山中記

<   2016年 05月 ( 19 )   > この月の画像一覧

はじめての黒姫山。

b0079965_4274356.jpg

異様な小雪のおかげで田植えが例年ではありえないスケジュールで進み、
5月最終日曜日に行われていた黒姫山登りの行事に、
移住6年目にして初めて参加できた。
(たぶん、最初にして最後ではなかろうか)

イトー家の我等とお義父さんと何でも連れていかれるジョージ木村君とで、
3歳を筆頭(?)に30代3人、60代1人という3世代5人パーティが編成された。
このうちジョージ君と俺と子・ガクが、「はじめての黒姫山」となった。

b0079965_4275917.jpg

思いの外さくっと登り終えたものの、圧巻なパノラマに山中を見てとれた。
252からの山中トンネルおよび集落の上の方の仙田トンネル側の道など(錯覚だったら失礼)。
5年間住んだのだなあ俺、などとふと感じた。

 * * *

私的に高校時代の数少ない「青春」の思い出の一つが、
ふらりと入った山岳部(と、毎日修学旅行のような下宿生活)で過ごした日々だった。

あの頃、20kgくらいのザックを背負って2000m弱の山で、
いつも体力切れになってばかりだったけど、
その重たい荷物のおかげで、毎週のようにテントで青春の宴席が催され、
(時に他校有志を交えながら)更けゆく時刻と翌日の行程を度外視して、
先輩と同輩と後輩と、なんだかとても青臭い青春話をした記憶がある。

まったく、山部(山岳部を皆、「やまぶ」と呼んでいた)と下宿がなかったら、
自分は早々に高校辞めたいと思ったし、
転換期を迎えることがないまま進学もできなかったと思う。
自分はじつに愚鈍だったけど、常に善き先輩に恵まれて。
悶々としていた自分に転機を与えられて、今に至る。

まさか、「岳」と書かれたガクTシャツ
(麦麦ベイク・ノリオカさんからの贈り物。れっきとした山グッズのTシャツ)を着て、
登る前の磯ノ辺集落(夏季2戸、冬季0戸)に興味津津にかじりつくような
大人になるとは思わなんだ。
だいたいが、高校時分の「働くワタシ」のイメージは、
ビル街でスーツを着て、携帯電話を左肩と耳で挟みながら手帳にメモしながら、
「それはクライアントの方がいい顔しないんじゃないっすか?」
などと言っているであろう、というような自分の姿だった。

「わかってないこと」に対するイメージとは、えてしてそういうもんだ。


b0079965_4282053.jpg


ゴールのすぐ付近で、遠くに見た大木は、
我ら「はじめての黒姫山」3人衆には、巨大な石碑かと映った。

b0079965_4281022.jpg


なんのことはない、山中・オシノブレ(「牛、登れ」が語源らしい)のブナ林と同じ、
相合傘の落書きが力強く彫刻されていた。

b0079965_4283398.jpg

記念写真を撮るケイキさんを我らは記念写真撮影した。
その後、正しくビールを飲み、おにぎりトン汁などを食い、
岡田の鉄砲打ちに独特の形をしたチマキとイノシシ肉をたらふくいただき、
高校時に買ったザックを枕にして寝ようかと思いきや、
泣き叫ぶガクを背負いながら車まで下山した。

その昔、義父が若かりし頃、
半ズボンに水一本だけ持って、
最短23分で駆け上がったと話していた。

b0079965_4284692.jpg

少し昼寝をして、夕方に2時間、田の草取りをして寝た。
草取りは夢中になってじつに楽しい。
「こんなに楽しくて心地よい仕事は無いと思うんだけどなあ。
 なんで皆やらないんだろう。」と腰を伸ばしながら毎年思う。






***********************
[PR]
by 907011 | 2016-05-30 04:29 | Trackback | Comments(0)

天水田。

昨日書いたのをコピーして利活用。

「よし、あとは草刈りだけだ」への残りマジック。
除草のための水とり(張り):あと11枚→あと1枚
補植:あと9枚→28年産完了しました。
田植え:あと1枚(6月ナガエさんから在来コシヒカリ苗を一枚頂戴して、
           不耕起田んぼのための手探り実験田)

ジョージ木村:あと12日→あと11日(昨日でまるっと一か月間が経過)


この一か月間、きわめてストイックに、
未明の3時に起き、区長の仕事等をして、4時半から山へ(至日没)
という暮らしを用事や会議の数日以外1日も変わらずにやってきた。
(そして、助っ人・ジョージ氏との夜座学もほぼ一ヵ月間ぶっ通しで継続中。)

