山中記

<   2016年 06月 ( 20 )   > この月の画像一覧

本来無口。

2時に起きる。

ここ数日は、2時を通り越して(?)、
1時半とか1時前とかの完全版漁師サイクル
(朝飯後にうつらうつらし、昼寝でどうにかリセットする)だったので、
えらいもんでまっくらな部屋の電灯をつけて時計を見ると、
「おー2時か、よく寝たな」と安堵するから不思議だ。
今日もまた昼寝でリセット。
夜がひどく、晩酌しているうちにやっぱり長布団で寝落ちし
目は開けられなくなり横になって家人に迷惑をかける。

桑の葉茶を煎じ、飲む2:30。
滋養強壮、ダイエット効果など多様な効能があることを、
飲みながら、まさに喉をごくりと通過させながら、知る。

昨朝。
頑張って、「第二の矢」を放ち終えた。
去年はとかく春の区長就任からあれよあれよといろんなものが一挙に迫り来る一年間であった。
自分でも我がことながら正直言ってよく頭脳が耐え忍び、持ち堪えたと思えた。
それで二の矢プロジェクトには取り組めず、情報や事例を教えてもらうこと1年間。

小雪もあってか、
また本来の我らの暮らしづくりを取り戻すべく、
もういっぺん山中の時間に内包されようという心持ちに組み換え直したおかげか、
昨年とは好対照的に良いスタートダッシュ(赤いトラクターでロケットスタートも切りましたが)が保てた。

農業研修生・ジョージ君も一途にまあーよくやってくれた。
(そして彼の本研修後には「就農編」という大きな続きがある。
 生半可な覚悟では進めぬ茨の道だと思う。
 ちなみに、就農編のほかにも「婚活編」、「能登食べ歩き編」と、
 あわよくば「イトー家@能登・夜の座学続編」など大切なミッションを複数抱えている。大変だ)

 * * *

今日。
9:30から集落運営に係る中山間地等直接支払い会議。
19:30からやっぱり会議。
高柳農協が市内の支店に統合(支店から「枝支店」という呼称へ)されてしまったので、
これまで高柳支店で行われてきた農家組合長による支店運営委員会が組み替えられ、
東部田尻支店運営委員会として、高柳からは委員選出して代表制に変わる。
選出人数などは夜に行かねばわからず、
選出方法も送付資料に明記されていないのでわからず。
欠席すると「欠席裁判」が怖いので眠たいけど出席予定。

委員選出となると、向こうの支店会議に出た際には、
なにがしかのそれ的発言(陳情とか)力が求められるので、
自分はできる限りご遠慮願いたい。
基本的にしゃべりませんのでワタシは。

 * * *

おとといだかに会ったイサオさんが「オラ、ケイ酸カリ播き終えたぜ」と言っていて、
初めてワタシの暦にケイ酸が即座に書き足され、
昨日、月ユメとセンノウ沢にケイ酸まき。完了。
もう一段、強く成れ根っこ。
22枚の田んぼに移動や袋づくり(おおざっぱに量りながら)も含めて2時間弱くらいで完了。

不思議なもので、ケイ酸まきを終える(あと9枚まいてない)と、
なぜだか、自分ところの溝切りまで終ったかのような、
また一つ季節ごと天候ごとの作業が片付いたなというような、
妙に晴々した気分になってしまっていけない
(実際にはどちらの作業も片は付いてません)。

朝仕事と午後の時間に溝切りか草刈か、やろうやろう。






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by 907011 | 2016-06-30 04:20 | Trackback | Comments(0)

最後の田植え。

山の本来の「暦」を使いこなすマサオさんが、
田植えを終えたのが先週。

昨日。
山中最後となる田植え(場所の離れた2枚)を”ごすけ”のハルキさんが、
「え?今日何かあった?」というようなさらりとした顔で終えていた。

この前あった時は、「う~ん、月曜にでも植えようかな~」といい、
その前にあった時は、「草刈りが田植えを追い越して終わった珍しい年だ」と笑い、
さらにその前にあった時も、
「ばあさんが苗にまだ水くれしてるしねえ、植えようかねえ」と一服しながら話してた。

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バイクで夕方”ごすけ”の田植え後を見に行き、
「う~ん」としばし唸った。

土曜日に仙田の高倉集落に行って山を見ながら話していた時もそうだったけど、
近頃とみに、キヨシさんが本来の「暦」の重要性を語り聞かせてくれる。
「ナオキ~、今だぞ~、ほんとは今植えるんだぞ~!」と。

田植えが「遅いこと」が小馬鹿にされるというか、
「早くないこと」「終えてないこと」がまるで劣っているかのように見られる風潮に、
キヨシさんは警鐘を鳴らし、吠える。
「いいか、勘違いしてもらいたくないんだけど、
 お前ったのところのマサオさんのその暦が本当なんだぞ。
 他のやつらが早く植え過ぎているだけのことなんだぞ~」。
(べつに吠えてないけど)

俺はまたもバイク上でう~んと唸りながら、
”センノウ沢”の復刻田に水をかけて座り込み、静かに眺めながら、
「来春、苗づくりの実験をはじめてみようかしら」、と企む。

とにもかくにも自分の苗がつくれないことには、
山中固有の「暦」(ともするとそれこそが本来の「山中時間」と言えようか)に寄り添うことはできない。

昨日、春日農機に久々に会った(イサオさんトラクターにも再会)ので、
”どうめい”父ちゃんがしばしば口にする、「ともすると」が感染(うつ)るんです。

2017春先育苗。
種籾をいかにするか、購入分と自分で「筋」を継ぐ分と。
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山中に来てから毎年夢遊病のように
ふらふらと継続してきた「柿の葉茶」を啜るAM2:20。
柿の葉茶はここの日記にもすでに何度か登場している。
(下の検索昨日で柿の葉と入れたら5回も書かれてあった)

