山中記

<   2016年 04月 ( 17 )   > この月の画像一覧

4月の会計を締めながら。

道普請の翌日、山中の”タモさん”と話していて、
センノウ沢の田んぼへの乗降口を改修することに議決。

村のバックホーを使用して、正しく自営工事を数時間してもらう運びとなり、
午後に格納庫から現場まで重機をとぼとぼ歩かせる。
区長が歩いて、職人が作業する。

「適疎」=good balance。

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途中、カッパツケの田んぼで”ぶんきち”さんが田打ちをしていた。
ユンボの車窓から。

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1時間かけて現場到着。
1時間かけて村に帰巣。

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帰路の途中、木陰で一服しながら、
再び”ぶんきち”さんの丁寧な仕事を見る。
田んぼの情報交換は、言葉のみで行われるものではないし、
一回聞くだけでは身につかない。
一朝一夕では追い付けない情報量であり、
そこからすでに取捨選択が始まり、
たいていは軽く失敗を重ねるための試行錯誤をやってはじめて「工夫」は引き継がれる。

暮らしのすべては実験だと思う。
すなわち、自分なりの仮説を立てて、手前でそれを検証して具体化してみる。
考想を視覚化するということ。
トライ&エラーの繰り返しで、実験は一生続く。

痛みは糧に。

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<私たちは何かを手に入れて幸せになろうとしている。
モノ。お金。そして健康。
でも手に入らなければ不幸なのか?
例えば病人は不幸なのか?
だとすれば私たちは皆、不幸にまみれて一生を終わるのだ。
だって病と死からは誰も逃れられないもの。

でも本当は病人だって、モノやお金がなくたって幸せになれるはず。
肝心なのは何かを手に入れることじゃない。ハッピーになること。

「ある」幸せがあるなら、
「ない」幸せがあったっていいじゃない。
そう考えると、意外なほどに心が浮き立つ。>

(情熱大陸【フリーランサー・稲垣えみ子】から)



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区長が採って、
会計が揉む。

買って、山中ゼンメ(乾燥)。




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by 907011 | 2016-04-29 12:54 | Trackback

春・山道普請。

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雪がなくてあまりにも良い春過ぎて、
 時間切れで記事更新が積み残し化されてしまう、
おそらくこれはイマイさんサイトウさん当人たちはもちろんのこと、
王国のカズナリ館長やオバタさんから再三名前を聞いていたアートディレクター・フサマエさんも認めるフシがあるところの、
「グルグルハウス」状態である。


百姓のそば屋ふかぐら亭のヒデキ店主の文章が、
唯一無二のヒデキさんらしい言葉でちゃんと書かれていて、好きだなあと思う。
が、時々ブログ書いて慢心しているフシがあり、
インターネットの信頼度がすげえ厚過ぎだよなあと思ったりする。
(ヒデキさん本人は高確率でニコニコ満足しているので、
 まあそれはそれで良いかとも思う)


高柳のエキサイトブロガーたち、七転八倒中。

 * * *

春山普請の午前の部で、
記憶にあるのは、3組の皆から離れて先行し、
重機職人・ショージさんと共に、
「共に」というか、重機じゃない方は一人で、
このU字溝の土砂を2時間くらい超スピード猛回転でさらい続けた、という記憶。
午前でだいぶへばりました。


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あとはずっと栃ヶ原行くスノーシェッドまで普請。
7:30~16:30くらい。


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イサオさんからいただいた1組の様子。
我ら3組は山中から栃ヶ原まで達しようかという長距離山道普請のため、
作業時間が異様に長い。
それでいて、ここ2年で二人ほど人足は減少。
日本の最先端の問題がここに直面する、のだと思う。
(別に誰も、何も考えず、
 一服の時間は山のあれこれ、相変わらず田のあれこれを情報交換する時間となる。)

 * * *

終わって、あがろうかという17時前。
イサオさんは、もうトラクタに飛び移り乗り、”かっぱつけ”を耕起しようとしていたので、
あわてて、
「道普請後の田打ちを禁ずる。 山中区」というメールを送り、
イサオさんの高速”田こしゃい”に歯止めを効かせておいた、かどうかはよくわからない。

通い作の人たちが燃えている、28年産山中米の春。
買って。山中米。
(27年産米の扱いは終わりました。
 昨日、無農薬自家鶏ふんはさがけの不肖ワタシの米が一つ動いて、
 高給とお酒とつまみ等に代わりました。等価。)