26~27日の夜中にやや雨が降り、
冒頭に記したように、農作業が先へ突き抜けた。
突き抜けたというか、
とかく我らの”ツキヨメ沢”(20枚)と今年増えた”先納沢”(5枚)での米づくりは、
天水(てんすい)しか採れないので、まったくお天道様の下の暮らしとなる。
天水とは山の水と雨水であり、大部分は春先の雪どけ水の恩恵だ。
我らの米は雪が降らないとつくられない。
今年の様な陽気で晴れが10日も続けば沢の水はなくなりかけ、
梅雨が過ぎて、夏日になればぴたっとそれは見事に沢は干上がる。
周囲にまったく水はなくなる。
だから、雪どけと同時(6月までツキヨメ沢なら雪、あります)に田こしゃいをして、
田植え後の水張りをしながら、梅雨明けまでに何とか田の水管理をパーフェクトに仕上げる、・・・予定。

一昨日と昨日の二日間はその天水(雨)が降ってくれたお陰で、
田植え後の3時起き暮らしの日々のうちでもっとも慌ただしい二日間となった。
いろいろ水を自在に、時には頭を下げたりしながら使って奔走の山中時間と相成った。
つとめて表に出ないように振る舞ったけど、自分の内側の顔はまったく激動の48時間だった。

「やっぱり、人にどこか頼りにされるというのは、嬉しいですね。
 何でもいいんです。一つでも、そういうのが今の自分にとってはすんごくありがたいんです。」
『ジョージさんの山中見聞録』(未刊)



ジョージ木村は夜座学のとき、常に
「う~ん、だから・・・、どうなんだろう??」と言いながら唸りながら、
飲みながら、考える姿勢を我らに見せてくれる。
それってやはり素直だなあ、どうにかして前に進もうとしているんだよなあ、と映る。

我らはいかにして前に進もうかというのが、毎晩の議題(ただの話題)の、
それでも、最終的にたどりつきたい着地点として、
飲み食いしながら、考える。考える。考える。
ガクも含めて4人の夜座学なので、
それぞれが思い付いたことを思いついたままに、言葉にしようとつとめる(ガクを含む)。

その発言を揉んだり、たたいてみたり、ひねってみたり、賛同したり否定の議論を提案したりして、
何となくふくらんだテーマに関する、言葉たちの強度を確かめ合う。
酒も入り、時に真っ向から異論をぶつけあうことも(稀には)ある。
でも、それも自分らとしては、言葉の強度を確かめ合う為の、必要な過程だと感じている。

村でもそうだし、どの場面においてもそうで、
それは自分が考想する「小さな自治」においても、
考える”術”として、構築されていっている。
(まあだいたい95%くらいは山で皆で笑い合って話すか、
 夜に吞みながら笑い合って話すかのどっちかですが。)

とにもかくにも、田植えに係る連綿のお仕事が、ひとつ先へ突き抜けることができた。
これはひとえにお天道さんと、燃える助っ人・ジョージ木村のお陰様である。
ということに謝意を表して、ワタシはここで筆を置きたいと思います。
ぜんぜん持ってないですが、筆は。




************
[PR]
by 907011 | 2016-05-29 03:56 | Trackback | Comments(0)

残業。

先納沢で水見て帰り道、
道が緑色になっていた。
緑道。
(秋は紅葉やイチョウの「赤道」編が楽しめます)

昨朝5:00ころ。
b0079965_3473374.jpg


田の枚数だけは順調に(分不相応に)増えて、
管理がなかなか前に進んでくれない。
それでも援農者・ジョージ木村と2人力(+義父さま時々3人力)で一所懸命にやっている日々なものの、
一枚ずつ突破しているものの、
まだまだ自然、特に水との折り合いの付け方が下手くそだ。
下手くそなりに、仮説⇒検証を繰り返す。手探り。

「よし、あとは草刈りだけだ」への残りマジック。
除草のための水とり(張り):あと11枚
補植:あと9枚
田植え:あと1枚(6月ナガエさんから在来コシヒカリ苗を一枚頂戴して、
           不耕起田んぼのための手探り実験田)

ジョージ木村:あと12日

 * * *

区長の方の仕事が相変わらず日に2,3件ずつやってきており、
オーバーフローしつつある日々。
「田んぼ、終った?」なんて聞かれ続けながら、会議のご案内が容赦なく届く月末。
6月は会議と書類で予定が占められるので、
あと12日をジョージさんと、一枚ずつ、突き抜けたい。

昨夜。
入念な夜座学の後の21時過ぎに、
帰路についたジョージ木村から携帯メールが来ていた(すまぬ、寝ていた)。

星が綺麗・・・ですねえ。
言葉にできない。
(『ジョージさんの山中見聞録』(未刊))



疲れた時は、
若くて滅茶苦茶だった時分に、自分のために救いや癒しの時間と手間を献身的に割いてくれた、
数多の「恩人」たちのことを”思い出そう”と想う。

手に持っている我が荷物を、いったん「これは別にいいんだ。気にするな」とその辺に投げ捨てて、
自分のようなバカ者をどうにかしてやろうとしてくれた人たち。
恩返しのできなかった自分が、今山中に居て、これから果たして何ができるか。

未明の3:00。
暗い外を牛歩的に数メートルずつ歩きながら止まりながら沈思黙考。
”ふじみや”を壊して積まれた廃材の内から、スズメバチの羽音がする。
キラーチューン。
暗いことで、聴力が視力を上回るという感覚はじつに面白く興味深い。
インザダーク

