山中記

<   2016年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧

基準。


自分もどれほどやっているわけでもないけども、
年々、稲架(はさ)がけする農家が減りつつある
(それでも山中ははさがけがまだ多いとのこと)ので、
山中産の藁もまた減少している。

小正月の「どんど焼き(賽の神)」に供出される藁束も減り、
ならば山中資源で、と茅を夏に刈ってそれを賽の神づくりに補充している。


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そんな俺・・・、ではなく”きんべ”のマツナエ夫婦の”地域活性化活動”。
茅は天日でからっからに乾燥終了となったが、
本人たちはまったく陽の当らない、村のヒトも知らない方が多いかもしれない裏方仕事を、
何日も、何日も、自分らの仕事の手を停めて。
我ら小さな農山村での、「地域活性化」とはこういうことをいうのだ。

人目に触れなきゃイヤンというニンゲン(意外に多い)は、
端から避けて、表情は曇り、
腕時計してるんだかしてないんだか分からないような手首をちらっと見るふりをして、
「あ、塾の時間が。」みたいな5秒でばれる嘘を口にし、
他所へいなくなってしまうような作業、仕事、活動の時間だ。

事情を知る「近い他者」である通りがかりの自分の目にも、
それは「自己犠牲」の時間の典型として映る。
村の仕事として誰もが占められたり、共有したり、認め合ったりする時間。

草刈りだとか、村の仕事は「強いられる」という要素が濃い。
善いとか悪いとかではなく、濃く、強いられるのだ。
滅多にないけど、協働のなかでも温度差が生じるため、
作業行程の中で話し合うべき場面で話し合いがまとまらなかったり、
イライラが吐露される場面もある。
ただ、それを上塗りして一挙に吹き飛ばしてくれるのは、
毎回起こるいろんな「笑い合い」の時間にあるのだ、と俺は思う。
強いられている時間の内側に皆居るからこそ、
変なテンションの自虐ネタみたいな笑い合いが起こる。
くたびれて家帰って風呂に入れば、それで気持ち良いのだから妙だ。
笑い合えればすべて善し。

 * * *

マツナエ夫婦の奉仕活動にしても、
やっている当人たちは「自己犠牲」とは思わないし、
そういう概念で我が活動をとらえていたら、おそらくこの手の仕事は続かない。

本人からすると、これも暮らしであって、
これらも「山中時間」に内包されている、
ってなことになるってえんだよ、お前さん。
てやんでえ、あんまりうろうろしねえで、まっつぐ帰れよ。
まっつぐ帰って、手前んとこの女房と酒をきゅっとやってそばでもたぐれよ。
なんつってな、と当のシゲルさん(出稼ぎ江戸っ子⇒山中Iターン農家)は
変わらぬべらんめえ口調で笑うのでした。



****************








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by 907011 | 2016-08-31 05:24 | Trackback | Comments(0)

言語化はあとの芝居。

昨日。
里創義塾から帰り、日常に戻るための一日。
戻ってやはり我らの暮らしは「山中時間」に内包されているのだと想う。

まずこの日常。この暮らしがある。
暮らしをつくっていく、という連綿とした日常がある。

それら現象や行動やそのもの具体があって、
そのあとにニンゲンの感情も言葉も、時間差の後付けでくっつく。

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さて、山中の暮らしを紡ぐ日常。

子・ガクを軽トラに乗せて、
”オシノブレ(「牛、登れ」らしい)”のブナ林を抜け、
かつての山中、廃村・岩野へ。

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ちょうどかみえちごの夏塾と重なってしまい、来れなかったものの、
毎年この時期に、
岩野から現・山中に下りてきた”ごすけ”のバサが
岩野のほこらにススキをあげに来る。
子、上れ。

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道は綺麗に鎌で刈られており、子も登れて善し。
「ここが綺麗です。」と指差しながら言うの図。

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バサがほこら周りと中を綺麗にしてくれていた。
人が一人入れる空間なので、一人ずつ拝むの図。
ごすけが朝に赤飯をふかしてうちにも2つ届けてくれた。
俺はまた稲刈り後の秋祭を終えた後、岩野に来てほこらに落とし板をする。


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畑に「ごすけのバサ」ことスミさんその人が居たのでほこらのお礼を言う。
来年は一緒に行きましょう、岩野。
一人で行くとたまに怖いので。
獣も出るし、霊感強いヒトは何かを感じるらしい。

