山中記

<   2016年 03月 ( 14 )   > この月の画像一覧

ニュートラルにする術。

29日。
前述もしましたが、平成27年度最終肉の日。
(お義父様経由で、”高柳最後の酪農家”・荻ノ島のヒデオさんのローストビーフをいただいた)

農協に行って(おそらく)27年度最後の通帳記入をし、
棚田の直接支払いのお金が交付されていたので、
とうとう、区長(会計兼務)報酬をいただき、
これで正々堂々と区の一般会計が閉められる運びと成り、
区長「耐え凌ぐ一年目」の節目を迎えられた。
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と・・・言いながら、数分後に「まあ31日過ぎてからで一般会計〆るのは、いいや。」と呟いて、
区の仕事から自分の脳みそを一切開放して、
ニュートラルな状態に持っていきたかった為に、
漆島の”じょんのび思想”の巨人・ナガエさんにアポを取り、
山に入っていたナガエさんが携帯電話に出てくれたのでお願いして、
ナガエさんの跡を追うように漆島の山に入った。
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雪の手前に車を停めさせてもらう。
近くにキウイの棚の冬囲いを外している元気そうなお方がいらしたので、
ここ、車を停めていいですかとたずねたら、
漆島区長のシゲオさんだった。
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シゲオさんの第一声は、
「おー、お前、さっき農協に軽トラでいたろ?」だった。
ううむ、農山村ではなかなかうかつに悪いことはできない。

また、シゲオ様には広域の会議の役職(2年間)を、
俺が固辞した煽りで受けてもらっていただいた(はず)ので、
頭が上がらないし、あまり目を見て話せないようなこの頃。
会議室でなく、晴天の下、地元集落で会えてよかった。

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(俺の中での)「巨人・ナガエさん」たる象徴である、不耕起生き物田んぼ。
この田を見ながら畔道で40分くらい、いろんな話ができた。
自分の暮らしや集落の指標、あるいは持続可能性についてなどなど。
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その後、ナガエさんの水車発電や秘密の地下実験室で手づくりのあれこれの話を聞き、
「そうだ、今、ナガエさんの話が聞きたい」と、連絡をとろうと思った時に想像していたように、
やはり、自分の脳みそがすごーくニュートラルな状態に戻っていくのが感じられて良かった。
静かで、柔らかくて、多様で、そして具体的な考えややりたいことを具体化しているナガエさんの姿は、
ただただ格好良かった。

村にあることで、自分ができる時に、自分がやりたいことをする。

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ナガエさんについては、イナカレッジの「地エネルギー」のレポートが詳しいです。

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「ふふふ、これはねえ、冬の暇な時の仕事にね、
 竹と門出和紙でランプの傘をつくってみたんです。」
と、静の巨人はほほ笑みながら聞かせてくれた。

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そして、しばらくご無沙汰している間に、なんと、
家の玄関から数メートルの距離に新たな不耕起田んぼがつくられていた。
家の窓から眺められる不耕起生き物田んぼ。
俺もやりたくて、また、「ううむ。ナガエさん、すげえ」と唸りながら、
不耕起田の泥の匂いを確かめた。
今春3年目(たしか)のこの田に苗代をつくり、ポット苗を4月からつくられる予定なので、
俺が山中で手ごろな大きさで実験田ができなければ、ナガエさんところに来ようと想った。

ちなみに、写真奥の家をナガエ巨人が借りて、
地(自)エネルギー研究所事務所(仮)にしようかなと話していた。
たぶん、ナガエさんにはそう遠くない先に、弟子がつき、あそこに住みつくんだと想う。
あの屋根にもソーラーパネルがつけられる模様。水は山の水。
不耕起田んぼは1人力。費用ほぼ0円。
ほぼお天道様エネルギーと水と生き物で米がつくられ、
わら(窒素)・もみ(ケイ酸)・ヌカ(リン酸)が生き物の餌として還元され、持続可能な循環を続ける。


 * * *


別れ際になおもいろいろ話して(主に俺の相談のような形式)いて、
「うーん、やっぱり具体的にモノゴトやるには3人だね。
 いくら頭脳や企画や実践者を会議室に呼び集めても、多いと具体が生まれないよね。
 3人くらいで、それぞれがやりたいことを持ち寄って話し合ってやるのが結局一番具体的だな。
 それより多くなると、なんでか、ダメになるよね。」
と静の巨人は言い、
俺は雪の前に停めた軽トラへの道すがら一人ブツブツ言ったり、頷いたりしながら戻った。

シゲオ区長さまはキウイの棚から下り、
「俺もやっと風邪が治ったぜ」と、自宅の周りでまだ稼いでいた。
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その後、区長見習いになってからも多様な情報をいただいていた、
荻ノ島の観光カリスマであり区長のトシオさんと役場の密室で一時間、
多面的機能の直接支払いの活用法と荻ノ島の財源の内訳や、
外部人材についての具体的な策と窓口についてなどの話をレクチャーしてもらった。