昨夜は上がり酒に梅酒を久々に飲んでみた。
家人が
「疲れてると梅酒がうまく感じるのではないんですかどうなんですか?」と
半ば教えられ半ば詰問されるかのように言われたので、
飲んでみれば、たしかにおいしく感じた。

そういえばおとといに義父ミチヒロさまと話ながら、
何の気なしに目の前にあった完熟梅をもいでかじっていたら、
これも酸味がきつくてうまかった。

毎冬に何かに触れて書いてますが、
特に寒い時期に味わうポン酢が好き過ぎて、
俺の前世、ポン酢の蓋かなんかだったのでは、といつも妄想する。
「ポン酢を冷やで味わう」と書きかけたものの、誤解を招く表現なので自主規制。
サイバラさんの『ぼくんち』のなかに、
大雨の川で流されるあばら家を見ながら、
こどもに醤油をなみなみ注がせて吞むおっちゃんがいたなあ。

ちなみに、梅酒炭酸を一杯飲んだあと、
次は梅酒を焼酎で割ったものを飲み、
それが次第に梅酒の焼酎割増し炭酸の梅酒抜きとなり、
炭酸水もやがて水となり、結局ただのいいちこ水割りに転じて、
最後はウイスキーロックをなめているうちに寝落ちしていた。

起きた方の自分はうちの周りの茶葉を煎じ飲む。

久方ぶりにまとまった恵みの天水。
これで小雪をカバーする降水が累積されて、
次の冬の豪雪は一雨ごとに避けられていく。
降雨がつじつまを合わすようにして、来たる雪を加減していく。
手繰ろう、本来の暦「山中時間」の学び方を。

 * * *

カッパ着て草刈りor外遊。

違う、今日28日は朝7時から「上納」の儀の日だった。
村の人らの山中時間では、6時半から皆わらわらと公民館にやってくる。
区費もらい、5月からたまった会計書類を処理しながら農協へ。
第二の矢」の申請書類もつくり、急ぎ放たねば。

・・・外遊にワタシはゆきたい。


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by 907011 | 2016-06-28 02:46 | Trackback | Comments(0)

小画。

24日AM4:30。
”センノウ沢”の復刻田に行ったら、水が満タンに張られていた。
よくよく近付いてみたら、くわえ煙草のイサオさんが笑いながらトラクターに乗り、
助手犬フミエ監修のもと、すでに代かきを仕上げてくれていた。

昼前。
山中の取り付け道路の隠れ名所(まったく隠れてない)「ザリガニ池」で
”ばんきち”にええポンプを借りて、機械洗い。
30分昼寝をし、柏崎にて担い手農業者総合研修会に出席。
「循環型農業推進事業」と「地域営農支援事業」の2つを今後要チェック。

戻って19時半、「高柳自立経営農業者会議」に参加。
中間層の年齢でありながら、
これまで地域農業をぐいっと牽引し鼓舞されてきたキヨシ会長が勇退され、
さらに後進を育ててみようじゃないかとの提言のもとに、
ミツタカ代表・新体制となり、スライドしてオノジマ副会長、
そして、昨年一年間固辞させてもらった自分が事務局(feat.町事務所Oさん)にスライディング。

事務局から「副会長兼事務局長」という何だか一番大変そうな肩書に
慣習的に自動スライドしたオノジマさんは役員会を欠席されて、
総会の場で初めて新体制を目の当たりにし、
「俺聞いてなかったんすけど・・・マジかよ~」と顔を少し引きつらせながらビールを飲んでいた。

日頃よりキヨシさんやミツタカさんから、
「自立経営は高柳の百姓のための最後の要だ」といくたびも聞かされていた不肖俺も、
今回は腹をくくって、自然スライドに加わり、
「事務局の方の打合せはなるべく俺出ますので」と、
ビールをあおるオノジマさんに納得してもらった。

とはいえ自分もあの百姓のレジェンドだらけの中にただ座るだけでも
恐れ入ってしまうものの、
一方で、新規農業者が数人入ってくる今年なので、その点は楽しみだ

 * * *

空けて25日8:00。
前夜、後進に道を譲り、でも実は皆が”アベソーリ”みたいに「二度目の本番」を期待された、
キヨシさんに連れて行ってもらって、お隣りの仙田へ。

先般相談にゆき、その場で瞬時に話が出た”ええ乾燥機”が手に入りそうな模様。
自分の自立経営農業において、はじめての設備投資。
他にもええトラクター、ええ田植え機、ええコンバインなどがエントリーされていた。
(うちの義父さまとは「トラクターは二台あればいいなあ」と話している)

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仙田の高倉集落、7戸。

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昨日現在で、無農薬田の草取り2枚目(無農薬自家鶏ふん5年目)の一周目が9合目まで進んだ。
草取りが一段落して、溝切りを適当に片を付けて、
「あとは草刈りを残すだけだ」となったら、雨降りの日にでも、
こうした10戸を割った小さな農山村の集落を見に行きたい。

これまで山中区の補助金のメインであった、
中山間地での農業に対する農水省補助金(高柳で「直払い」と呼ばれてきたもの)が、
いま第4期5年間のうち2年目に差し掛かっており、
もう3年半後には、可能な限り小さな画にダウンシフティングしたいと想っている。

その前に来春に山中もそこここの集落でも、区長改選の選挙があるので、
次の区長が決断することだけども、
その小さな画、
要するに高齢や不慮のケガ病気の離農に耐え得る、村落の「しなやかさ」を備えたいと想った。
それが、自分が想う、山の暮らしの”このまま”を続けていくための術だと考えている。

で、そのための一手としてより柔軟な”もう一つの直払い”(多面的機能支払)に手を挙げ、
これらを併用しながら(もう一つ”第三の矢”をじつは用意しつつ)、
小さな画の描き方を何パターンか、白紙に下書きを描いておく予定で考えている。