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あとは、恒例の「りはちナイト」

今回の囲炉裏の燻りはなかなか盛大だった。

おかげで雨も降ってきた。

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”りはち”が4月から勝手にゲストハウス山中になりそうな、
気配のような昨晩見た夢のような話。
またしても、それは落語『芝浜』なもんで、
「よそう。また夢になっちまうといけねえから」
というサゲの口になる。





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by 907011 | 2016-04-28 05:41 | Trackback | Comments(0)

5歳。

山中に越してきて、暮らして、
今日で5年間が経とうとしている。

http://tsunagou.exblog.jp/15500449/

今日は夜明けと同時に月ユメ沢の田へ終日。
朝おにぎり、昼おにぎり。
夜は(寒くなくても)薪ストーブに左耳を当てながら、
ウドをかじり、酒を呑もう。


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by 907011 | 2016-04-26 12:54 | Trackback

春祭。

かつての「地域」とは、
一緒に耕し、一緒に食べる者たちの集まりだった。

「文化」とは、
仕事が一区切りをした際に皆で一緒に楽しむ物事を意味した。

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<フランスとか向こうの国、まあ欧米社会といってもいいですけど、
そこでは、社会の構成メンバーが「生きている人間」だけなんです。
だから、自治をするとき、生きている人間だけで自治をすれば良いわけです。

そうすると原理的には、生きている人間が集まって議論をして、
自分たちのルールを決めて、それに従って行動をするだけでいいわけです。
実際には生きている人間が集まって話を始めると、
そう簡単には上手くいきませんけども(笑)。
ただ、原理としては簡単なんです。
(内山節講演会・2011年・高柳町)>




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<ところが、日本の伝統的な社会の自治というのは大変面倒くさいんですね。
なぜかというと、社会の構成メンバーが生きている人間だけでない、ということなんです。
日本の伝統的な社会観では、まず社会の構成メンバーとして「自然」がある。

自然もまた、社会の中で発言権を持っている存在なんです。>



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<もう一つの特徴は、
 「死者」が社会の中の構成メンバーであること。

 だから、なくなった人たちが遠くにいってしまうわけじゃなくて、
 なおも、ここでなくなっていれば、この辺りに居て、
 それで子孫たちを守っている、そういうところですね。>


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<だから「死者たち」が居なくなったわけではなくて、
 いわば社会の構成メンバーとして留まっている。
 その留まっていたのが、33年とか50年を経ると、自然と一体化して神様となっていく。
 そこから先は神様ですから、「祖先」という感じからちょっと離れるわけです。
 それでも神様になってもなお、その地域の神様として地域を守っているわけです。

 だからどこまで行っても、遠くにいかない。>



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<日本の社会観というのは、
 自然と、生きている人間と、死者という、その3種類の存在を構成メンバーとして、
 できあがっているわけです。

 そうすると、生きている人間の論理だけでものを言ってはならない、ということです。
 常に、自然の論理も反映し、
 そして、死者といってもいい御先祖様といってもいい人たちの意見も反映しなくてはいけない。

 だから、自治をやる時にはこの3者の意志を統合して、自治をやらなければならないわけで、
 これは大変面倒なことになってくるわけです。
 当然、会議をしたって自然と死者は発言をしてくれないわけで。

 それでも、結局こういう自治観あるいは社会観を持っていたのが日本の社会だった。>



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<じゃあ具体的に自然の意見を反映するとか、
 死者、あるいは先輩といってもいいし、御先祖様といってもいいですけど、
 そういう人たちの意見を反映させるというのは、
 どうするかっていうことなんですけど、
 最終的には生きている人間がきめるしかないわけです。
 生きている人間たちが、自然や先輩たちの代理人を務めなければならないということなんです。

 で、それをするために、
 実は、祭りや年中行事が大変重要になってくる。 

 たえず、祭りをやりながら、
 その祭りでは絶えず自然の神様が登場してくるわけで、
 そのことを通して、自然と人間はどういう関係にあるのかを、
 繰り返し、繰り返し、掴み直す。