「オラももうダメど~。」とバサは困り笑いの顔で言いながら、
しかし、たいていのことはなおも笑いながら自分でやる。
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戻って”オクサ”の田へゆく。
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今年も少しずつ寝た。
我ら、ではなく我田では米がよく育ち、そしてよく眠る。
「へぎそば」みたいに今年もまあ綺麗に寝るもんだ。

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新潟の棚田百選のオクサ。
そのオクサの中でも俺の乾いた田は、
日本のヒビ百選に選ばれるはず、の干え方を見せる。
(写真は優秀な他の農家、生産組合たちの水ある田んぼです)

いいねえ、勝手に「日本の百選」に当てはめて考える会。
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夜。
土曜夕方、かみえちごさんの里創義塾を終えて17時。
「今夜はまた楽しい吞み会があったはず。」とどこにも立ち寄らずに
一服しないまま、一心にハンドルを握り、1時間で帰宅。

休憩しなかったので最後に役場の近くのガソリンスタンドで力尽き(?)トイレに入る。
給油される車、排水するワタシ。
反対のベクトルでありながら、それぞれが満たされてスタンドを出る。

帰宅したら、飲み会は翌日だった。
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その翌日こと日曜夜。
高尾集落のミツタカさんライスセンターにて大焼肉大会が開催され、
我らもビールと枝豆を持ってダイブして飛び込む。
枝豆は高尾の親類カツオさんが採ってくれたもの、
岡野町を経て、再び高尾に戻って喰われた。往還。

以前そのカツオさんが出雲崎だったかでもらったカツオをさばいて
うちにもくれたことがあった。
カツオがカツオを。往還。

「もうちょっと網が近ければええやん。」と麦麦ベイク・ノリオカ父ちゃんが言い、
ミツタカさんが速やかに刈り払い機の”ダメんなった刃”をセッティングする。

イサオさんが4,5回乾杯のご発声をする。
今回の飲み会は、適疎やなんも大学やみうらじゅん的思考、
つまりは、一見するとネガティブな要素を、
「それが面白いんじゃないですか!」とプラスに変換する我らの営みから
発作的に開かれた、「マイナス」について考える飲み会だった。

少し遅れて合流した、俺の”心の先輩”ことヤマさん@ヤマザキ農舎が、
弱っている際のニンゲン同士の対話について語り、ヒサミさんがそうよそうなのよと頷く。
新婚ヤマさんの妻・カズエさん@夢の森公園が仕事終わりに合流し、新鮮な風の波紋を魅せる。
その頃には俺とイサオさんとヤマさんあたりは
ほぼ、だっひゃっひゃと笑って酒を飲み、
また少し何か話してだっひゃっひゃと笑い飲むという生態の生き物になっていた。

 * * *

「マイナス」を自分も上越からの帰り道いろいろ考えてみた。
何せ日にちを一日勘違いしていたので。
そもそも、上越でのこのたびの塾の開催も一日ずれて錯覚しており、
そういう観点でいえば、あながち記憶としては正しいような気もするが、
でも実際に日時は一日ずつ記憶と記録が違えていた。

数字という表現は、具体的なものと位置付けされているけど、
この度ちょっと俯瞰して距離を置いて考えてみると、
数字とは、具体のようでいて、しかしながら存在の強度としてはもしや「脆い」んじゃないかと考えた。

数値化しなくてはいけない場面が、現代社会の暮らしに満ちていて、
「数字であらわすこと」が日常化しているけど、
そもそものそこを疑ってみようかという切口でとらえ直してみると、
意外と自分でも考え中ながら面白いことが言えそうな気がした(とく素面なら)。

数値化するという必要は、
それを見たり語ったり売ったり買ったり介助したりコスト化したり、
する側もされる側も、「均一化」するために数字の表現が要るのだと思った。

見えるものも見えないものも、
その対象を均一化して交渉や会話がよりしやすいように数値化する。
対象だけでなく、その数字を介して交渉をする両者もまた、数字のルールの上では平等になり、
その際の個性などは相殺した上で、交渉やプレゼンができる。

 * * *

一方で、しかしながらそうはいっても、数字を使いまくりながらも、
いざ、我らの日常、我らの暮らしは圧倒的な個性の社会で構成されている。
その上、原野に還ろうとする自然および、その地の死者というか先祖たちという、
いわば、もの言わぬ存在が圧倒的にものを言うことで社会が成り立っている。