密室を出たら、そこは役場作業着男軍団の昼休み歯磨きラッシュと化していた。
弁当にカップラーメンをプラスして食べたと思われる、
山中の地デザイナー・イサオムラタ様も歯磨きをされていた。
皆さん昼も歯磨きして偉いなあ。

午後に野暮用(?)で岡野町に行く用事があり、
ぐるぐるハウスでイマイさんとサイトウさんとお茶等いただきながら、
またいろんなユニークな手法や、高柳人脈についての上手な距離感などの
お知恵を貸していただいた。
豆の瓶や薬草酒BARなど、ぐるぐるにも久々に行ったら
どんどんユニークに「やりたいこと」を目がけて進化していたのが見てとれた。

イマイさんは俺よりも1年上の高柳移住先輩でもある。


「俺なんかさー、最初こっち来て、
 どうも”ぐるぐるハウス”ですってあいさつしてたらさー、
 何かの新興宗教だと思われてばっかりで、あれはまいったよなあ。
 で、空家を活用するたんびに、”サティアンを増やしてる”って言われたし(笑)。」
 (『ぐるぐるハウス・今井さんの高柳デザイン像』(未刊)より)



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昨日。

そうはいっても、俺は山中の田んぼをやるのだ、とりあえずやりながら沈思黙考するのだ、
と思い直し、オクサへ”水ごったく”の続きにいく。

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山中で春夏秋冬その姿を見ない人はいない、”山中の鉄人”フミオさんが、
不慣れな部門である水管理をあれこれ思考錯誤していたので手伝った。

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「え、何?このヒモは?
 ま、いいや。いいか、こうすればいいっと」といろいろ話ながら、
”いずみや”の田に無事水がかかった。

村の人は皆知っているけど、フミオさんの個の力で、
じつは山中集落の特に農道や水路およびいたる所の除雪などは
徹底的に維持管理され、持続可能な態勢をキープしていただいている。

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夜は山中生産組合の総会へ。
お義父さんが副会長に改選。

隣りのイサオさんとビール呑みながら、
「副会長の役になれば、
 ”飲み会”の日時が自分の都合悪い時には、都合の良い日に変更できる権限があるんですねえ」
と話していた。

生産組合に村の会計から貸していたお金の内、5万円を返還いただき、預かった。
領収書つくらねば。

結果的にですが、
まだ27年度の村の会計処理の仕事を先延ばししたのは正解だった。結果オーライ。

4月1日から数日間、山中を出て、27年度の慰労&ブレインストーミングの旅にゆきます。

エイプリールフール、見事に恥も外聞もなく、我らは完膚無きまでアホになってきます。







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by 907011 | 2016-03-31 23:59 | Trackback | Comments(0)

小康。

野田知祐さんのカヌー犬じゃない方のせがれ・ガクが持ってきた菌がなかなか強力で、
まだ一家そろってゲホゲホいったり喉を傷めたり腹痛に見舞われたりして、今一つぱっとしない。

思い切り動き続けられず、好天のなかでじっとしているとフラストレーションがたまる。
田んぼが本格始動する前の今が一番静かに遊べる、
春夏秋冬の始まりの「デトックス期」なのに仕方なく書類をやろうとして止めたり、
寒くないけど薪を燃やしてみたり、ストーブの前に座って本を読んだりetc.

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汗をあまりかかずにやれることは何かと企み、
忙しいだろうに坪野の新婚ヤマさん家に半ば強引に米を宅配。
ちょうど麦麦さんと八石山に登るのだというので、
行動食として需要が見込まれる山中みどりの里の笹団子と一緒に、
山中の地デザイナー・イサオムラタさんが作成した、
『ババークリフ』ステッカーを贈呈。

<「あんこ濃厚。ヨモギ濃厚。ババア濃厚。」
  (『イサオ・ムラタの名コピー集』(未刊))>


うちの自然栽培実験地(しばし放置中)の一つ、”さんじゅろばつけ”(さんじゅろうの畑)は、
日当たりの良い崖で雪どけがかなり早く、そこの”まま”(斜面)には一番にニラが自生するので採集し、
新婚ヤマさん家の新婚キッチンにそっと置いてきたので、
八石から下山帰宅した頃には新婚家がニラ臭くなっていたことだろう。
春の自生ニラは香りも味も濃厚。
逆・ファブリーズ。

俺も八石で杯を交わしたかったし、
その前後には、もう何年も気になっている看板「ステーキハウス八石」にも行ってみたかった。

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一昨日29日。
平成27年度最後の肉の日。

相変わらず喉風邪のままで、痛飲通院した。
脳の仕組みに精通した女医さんにしばし俺の脳みそのバイオリズムについて相談。
具体的に、とても明快に、
「いまあなたのすべき務め、考える範囲はあなたがたの集落までにとどめるべき」、
「したがって、特に広域にかかる会議あるいは夜の会議などは、
 あなたのひ弱な脳に負荷が掛かるので避けるべき。身体を優先してください」と、
ドクターストップがかかったのだった。

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そういうことなので、オクサの田んぼに行ってしばし水を眺めて、
「あー。そうだな。」と腑に落ちた。
守ろう、自分の心身は自分で。
もう一段低い所で、できる時にできることをできるように、具体化しよう。

