。

アバラは相変わらずいてもうてるけど、
長期インターン生受入れを巡る大討論会や、農業研修、村の打合せ、集落座談会などがあり、
静養を兼ねて、むすっとしながらよく座った4日間であった。

ある昼下がりにこたつに入って吹雪を眺めながら思った。
「難しい顔」はいつでもどこでもできるので、
なるべく軽薄であるように自分などは心がけよう。
できるだけ軽薄に、たまには言葉を思考よりも先にぽんぽん出すトレーニングとして。
時には意識的に、必要以上に無駄にヘラヘラとしよう。
重さをどかすような軽さもある。

b0079965_66109.jpg

昨日。
天気も良く、久々にスコップを握り、時にうめきながらリハビリ。
あと一月半くらいは雪とたわむれることができる。
雪と遊ぶのもやっぱり集落が良い。
何よりどこよりうちの雪が良いのである。

最近、ある方が否定的な意味合いで言っていた「集落原理主義」という言葉が気になり出し、
原理主義の意味をよく探り、再考したいと思っている。
自分の中にこの頃あきらかに集落原理主義が宿っている。

毎冬に気付かされることながら、
同じ動作を延々と連続した結果、
振り返ると「美しい」と一人で感嘆するような小さな景色に出会う。

スコップとダンプとかんじきでつくられる白の世界。
この雪の先に春をどう描くか。パーマカルチャー的デザイン感覚が求められる。
どう考えるか。いかに想像するか。
つまりは、辺縁のものと自分がどういう関係をつくり、どういう関係を結びながら暮らしていくか。
雪を掘りながらイヤホンをして聞いた内山節さんの講演は、
私的にはざっくり一言でいえば「関係性」の話しだと思った。

陽を浴びながら、身体を動かして暮らすのはじつに気持ちが良い。
うちの雪が一番だ。

里には「家業」がある。
「家業」は、使い捨ての労働ではない。
(内山節『「里」という思想』)



************************
[PR]
by 907011 | 2015-03-07 06:53