なので、年寄り同士、年寄りと若手、ときに夫婦間も、
あるいは自然と我ら耕作者とで、もしくは先祖たちと我ら村の暮らしとの間で、
互いの数値化する基準が異なるがために、
数字の、存在としての強度が下がる場面は少なくない。

あわせて、数字を表現する際の「器」にあたる単位であっても、
尺貫法はじめ、かつての暮らしから続くいろんな単位を使い分ける。
広げた手の広さだったり、向こうの山の杉の木のあたりだったり、
その表現法もじつに多様だったりする。
たとえば秋に出す、藁の「一束」がそこんちの家によって、
数字的には違うように。

均一化をルールにしたぴったり狂いのない数字には、
そこら辺の脆さがじつは潜んでないだろうか。

個性を混和させたややズレのある数値化基準を認めながら、
互いに単位の器をとっかえひっかえして確かめながら、
情報を手繰りながら交換する数字は、
しなやかな強さを宿しているとは言えないだろうか。

 * * *

「貨幣そのものには光も闇もない。
 光や闇を勝手につくるのはニンゲンだ。」と誰かが言っていた(うろ覚え)。

それは数字にも同じことが言えるんじゃないだろうか。
数字そのもの、記号としての数値、
さらには表記される言葉というものだってそうだけど、
ニンゲンがその記号に、それぞれの感情や微妙に尺の異なるモノサシを当てはめて、
数字をこねくりまわして、具体を抽象化して、
良いも悪いも、付加価値みたいなものを創りだしてくっつけているとは言えないだろうか。

(「言えないだろうか」なんて書くと、自信がなさそうで、
 「・・・、やっぱり違うか。」と頭をかいて一歩下がりそうになるワタシ。)

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よく笑い、よく飲んだ。
起きたら、夜明けが見えたのでつっかけを履いて外へ一歩。
一歩で、毎日綺麗だなあと感じられる眺めがあってくれることが嬉しい。
いろいろ難儀く、なにを酔狂なこの山の暮らしではあっても、
美しいものに囲まれ、それは無意識になるくらいに、
暮らしていれば溶け込む瞬間が毎日刻々とある。
(溶け込むというか、単に原野か雪に飲みこまれているというか)

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「ここに住みたい。」という純朴な感情は、
移住を覚悟するに際して、最も高い位置にある要素だと私的には思う。
それは「この仕事がしたいから」とか「今の暮らしを変えたくて」というような動機よりも、
変動されにくいと思うからだ。

仕事にせよ、今の生活への疑問にしても、
どこかで疑いや自己否定・他者否定の要素がある動機なら、
次々新説がいわれる情報の揺さぶりに意外なほど脆い。

意識無意識を問わず、否定や好戦的な思考を持っていれば、
それらは対象に合わせて持論が意図せぬ方に曲がりやすい。受動的なように感じる。

社会が変わり続け、揺れが続いても、
揺れに強いしなやかな動機として、単純なる「ここに住みたい。」は能動的だ。

「マイナス飲み会」とあまり関係なくなってしまったけど、
農山漁村、どこでも良いと思う。
「ここに住みたい。」は強い。








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by 907011 | 2016-08-29 05:28 | Trackback | Comments(0)

「適疎の指針」アップデート。

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文字通り正しく先生と寝食を共にする「里創義塾」2日目。
中ノ俣集落、雨の朝。
前夜に入念な夜の座学があってしたたかに酔ったものの、
やはり習慣のせいか、未明に目覚めてウロウロする。

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夜明けを待って散策。
公民館には丁寧な今年の賃金表が掲示されていた。
手植え、バインダー刈りがあるところが目にも嬉しい。
まだ暗くてよく見えなかったけども。

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2日間、善き塾生仲間の皆さんに恵まれ、
そして予想以上に多くの思考の切り口と気付きを与えていただいた。
追々言葉かあるいは形に具体として表現できると思う。

春に農業志願者・ジョージ君と畔で一服しながら、
「牛飼いたいよなあ」というのと、「馬乗りてえよなあ」と話していたら、
さすが、かみえちごさんはやっていた。
宿に写真あり。

ワタシはいつか馬に乗って役所などにゆきたい。
受付の係のところで、「あの~、馬なんですが、どこにつなげばよろしいでしょうか?」
というのをやりたい。
やろうやろう。