今の自分が何をこの先で表現できるか。
関わってお手を煩わせた恩人たちの脳裏にある当時の自分の残像や苦い記憶、失敗や挫折感を、
少しずつでも昇華したくて、それぞれの記憶の上塗り、上書き保存の術を手探るような、暮らす毎日。
山の時間は、わからないから祈るようなもんであるし、
大げさかもしれないけど、「許し」を乞うような自問自答の時間でもある。
その土地は、風土は半端者な自分を許すかどうかは、
せいぜい自分の暮らしを続けられなくては、死ぬまで分かり得ない。

自分は何を表現できるか、否か。
未明の空間の中で、「嘘ヲ借リナケレバ 表ワセナイ真(まこと)」という
棟方志功の展示で見た言葉を考える。

突き抜けたい。

 * * *

「さよならだけが人生だ」という言葉は、
井伏鱒二のオリジナルだとうろ覚えしていたら、違うらしい。


この言葉のオリジナルは漢詩です。
昔の中国、唐にいた于武陵(うぶりょう)という人が作った五言絶句「勧酒」を
井伏鱒二という日本の作家が訳しました。

※井伏鱒二のオリジナル訳は
”この杯を受けてくれ どうぞなみなみ注がしておくれ
 花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ”
(検索したら出たページ「今夜だけの名言」から)



あと12日、我らはこの
「どうぞなみなみ注がしておくれ」を引用することとする。



*****************************
[PR]
by 907011 | 2016-05-28 04:11 | Trackback | Comments(0)

ノーカの休日。

それからの行動録。
6時に浴場に行ったら、脱衣所に雪駄が脱がれてあり、
「どこぞのおじいちゃんかな」と不肖ワタシも一糸まとわぬワタシとなり、
引き戸を開けたら、そこには歳の近そうで、
なおかつワタシよりも頭皮の見える坊主化された、本職の僧侶(修業中)の青年が居た。

「ここは良い宿ですねえ。
 3500円というから果たしてどんなところになるんだろうと不安に思いましたが、
 お風呂までこうしてあって、本当に良い」
と青年。
一見、ワタシのヒゲ坊主にどこか「破戒僧」を見たのかもしれない。
ワタシは山で農家をしている、同じく修業中なのだと話し、
彼は埼玉の郊外にて修行中で、電車で新潟市に修行に行くのだと言う。

そこからなぜか俄然テンポアップして妙に相通ずる、
でもそれぞれの社会における考えを交わして、
わずかたぶん20分くらいだったけど、なんとも深い深い風呂トークだった。ありがたい。
(分かれて気付いたけど、互いに名乗らぬままずっと話し続けていた)

10年くらい前に和歌山の熊野古道(いくつもある古道のうち、マイナーな方をサンダルで行った)で、
開けた中腹地点でそれぞれ別ルートから上って来て出会った、
これまた同世代だった坊さんのことを思い出す。
水が切れそうだった自分に、梅干しを与えてくれた坊さん。
その時も関西旅や山の古道で気分が高揚した自分は何を話したのやら、
残念ながら覚えてないけど、とてもありがたい言葉をいただき、
またそれぞれの下りに分かれ、
俺は古道の終わりにあったローソンでガリガリ君を
「煩悩の塊でごめんよ」と詫びながらむさぼり食ったのだった。

坊さんの映画、そういえばまだ見ていない。

 * * *

映画といえば、『風の波紋』が大絶賛されている小林茂監督からお電話をもらった。
長岡にもし居たらなんて、ほんとはまず居ないだろうなと思いつつメールをしたら、
案の定これから東京行の新幹線に乗るのだという監督だった。

なんとまあ、上越のJAが無料(たしか)の大上映会を開催するのだという。
なんて素晴らしいんだろう、JA上越。.
柏崎もやって頂戴。できないだろうな、無農薬田んぼの話しとかだから。上越すごい。

上越といえば同い年の友人が高田世界館で、
監督のトークショーに合わせて観に行けたとのメールを昨朝いただいた。
<映画もよかった・・・
 風景や方言が自分ちの方と似ているから、
 私は移住者じゃなくて、地元民目線で観てました>

 * * *

前の職場だった東山へ。
早い時間だったので、コマランドを散策。
鶏どもが、これまでうちで卵から孵って増えていったりしていた(今は大幅減)品種と、
ほぼ同じ鶏ばかりだったので、
数羽かっぱらっていこうかと思案したり、
小林”ストーブ”アラタさんに電話したり(「ばれない、大丈夫。」と優しく後押しされた)したけど、
一応ボクも良いお歳なので、なんとか踏みとどまる。

前職、あぐらってさんへ行く。
長岡市の農政課がやっている、かなり面白空間だ。
陶芸登り窯まで自分たちでセルフビルドする集団を率いる親分(窯元)が、
自分の在籍時にセンター長(当時)をされており、、
わすか3年弱で山中に越す為に出たけど、まったく多様な経験ができた。