だからいま、小さな村落をなんとなくふらりと見にゆきたい。


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人参の花は花火のようで、
そこに黒赤のきれいな模様のカメムシが毎日遊ぶ。


仙田の奥や谷根や松之山に、
ふらりとそのうち外遊にゆこう。

 * * *



 私は「市場価値」と共に、
農業・農産物の「本質的価値」を見直す時期にきているのではないかと思う。
農産物が生み出され、流通し、食卓に並ぶまでにどのような行程を経て、
そこにはどんな工夫や苦労があり、どんな思いを持って届けられているのか。
安ければ正義なのか。反対に、国産であれば無条件に良いものなのか。

 思いと誇りを持って作られた農産物には、
おのずと本質的な価値や意味が宿っているはず。
それを、誇張するでも卑下するでもなく、ありのまま伝えることができたなら。
それを「価値」と捉えるか否かは相手次第だが、
これからの農業者には、それを自分自身の言葉で伝える使命があると、私は考える。

 今、農業を良くしたいと考えている人は、農業者だけではない。
さまざまな分野の人や消費者が、農業に関心を持ち、農業を応援しようとしてくれている。
しかし、だからこそ核となるのは農業者自身。
農業の本質的な価値を、誰よりも知っているはずの私たち農業者が、
自らの声で発信していきたい。
(『農業共済新聞6月3週号「大波小波」』岡山の酪農家・三浦正之さん)








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by 907011 | 2016-06-27 04:14 | Trackback | Comments(0)

2年越し熟成、「山中の七夕」部。

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現在、鋭意部活動(手配り用意)中。

我らはよく酒を飲む。
我らはよく酒を飲み、そして徹底的に妄想しまくる。
徹底的妄想でもっともポップに盛り上がるのは、
自虐ネタを一つずつ拾い、それらを洗い直して、磨き直してみる時間だ。



<「あんこ濃厚。ヨモギ濃厚。ババア濃厚。」
  (『イサオ・ムラタの名コピー集』(未刊))>




それは、そもそも「疑う」ことにもベクトルは似ている。
人が「ここがダメなんだ」と決めたことを、もういっぺん(懲りることまったくなく)疑いだす。

人が「要らないよ」といったものを、
嬉々として「それ俺にめぐんで」といってもらう。

ものごと、何でも一長一短があるもので、
切り口を変えて見れば、
その見る角度を一度ずつずらしずらしして眺めてみると、
陰と思ってばかりいたものにも、陽はあるもの。
マイナスもゼロの部分もいっぱいある、
でも、プラスの部分も同じく潜在している。

それらを見つけるまで、出会うまで、とかく時間を要する。
でも、逆にいえば、手間暇さえかけられれば、
何とかものにできる機会が誰にでもある。

要は、肯定できる力を日々養っているか、
肯定力を上げないと切り抜けられない局面を抱えているかどうかだと感じている
(ex.村でのニンゲン付き合いの中で、
   自分が想う「適材適所」を叶えるための企画と実践、等々)。

おそらく、大昔に自分が勝手に自分のライフワークと位置付け取材して、
対談形式で連載を書いた「こわれもの」の影響を自分はすごーく受けてきて、
以来折(例えばこんな記事)に触れて考え暮らしてきた。
また、近年はみうらじゅんの言葉に依るところが多いと思う。「自分洗脳」とか。

 * * *

だから、妄想はできるだけ「部活動化」する。
大がかりな企画など何もなくて、
ただ、天然酵母みたいにここに暮らすなかでふっと湧いて出た妄想を、
中学生の部活みたいに悪ふざけばっかりしながら笑い合って実践する方法を手繰る。
そのトライ&エラー。
仮説とその検証のための実験。


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小さな企画なりに小さな失敗を連続する、そしてそのたびに我らは強くなる。

これからも思い付くたび、
100円や500円の「ワンコイン企画部」、
もしくはより高度な(想い一つでカタチにする)「0円企画部」を
適宜立ち上げ、部活動化してゆきたいとワタシは思う。


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玉ねぎの花、咲いた。
雨よけしないと自家採種が難しい野菜の一つ。
愛すべき、その難しさ。





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by 907011 | 2016-06-25 05:14 | Trackback | Comments(0)

文机。

朝飯を食いながら、便座に座りながら、
農業新聞の投書欄など眺めていると、
全国津々浦々の農山村で四苦八苦奮闘している姿を垣間見る。

昨日半日かけてみっちりとレクチャーを受けてきた、
「多面的機能支払い」の取組みもしばしば目にする。
http://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/tamen_siharai.html

高柳の町内をふらりとめぐって、また各種会合に出席したり、
よその公民館でお茶を飲んだり、電話やメールや山で情報をもらったり、
それらを自分なりに見聞きしてみて、
あらためて銘々の集落の取組み様について、「凄え」と唸るこの頃。

 * * *

それでも、
今の自分ができることは、まずはここのこと。

山中はどうするか。
いま、何ができるか。
何を拾うべきか、如何なる声を拾い、それをいかに挙げるべきだろうか。

自分が山中に来て5年間が経過した。
致命的なほどに不確かで、あわあわと過ぎるばかりの暮らしのなかで、
ただ一方で、
村の人たちはときどき「ふっ」と、ユウジロウさんの話をしていた。

「ユウジロウさんが生きて居たら、山中は今ともっと違っていたと思う」のだって。
「いやいや、山中なんてもんだけじゃねえ、高柳じゅう違ったろう」、と。

地域を剛腕で牽引し鼓舞し続ける、門出・キヨシさんも
そういえばいつか何かの折に触れていた。
「ユウジロウさんが死んでオラ、コウタロウさんとオンオンと泣いたもんだった」。