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数年前に、高柳でも春山やったのが単発で終わった。
ナガエさんなど個々はそれぞれの季節に自由に木伐り中。)

山にも無数の暮らしがあり、暮らしていくための仕事がある。
そして、宿に行けばだいたいその土地の誇る風景写真がある。
ただし、中ノ俣の写真は凄く、具体なのだ。

  * * *

<ただ大勢集まるのが結いではありません

 行動の動機と目的が公共性を持つことが結いです。>
 (かみえちごの関原専務理事が地元中学生に講話した『渚の思考』から)



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朝食前に再び散歩。
さっき(鳥居のところに「100m先」と書かれてあったので)断念した気比神社へ。

境内で舞われる神楽。
ナカノマタン(中ノ俣集落に暮らす人々)、いいね。
ヤマナカンもシオザワン(塩沢集落)やイシグロン(石黒地区)あたりと
今後ますます仲良く暮らし、頑張ろう。

 * * *

塾長の結城登美雄先生が、講義のなかで、
「桧枝岐の歌舞伎」についてお話されていて、
そうか、”あの空間”はそういう場所だったのか、と我が膝を打った。たまげた。
それで妙に立ち止まらせる迫力があったのだとさらに我が膝を打つ。
他人の膝は打てないので。
ヒノエマタンはまたゆきたい。見たい。

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宿に写真あり、
山中に川は無し。
旅先ではたいがい川や水路に目がとまりがち。

宿有写真、山中無川。

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<「これ以外は全部ダメ」というような人々が、
 たとえ私たちの地域を「理想的だ、素晴らしい」と、ほめてくれたとしても、
 その裏には「だから都市はダメなのだ」という主張が隠されているのです。
 
 このような「一方的なほめ言葉」は、かえって地域の現実を見えなくして、
 地域の活性化や再生をやりづらくしてしまいます。
 そして残念ですが、そのような出来事は現実に非常に多く見受けられるのです。>
 (『渚の思考』ー過疎地域で生きる中高生が地域を学ぶということー)


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過疎が語られる時、我らの地域だと
たいがい除雪費とセットで非効率論を言われる。
でも、集落単位で「予防福祉」が少しずつでも具体化されていけば、
除雪等に係る経費など比較にならない軽微さ、
あるいはむしろ効率的ですねなんて数字だとも言える、かもしれない。

中ノ俣、いいね。


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<「渚」とは、「陸」という「人間が住む世界」と
 「海」という「自然」が接する場所です。

 このような場では、そこが「渚」であることが、
 そこで活きる人間が「世界」を感じる、
 その感じ方に様々な影響を及ぼします。

 このような感じ方を「渚の思考」と呼ぶことにします。
 このように「渚」とは何も海辺だけの話ではないのです。
 「人間世界」と「自然」が接する場はすべて「渚」です。
 ですから里と山が接する場も「渚」なのです。>
 (『渚の思考』ーふたつの「渚の思考ー)

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山中にはじめて来たヒトは、だいたい「山カフェ」をやれという。

かみえちごには素敵な川カフェがあった。
労金の助成事業を活用したのだと、
かみえちごの若き結の司(事務局長)マツカワさんがニコニコしながら教えてくれた。

柏崎には海カフェがある。
山中の古民家をどう残す術があるか、もう一回頭から考え直したい。

ヒトは山カフェとすぐいうが、
我ら暮らす山中(やまんか)なので、「やまんカフェ」ということになりましょう。

川カフェの麹甘酒ドリンクは、想った以上にかなり美味くてたまげた。

あと、まったく関係ないことですが、
「コブクロ」の大きい方は俺が思っている以上に(たぶん)かなり大きい。
コブクロなのに。

「思った以上に」という表現をするとき、
チーム事務のコバヤシさんと必ず話す、コブクロの大きい方のくだりが好き。
「イトーさんが思ってる以上ですよ。」と釘をさされる。
全然関係ないですが。

などと思いながら、結城先生に桧枝岐歌舞伎の話を補講してもらいつつ、
甘酒をいただく。


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炭酸水も桑取の水でつくっているのだと、
童の司・マツカワさん(二児の母、うろ覚えですが)は言い、
なんだってと俺が喰いつき、厨房にあったのを見せてもらった。
電気屋さんで9000円くらいですよと才色兼備なマツカワさんがニコニコと教えてくれた。