「窯元」は自分が憧れる男の一人だ。
癖のある方だけど、俺は憧れて、当時は時にご自宅にも呼んでもらってサシで呑ませてもらった。
(ビールはエビス。その後の日本酒も酒肴もまた素敵なものばかり。
 しかも帰りは必ずタクシーチケットをほれと握らせてくれた。
 駅前での飲み会も同じく、職員との宴席もすべて窯元が支払し、タクシー代を支給していた。
 窯元の日頃の「人を寄せ付けない感」とのギャップにはしびれたものでした。)

退職してからも、ふらりと訪れて
その後も窯の薪を燃やしたりしながら酒を飲ませてもらったりしている。

お互い無口なオトコ同士だけど、妙にいろんな話をし続けたような記憶が残っている。
とても憧れるけど、でもとても近づきやすいというか話しやすい。懐がでかいんだと思う。
俺はいつも阿呆なばかりですが、常に周りにすごい人がいて恵んでくれる。

「それからのこと」をお互いに一時間半くらい話した。
窯元や現・センター長(当時:加工の師匠)や畑の親分(当時)と一緒に仕事できた経緯があったから、
そもそも自分は「山中で農家になってみたい」と想うことができたのだと思う。
3者3様だったし自分はいいとこどりのような者だったけど、
山中における自分の構想は、あぐらってに通ずるものがほとんどを占めている。

農の駅はしばらく御無沙汰しているあいだに、美男美女の駅となり、ちょっと「いいなあ」と思った。
そして、高柳で地域おこし協力隊をしていたOさんが、
実は今あぐらってに居り、まったくニンゲンてのはわからんもんですねと窯元と話したのだった。
長岡の知人の皆さま、どうぞあぐらってをごひいきに。
特に棚田オーナーで棚田を経験してみて下さい。
もし、はまったら山中で、ハイグレードな昔の山の田んぼで俺がお待ちしております。


ヤーコンの苗と燻製つまみ二種(窯元の本職)を買って、
コメリで村の除草剤を買って帰宅。

午後からジョージキムラと合流し、
山の田の畔で土木工事、一服がてらミツタカさんの直播田植えをしばしヤソイチさんと見学、
6月に最後の一枚手植えを控えているため、漆島の考える巨人・ナガエさんのとこに苗を見に行く。
6月1日頃、我らはここにちょっとした最後の田植えをする予定、その後水があるかどうかは未定。
不耕起にしたい構想。

b0079965_542129.jpg


夜公民館で運動会にかかる打合せをして、一番搾りを常温で一本ずつ飲んで解散。
今年も盛大に焼肉打ち上げが待っています。・・・翌日には健康診断も控えている。
b0079965_862297.jpg

b0079965_563728.jpg

区長の顔の方の俺に適確な指令を出す、子。

ワタシはほぼガクと遊び、
唯一といってもよい発言をしたのは、
最後の焼肉大会の買い物リストの時に、
「カズミさん(山中の超万能用務員さん)、焼きそばに俺は紅ショウガが欲しいから追加。」
という小声の一言。

ふるえる声と手と、奮う心で、
今年度はこの大焼肉大会に少し増やして予算付けをしたのでした。
まじめな総会の決算予算の話しの中で、しれっと
「焼肉は予算を増やしたいと思うのです」と発言。
目の前にいた5組の隣組長カワシマさんが「イエーイ!」と言い、
周囲が少しにやけた瞬間だったのをかろうじて覚えている
(原因不明の咳がすごくて倒れそうだったかも)。

今年は紅ショウガも増えます。
山中大運動会&大焼肉大会(「山中のあれは焼肉というか煮肉というべきか」と
イサオさんと毎年話す)は6月5日。
善き日。

身体は疲れが抜けないけど、ノーカの休日。
殴り書き。


*****************************
[PR]
by 907011 | 2016-05-26 05:07 | Trackback | Comments(0)

長岡。

昨日。
午後からNOSAI中越の総代会(高柳からは2~3人の代表制)で長岡へ。
下道で1時間くらいで着いたので県立歴史博物館で、
「おふだ」の企画展を鑑賞。
解説がわかりやすくて、たまにこういうしっかりした展示を見ると、
満身創痍の頭蓋がリセットされて良い。

人はどうしようもない(かつての飢饉や疫病など)事象と直面したとき、
どのようにその抗えないものごとに対して、
より上の像(天だとか、ご先祖様たちの集団だとか、神社の神様とか)に
祈ったり、時に身代わりのようなものを木や土などでつくったりしてきたものかが、
現代社会に暮らす自分のような馬鹿もんが見ても、
わりとすいっと腑に落ちる展示だった。

わからないから、祈ったり、昇華させる。
だって、わからないから。
我らの暮らしも、お天道様の下でくるくる回っているようなものだ。
さあ、今日待望の雨は果たして降るか。