 * * *

すっかり漁師みたいな生活サイクルになってきた俺も、
自分なりに、未明から4時半までの2時間くらい、
未亡人・マサコさんに譲っていただいた”ユウジロウの机”で、
考える、考える、考える。
(6時頃からの机上は、ガクがユーチューブで恐竜の動画などを凝視している)

去年のいつだたか、俺も「ふっ」と、
”やりたいことリスト”に「『村田ユウジロウ論』」(山中から「適疎」を考える会出版部・未刊)を追記。
みんなの言葉によるユウジロウさんのこと。
かつての彫刻家が、「木の中に眠っている彫物を彫り出す」かのように、
その姿をおぼろげながらも一つずつ手繰り寄せたい。

「俺も見てみたい」という想いがある。
形而上的なもので、叶わないことではあっても。

「どうなっていたんだろう」っていう憧れゆえの感心でもあり、
自分が抱える弱さゆえの焦りも戸惑いも欲もぜんぶひっくるめて。

日常で出会う人から言葉を聞き、
かつての時間を想像して、
あわよくばそこに、
ユウジロウさんが居た山中に、自分も居合わせたかのように投影してみたい。

それから、ゆっくりとマサコさんやチヨコさんと、
そして、せがれ・イサオさんの「ユウジロウ論」を取材してみたいと、
そんなことをぼんやりと、緩々と考想している。


「金井君の絵本まだ終わってないのに」
と言ったら、おじいちゃんは
「死んだら終わりまで描ける」
と私の耳もとで言った。
(『かないくん』著者:谷川俊太郎 松本大洋)

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真っ白なまぶしい世界の中で、
突然私は「始まった」と思った。
(『かないくん』)






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by 907011 | 2016-06-24 04:52 | Trackback | Comments(0)

Vの字。

未明。
土と生き物と稲に恵みの天水。

オタマジャクシの如何ほどが救われるか。
去年の稲の残り(藁やもみ殻と古株)と生き物と水生草、
累々たる屍が熟成され堆肥化されて土となり、また水の養分となり、
その土壌に我らの米はつくられる。

山中で一カ月余りを共に過ごした研修生”JK”が
うちに貸してくれた『バガボンド』で、武蔵が農業に懸命になる話があり数度読み漁った。
ある農家との出会いが描かれ、やがてその先達は逝去する。
いまわの際に、「これでこの村の土になれる」(うろ覚え)と話して命をひきとる。

先般亡くなった山中の古老も、昼に夜に出会うたびに、
「オラもこの山で死めたら(死ぬことをここらの人は「死む」と言う)本望だ」と言っていた。
移住して数年足らずの自分に、最初に「アンタ、区長やってみればいいよ」と
唐突にびしっと言われたのも故・トクイチ翁だった。

能登へと渡ったJKは、能登の女子探し 10日間の研修に、
あいかわらず懸命となっていた模様。

「明日から研修先希望、本命の所での作業始まります。
 部長183㎝、専務187㎝、もう一人の新入社員は190㎝100kgの大男と肩を並べて仕事します。
 ちなみに社長も175㎝80kgと我が身を越えている次第です。
 僕は僕でケガせぬよう楽しくやってきます♪」
 (6月19日にもらったメールから)


先般、JK氏の実家である名古屋から山中産コシヒカリ¥10,000の注文をくれた。
入金確認のお礼の返信と合わせて、
思わず、「キミはバレーボール実業団入りか」と返事を送ってしまった。


「後半のバレーボール実業団は一見チームワークはバラバラなんですが(笑)、
 締めるところは締め、笑うところは笑いと、
 監督(社長)が上手な手綱捌きでまとまっている感じです。
 機械のスペシャリストもおり、ここを本研修先の第一希望にしようと思います。
(6月22日「研修修了!」から)


山中から「適疎」を考える会出版部から、
『ジョージさんの山中見聞録』および『能登見聞録』の企画化を考えるかい。

(未刊)と打って付ければ、すべてのこれら生きた言葉は本となる。


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昨朝4:30。
”カッパツケ”会場にて、イサオさんによる「溝切りフェス」が開幕。

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これら写真の真中ら辺でイサオさんがライブ中の図。

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おそらく今朝も未明過ぎからフェスは行われ、
会場を移しながら連朝連夕、(ときどき日中に草取りフェスに疲れた俺がゲリラ的に溝切りし)
山の中のフェスは続いていく。


「フェス、しましょう。
 ひびフェス、溝切フェス、コナギフェス、ヒエフェス!」
<『イサオ兄との往復書簡』(未刊)より>



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昨日の薄暗い朝に、半袖で溝を切って切って切りまくるイサオ兄。
Tシャツには「ANA」のロゴ。
アナを着ながら溝を切る。

溝切りが一区切りしたら、また打ち上げ「適疎」を考える為の
入念な企画会議が催される予定(十日町あたりで)。


Dive into 山中。
この夏、最高の”音楽とヒビ”たちが君を熱くする!
舞え、溝切り機。「V」と成れ、溝。
その後、スムージー然となって元通りに埋まろうとするな、溝。


溝切りフェスと同時開催している俺の6月期草取りフェスは4合目あたりをうろうろ。
昨日、「山中農業資源保全会代表印」なる角印が出来、
今ほど未明にはじめての規約づくりを経て、
朝飯後にガク(我が家で唯一月~金までフルタイムで園に通う勤労者)を見送り、
はじめての無利子通帳づくりをするのと合わせて、
農政課の研修およびヒアリングの会に出席して、
区長の顔の方のワタシは各種書類を正しくつくりあと一週間くらいで提出できれば、
山中区に70万円超の農業系支援金が歳入される見通し。

ガクとパソコンを奪還し合い(うちにテレビがないので)ながら、
提出〆切目前書類作成フェスも続く。

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by 907011 | 2016-06-23 04:51 | Trackback | Comments(0)

山中「フェス」、開幕。

イサオ兄と俺の2人ユニットによる、
「溝切りフェス」がいよいよ開幕!