 そして人間が人間だけのごう慢な論理に向かってないかということをもう一度見直す。

 それから、年中行事を通して、
 ここでも自然の神様が登場したり御先祖様が登場したりします。
 お盆になれば、御先祖様が帰ってきたり、
 御彼岸になれば、こちらから墓参りに行くし、とか。

 そういうことを繰り返しながら、
 いわば、自分たちの生きる世界を誰が護っているのかということを
 絶えず捉え直すという、そういう作業を通しながらやってきたのが日本の自治なんです。

 祭りや年中行事は日本ではイベントではないわけで、
 自治の仕組みの一つだと考えた方が良い。>


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by 907011 | 2016-04-24 04:51 | Trackback

記憶がない。

たまたま内山節さんの講演記録を探していたらふと出会った、
2年ほど前の、自分の「退任挨拶文」原稿。
(長く”空席”が問題化されていたらしい、
 「高柳地区コミュニティ振興協議会」のセンター長を夏にひょいと頼まれ、
 存在そのものをまったく知らず、6か月何とかがんばり年度末で辞めるはずが説得され、
 結果、一年半の間ワタシは夜な夜な「安請け合い。」とつぶやきながら枕を涙で濡らした。)

でも会長・副会長以下仲よしな人たちばかりが増えたので、まあ寛大に過ごそう。

山中区28年度予算について、
揉み、揉まれながら、
区長が区民に上手に説明しながら、
徴収係と無数の配布係を今年も任りましょう。
ああ無償。


 * * *


まったく記憶になかったのですが、
もしかして、すでにここで一度、
山中から「適疎」(てきそ)の指針を考えようとしていたらしき自分の筆跡が、
なかなか粋だと思った。



退任にあたって

伊藤 直樹

 10年くらい前のことですが、『古い建物のない町は、思い出のない人生と同じだ』という外国のことわざを目にしてから、ものの見方が少し変わった気がします。
 冬の夜、山中の共同駐車場に車を置いて家まで月明かりを歩いていると、今ここにこうして居ることの妙を感じます。とにもかくにも10年近く模索ばかりし(例えば8年前の今頃は粟島の漁師宅に居候してました)、今ここに根を張りたいと静かに想い暮らしています。
 初めて「コミセンの仕事」を仰せつかったのは、まだ山中に越して来て1年が過ぎた頃で、恥ずかしながらコミセン(コミュニティセンター)というのがどこにあり何を仕事としているのかも分からない状態でした。懲りずにご指導いただいた中村会長はじめ委員の皆様、地域の皆様とりわけ主事のお二人に感謝するばかりです。
 「コミュニティ(地域社会)」とは曖昧な言葉ですが、地中の根のような役割であって、その枝葉花実は集落や個々の暮らしの充実にあると感じました。
 それぞれの集落がそれぞれに続くことで種は結ばれ、また自分のようなふらりと飛んできた種も、葉や花や土に静かに包まれたりもします。
 集落の「このまま」がこのまま続くようにできればいいなと考えます。過疎の先にある「適疎」を描くことは、古いものの中に新しさを感じることにも似ているようです。
 持続可能な山の暮らしとコミュニティづくり。
 まだ間に合うと思います。



曖昧なだけのカタカナは、嫌いだ。

そういう気分は、具体的に『シャララ』を聴いて忘れて寝よう。




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by 907011 | 2016-04-23 19:13 | Trackback | Comments(0)

空家手入れ部。

小雪で春が皆たまらずうごきまくってますが、
何せウドが細め。
雪がないとないで、山菜とか、
春先の”田こしゃい”の体力不足などの問題を皆で話し合ってるこの頃。
やっぱり雪国は雪がなくては、春先に支障が出るのらしい。

春夏秋冬。
ぐるぐるまわって、我ら山中の「適疎」で素敵な暮らし。

今、「ごえもん風呂」プロジェクトが某所で進行中。
24日に一発試作飲み会(囲炉裏付き)が組まれております。

今年の山中の予算案は面白可笑しく緩々にできそうな予感。
(役員や義父さまには「来春改選以降を待て」となだめられておりますが、
 いろいろ思い付きを仮説&検証の実験をしながら、早く百姓の方をなんとかしたい。)

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by 907011 | 2016-04-23 05:56 | Trackback | Comments(0)