************

会議は書類からしてすでにヘビーなもので、
13時半から開始して17時まで休憩なしで議題の一つ一つが、
規模が大きな数値と取り組みで、聞いているだけで疲れた。
事前に書類に目を通してしまうのも善し悪しで、
ああも長く、かつ狭い会議室にいると、消耗する。
消耗するというか、脳は野球監督のように「眠れ」サインを送るので適わなかった。

ただ、議題よりもその後の質疑のほうが
聞いていて興味深い収穫があった。
いろんな立場の人がそれぞれの取り組みにおける課題を質問していたので、
それは勉強になった。
ほぼ、平場の人たちしかお質しせず、
山の方の衆らはどっちかといえば(「いいから、早く決をとれ」とまでは言わないが)黙ってたけど。

長岡に住んでいた時に毎週休みにリセットに行っていた、
美術館のソファとリリックホールの地下(一階だけど)などには行けず。

行けずというより、安宿(部屋に風呂トイレ無しプラン)のチェックインおよび、
数年前に30日連続で座っていたこともある聖地の開店時間が迫り、
どたばたと駅前に流れ込む。

10分前に着いてしまい、のれん出してないまま、
マスターが「いいじゃねえか」と言いながらやおら瓶ビールの蓋を開栓し、
「いま少し、いいかね」と言って、二人でこっそりと飲み始める。

この冬、山中の万能型インターン生・ハザマ君が蔵人見習いをした、
石塚酒造(通称:姫の井)さんで、
高柳の酒米でつくられた「高柳」という酒が最近販売されましたので、
ぜひどうぞ、ご贔屓に。
俺もマスター・コウジさまに一本遣い物に渡した、
・・・つもりが結局18時半頃から鯵の刺身にしてもらったのや岩牡蠣と一緒に開封されてしまった。

なんとも、いつもの空間で、
ごくごくいつもであるかのように、マスターと瓶ビールを注ぎ合って、
競うように飲み、食べて、ぽつぽつと話す。
17時代の常連・サトーさんも相変わらず颯爽と登場して、
焼酎2,3杯と焼き鳥2本を食べて、変わらずスマートに去っていった。

「店入ったとき、ちと異様な”やーさん”ぽい先客が居るなあと思って見たら、
 なんだ、イトー君じゃねえか。」
<『常連サトーさん17時の上がり酒記』(未刊)>

ひげで頭皮出るくらいの坊主で日焼け少しだけして、
腕まくりしてマスターと競い合って飲んでいた様はちょっと強面に見えた、らしい。
「俺ほど気の小さなひげ坊主は他にいませんよ」と笑いつつ、
最後(サトーさんは本当にスマートに数杯で締める)はなぜか握手して帰っていった。

マスターとワタシの師弟談義(主にいろんなオトナがワタシに説教をしながら飲む)は、
けっこうなペースで進み、
途中やはり常連の”飲み屋のママ”とそのお客(元・漁師)も合流。
最後は黒ビールを飲みなさいといわれ、正しく素直に飲み、
漁師だった青年の先輩は、
俺に執拗に「髪を伸ばせばいい男に見えるぞ」と坊主頭に注文をつけ続けて酔っ払っていた。

マスターは、聖地居酒屋(居酒屋という名の居酒屋なんです)の先代・ケンジさまの
戦時の出陣式の写真を見せてくれて、
居酒屋黎明期や先代の大マスターとの思い出を語っていた。
良い酒だった。

でも、風呂に入れず、案の定寝落ちしてしまい、
6時にならないと入れない大浴場の開場を待ちながら、
途方にくれつつ、本を読んだり、考え事したり、
それを手帳にごにょごにょと書き込んだり、お茶を飲み続けたり、
ロビーにパソコンがあったので、これを防備録に記した今でした。

開け、風呂。
ワタシは今とても風呂に「Dive into」したい。



b0079965_5153828.jpg






****************
[PR]
by 907011 | 2016-05-25 05:14 | Trackback | Comments(0)

残りあと半畝くらい。

親子三代(お義父さま、不肖ワタシと家人、子ガク)と実習中のジョージさんと、
麦麦さんのお仕事後に駆けつけてくれたヒサミさんと、
『山中米』を植えつける。28年、我らの田植え。

と思いきや、のっけからガクは泥水を不安がり、
かたくなに足を水面から挙げ続けて「たんぼ入らない」と言われてしまい、断念。

b0079965_2511818.jpg

泥遊びにも時期尚早だったか。
他の子が遊べば負けじと入るのでしょう。
また来春の我らの田植えで、再挑戦してみようか。

b0079965_255070.jpg

お昼を木陰にゴザ広げて食べた。
(昼寝したらツキヨメ沢の日陰は寒いほどだったので、
 半日陰にゴザを移して午後の取り組み前の山中珈琲時間。)
ゴザは万能で我が家では外で山見ながら、
ガクと鶏と遊びながら飯を食う機会なども多く、重宝されている。
あと、俺がパソコンしたり、昼寝したり、書類や本読んだり電話したりという、
さまざまのシーン(?)において、ゴザはワタシの尻の下に敷かれている。