マシン:YOSHITOKU NP-308
ステージ:ツキヨメ、オクサ、カッパツケ、オオノ、センノウザワのいずれかの田
ドリンク:持参
出来栄え:自賛
主催:山中から「適疎」を考える会

 * * *

「いよいよ」と書いたはいいが、
すでに”山中生産組合フェス”はとうに先陣を切って終わり、
”きちごろフェス”も続いて閉幕。
シゲキさんによる”さぜんフェス”も終盤で、
残すは我らのみと思われる。
会場は混雑しませんが、
会場はディープ山中がほとんどなのと、
フェスの時間帯も早朝および夕刻(イサオさんが役所を定時上がり後~サンセットまで)が主なので、
聴衆はなかなかたどり着きにくい模様。

同時開催:草取りフェス・・・&more


 * * *


 「即身仏」がマイブームだったので、山形の湯殿山に出掛けたときです。
目的地はまだ先でしたが、私は間違ってバスを途中下車してしまいました。
失敗に気づいたのはその後です。
その路線は、1時間半に一度しかバスがやってこなかったのです。
 何もない山道に一人取り残されたら、皆さんそうなると思いますが、私も相当腐りました。
しかしそのとき、ふと目に留まったのはそのバスの時刻表でした。
朝から夜までの時間が書いてあるのに、バスがやってくるのは1日にほんの数回です。
 私はその時刻表を写真に収めました。
「こんなにこないバスってなんだよ!」というマイナスの気持ち、憤りからです。

 そして「こんなに待たされて、まるで地獄だな」と思ったときに、ぱっと閃きました。
 この地獄のような時刻表を「地獄表」と呼んだら、見方が変わるのではないか?
 これは「ゆるキャラ」と同じ発想です。
マイナスのものを、名前をつけて面白がってみると、
自分の気持ちすら変わってプラスになる。
 それ以来、私は田舎町に出向くたびに、
「地獄表」を探し、写真に収めるようになりました。
すると不思議なもので、1日に3~4本くるバスの時刻表が、物足らなくなってきました。
3本より2本、2本より1本、
なんだったらバスが1本もこないほうがいいとすら思えてきました。
(みうらじゅん『「ない仕事」の作り方』から)


昨冬に買った『「ない仕事」の作り方』を、
風呂で、寝床で、薪ストーブにあぶられながら、晩酌しながら、
繰り返し繰り返し読み続けて、すでにカバーは千切れ、ページもぼろぼろになった。
この本は面白過ぎる。
というより、みうらじゅんさんの思考や肯定力(本人は「自分洗脳」という言葉を使用)が凄まじい。


 発想の逆転です。今度はそんな場所に行きたくなるのです。
 その町や村も、「バスが来ない町」と言われればいい気はしないでしょう。
しかし「地獄表」という言葉が広がれば、
”「地獄表」のある町です”と、町おこしの起爆剤になるかもしれません。
 普通は皆さん、「いいこと」「面白いこと」の中から、次のアイデアを考えます。
しかし、実はこういったマイナス要素の中に、チャンスは埋れているものなのです。
(『「ない仕事」の作り方』 <逆境を面白がる~地獄表>から)





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by 907011 | 2016-06-22 04:16 | Trackback | Comments(0)

朝型軍団。

無農薬田んぼの草取りと提出書類が佳境。

明日以降、柏崎に三度行かねばならず(昨日も一回駅前通りに走った)、
今週は後半3日間で5回の会議と研修に時間を費やされる。

自然、未明のうちに書類等と向き合う暮らしとなり、
4時半からの朝仕事に備えて、2時頃に起きてごそごそパソコンを開き、
書類を探し、ぽつぽつとボタンを打ってみたり、
メールの返事を書いたりするAM2:30。

溝切りをやっと昨日着手して、こしいぶきの田を5枚仕上げた。
今年は無雨(小雨を越えて)のおかげで、田面にきれいな「V」の字が描けた。いまのところ。
一年前などはこの溝切りがVの字にならず、
U字溝になったり、結局振り返ると泥のまま「逆モーゼの十戒」みたいにふさがっていったりした。

山中は朝に強いニンゲンがうようよ居る。
俺もどうやらそのクチで、
村仕事に係る各種書類および、ガクが起きるとパソコンを取られる(テレビがないので)ため、
漁師みたな時間帯の暮らしをした後、ワタシの方は山へ出る。
漁師とも猟師とも異なるのは、手ぶら(むしろ山から泥だけつけて)で帰宅する点。

イサオさん、ミチヒロ義父、シゲキさん、シゲルさん、フミエetc.
その時々に”朝型軍団”と多様に会って、タイミングが合えば情報交換をする。
(ここらのカタカナ山中人名シリーズは、山中記で検索すると個々のエピソード集が出てきます)

特に朝型軍団の持っている、一人あたりの情報量(95%が山の田んぼの話)はもの凄いので、
なかなか消化し切れずに、翌朝に持ち越しとなる。
なので、基本的に新聞(付き合いで農業新聞)も不要、
テレビもインターネットで出てくる”遠くのニュース”も用事がなく、
「新しく聞く」話しというのは、半径1,2kmで飽和状態となる。
取捨選択。

そして、今年のパターンとして組み込まれたのが、
6時半~7時にほぼ毎日、タモツさん(山中のタモさん)にパンをもらうという日課。
市内から毎朝山中の田に通うタモさんがコンビニのパンを、
決まって3,4個買ってきており、
田や村の話をしながらそれぞれ一個その日のパンを食べ、
たまに余りをうちの母子が恩恵に預かったりなどしている。
(7時にうち帰ってからちゃんとご飯も食べてます)