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とりあえず、今年から継いだ”たつみょう”の田のうち、
この1枚は水がたまらずなかなか手強いので何とかしようと”水ごったく”をした。

田んぼのうち、私的には稲刈りと草刈りは難儀いけど、
それ以外は楽しい。つまり、「刈る」という行為と折り合いがついてないのか、自分。
(現代農業に「刈らない農法」とかトリッキーな特集出ないだろうか)

水は楽しいので、思いの外、汗まみれになる。
でも、もうすぐ農繁期になれば今年のオクサは特に水不足しそうなので、競技と化すだろう。

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5枚引き継いだ”たつみょう”の田の上の方も水がなかった。
まだ、主に「山中のタモさん」しか水かまいに来てないので、
一番上の水路に上って悪さをこいてきた。

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山中生産組合・シゲル親方やその他の田んぼたち、水は見るからに完璧だった。
丁寧な人たちとつい比べてしまうから、見なかったことにしよう。



<もし自然が物質的な、あるいは社会とか目に見えるものとして
 自然というものが考えられるとすれば、
 それはやはりことごとく人間の心を圧迫するものとして機能してしまうのだ、
 それが自然の力なのだといっています。
 だから自然の力に対抗するには、やはり目に見える力ではだめなのだ、
 空の空に相渉るような力を人間が持っていないと、
 押し寄せてくる自然の力に対抗することはできないという言い方で
 自然の力の意味を使っています。
 (吉本隆明の183講演「倫理と自然のなかの透谷」)>



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夕方、帰宅。
年度末、区長仕事をしよう、と思い立ち、
でも、着手しないでちょっと散歩に出た。

中学生の時分に自覚したのだけど、
テストの前夜になると俺は、まず始めに机に向かい、正しくノートを開き、
その15分後になぜか机の整理をはじめ、引き出しを断捨離したり、
一時間後はもう椅子から下りて、床を綺麗にしたりする癖があった。
二時間後に「はっ」と我に返り、ノートを開き、
でも、今度は勉強のタイムスケジュールの見直しをはかり、
その30分後には、「もう遅い時間だから朝早起きして勉強しよう」と独り言を唱えて就寝していた。

それは高校生になっても大学生になっても、さらには社会人になっても修正されなかった。
そういう脳のシステムになっているらしい。
病のようなものなので付き合っていくしかないのだとあきらめた。

なんてことを思い出しながら歩いてみたら”ごすけ”がままで火を焚いて綺麗にしていた。

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<透谷の扱い方の頂点は、
 やはり自然は人間を圧迫するものだ、特に人間をとはいわないのですが、
 つまり厭世詩人を圧迫するものだと考えたところは、
 透谷の自然観の一番熟したところだと考えられます。
 その熟したところは、
 逆にいえば透谷を滅ぼしたところだ、つまり死なしめたところだともいえます。
 当時の日本の社会は、もちろん農業国です。
 働く人の半分以上が農業に従事していたという時代です。
 ですから透谷の到達した自然観、熟した自然観で、
 自然の力は厭世詩人に対しては全部いろいろなかたちの圧迫なのだという考え方は、
 透谷を滅ぼしたことにもなると思います。
 それはとても難しいことですが、
 透谷の自然観はそのあたりでだいだい完成をみるということになっていったと思います。
(「倫理と自然のなかの透谷」)>










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by 907011 | 2016-03-31 04:48 | Trackback | Comments(0)

透谷。

月の灯る夜だった。

平場のセガレさんところで越冬していた”なおんじ”のバサが昨日の昼に、
オラ帰ってきたぜーって挨拶に来てくれた。
雪も少なくて、良かった良かったと二人で束の間、笑い合った
(なおんじのバサは耳があまり聞こえない為、俺の苦手とする表情のコミュニケーションが肝要だ)。

うちから見える「村」に明かりが一つふえた。

 * * *

目の弱い家系に生まれたので、わりと小さい頃から、
「もし目が見えなくなったら、ああしてこうする必要があるなあ」などとぼんやり考える機会が多かった。
『解夏』という映画を見て、自分なりに「イン・ザ・ダーク」という概念をより具体的に考えるようになった。

精神がブレブレで人間不信の塊のような自分が、
それでも時に人(老若男女問わず)を「好き」になる感覚は、
その人と過ごした時間が終わり、別れた後に、
「もし、いま目が見えなくなったとして、
 俺はあの人の表現を”視力”に替えて、信じて、頼りにして、
 耳に伝えてもらう言葉で、(自分に見えない)世界を脳裏に描いて生きられそうだな」
なんてことを想う、そうした気分だと思う。

「見えなくなること」は自分の業であり、
欲や煩悩でもあり、これまでの罰だとも思っている。
見えなくなった瞬間に、とうとう晴れるような業だ。

今日も凍み渡りを歩いた。
5時頃、夜と朝との立ち別れのマジックアワーがもっとも静かに興奮するような時間だ。

もしも、視覚を失った自分が、
その瞬間からおそらく必死にもがいて、
徐々に研ぎ澄まそうとするであろう別の感覚には、我が事ながら興味が深い。







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by 907011 | 2016-03-29 05:18 | Trackback | Comments(0)

