山中記

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等価。

久々、田んぼに一日居た昨日。
一枚ずつ水を払って回る。
朝昼夕方。
それぞれに異なって過ぎてゆくような時間の早さを感じていたら、
やはり時間切れとなり、田んぼは残り、
夕方の月ユメ沢に今日の「動線」を眺めながらバイクでとろとろと帰る。

田づくりから、草取り、草刈りに日々危機迫りっぱなしの水見を経て、
今年も気付けば稲刈り前になっていた。
とりわけ時間や身体が分断された毎日だった。
動線も去年より細々弱々しい残像となっている。
そういう年もあるか。
今年は滅多やたらと仕方ない年。滅私。

今日は半日会議で費やされてから、
続きの田の水を払い、排水を観察しながら現象を掘り下げる。
稲刈りまで残された時間をできる限り目の前の排水に専念したい。

何をどう考えるか。
余力なさそうな中で、今あるもので、
追い付けぬほどに十分にある。
集中力が多分に欠如しているので、
過去も忘れ、先も思い煩いたくなく、
適量で暮らせたらそれで良いなあとも思う。

「すべて等価なんだ」という言葉を思い出す。
自分と隣人とも、昨日、今日、先のことも、すべてが等価。


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by 907011 | 2015-08-19 05:41 | Trackback | Comments(0)

出穂。

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今年も穂が出た(5日くらい前ですが)。
田植え以降、打つ手がすべて後手後手だったために、
稲の強さを今年はまったく見せてもらった。

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ゴボウの花、咲く。

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去年鶏放し飼いスペースのあたりに一本育ったゴボウは、
古屋敷解体中も踏みつぶされそうになりながら、
そのまま放置していたら草やぶの中で巨大化していた。

数年前にいただいたゴボウの種はやたらと鞘がトゲトゲしていた。
この花を見て触って納得した。
すごくとがった花をしている。

花を見る機会のない野菜をこうしてかまわず(食うこともなく)に育ててみると、
未熟果完熟果、根菜いろいろあれど、
野菜の食べる部分と、花の姿や種子の色形とは、
けっこう意外な関係性だったりすることが多い。
あの野菜にこんな花がとか、しかも種はこうなるのか~とか。
予想外の姿を見る面白さ。

田んぼや種採り、鶏たちに思うのは、
つくづく日々は、「仮説」とその「検証」でできているのだなあということ。
周りの一人ひとりの田んぼなどの持論を聞いていてもそうだし、
脳みその86%くらいが「わからない」で構成されている自分などは
まったく、つくづく仮説を立ててはその検証をしているのだと思う。
仮説だけで終わることもあるし、何の検証だか完全に忘れてしまってものを見ていることもある。

今年は畑もすっかり分断してしまったものの、
種を継ぐことが食べること以上に面白いのだと思う。
ふと、じーっと眺めていると、
年をまたぎ、世代を更新して、
その畑において種を宿した野菜は、おろされた土の上で、中で、
ここがいかなる風土であるのか、「暮らす」とは何を意味しているのか、
なんとも崇高なことを感じたり考えたりしているように映る。
畑はまた来年。

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枯渇しそうな水の一滴ずつを沢の上流の藪から掻き集めた、
出穂前の一週間くらい。
親類知人に頭を下げ回って金策に走るかのような形相だったろうと思う。

沢の上の方と、田にめでたく水が降りてくる(はずの)筒の先端を
過呼吸状態で20回くらい、「何のゲームだこれは」と一人ごち往復する。
が、出ない。何時間往来走ってもまったく水出ない、という気の遠くなるような夏日午後。
そういう時は決まって何度も声にして「出なーい」と叫ぶ。
筒先を上から見ても、下から見上げても、横から見ても斜め上から斜に構えて見ても、出ない。
振っても出ない。口を当ててちょっと吸ってみても出ない。優しく接しても怒ってみても出ない。
ただ目の前の状況をぐっと飲み込み、山で一人あらためて「出なーい」と叫ぶ。
叫んでも一人。

水を待ちくたびれながら、
20枚ほど上ったり下りたりしてカメムシ防除をまいているとたまに、
さらに一週間くらい前にまいたはずの穂肥の粒が
溶けずにまだ転がったりしていたのは、見なかったことにする。

とりあえず、これであと残ったのは草刈りのみ。
ひたすら草刈る日々。
先月末から始めてようやく8枚終わり。
その一方で今週は全部の夜と日中なにがしかの会議で割かれる身体。
あと14枚。

「俺は土と草との接点を切り離し、
 すなわち刈った跡は土だけが残るくらいに刈ってやるぜー」
と意気込んでいたのが、炎天下でだいぶ脳みそが溶け始め
(昨日の昼休みに頭が痛くなり少し身の危険を感じた)、
一枚追うごとに妥協が入りつつあるこの頃。
あと14枚終えればついに休めるか、
が、盆前までに区の上半期の精算をまとめて「盆払い」を行わねばならない。
盆こそ泥のように眠りたい。

今日は終日集落の山道普請なので朝仕事割愛日記。
暑さが原因ではなく、
今のことを感じる力が思いの外欠落した日々になっているのだなと打ちながら反省日記。


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by 907011 | 2015-08-02 05:29 | Trackback | Comments(0)