そうか炭酸もつくれるのかと勢いで写真を撮ったが、
この写真がじつは今回の塾の最後の一枚だった。
最後は炭酸水マシンだったか。

帰り際に事務所で手拭い(前回買ったのを山でなくした)を購入。
村のお茶会で踊ったらしい(うろ覚え)、踊れる司・マツカワさんは、
塾終了とともに、お勘定がおぼつかないほどヘロヘロになっていたものの
ニコニコもしていた。

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秋田の「なんも大学」と関原さんの適疎とは、
わりと似た表現法だと思う。
そして、「適疎」のコピーライツを持つ関原さんに、
あの~、じつは~とモジモジしながら、
数年前から山中で「適疎」という言葉をいただいて、
丸パクリしてこねくり回して活用してました。
と、山中から「適疎」を考える会の数少ない会員を代表して白状し、
「いやーどんどん使ってください。」と許可をいただけた。

我らも山中の暮らしを、やろうやろう。


 * * *




<いつか、ある人にこんなことを聞かれたことがあるんだ。
 たとえば、こんな星空や泣けてくるような夕陽を一人で見ていたとするだろ。 
 もし愛する人がいたら、その美しさやその時の気持ちをどんなふうに伝えるかって?
 写真を撮るか、もし絵がうまかったらキャンバスに描いてみせるか、
 いややっぱり言葉で伝えたらいいのかな。

 その人はこう言ったんだ。
 自分が変わってゆくことだって・・・
 その夕陽を見て、感動して、自分が変わってゆくことだと思うって>
 (星野道夫)







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by 907011 | 2016-08-28 04:52 | Trackback | Comments(0)

「里創義塾」へ。


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上越・桑取のかみえちご山里ファン倶楽部へゆく朝の台所。

自分の手帳が好き過ぎて、
「明日からの土日だ」と勘違いのまま手帳に記して枕を高くしていびきをかいて寝ていたら、
今日と明日だった。ほんっとに危なかった。
かみえちご松川さま、ナイス電話。
(昨日電話をもらわなかったらまったく気付かず、泣きながら、
 「この状況はあの時のアレとこの時のコレとまったく一緒だ。」と自分の半生を悔いながら、
 遅刻スタートからの高速道をひた走っていたでしょう。)



<・生存技術をノスタルジアで博物館化せず、
  合理的なものとして再評価し、
  今に「使われる場」を創生(新再生)する。

 ・「場」の持つ力がある。
  その場所での間尺に合った生き方がある。

 ・編集性は幻村をつくる恐れがある。
  経済合理性よりも、生存合理性を。>
 (memo



<・かつての地域とは、一緒に耕し、一緒に食べる者たちの集まりだった。
 「文化」とは、仕事が一区切りをした際に皆で一緒に楽しむモノゴトを意味した。

  付加価値とは、安易に付け加えるものではなく、”本質”の見える化である。>
 (自然村跡


 * * *



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昨夕。
公民館に散歩に来たサイチ翁と会い、昔のことを聞く。
自分(2年目)の前のマサオさん(10数年)、の前の区長であり、
山中”最後の木挽き”でもある。

”ムラ”に宿る、それぞれの暮らしあるいは苦労した故の生存技術は、
山中のような小さな農山村が持続可能性を手探りする上での、
ヒントを現在の「日常」(変な表現だけど)に与えてくれる。

日本に無数にあるこの小さな集落、それぞれの生き残りショー。
その手探りの術。
The show must go on.



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はたして「集落再生」とは何か。
クニを形成し得る「紐」とは。
編集性とは。
ムラが持つ「場」の力とは。
県内外から集まる5人(とのこと)の集中講座の中に
山中暮らしの内側の自問自答や考想を重ね見てきます。
(おそらく脳みそが打ちひしがれて帰ってくるでしょう。)



「地域再生を目指す若者が心がけるべきこと」

■よく話を聞く。
■理屈の押し付けをしない。
■その土地を勉強する。
■約束を守る。
■規律を守る。
■歴史を尊重する。
■既存組織を尊重する。
■仁義を尊重する。
■しっかり挨拶をする。
■しっかり謝る。
■しっかり説明をする。
■常に筋の通った立場をとる。
■公平である。
■共同作業をしっかり行う。
■少しは何かの役に立つ。
■継続し続ける。
■こころから笑う。
■その土地の未来を信じる。
<かみえちご山里ファン倶楽部・公開セミナー「地域づくりとは何か」資料から>