冬季レク。

昨日のフミエ。
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まことに天気の良い一日で、
イサオ兄はスキー力向上研修活動に、
山中インターン生君は東京で笹団子や姫の井のシティセールスに、
イトー家はガク菌による風邪で家人がダウン、
俺も半ダウン半区長仕事と、
我ら「適疎」の会も皆それぞれのソロ活動に余念のない年度末の週末だった。

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早昼を食って、ガクをつれて公民館へ。
2階に移設された観音様を銘々が参った流れで、
「賽銭箱開けちゃう?」というノリになり、ありがたいありがたいと皆で数えたものを預かる。
思いの外、2万円くらいあった。10数年ぶりに開けたらしいけど。
これは山中の剣神社の通帳へ。

神社は年間の建物共済が約5万5千円(2種類)。
盆行事は現在公民館に会場を移したものの、
春祭と秋祭、
あとは2年参りと小正月のどんど焼きで主にみんなでお参りする。
おととい、宮司さんがうちにいらして預かった神社の負担金が28年度は7700円。

という感じで山中の台所事情は農山村の限界集落としては、
かなりディスクロージャーされている(つもり)。

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大正生まれの「山中最後の木こり」サイチ翁と、ガク
87歳差。
ちなみにその後ろでたそがれている(寝てる?)のはトクイチ翁86歳。

今年は16人(たしか)の適度に疎(まば)らな冬季レクレーションだったがいろいろ緩くて、
ツッコミどころ満載で、面白かった。
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従来4班とかだったのを、2チームに分けて、一戦ずつが決勝戦状態。
なぜか1種目を2回ずつやることになり、しかも場所を変えるホーム&アウェイ方式を採用。
俄然、レクリエーション感がぐっと増したまでは良かったものの、
自分がどっちのチームだか皆混乱して少しずつ適当に混じり合い、
そのうちにゲームの集計係りのシゲルさんとマサオさんも、
互いにどっちの点数をつけているかわからなくなり、
なおかつチームの一員として種目のアンカーをしなくてはならず、
そんなこんなでいろいろ緩くなり過ぎた結果、
最後は、
「まー、いろいろあったけど、ジャンケンで2回勝った方が勝ちでいっか」というゆる決勝で幕を閉じた。
 
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どっちが勝っても負けても、特に何かが1mmも変わることもなく、
この恒例行事も、さあさあさあと速やかに「一杯」(「お茶飲み」とも言う)へ。

今日も一番搾りがよく飲めた。
やっぱりキリンだな。
隣りでサイチ翁が、山中の「村田」は坂上田村麻呂の時代から来た姓で、ひっくり返して村田なのだという、
何だか知らないが鵜呑みにはし難いぞという感じの話をしていて、
それをカワシマさんが冬眠あけの熊の様な形相でよく聞いていた。

俺の乾杯挨拶は今一つだったので、
締めは一杯入れば確実に笑いのとれる男・ヒコスケを指名し、
期待を裏切らないつかみネタと三本締めをしてもらった。
(上の写真真ん中・指をさしているのが山中の漫談師ヒコスケさん。
 同じく写真手前の瓶ビールがいっぱい立っているのが俺の一番搾りたち。)

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夕方に少しだけ出た土で鶏を遊ばせた。
弱り気味の名古屋コーチンと、昨夜献身的に介護していたウコッケイ。

 * * *

なんて噺を、イヤホンで立川談志の落語『芝浜』を耳に流しながら書いた。

昨日だったか、おとといだったか、
夜中にガクの寝言で目を覚まして、横を見ると、
ガクは、あごを右手でさするようにつかみ、その右の二の腕を左手でつかみながら寝ていた。
暗闇のなか、あまりに唐突に俺は「談志師匠のモノマネをする人」に月明かりの下で邂逅した。
なかなかトリッキーな芸を持っているなあ。我が子よ、それどこで習ってきた?
と、思わず聞きたくなったが、それは
「よそう。また夢になっちまうといけねえから」。









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by 907011 | 2016-03-28 03:41 | Trackback | Comments(0)

黄金のまどろみ。

うちのセガレ・ガクは俺よりもあちこちでよく稼ぎ、
月~金までフルタイムでお勤めに出られている。

我が家はテレビがないので、朝晩などの時間は、
ノートパソコンがその都度物置の奥の隠し場所などから見つかり、おもむろに引っ張り出され、
アンパンマンやしまじろうなどを映すメディアとなる。

 * * *

ガクが山中に戻る30分前くらいに父は静かにパソコンを開き、束の間の動画を楽しむ。
貴重な”束の間”ではあるが、昨日またみうらじゅんさんの『アイデン&ティティ』の映画を見て、
いいちこを呑みながら涙した(とはいえ、時間ないので手短に自分が泣きそうな場面をセレクトして)。
本も映画も良いものは何度繰り返し見ても鮮やかだ(致命的に記憶力が欠如している)。