タモさんはなぜか俺に甘いチョコなどの入ったパンを食うことを求め、
おそらくひ弱な俺がぶっ倒れないようにという職人タモさんらしき慮りなのだと思われる。
ワタシは2時間半後の今朝も間違いなくオクサの田でパンをかじっているでしょう。


 * * *


朝に畑を見てはときどき思い出したり、日々車で通ったりして、
ふっとよぎるのは、先般の事故で逝去した故・トクイチ翁のこと。
いままでさんざん、この雑記のネタとして重宝し、
我ら親子ともどもよく遊び、よく吞んだのがトクイチさんであり、
山中記での登場回数もおそらく一番多いのではないだろうか。

等身大(100%)の地図が意味を持たないように、
言葉は自分の複雑な感情にはとうていおいつかず、
まったくいろんな感情が「ふっ」と湧く。

葬儀で私たちがしていることは、
亡くなられた霊に「仏の弟子になっていただく」ことをしています。
そして、仏の弟子になっていただくことで
安らかな状態でお送りする儀式をしています。

不安定な気持ちや思いを
仏さまの教えに導き安らかな気持ちでいて欲しい気持ちを込めています。

亡くなられた霊も残された方に対して色んな思いがあると思います。
そして、一日も長く生きたかった思いもあると思います。

伊藤さまに対しても
その方から何かしら「思い」や「メッセージ」があったと思います。
メールにて拝見すると、
その方に対して尊敬されていたのだな と思いました。
素晴らしい方だったんだなと思いました。
亡くなられた方は伊藤さまに対して色々と伝えて下さったと思います。

今は心の整理がつかないと思います。
ふと時間を置いて、深呼吸なさった際に、
亡くなられた方の「思い」って何かあるかと思います。
その「思い」を伊藤さまなりに捉えられればと思います。

その方の「思い」がずっと生かされていくのではないかと思っています。
(先日、長岡でお会いした坊さん・ムロヤさんからのメールより)



もう少し時間を、とも考えるし、
一方で、なぜか、
それでも、自分なりに日常をできるだけ”毅然”として過ごして居たいなあとも想っている。

おそらく、若かりし頃に読んだ、故・藤田監督の話が強く及ぼしている影響だと思うのだ。



糸井 巨人が近鉄を相手にして、
3連敗したあと4連勝した日本シリーズを、
ぼくはほんとうによく覚えています。あの時に、
藤田さんに、おしりを叩かれた覚えがあるんです。

藤田 そうでしたか?

糸井 ぼくは、ショボンとして、
「もう、この日で、終わりかもしれない」
と言っていたのですが、藤田さんはニコニコして
「イトイさんどしたの! 元気ないじゃない!」
ポーンと。

本来、こちらが励ます立場なのに、
いま、負ける寸前にいるはずの藤田さんが、
ニコニコして、ぼくのおしりを叩いたんです。
藤田さんは絶対忘れてるでしょうけど、アレは、
「何、この人! スゴイ!」と思わされたなぁ。

藤田さんは、ああいう危機に立たされても、
まったく平気なほうなんですか?

藤田 いえいえ。平気じゃないですよ。

糸井 平気じゃないんですか。

藤田 平気じゃないですよ。
むしろ、人の倍、めいってます。

糸井 はぁ‥‥なるほどなぁ。
ほんとは、そうだったんですか。

藤田 ええ。どん底です、ああいうときは。

『体温のある指導者。藤田元司。』から>


悪ガキで、でも巨人のエースになり、名監督となり、
その道のりや、「自分以外のものごと」に対する想いを紳士的に言葉に残した男だと思う。

とりわけ監督時代に自分に課した自分の訓練法は、
常に想像を絶した感がある。


糸井 藤田さんは、危機に見舞われると、
「命を取られるわけじゃないから」
という言いかたを、よくしていましたね。

藤田 ええ、そういうのはね、
「命までは取られんから」
というところが、最後の踏ん張りですね。

糸井 あ、つまり、それを言っている時は
「命」以外のものはかなり取られているという、
そうとう、キツイ時なのですね。

藤田 ええ、かなりキツイ時です。

糸井 「この試合は、イケルぞ!」
とかということを感じはじめるのは、
やっぱり、試合中にあるのでしょうか?

藤田 だいたい、当てにならんですね、それは。
終わってみないと。

糸井 じゃあ、わからないといえばわからない。

藤田 ほんと、わからないですよ。
10点もリードしていて、
ピッチャーが調子がよくて
シュッシュッシュッシュッ言っている時は、それは、
「きょうはイタダキだな」とは思いますけれど、
それ以外は、2、3点では、わからないです。

糸井 「ほんとは、わからない」ということですか。

藤田 わからないから用心深くピッチャーを変えたり、
これはもう、ウロウロウロウロするわけですよ。
ちょっと1人ランナーを出すと、
次のピッチャーを用意をさせたりする
心境になるわけですね。

糸井 ほんとうは繊細なんだ。
それをドキドキしているように
見せちゃいけないわけで‥‥。

藤田 ええ。
全然気にしていないように、
「何言ってんだ。
 こっちが2点、3点とるのに
 どれだけ苦労してると思うんだ。
 相手だって同じだよ」
そんな顔をしていたら、
選手は割合安心できるんですね。
選手というのは鋭いですからね、
チラッチラッと顔色を見ていますからね。

早い話が「あ、きょうはいかんな」と思うと、
ほんとにイカンのですよ。

糸井 じゃあ、表情に出さない練習が要りますか。

藤田 ええ、そりゃあもう、訓練しなきゃいけない。

だから、監督になりましたら、これはもう、
「大喜び」「大悲しみ」をしちゃいけないんです。
いつも同じような顔をしていないと、
かならず喜怒哀楽が出てしまうのです。

勝ったらバカみたいにわめいて喜んで、
負けたらそこらじゅう蹴飛ばして悲しんで、
とそうやっていると、ちょっとした時に
感情のブレが出ちゃって、
選手に伝わってしまうのですよね。
できるだけ、それを防いだほうがいいと思うんです。

糸井 それが指揮官の務めなんですね。

藤田 はい。

糸井 できるようになるんでしょうかね?