昨昼はランチビールも一杯だけ振る舞われ、
時折風に負けそうになりながら、家人が肉を焼いたりなどした。
田植えは祭り。

b0079965_255966.jpg

田植えの写真は、ガクも入らず、あとは田植えしていたので撮れず。
ジョージさんとガクはご飯の後、沢遊び。

かつて、このツキヨメ田んぼをやってきた、我ら”藤美屋”の故・カメキチ爺さにとって、
このガク(山中産)・ジョージ(愛知産)・俺(秋田産)という3人は、面識のない登場人物である。
ツキヨメの天空から見下ろして、なんとも不思議な眺めだったことでしょう。
おおよそ誰にも予想できないご縁というか、はかり得ない可能性で、
我らは山中に居るのだ。

b0079965_255183.jpg

昼寝から醒めたら、イサオ兄と助っ人・ヒサミさんが登場。

ヒサミさんはイサオさんの母マサコさまのもとで、
嫁入り以降みっちりと「マサコ塾」(植え直し編)で鍛え抜かれているのでありがたい。
(熱血マサコ塾は、その他笹団子編、苗運び編、稲刈り編、小豆畑づくり編、
 もてなしごっつぉづくり編、犬フミエ散歩編など多岐に渡り、
 でも終始マサコさんの笑った顔は万人を魅了し続けている。)

炎の男マサノリさんの熱血マサノリ塾は、我ら「山中カラ適疎ヲ考エル会」でも何度か推奨されてきたものの、
山中には(本当は「熱血」とは付かないけど)熱血マサコ塾やら
熱血マサ塾やら、熱血マサオ(名誉区長)塾、熱血マサオミ塾などの、
「マサ塾」シリーズがエントリーされている、とかされていないとか。
その他類似品に「冷血ナオキ塾」という粗悪なものもあるのでご注意ください。

田の奥が深くて見えなくなったので強制終了。
一日水をとろとろかけながら一晩おいて水が澄むかどうか待ち。
農家の仕事には「待つこと」というのも含まれると聞いた。
待つことというか、待てることを試されるというか。

農家仕事のその他の一つには「酒を飲むこと」「機嫌良く生きること」
なんてものも聞いた。
あわさるところ、待ちながら酒を飲んで上機嫌になること、
・・・と聞けば、極めて自分の専門領域である。
我らの昨昼なんてのもまさしくそんな山中時間だったかもしれない。

田植えの残りわずかが順延されたので、
畔に数年前に植えたカメムシ除けのミントの草刈りをし、
ジョージさんが今春耕した畑、通称:古墳に、自家採種した茶豆を直播し、
我らツキヨメローテクファームの最奥の無農薬こしいぶきの田で草取り体験をしてもらった。

植え直しと草取りの時間とが、
数多ある田んぼの作業の中で、ワタシはもっとも快楽を感じる。

自分自身が「大人」に成りきれない部分で構成されている為か、
稲が登熟するより前段階にとりわけ執着するのかもしれない。
執着という依存性があるのかしらん。
一方で畑は登熟より後の、野菜の花を見ることとその後の種採りの方に、
若い実を食べることよりも執着しているので、田畑により自己投影された”分裂”が伺える。

ジョージさんが、”古墳”を耕してくれているのを見ながら、
「キミがそのうち山中に住んで死んだら、その古墳に入って良いから」と、
人生最終住宅建設業(国道252号線にある門出・矢代石材の広告文句。うろ覚え)的なことを言うと、
「ボクは今、自分の墓穴を耕しているという状態なわけですねえ」とジョージさんは
日向でよく汗をかきよく働きながら、笑っていた。



何か知ら落ち込むだ心は
人熱(ひといきれ)彷徨つて 流し流され思へば遠くへ来たものだ

永遠なんて素気ないね
ほんの仮初めが好いね
愈々 宴も酣、本番です
(椎名林檎『長く短い祭り』




*********************************
[PR]
by 907011 | 2016-05-23 03:40 | Trackback | Comments(0)

平成28年の山中米。

さあ、いこうか。

b0079965_7524180.jpg







***********************
[PR]
by 907011 | 2016-05-22 07:52 | Trackback | Comments(0)

田の隙に、畑を垣間見る。

昨夜もやっぱり寝落ち。
12時半に台所の長座布団の上に横たわっていた。(家人が布団をかけてくれてた)
しばらく状況把握に5分、その後コンタクトを外して、シャワーを浴び、やっと就寝。
二段階就寝。

山中の暮らし体験(通称:ヤマナカレッジ)に復帰したジョージ君と
昨朝合流して朝山ドライブ。
終日共に作業して、大男のジョージ君がなんだか風邪っぽかったので、
1枚植え直しして、夕方早い時間にリリース。