「おとなの悩みに、こどもの涙を、流すのさ。」と、
アイデン&ティティの中で峯田さんの演じるナカジマは唄う。

今シーズンの冬の夜や、週末の時間はガクとよく遊べた。
とくに家人が風呂に入っている時間は男二人の結束を強める時間となり、
父として俺にできることは何かと思いあぐねた結果、
ノックして戸を開けた後に、ダチョウ倶楽部の「ヤー!」をして入室するように仕込んだりしている。
保育園でもう二人の良い相方を探すように言っている。

 * * *

そして、布団の上での一時。
イヤホンを互いの側の耳に挿して、
『Golden Slumbers』を聞いて、二人でインチキ英語で囁き合う。

いつか、ある日ふと、聴覚から瞬間を思い出してくれたらそれでいいと想う。

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by 907011 | 2016-03-27 10:13 | Trackback | Comments(0)

役員会の夕べ。

最近、自分がやたらマジメに仕事をしてストイックに一日が終わっていく。
ときどき家事も無心になって、やる。

おかしい。
異様だ。
「・・・だいいち、なんだかこれでは年相応ではないか。」と疑うあたりに、
自分のアイデンティティを探る鍵があるような気が瞬間的にした。

狂ったように酒を飲んだり、
酒を飲んだ末に狂ったり、
酒を飲んだかのように狂ったり(精神的に)、といったことが激減してしまっている。

「不安定な自由か、不自由な安定か。それが問題だ」と、
『日本の川を旅する』の中でトモスケさんが書いていたが、
そこを俺の場合は、「不安定かつ不自由」という、
時に自ら二重苦の中にダイブするような破滅型というか創造的自己破壊にこそ、
潜んでいる(かもしれない)、表現のモチベーションを手繰り寄せようとする悪い癖がある。

一歩踏み外しやすい、とっても危険なエリア、
でも、意外と誰もが大なり小なり隠し持っている官能的な沸点であり融点であるような世界。
呆れて、苦笑いされながら、でも実は隠れて共感者が少なくないという言葉がある。
それを、自分は、自分なりに知っている。

なんてことを想いつつ、いいちこを吞む17:30。

 * * *

昨日。
直接支払いの書類不備のもろもろを出した後、階段でイサオさんと密談していたら、
上から郵便局のコサカイさんが下りてきて、「今日から家まで入りますよ」と宣言される。

帰宅してなお昼飯食わずにマジメに机で何か(忘れた)やっていた12:50。
果たして、コサカイさんは「車の道」を駆け下りてやってきた。
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夕方から役員会を招集。
1時間半くらいマジメに協議をした。
おそらくこの一年でもっともマジメに村の現状と向き合っていく姿勢を確認する協議となった。
「もっとも」というのは、つまり俺が区の会議をほとんど開いてなかったから、などの諸説もさまざまにある。

会議後、すみやかに慰労会。

日常において、たぶん口の筋肉が退化するくらい人と会話をしないワタシですが、
1時間半くらい話し続けて具合悪くなりそうだったものの、
公民館の瓶ビールが従来のスーパードライに代わって、
正月に”さんしょ”のオチョさんが一ケース寄贈してくれたキリン一番搾りになり、俄然やる気が湧いた。
やっぱりキリンだよなあ。

もうすぐ一年の頑張りを讃え、労い合えた良い夜だった。
やはり会話の多くが田んぼの話だなあと途中で思った。
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夜中に喉の渇きとガクの寝言で目覚めた。

屋根から落雪の音を聞いていたAM1:30。
玄関前に出てみたら、なかなかの降り方で5センチくらいあった。

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よく冷えた朝。
思いの外積もって軽トラ脱出不可能のデジャブが蘇った。
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薪ストーブの前で懲りずにみうらじゅんさんの本を読み、夜明け。
我ら住む”とわち”の一歩出た眺めはやっぱり、美しい。
いや、「美しい」とかいう言葉ではなくて、なんだかそういうものなのだ。
高校生が”好きな人の顔を見るだけでもしたい”みたいな胸中になって、
飽かずに毎朝眺めに行くようなものか。
迎えにいったつもりが、一瞬ですべてに内包されてひっくり返されるような感覚かも。

すべてを総称して俺は「静かな時間」と位置づけている。
それに浸っていたいという願望がある。静かな時間に居たい、ずっと。

それぞれの土地で必ず探しては出会って来た、
自分なりの自分に必要な静かな時間。静かな空間。
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                  (流しで朝の洗い物しながら俺の主戦場・月ユメ田んぼ方面をのぞむ)




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by 907011 | 2016-03-25 17:57 | Trackback | Comments(0)

納車。

公民館の裏、雪の無い斜面にカタクリが咲いていた。
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山中のアイドル犬・フミエ。
現在、山中犬はフミエオンリー。
特定の彼氏がいるのか否かは秘密だ。

小雪のおかげで、ついに3月中に車が家に入った。
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なかなかスリリングな納車だった。

冬に横着してスコップのままフロントガラスなどをつついたからか、
ワイパーの下にある、「鼻を下から見たようなやつ」がずれていたらしい。
今まさに急な下り坂に突入しようかという局面で、
ちょっと視界でも綺麗にしようかしらと軽トラのウィンドウォッシャーを出したら、
運転席の頭上をはるかに超えていった。