藤田 できるようにしなきゃだめです。

糸井 「なる」どころか、
「する」ものなんですね。
なるほど、「しなきゃいけない」と。

藤田 ぼくはそう思うんです。
人間ですから、
大喜びしたり大悲しみをしたりしたほうが
人生としては、それはいいのかもわかりません。

ひょっとしたら、監督としても
喜怒哀楽をはっきり出してやったほうが
いいのかもわからないですけど、
ぼくの場合は、
それはしちゃいけないんだと思っていました。

糸井 みんなへの影響が大き過ぎるということですね。

藤田 いいときはいいんですけどね、
「悪いときの感情」も
選手に伝染してしまうかもしれない、と。
それは勤めました。
『体温のある指導者。藤田元司。』



で、ワタシは山へ。

Dive into 山中。
朝型軍団に一番影響を及ぼす節分「夏至」。
俺もここから一気に弱る冬へと向かうのだ。

朝の黄金時間にワタシは草をとる。
アナタは何をとる?





**************
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by 907011 | 2016-06-21 04:18 | Trackback | Comments(0)

28年産コシヒカリ、ほぼ完売になりました。

ここ2カ月間ほど超ストイックに農と暮らしと小さな自治に従事していたんですが、
今、ふと気付いたら、まだ植えてすくすく育成中の稲が、
おかげさまで方々からご予約ご注文をいただけるようになり、
28年産の不肖ワタクシのコシヒカリは、
どうやら、あと10袋程度を残すばかりとなりました。
もちろん、無事に稲刈りできればの話ですが、

山中の俺の米は労多くして、収量少なめ。
ハイコスト&ローリターン。
でも、楽しい。
”じんべ”のカズオさんがよく、
「山んかの米は健康なんだ。平場の肥料でばっかり太らせたメタボ米とは違うったぜ」
と言うから、それでいいんだと笑い合って我らは毎日百姓をする。
米だって、だから、適切に疎らがその成りであるのだから、それでいいんだと俺も思う。
適疎。
成りたいように、成れば善し。

来年は今年復刻した田んぼなど、枚数は少しだけ増やすけど、
ほぼほぼこのペース、この感じで、
あとはもう少し深く、一つずつの作業や実験(仮説&検証)を掘り下げることに専念したいと想います。
慣れによって、もし(仮に。万が一)時間ができれば、
畑や鶏や堆肥づくりにあてたいとも想います。

米が直接お世話になった人への志として(年貢)遣えたり、
買ってくれる人、またツゲ家みたいに山中での自分の就農を支援してくれる人たちに、
直に手渡しできることが、何よりも嬉しく、有り難いことです。

頑張ろう、我ら。

朝、昼、晩。
一食ずつに、一口ずつに、
世の中(特に流通)は変えられると思います。
チャンスが日に3度もある。


 * * *

頑張ろうとこぶしを挙げつつも、
我が日常はほぼひたすらに、草取る日々。

今春の一連の”田こしゃい”(杉っ葉拾い、沢を上がって水ごったく、田打ち、代かき)と
田植えまでの、およそ一ヵ月間は、椎名林檎の歌ばかり聴いていた。
ほぼほぼワタシの田んぼはもはや椎名林檎さん(の詩)がつくったようなものだ。
勝手に献上したいくらいに、特に言葉がエネルゲンとなった。

この頃は、落語を聞きながら草をとる。
長屋の性質というか、
ニンゲンの弱さだとか、罪も徳も、生き死にまでもひっくるめて、
寛容に広く「肯定」をする、それができる落語って、
「ほんとに凄げ」と感心する。
そして山の田で一人、ニヤニヤしながら草を取る。


「人によーく叱られた経験だとか、人を叱ったことがある経験だとか、
 失敗したりだとか、うぬぼれたとか、
 その全部のことが、台詞の中からぴゃーっと頭の中に浮かんできて、
 (あー、あの時俺もそうだった)っていうのがあればある人ほど楽しめるのよ。
 だから若い子には楽しめないのよ。
 だって、局面まで迫られたことだとか、
 岐路に立ってうーんって悩んで、”右!”って言って、
 ”いや~、失敗、左だったか。”なんてのがそんなに多くないじゃない?
 多い人が楽しいのよ」(立川志の輔)



日本語だから落語って成立したんですよ。
なんで日本にこういう話芸が成立したかっていうと
腹で思っていることと違う顔ができるっていう人間の特性が
ものすごい生きているのが日本人なんだよね。
ほんとは笑いたいんだけど、笑っちゃ不謹慎だと思われるだとか、
だから、”いやー大変でございましたねえ”とか、
あるいは、ここで哀しい顔しちゃなめられるだとかね。
”いや、私は平気ですよー”なんて言う、この内面と外面の入り組んだところが、
一番複雑な日本人だから、言葉の裏ってのを聞いていく楽しみが落語にあるのよ。



言いたいことを言いたい人は、みんな落語ができるんですよ。
つまり、落語って言った時に、
あのスタイル、座布団の上に和服を着てセンスと手ぬぐいを持つっていうのが落語っていう場合と、
それから古典の本の中に載っている物語りを古典落語っていう場合と。
それからもう一つ、
「俺はこれが言いたいんだ」ってのが落後なんですよ、きっと。