でも、18時に風呂に来たジョージさんが、湯上がり卵肌になったところで、
「まあまあ座って。んで、キミは何を吞むかね?」
と始まって、名古屋帰省で中断されていた夜座学が5日ぶりくらいに復活。
で、気付いたら長座布団に絶妙に横たわっていた。

b0079965_518456.jpg

田植え機を使用しての田植えが終わった。計35枚(たぶん)。
あと、手植えの無農薬はさがけ田んぼが2枚(商品名:「山中米」)。
この2枚、広さもちがうし、別々の実験が行われる予定。
そしてこの秋から二枚同時(それぞれ離れた山の中ですが)に
不耕起田んぼの実験に切り替えられるかどうか、予定は未定。

そんな妄想イメトレをしてほくそ笑みながら、柿の葉茶と桑の葉茶をつくる。
もうすぐ桑の実(通称:桑ベリー)を、衣服と指と顔を紫色に染めながら毎日腹いっぱい食える。
ミョウガの若いの(通称;みょうがたけ)も出てきたので土のままかじってみたら旨い。
そのまま家に上がってビールを呑む18:00。
ウドもおがくずと草で白い部分をこしらえたらうまくいった。
(昨夕そっと玄関に置いてアピールしたものの、母子にスルーされたまま淋しくタライに入っている)

あと、私的ライフラインであるビールの為の、
枝豆(山中豆)を2種100本くらい移植中。
あと、鋭意発芽中の湯上り娘がやはり100粒くらいか。
お後、自家採種の越後ハニーという茶豆が数百粒、
黒豆と山中在来種の「藤吉豆」が100粒ないくらいか。
畝立ての時間が足りないので、途中から畦豆に切り替えます。
人がつくって、狸が食べる。
買って。山中豆。

人が植えて、青鷺が踏み荒らす。
買って。山中米。
青鷺もお玉やカエルやタニシなど食いにえさ場をわりと定めるいるようだ。
しかし今年は数が増えた。

豆の前にまずは山の田んぼへ。

 * * *

明日22日、月ユメ沢の真ん中ら辺で、
我が家(ガク3歳含む)とジョージ研修生と終日手植えしてます。
午後からイサオ兄の奥さま(映画『風の波紋』も観てもらえた)etc.も合流、な予定。

無農薬、自家鶏ふん、はさがけで5年目の「山中米」。
今年は同じ条件でコシイブキ版の山中米も少量ながらやってます。
同じハサで2,3回転できる予定、は未定でお天道様次第。

是非。

そうか、草取りもはじめねば。
Dive into Yamanaka.
身体のきしみと知のきしみとを交錯させながら、
飛び込め、山中。







**************************
[PR]
by 907011 | 2016-05-21 05:42 | Trackback | Comments(0)

史実。

夜明け。
4時半頃、山へ。
b0079965_424548.jpg

我らのお米はこうしてつくられる。

b0079965_425696.jpg

圧倒的寒暖差。

朝露に打たれながら、ヲクサの田植え完了。

b0079965_4252043.jpg

陽が挿し出す。
私的に朝の未明のマジックアワーみたいな時間が好きで、
明るくなってから後は、惰性でなんとなく生きている気がする。
夜はビールを呑んで、火を焚いて、寝落ちするだけ。

で、また寒いような時間にごそごそ起きて、
薪を燃やして湯を沸かして珈琲を飲む。違いは分からない男。

b0079965_4252839.jpg


昼から水を表面張力いっぱいまで溜めて、
慣行の田には除草剤をまきながら、下の田の植え直しをした。
JA柏崎のエースから唐突にもらった、謎の除草剤「ベンケイ」を試用してみた。
ベンケイがワタシの苗までやっつけていないか否か、とても心配な朝。

 * * *

植え直しの時間が好きだ。
と、毎年田植え後の時期に書いているような気がする。
今年もやはり良いなあと思った。夢中になる。
身体をきしませながら、思いついたことを思いつくままに考える。

けっきょく最後は手が万能だと気付かされる。
機械だと通り過ぎたり、機械側の都合があって、
山の田んぼとの折り合いがつかなかったり、ロスもけっこう多い。時間的(移動とか)にもコスト的にもそう。

手は折り合いがつけやすい。
水や土や、その時々のその場所場所の条件に合わせて、
その条件と、一つずつの「関係」を結び直していける(ような気がしている)。
その代わり時間だけは要する。

機械の上の人となると、存在してくる「良し」「悪し」という区分けの言葉が、
手で植え直す時には、良いも悪いもなく、
ただ、ニンゲンが諸条件よりもずっと一番下の存在として、
「ここで田んぼをさせてもらいますからね~。あ、どっこいしょ」という関係の結び方ができるんだろう。
高いところでなく、もう一段低いところで、出会い直せる。

自分はけっして懐古主義でも何でもなく、
現代農業も工夫や改善が無数にあって好きだと思う。

ただ、自分なりに、「続く(続けたい)ための緩さ」のようなものを考える時に、
手で結ぶ関係性の方が、存在の強度は確かなように感じる場面が多い。
山中から「適低技(適切なローテクノロジー)」を考える会。YTTGK、略せず。
もう一段、低いところで会いましょう。