ニンゲン、予期せぬ事態に遭遇するととっさに妙なことを口走るもので、
自分の口から「オーバー。」という言葉が出、言った本人も驚きの表情を浮かべた。

頭上を越えるウィンドウォッシャー。噴水みたいだった。

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無事に車庫入れを終えて、浮かれていたら、
東京から帰省して即、雪割りしまくっていた”そうじろ”のセガレさんが、
おもむろに作業小屋から耕運機を出し、バックで坂を上っていく光景に圧倒された。

そうじろのセガレさんは、残像が映りそうなくらい、とにかく異様に動きが早い。
歩くスピードと同じような速度で草刈りをして前進していき、見る者を圧倒する。

山中愛、というよりトクイチ翁への愛が強く、
月に2度あるいは3度(?)帰省する姿を見るので、
村の人の間では「今日は天気がいいですね」のようなあいさつ的に、
「昨日そうじろのセガレが帰って来た」という会話の始め方をよく耳にする。
いろいろ早いので、「デジャブ説」「影武者がいるのでは説」など諸説さまざまあり、
学会も注目しているとかいないとか。

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今朝。
うまいことスイッチバックさせてパズルのように二台入れ替られた(家人が)。

長野のどこだったか山の方で、電車に乗っていて、
初めて「スイッチバック」という言葉を知った。
当時20歳くらいだった、一人旅に静かに興奮していたワタシ。
車内放送で唐突に「えーと、じゃあ、この辺で、スイッチバックしますんで」みたいな宣言をされ、
こんなところでいったい何が起きるんだと気が気じゃなかった(ような気がする)のを思い出す。


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by 907011 | 2016-03-24 05:43 | Trackback | Comments(0)

巡視。

今朝も筋肉痛に脱力しながらの目覚め。

ワタシも歳をとりまして、身体はあちこち痛いものの、
小雪のおかげで、今冬は雪掘り、雪割りの全行程を
スコップ(7年前くらいに長岡のコメリで¥1000弱で購入)とダンプ(でかい重い強い・鉄)と
かんじき(古いのを適当に組み合わせて)の3種の神器により、
身体のみで存分に渡り合えた。分かり合えた、男と雪。
(繰り返しますが小雪のおかげで)雪との関係性が徐々に納得のいくものとなっていく。

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それはおそらく身体のきしみと知のきしみとを交錯させてこそ感じるものであり、
機械なら機械でまた異なる一長一短の気付きがあるのだとも思う。

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3月入ってからコツコツと掘り割ってきた「車の道」がようやっと開通した。
ほんとに車一台分。

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駐車、回転場も軽自動車1台分。

山中の冬で前の”ふじみや”時代から、
七転八倒試行錯誤し、ときどき涙したり、「ムロフシ」みたいに雄叫(おたけ)んだりしながら、
雪掘りをしてみて感じたのは、
スコップで雪を四角いブロックに刻んで投げるという、
一連の同じ動きを夢中で延々と連鎖的に続けた結果、
その軌跡が美しい風景になっていくということ。

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昨日は大会議室(かつての町議場)の窓から、
外の晴天をうらめしく思いながら難しい協議の進み方を聞いていた。
会議とお金や書類の用事などで午前が終り、
すみやかに飯を食ってすみやかにかんじきとスコップとゴム手を持って、
先日春先除雪したヲクサの田んぼを見に行った。

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この春の水を心配して現状確認という感じで散歩がてら行って見たら、
先行して巡視に来ていた誰か(おそらくマサコさん)が、
今春イサオさんから継ぐ予定の田んぼに水をかけてくれていた。

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一刻ほどしばらく冬と春との立ち別れを想いながら、上ったり下りたりして散策した。

 * * *

あちこちで映画絶賛上映中の『風の波紋』の、
小林茂監督がドキュメンタリーの経緯をまとめた本を岩波書店から出版するとのことで、
ほんの一カ所だけ数行程度自分が関わった(全然お役に立たなかったけど)部分などの校正をした。
じつにかっこいい百姓たちが様々に現れては、しびれることを言うのです。
門出和紙のヤスオ親方もまたかっこよく登場します。しびれます。

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白の美

やけっぱちの雪も3メートルを越えると高窓も埋まってしまうので、
座敷もみんじゃ(台所)も便所も風呂場も行く所すべて真っ暗だ。
潜水艦の中にいるようなもので、
そのつど電気をつけたりけしたりさすがに呆れかえってしまう。
ほとんど寝床を住み処とする八十のじいさんが、
朝食と夕食を勘違いしたからといって笑っちゃいけない。

なにせ森も川も音も みんな白い雪に埋もれてしまうのだ。
人々は村を掘り出すのに懸命だ。
次の日も次の日も、また次の日も
掘って掘って ただ茫然と天を見上げるばかりである。
諦めの底から握るスコップは極めて透明度の高い「無心」がある。
物質文明の飽和の中にあって人間の意のままにならない自然に
苦しみと憎しみと怒りとそのあげくの諦め そして悟り、生の実感。
降りたいだけ降りるがよい 積もりたいだけ積もるがよいと思う心と 
天に向かって十指を組みたくなる心が同居し可笑しい、
いずれにせよ雪は人間から遠いほどに美しいようだ。