考想。

ここの「区」に暮らすということ。

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「代表する」ということ。



<人生とは
 何かを計画している時に
 起きてしまう別の出来事のこと>



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護るということ。
攻めるということ。

まもるために、たたかい合うということ。
叩き合って、その上で、強度を確かめるということ。


その、わずかな可能性を探ること。
「潜んでいるはずだ」と信じ続けること。
諦めないこと。

そして最後に、キリンビールを飲んで笑い合う為の、
「結論」を導き出し、等しくできるだけ分かりやすいような言葉で説明すること。


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言葉なんて、単なる記号だと思う時もある。
数字よりも存在の強度が不確かな時もある。

不確かな自分が、不確かな考えごとを、不確かなことしながら、考える。考える。考える。


<Let me not pray to be sheltered from dangers
  but to be fearless in facing them.

  Let me not beg for the stilling of my pain
 but for the heart to conquer it.

  Let me not look for allies in life's battlefield
 but to my own strength.

  Let me not crave in anxious fear to be saved
 but hope for the patience to win my freedom.

 Grant me that I may not be a coward,
 feeling your mercy in my success alone;
 but let me find the grasp of your hand in my failure.
(危険から守り給えと祈るのではなく、
 危険と勇敢に立ち向かえますように。

 痛みが鎮まることを乞うのではなく、
 痛みに打ち克つ心を乞えますように。

 人生という戦場で味方をさがすのではなく、
 自分自身の力を見いだせますように。

 不安と恐れの下で救済を切望するのではなく、
 自由を勝ち取るために耐える心を願えますように。

 成功のなかにのみあなたの恵みを感じるような卑怯者ではなく、
 失意のときにこそ、あなたの御手に握られていることに気づけますように)


[Rabindranath Tagore”FRUIT-GATHERING(果物採集)”より石川拓治訳]>




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「自分が一番バカだと思えばそれでいいの」と赤塚不二夫さんは笑ってたなあ。

他人の、言葉に耳を澄ますということ。


聞けば、やっぱり、「すげー」と圧倒され直す、久々の春。


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山の暮らしも、不便も、難儀も、
今日のスマートな暮らしに相対すれば、先ず、「否定」されがちだ。

でも、「大丈夫」だと想った。



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人は、誰でも、
どんなに力の強い人であっても、たとえ声が大きな人であっても、活動的な人であっても、
最後に弱さを学べる。

与える側ではない、
「与えられる」側の瀬に立つ。
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強さは学べても、いくら便利でスマートになろうと、
弱さの学び方ってのは、これは相当に難しい。
手前で転ぶしかないからだ。


山から聞く音、田から聞く音、沢から聞く音、
風の音が好きだ。

それは言葉よりも確かな強度を持つ、
本当、波紋のようだなあなんて、たまにふと泥のなかで感じたりもする
(また「予告編」見てはしびれる日々)。


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<ひとにはふたつあり、風の人と土の人
 ふたつの人調和して風土を織りなす>
 (松之山のコグレさん宅に掲げてあった言葉)



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<いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
 たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。 
 もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?

 写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、
 いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。

 その人はこう言ったんだ。
 自分が変わってゆくことだって・・・
 その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって>
(星野道夫)










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by 907011 | 2016-04-23 04:48 | Trackback | Comments(0)

りはちナイト。

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by 907011 | 2016-04-22 08:58 | Trackback | Comments(0)

眠い。

今すやすや寝息をたてているだれかの耳元で、ささやきたい。
「眠たい・・・」。

フェイスブックやめたのは(おそらく)正解だったけど、
我が家貧乏なので、テレビラジオ新聞(区長あて職の農業共済新聞=ほぼ見てない)がないのに、
今春、小雪のせいか、やたらめったら慌ただしい春。

酒が弱くなった。
周りの山中の百姓(特に通い作ん衆ら)がやったらテンション高くて、
昨日あたりから、「山中のタモリ」こと(?)タモさんや、
こども自然王国にいる”ごすけ”のハルキさん等が「ぶちかき」を始め、
いよいよ山中の村の中で、28年度産米の開始の号令が山に鳴り響いている。

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たまたまお話しした、仙田のジサの昔の鶏小屋。
岩瀬(赤谷だったか?)に、新たな若手の二人が移住してくるらしい。
いいね!(フェイスブック風に読んでください)