 * * *



サイチ翁が言っていたけど、
かつて数十年前は最大130戸がひしめきあって暮らしていた我ら山の暮らし。
田が一枚ずつそれぞれの屋号が連なり耕作され、
家畜や草の利用もまた境界ぎりぎりまで盛んで、
当時の写真を見たら、まあ田んぼが山の奥まで美しく整備され、
さらによく見ると山の上の方までまあきれいに草が無い。
刈り払い機もなく鎌で朝夕それぞれ家の草を背負って往復したという。
自分の足で手で背中で。そのすべて五感を通して。

「昔は道ひとっつ切るのにも、それぞれの家の言い分がさまざまあって、
 ものすごい難儀かったんだ、区長ってがんは。」
とサイチ翁は手押し車を左手で押さえながら聞かせてくれた。
(最近セガレの居ないすきにどうも耕耘機に乗ってゲートボールに出た模様。)

今の我らは、
区長の顔の方の自分が、
画としては先ず小さなものを覚悟して描き続ける(自治会費等)。
よそでもどこでもなく、以前の山中と比べれば、
それは当然小さな規模の画ということになれど、
今自然減少する現象としての小ささ、
あるいはこれから向かっていく画は、
書き続けることそのことでもってのみ、
我らの「腹づもり」として、柔らかな覚悟をしていくための術とする。

逆の表現に替えれば、
柔らかくしなやかでありながら
しかし腹づもりとして小さな画でいくよと話し覚悟し、
その小さな画を描き続けることをやめないことで、
自然減の現象に向かうことができると想うのだ。
区長の不肖ワタシおよび山中から「適疎」を考える会の我らが
その小さな描きものを粛々とやり、話し合っていければそれで良い。

で、その上で、
やがて、彼彼女なりに覚悟を決めたり秘めたりした、
挑戦してみたい人材に対しては、
山中は集落をあげて、
暖かく厳しく柔らかく忙しく、線引きすべき箇所はドライに、
そして基本的に「緩さ」でもって、受け入れに自分らもチャレンジできるような、
ニンゲン一人の等身大×皆それぞれ×山中時間がつくる大きさの”器”でありたいと想う。





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by 907011 | 2016-08-26 05:22 | Trackback | Comments(0)

戻って山中~石黒・門出。

秋田のことをぽつぽつと思い出して居たら早一週間が過ぎる。


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中断していた乾燥機の掃除を再開して、組み立て。
掃除中にいろんな人に「今から間に合わないだろ」と言われた。
やってる当の本人が心のどこかで
薄々そんな思いを抱いたり、いかんいかんと頭を振って書き消したりしていたので、
急かされても特に動じない。
俺もそう思ってるから。と思い、また頭を振ってかき消す。

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作業場二階の床を剥ぐ。
無器用な自分の学び方にも向いているのは、
解体をまずやってみて(「その時にちゃんと写真を撮れ」とミツタカさんは言う)、
そうすると阿呆な自分も何となく断片的にも、仕組みを知る。
これをつくった人たちは、なるほど、こうしてこうやったのだと想像できる。
流れを読む。

見えるものも見えないものも、
今このご時世、ひじょうに勢いよく解体が進む。リストラクチャリング。
解体の当事者(の一人)になってみて、はじめて見える仕組みや風景がある。
それを断片的にでも覚えたり、逆回しの画を想像し続けたりしておいて、
後の自分がそのイメージしていた流れと、「どうなりたいか」を調合するための材とする。
そして、いざという時に、「いざ。」というヒトとともに、前に進む。


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これまで中途中途を作業委託してきたおかげで、
稲刈りした後の「乾燥~調整~製品化」という流れが
あまりにも断片的にしかイメージできず、
乾燥機導入にかかる段取りが「えーと、うーんと」とわからないまま遅々として過ごす。

悶々としながらも、約束の日は約束した場所にゆく。
石黒の地蔵峠へ。
7集落の総代表・ウケシゲさんの腰の低い挨拶で草刈り開始。
丁寧挨拶のウケシゲさんをぱしゃっと撮ってみたら、
その右横のアキオさんが西部劇(俺の中の断片的イメージ)の
ニヒルなガンマンみたいで格好良い。