―――ようやく開いた窓から取る明かりの中で風呂に浸ってみれば、
あくびの中に極楽浄土がぼんやり見えてくる。

雪の国より生れる(和紙の)雪ざらしの白さは 
色としての白というより 光がそのまま紙面に吸い込まれてゆくので 
透明感から発するやわらかな白さがそこにある。
  (小林康生『和の紙』)





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by 907011 | 2016-03-23 05:18 | Trackback | Comments(0)

しみわたり。

昨夜。塩沢で「旧旧暦(?)」的な遅めの新年会。
ふかぐらで店主・ヒデキ渾身の鳥天を食い、瓶ビール。
ガクもよく遊び、高パフォーマンスを見せた。

その後、麦麦さん家に移り、門出”はしば”のジンギスカンなどをいただきながら、
イサオさんのプレミアムな赤いビールもガブガブといただき、
ふかぐら亭から道路渡って一緒に移動してきた焼酎もいただく。
夜営業を終えたヒデキさんも合流して、子どもも大人も賑やかに宴会だった。
すべてが旨かった。

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たらふくいただき満腹で目覚めた今朝はよく冷えていた。
ストーブの薪を見つめながら夜明けを待って、
今年最高ではないかというくらい凍み渡りを堪能して歩いた。

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「こんな面白い日が、またとあるでしょうか。
 いつもは歩けない黍(きび)の畑の中でも、すすきで一杯だった野原の上でも、
 すきな方へどこ迄(まで)でも行けるのです」
 (宮沢賢治「雪渡り」)



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家の南側に去年無理やり開墾してつくった一畝畑が、雪を割って出た。
越冬ネギと越冬人参、越冬はつか大根。
やがて花を咲かせ、実が結ばれ、種を落とす。
自家採種は私的に最高の道楽だ。
食べるよりも野菜の花や種を楽しむ。

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越冬六条大麦(の、こぼれ種)。

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門出からやってきた、トゲ無しタラの芽。
昨春はいろいろなものを背負ったり追われたりして、春を十分に楽しめず残念だった。
今シーズンは絶不調の冬をなんとかしのぎ、より濃く春が感じられる。

平成28年4月1日。
「これ以上ないという最速の日取りで、
 平成27年度の一年間の慰労がしたいです」と温泉に宿をとる。
ワタシはエイプリルフールに、恥も外聞も無く24時間アホになります。

 * * *

イサオさんに山中版農地バンクをしてもらっていた田んぼを6枚、
この春から増やすことを(結局ギリギリまで「逃げちまおっかなぁ…」と悩みながら)
決意したのはとてもすごく最近のある日。
「農山村」という言葉が本来持っているであろう”顔の表情”みたいなものが、
何となく腑に落ちてきた気がしている。
今年も暮らしを少しずつつくっていきたい。

凍み渡りを楽しんだ後の午前は2時間ほど中山間地の農業に係る会議があり、
会の後によその区長がたからさまざまな情報をいただく。
俺も山中の具体を考え抜いていかねば。任期後半の1年間が始まる。
今春は田んぼもよっぱど早く始まりそうな気配で、
また4月から田んぼで身体をきしませながら、
静かで稀有な山中時間に内包されながら、沈思黙考したい。

 * * *

冬に必ず見返す、みうらじゅんさんの『アイデン&ティティ』。
その映画版もだいぶ刺激的で、主人公ナカジマを演じていた峯田さんが出ていた、
『人見知りのたちの座談会。』を読んでますます峯田さん自身に魅かれてしまった。
参った惚れた。

なんとも奥深き人見知りの世界。
「人見知り、人見知る人に、人見知る。」というダジャレのような句は、
我ら人見知り業界の人ならおそらく共感できるだろうと思う。

銀杏BOYSの『銀河鉄道の夜』をずーっと聞きながら雪の上を静かに歩き続けた。

「凍み渡り 五臓六腑に 染みわたる」という深そうで浅くて実は意味無いなあという句を読んだ6:10。



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by 907011 | 2016-03-22 12:51 | Trackback | Comments(0)

春先除雪。

暖かかった昨日。
”ばんきち”のショージさんとかねてから打ち合わせをしていた春先除雪をした。
(小雪で横着して、打ち合わせを重ねるだけしかしてなかったとも言える)
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俺はかんじきとカメラ持参で8:30ブルドーザー前、集合。
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駐車場~オクサへ上がっていく道~神社入口~”やごえん”前~旧”ばんきち”(山中の万能型インターン生・ハザマ家)まで、
ずずずっと。
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ショージさんのオペ(〇操縦×手術)は、
高柳の超ベテランオペであるキイチさんをして、
「高柳でも3本の指に入るオペだな」と言わしめていた。(でも「筆頭は俺だな」とも言っていた)
雪相手にも、土相手にも。
(そして山中の人は時に、田んぼに沈んだトラクターなどをショージ様に引っ張りあげてもらう)