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バイクが不具合、
トラクターも山から山へ舗装道路を高速移動に耐えかねて、
いきなりの修理代うん十万で赤字スタート。
買って、山中米。
(27年産無農薬自家鶏ふんはさがけ米と、
 秋の28年産米の予約も残りいくらかあります。
 足りなければ村ん衆らの米を農家組合長としての顔のワタシの方で買い取って販売可能なはずです・・・。)

相変わらず、”どうめい”の帽子のツバは短い。BTM

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ぐるぐるハウスで23日から上田さんの会が始まる。
ぜひお立ち寄りを。

役所などの帰りに、
イマイさんとサイトウさんの掛け合いに、
珈琲一杯いただきながらいつも笑わせられます。

30日はジャズナイト開催されます。
ワタシらは複数名で呑みます。
(しかも忙殺されているイマイさんに家まで送らせるという恐縮な暴挙。偉大なる悪手。)

<だってなぁ、俺らはさあ、どうやって最後に美味い酒を飲むかどうか。
 そのために何ができるか、考えられるかどうか。
 ・・・もう、それでええやん。
 『麦麦ベイク・ノリオカ父ちゃんの金言集』(未刊)より>



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夜明け。ブランコ。酒ケースの椅子。薪割りした丸太の椅子。
ゴザしいて横になったり、電話したり、パソコン開いたり、電卓たたいたり。

山中の百姓ん衆の為に、あるいは山中の年寄りにしわ寄せが行かないように、
区長としての顔の方のワタシが、頭を下げたり、戦ったり、
結局また面倒くさくなって頭を下げ直したりすること一カ月。

”とわち”の自然畑や、月ユメの田んぼや、
”荻漆”での一服や、王国でのソファやら、
はたまた、『風の波紋』の本を見てちょっと涙したりしながら、
はたして、山中区28年度の予算案が出来(会議15分前まで泣きながらオブザーバーと電卓を叩き続け)、
山中区の総会へ提案。

すったりもんだりされつつ、
先の名誉区長、先々代区長、元の村議員、だんごの母ちゃん、
百姓する人、やめた人、重機職人、
なぜだか燃えている新体制の60代の若手隣組長たちや地シンガーソングライター、
江戸っ子気質の親分、万能用務員、等々、全員に審議をおはかりいただき、
最終的に承認の拍手と御声援を頂けた。

山中に来て5年目。
ワタシは初めて、泣き崩れそうになったくらい、
根詰めて突っ張った数日間だった。

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頭がパンクしそうな一カ月だったので、速攻でツキユメへ退避。
まだ、雪、少しあります。
うぐいすや鳥の声、沢の水音、風の音を聞き、
スギナの畦に横になる。雲を見る。

風の波紋が、草木や自分をもなでてくれる。

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もうすぐ6年目の春を迎える、月ユメの田んぼ。
鶏どもとヒトとで、つくりました。

例年、やわらかくて倒伏する辺りには、薪ストーブの灰で根を強く、
倒れにくくて収量あげたいなってあたりには米ぬかでリン酸をぱらぱらっと還元。

ただし、おたまの数がすごすぎて、一晩で拡散されていた。
倒れる稲は倒れる宿命か。
カエル、どじょう、糸ミミズ、(ときどき蛇)etc.
生き物がどんどん増えているように、草取りをして感じる。

商才は難しいけど、俺は慣行農法の2町歩(山の田30枚?作業受託を含む)くらいよりも、
やっぱりこの手で草取りして、泥んこになる山の時間が、好きだ。

故・亀ジサはここで何を想ったのであろうか。
風の波紋は吹き続ける。

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予算案作成に係る、兼業農家シゲキさんと”とわち”で朝ミーティング。
参加者我々+ウコッケイ一羽。

我ら、山中。
冬は、雪の中。


 * * *


<回復した私に、佐藤さんは、
 「病気をしたあと、世界が変わって見えるのではないですか」と声をかけてくれた。
 いろいろな出来事や思い出があらゆる方角から押し寄せてきた。

 基本は悔しいのである。
 失ってはいけないものを失ってしまった悔しさ。
 取り返しがつかないことになってしまった。何かできたのではないかという気持ちを
 友人なら誰しもが抱いたろうが、私もその一人だった
 (それは、いま思えば、不遜ともいえる考えであるが、
 当時はそういう感情がうずまいたのである)。
 こういう気持ちと喪失感とがいっしょになると、胸がかきむしられるような寂寥感を生んだ。
 (小林茂カントク著『雪国の幻灯会にようこそ 映画「風の波紋」の物語』から)>