自分は強火で何かを継続できた試しがなく、
できるとすれば、吹けば消えるような弱火でトロトロ継続ができるか否かくらいかと思われる。
強くもなく、弱いから続く、そういうこともあるのかもしれない。
糸井重里さんがある落語家を指して評していた、
「重さをどかすような軽さ」という表現も印象的だった。

たまに風呂で読む本であっても、不思議とそういう言葉に目が魅かれる。


<人が自分を覚えていてくれるかどうなど、どうでもいいことだ。
 そう思えるようになったのは、べてるの家の人たちと出会ったおかげかもしれない。
 私が相手にとってどういう存在か、それは配慮として気にすべきことであって、
 それ以上でもそれ以下でもない。
 私も出会った多くの人の顔を忘れるが、そこに他意はない。
 何度でも出会い直せばいいのだ。
 生きていればそれができる。
 (田口ランディ『寄る辺なき時代の希望』)>



かえるやうぐいすの無限ループな鳴き声などを聞きながら、
泥に足をとられそうになったりしながら、
ふと、「あー、諸行で無常だねえ」と思った。
おこがましくも、手植えと身体のきしみが諸行のようなもので、
諸行とは無常なのだと、学校で『平家物語』で習った。
意味はさっぱりわからないけど、池の中の蓮の花のような印象はわりと強く残った。

「諸行で無常のやつ、俺の田んぼにあるよ。」と言った時に、
山ガールでも歴女でもなく、「古文女」(?)みたいな人がいれば、
「ヘーケじゃん。それ、ほんとに史実~?」
「マジで史実史実!」
っていう会話が発展するのかな、と『そにぎりくん』を思い出し笑いながら田から上がってビールを飲んだ。


Dive into Yamanaka.
区長ね、最近・・・、
本当の意味での「山中」って何なのかなあって思うんだ・・・
「もっと飛び込め、山中」って。




***********************
[PR]
by 907011 | 2016-05-19 04:24 | Trackback | Comments(0)

あと一日半くらい田植え(という逃避について)。

最近連夜。
まるで漫画のように毎日、晩飯(飯というか酌というか)しながら、
気付くと目が閉じ、座ってさえいられなくなって、
「ちょっと5分だけ・・・」といって寝落ちしてしまうようになった。

泥酔と寝落ちは似ている。
ニンゲン、不思議なもので、
意識的か無意識的かを問わず、
酒あるいは睡魔によって、「もう、ダメ・・・」となった瞬間に、
その時々の一瞬の判断でまず、”視覚”が畳一枚分の場所を探し出し、
あとは自ずから「あ、ここだここだ。そうそうここだった・・・」といって、横たわる。

「起きて半畳、寝て一畳」とは云われたもので、
適宜一畳の平らに近い場所を見つけるや否や、刹那にそこで電源OFFとなる。
その際、視界は「最後の一仕事」をして、
その他の嗅覚や聴覚の情報は、視覚に比べれば劣勢となる。
瞬間的な死に近いほどに眠いから。死に近いくらいに酔っているから。

で、過去のワタシの経験からすると、
未明などに、「はっ!」と目が醒めた時に、
なぜか街中の通りで大の字になって居たり、
植え込みみたいなところに上着を着せて、その下で寝て居たり、
(当時の職場の)公的鍵、私的財布、公私共用の携帯電話等いっさいがっさい入ったカバンを、
路上で会った、おもに路上などで生活しているおっちゃんにあげて、
アパートを目前に(鍵がないから)凍えながら資材置き場で寝たり、
冬に泥酔してただの「ニンゲンと等身大の奈良漬」となり雪壁のあたりで身動きとれなくなって、
ブルーシートに包まれて玄関に引きずり下ろされたり、
枚挙にいとまがなく、良い子は真似しないでください。

 * * *

というようなことを書いて未明。
農繁期のこの頃は3時に起きて、
そろそろ4月の区一般会計をパソコンにデータ化しようかと思いきや、
その「仕事」に向き合えず、
役所にメールをしたり、ほぼ日を読んだりしてしまう。

で、4時半に山へ。
これはもはや書類等からの逃避をすべく、田んぼしているような錯覚すら覚える。
逃避的かつ超健康的山ごもり。

んで、夜は家事育児をほぼ10割家人に任せ、
ワタシは長座布団一枚のスペースを最後の視力で確認し、
サッカーの”キラーパス”のように、
まさしくその時にそこしかないという、絶妙なスペースに絶妙な柔らかなタッチで横になる。

全然関係ないですが、
ブルーシートという資材は万事重宝されるわりに、
色見なのか手触りなのか、すごく無機質な物体としてぞんざいに扱われているので、
ワタシは一人山に居る時に、あえて一文字だけ言いまちがえて、
その存在を「ブルーノート」と呼んでみたりを試みてみたりしている。
とたんに、俄然に、ジャズっぽさが山に響き、
沢と風の音の中に魂(ソウル)が躍動しだす、・・・かどうかは正直よく分からない。


Dive into Yamanaka.
スイングしなけりゃ、意味がない。
飛び込め、山中。




*************************
[PR]
by 907011 | 2016-05-18 04:28 | Trackback | Comments(0)