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時間的にもちょうど折り返し地点に差し掛かった頃、
朝から田んぼの水口を掘って雪どけ水を入れて湛水をしていたという
タモツさんに遭遇したので一服タイム。
タモツさんのことを、山中の人らは「たもさん」と呼ぶので、俺は「山中のタモさん」と呼んでいる。

もともと同じ土建業で働いていた重機使いの二人(タモさんは定年後もお手伝いに通っている)は、
煙草の着火ペースも阿吽の呼吸だった。

そんなショージさんとタモさんが話すのはやっぱり90%以上、田んぼの話。
山中の人は共同作業の一服、お茶飲み、あらゆる時間に
顔を合わせると、田んぼの話をする。
始めはまったくついて行けず、「なぜこの人らは延々と田んぼトークが尽きないのだ」と思ったが、
自分で1枚でもやってみると、不思議とやっぱりその手の話、情報交換etc.が面白い。

 * * *

タモさんは圃場整備されたオクサの団地の上端の一角を手がけていて、
そこはさすがと唸るくらいに、土建的に水をしっかりと田に入れるような小さな工事が工夫されている。
が、毎年雪の間にゴミがつっかえてはタモさん田んぼに余計に水が流入してこの時期は困っているのだという。

しかし、困っているのだだけで済ませないのが山中のタモリこと(?)タモさんたる所以で、
重機使いの二人は嘆く代わりの代替案として、
さっそく「どの資材をどうやって伏せれば改善できるか」を協議しはじめた。

たまさか、昨日の区長会で農政課の方から資材支給等の説明を聞いたばかりだったワタシは、
これこそ山中の小さな自営工事のきっかけだ、やれ出番だ、お仕事だと勢いづき、
「資材支給」の話をしようと口を挟み、俺もここらでポイントを稼ごうと欲を出したが、
超土建型兼業農家コンビはそれを遮り、
タモさんは「じゃあU字溝、ム〇タ組から俺が持ってきてやる」と、
タモさん版資材支給の提案。じつに話が早い。
「〇ラタ組におそらく要らないのがあったはずだ」と話がまとまり、一服戦略会議終了。作業続行。

ワタシは「う~ん。なるほど」と唸りながらかんじきを締め直したり、
所在なさげに何となくカメラのレンズを手ぬぐいで拭いたりして、
再びショージさんのブルを追いかけたり斜面の上の方から回り込んだり転んだりしながら
写真撮影にいそしんだ。

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先週の会議(「高柳地域活動組織検討委員会」、これも名が長い)で、麦麦のノリオカさんがおっしゃっていた、
「やれる人が、やれることを、やれる時に、やれるように、やってみる」(かなりうろ覚え)
という発言に感銘を受けた。
本当、スパッと的を射た名演説だととても腑に落ちた。うろ覚えだけど。

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2歳のガクをどうにかしてこの山中で冬も含めて育てようとしている我らにとって、自分にとって、
現状ギリギリでやっている家庭の事情から鑑みると、
町域で召集される夜の会議なんかは、今は「やれる時」ではないよなあと思えている。

おそらく今年度にいろんな会議数がまた増えた故か、
投げかけられるテーマに関して何の感情も湧かないことがある。
そんな体力気力不足、意見無し、終いに感情の枯渇に陥る病なので、
改選と同時に自動的に理事兼務を強いられるという高柳コミュニティの委員選出は、
区長会でのご指名、提案を受けた数日後から、静かな反対を唱えて辞退させていただいた。

 * * *

山中で子育てができれば、その最低限のモデルになれたら、と考えている。
それは我らにとっていま専念すべき「やれること」だし、やれる時だと感じている。


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10日ほど前に、イサオさん宅にて
久々に山中とは田んぼとは「適疎」とは、と話し合いをして酒を飲んだ。
半農半Xという言葉はことあるごとに広く使われるが、
山中で考えてみると、どうやら半農というよりは「春夏秋農、冬X」というのが実情に添っているのだろう。

で、その山中なりの小さなXとは何かを翌日以降にあれこれ思案したけど、
気付いてはっとしたことに、子育てだって仕事だろ、という世のお母さんがたに今さらかよと怒られそうな、
でも自分ではけっこう抜けていた概念に気付いた。
子どもを山の中で育ててみるための試行錯誤、それもまたX(〇エックス×バツ)。



<「集中」というのは、
 他の人が他のことに「集中」してくれているという、
 ある種の依存関係によって成り立つ。
 つまりは、「集中」というのは、
 「分業」というしくみのひとつの部品なんだ。>
 (糸井重里『思い出したら、思い出になった。』)



作業後、ばんきちでカズミさんにも誘われて珈琲を一杯。
・・・のつもりが二杯目以降が焼酎となり、よく呑んだ。
ばんきちの米がおいしくておにぎりをすすめられるままに5,6個(+ラーメン)食ったら、
夕飯が食えぬほど満腹になり、子と風呂に入って寝た。







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by 907011 | 2016-03-18 04:29 | Trackback | Comments(0)