言いたいことをこの物語り以上に表現できないから、古典落語をやってるんですよ。
だから、これ以上のものが創れるっていう新作があれば、新作でいいんです。
新作をいくつかやっているというのは、
その古典落語の中に無いテーマで、
あるいはあったとしても、「古典よりも絶対に時代はこれだ」って思うから新作をやっているわけで、
あとは、古典には敵わない。





先日、家人がとってきた笹の葉(厳密には笹の葉養分)風呂に浸かり、よく殺菌された。

田植えの頃は、ヨモギ風呂。
前の家では家人がてぬぐいなどに米ヌカをくるんだ、”こぬか風呂”もまた良かった。

Dive into 山中。
家の周り数歩分をうろうろしたり、ワタシの日々の山仕事で手が触れた草木など、
ほぼ、その辺のすべてが入浴剤となり、お茶になる。
欲情の浴場。

古屋敷を畑にして、菜の花が終り、
現在こぼれ種人参の花が咲き、ちょうちょが乱舞し、
同じく自生ゴボウももうすぐ鮮やかな花を開く。(種の頃はトゲトゲします)

一番早い枝豆に花がつき、鞘がこれから膨らむ。
今年はなぜか、人生最多に豆を植えているので、
ここから先は仕掛け花火のように枝豆が、
「わたしを刈って」と訴えてくる。

買って。山中枝豆。



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by 907011 | 2016-06-17 03:18 | Trackback | Comments(0)

海ん友、山んかに来る。

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今春から日曜日(と月曜)をお休みにした、海カフェDONA
ツゲファミリーが遊びに来て、
山中の平均年齢は瞬間的にどっと下がり、
美男美女率が確実に上昇したマジックアワー。
(いいあんばいのジサバサは佃煮にされるくらいそろってます、やまんか)

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うちの裏にゴザを広げて皆が座るなり、
ヒロさんがおもむろにお湯を沸かし始めた。
このシチュエーションでまず想定されるのは、
あと、ありったけのタオルを用意して、産婆さんが駆け付けるのを待つだけか、
と思いきや、コーヒーを淹れて(俺ももらい)、麦麦ベイクのパンを(ガクももらい)食べるのでした。
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恒例となってきた山と海との、「物々交換の練習」。
うちの(俺のではなく義父の)梅の実をとろうと思ったら、
もう少しだけ早かったみたいで、とりあえず下見程度。
今年は雪がすくなかったので、枝も折れることなく、
去年は手こずったのに、
今年は地に立ったまま梅の実が採れるというやっぱりどこか異様な春。

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山中のさらに奥、めったやたらに人に出会えない”ディープ山中”で遊ぶ午前。
ツキヨメ沢の田へ。

ワタシ、デジカメ持って歩かなかったので、写真は全てヒロさんのええスマホから頂戴しました。
デジカメを持つと流れ上、ブログを書かなければいけなくなるというパターンに近頃に気付いてしまった。

JK(ジョージ木村・研修生)が一所懸命に農業に従事しているあいだは、
自分もデジカメなどで遊ばずに同じく懸命に(時に泣きながら)山の時間に追われたものだ。
そしてJKは能登での本研修がスタートし、
ワタシはその後もひたすらに草取りをする日々を過ごす。


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例えばインターネットで、
まったく会えそうにないくらい遠くに居る誰かと近況報告をし合えること。
自分もそうだけど、本当に連絡したいなあという相手に、
それも、本当に「話しがしたいなあ」というようなタイミングで、メールを送ってみたり、
大学のバド部の皆がずっとやっているみたいに全員宛先でメールを回覧して阿呆ぶりを確認したり、
それくらい(パソコンで打つフリーメールくらい)が自分にはちょうどいいアンバイだと気付いた。

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一方で、
滅多やたらとただただ遠くに居る「誰か」とつながることも、
有益に利用していける人が多いのが今の世であり、文化だというのも理解できるけども、
でも、その「遠く」や「誰か」をひょいっと目の前の画面に映し出す技術の代償に、
そのすごい引力で画面一枚挟んで情報交換をしなくてはいけない双方と、
むしろ双方だけでなく、その周囲の友人知人旧友その他よく知らない人たちまで含めて、
その、途方もない遠くと、それぞれの手元とをフラット(スマート)にさせるだけの「引力」と引き換えに、
より多くの自由なる自分の時間を失っているのではないだろうか、
と、冬あたりからなかなか強く想うようになった。

俺は自分の時間がまず必要ニンゲンなので、
自由時間をつくりながら、貨幣経済との折り合いを考え(時に涙で枕を濡らしながら)、
とにかく山の時間に追われて暮らすだけの日々に充足感を抱いている。
静かで、休む暇なく忙しくて、昼寝ができて、道端でも寝っ転がれて、
許し許されるにはどうしたらいいもんかなと山の声を伺ってみたり、
妙に高ぶったり、ひたすら反省したり、
なぜだか、一人山の奥の田で過ごす時間に追いつけぬほど満たされる。

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「山の田植えに菜の花畑」プロジェクト。

ワタシは最近、「0円企画」もしくは「ワンコイン(100円~500円)企画」と称して、
これまでただの妄想だった酒飲み話や、
山で一人作業している時にふっと思い付いてニヤニヤして、
結局そのまま時と共に風化したり、単に忘れてしまったりする閃きを、
自分の精神年齢を鑑みて、「部活動化」することを意識付けようと誓った。一人で。

・・・、だいたいの俺の着想というのはなんでか、
「じゃあ、まずその種を採って」というところから部活化が始まる。
だいたい飲み食いの閃きばかりしているということだろうか。

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海の友たちは海に戻り、
俺も山に還り、16条くらい草取りを進め、
家にまっすぐ戻って、まっすぐにビールを吞んだ。

Dive into 山中。
納戸の棚にはビール麦の種も用意されていたりします。
ホップは山の田に自生していたりもします。





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by 907011 | 2016-06-14 04:19 | Trackback | Comments(0)