手前で書いた手前の文章を遡って、たどってみたら、
3つめに出てきたのが、松之山のコグレさんとの邂逅の日記だった。
山中2年生の時のワタシの記憶は、もうございませんでした。


パソコン開いたら、カントクからメールを頂戴していた。
<拙著そうそうにお読みいただきありがとうございます。
 応援ありがとう。これから東京です。体をいたわります。
 高柳で自主上映をしましょう。お元気で。みなさんによろしくお伝えください。
 小林茂>






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by 907011 | 2016-04-21 03:36 | Trackback

総会を今日にしながら・・・。

予算案の最終(区長兼会計の顔の方の自分)チェックと、
村の総会の次第作成になかなか、着手できず。

理由など、
本当にいろいろあれど、
百姓をしている先輩区長もしていらっしゃらないクチの区長さまも、それぞれ一様じゃなくあれど、
十人十色で諸説、ご教授いただくこと数日間。

 * * *

我ら山中から「適疎」を考える会的には、ほぼほぼ指針に向かって、
方針は決まったと思われる。具体。

私的には、
異様な小雪だったというのが大き過ぎて、
それが(今年だけ)大きな要因となって、
「適疎」の指針がさらに見えてきたと想われる。
(適疎←「過疎」ではなく、我らはちょうどいいあんばいで小さくサイズダウンするコミュニティなのだ、
 という哲学者・内山節さん的な思想や小さな経済のあり方etc.)


俺が山菜の勉強する時間などつくられるなんて、
5年山中に暮らしてみて、そんな時間ありえないと思っていたもの。
いくら山中時間でも、そんな百姓みたいな時間なんかとれないもんだと思っていた。

果たして、今春は(小雪のおかげで)山菜が思いの外とれた。

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大阪に居るのだという、小林カントクから
携帯電話に着信がふと(役場の駐車場か何かで)舞い込んで、
前後いろいろあったけど、
「イトー君、いよいよ我々の時代だよ!」とじつにハイテンションで
具合的には何を話したんだか失念したけど、
鬱から練り上げた道筋の先輩である小林カントクの熱量たるやすごくて・・・なかなか熱かった。
魅せられた。
カントク、とりあえず高柳もチケット扱ってくれる、
先輩方がうごいてくれていますので、いったん落ち着いて、
全国行脚の後にゆっくり山中にまた来てください。(ふかぐら亭でも良いし)



<私は映画を作りながら、
  考え、悩み、よろこび、怒り、おどろき、
  振れ幅の大きい日々を送ってきた。
 (中略)
 この映画は私の生きがいであり、生命の源だった。
 だから、私は完成というゴールを早く迎えたいという気持ちと同時に、
 そうあわてることはない、
 来年も再来年も春は来るのだとも自分に言いきかせた。
 この本は、いわば私の再生物語である。>
  小林茂『雪国の幻灯会にようこそ』(岩波書店)より>



* * *

 
俺も即興で何か、自分の言葉を表現せねばと思いあぐねて、
とっさに、
「カントク・・・、おこがましいけど、風が吹いたんだろね。
 風が向いてきましたんでしょうね」、とほほ笑みながら応えて電話を終えられた。
ぐるぐるで珈琲を飲んで、またどこかへふらふらと。

ドキュメンタリー『風の波紋』は、
十日町で23日から(上越も新潟シネウィンドさんもほぼ同時スタート)やって、
カントクも24日の昼間に来るけど、
我ら山中のちょうど春山道普請と、(その後の口のメインの)”りはちナイト”があるから、
いつものごとく遊びが忙しく、なかなかお力になれず恐れ入ります。



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田んぼの水が気がかりなんで、水回りのはずだったのになあ。
気づくと違うことをして遊んでいる。

お昼、うち帰る時間なくなって、麦麦さんのピッツァをツキユメ沢の始まりの、
下口で食べる。

実質、イサオ兄から継いだ田は、
我ら”ふじみや”の故・カメキチ爺や義父さまが途中やった部分もある。

仙田トンネルの上のあたりから、
ここに水始まり、沢終わる。
(宮本輝の小説が好きな人には伝わるかも)

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by 907011 | 2016-04-19 03:31 | Trackback