石黒の人たちは皆かっこええというのが
俺とイサオさんが毎度話す共通の感想。
男があこがれる先輩がたがどの集落にも何人か存在する。
はたして10~15年後、同じことが当てはまるだろうか否か。
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今年から自分も草刈りにお邪魔させてもらっている、
農事組合法人石黒の代表・イセハルさんと、
イセハルさん大好きニンゲンのイサオさんと3人で軽トラ荷台に乗る。
路肩もよく見えないような砂利登り道を
アキオさんの運転でひたすら天空に上がっていく。
(運転前に「命が惜しかったら乗るなよ。」とアキオさんはぼそっと言った)

イセハルさんは内臓のあたりに送風ファンが内臓されたハイテク作業着を着ていた。
電池でぶおーんと冷えて良いそうだ。
イサオさんがまた目を輝かせてイセハルさんのハイテク服を観察していた。
背中のふくらみが若干気になるワタシは、その後ろから”まぶしい二人”を見上げる。


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地蔵峠はなかなかな登り道が続く。
石黒の屈強な人らは、登山をしながら草を刈る。
母ちゃんがたは後方でその草を片付けながら、
時に片手に5キロのハンマーを持って登りながら、
がしかし、おしゃべりは止まらない。
山の「なんかとるもの」の話しが止まらない。
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高柳の象徴とされる黒姫山とさほど標高変わらず、
眺めはそれぞれに素晴らしいものがある。
アースダイブ。
松代、津南から栃ヶ原まであちこちパノラマに眺められて飽きない。
母ちゃんがたのおしゃべりは止まらない。

遠景を眺めているのだけども、
その遠くの建物っぽいものや崖だとか高山の出っ張りだとかを、
どことなくなんとなく知っている地名で教えてもらうと、
遠景は瞬間的に面となって(二次元的に?)、
わからなかった自分の目にも映ってくる。
母ちゃんがたのおしゃべりは止まらない。

そこそこの高みまでやってきたものの、
ウケシゲ区長はお茶を冷凍庫に入れ過ぎて、
凍り過ぎて飲めないというジレンマに「いやいや~」と言いながら、
幾度もペットボトルに口をあてて、「あー凍ってるなあ。」というやり取りを
小学生の遠足状態で繰り返していた。
暑い高所で身をもって、夏のあるある小ネタを提供するウケシゲさんはさすがだ。
良い子は、というかオトナも夏は決して真似しちゃいけない。

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なんだかんだで(割愛)、無事に地蔵尊まで到着。
去年、地元板畑集落出身の大工・ケイジさん(大阪在住)が故郷のためと、
自腹で材料積んで駆け付け、車等で寝泊まりして通い、
登り、降り、改修工事をしていた。
おやしろが完成していた。
居谷のカズエイ区長が早い時間に先行して片付けを進めており、
ハイテクスーツを着たイセハル代表が鍬を持ってあがり”犬走り”をつくっていた。

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参拝するイセハルさん。
いよいよハイテクスーツの膨らみが気になりだすイサオさんと俺。

ブナ林の下のこの建物は、
冬には風が強過ぎて石黒の豪雪にもやられないのだとショウサクさんが言っていた。

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木端を燃やして片付け。
写真右のイセハルさんの送風ファンは標高が高いからか絶好調となり、
遠目にもガンダムモビルスーツのような風貌となる。

上越の大島区にまで越境して米作りをする高柳の大百姓・イセハルさんなので、
ふくらみ過ぎてもそれが威厳となって現れるので素晴らしい。
誰も突っ込まない。

やっとお茶が溶けて飲めるようになったウケシゲさんが、
やはり腰を低く丁寧に念入りに火の始末をしていた。

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一番の心臓破りの坂は
単管を打ち、ロープでつなぐ。
思った以上に急な斜面だ。

砂利に足をとられたりしながら無事けが人なく終了。
スイカとつまみと飲み物をいただいて解散。
本祭は9月4日。
山中の神社行事もまだかろうじてそうだけど、
「地蔵尊は9月4日。以上とする。」というかんじで日が定まっていて、
たまさか今年は日曜日があたった。

下りのアキオさん軽トラ荷台で、
イセハルさんが「あ、止まったな。」と言い、見ると送風がとまっており、
分厚くはない大橋イセハルさんその人がそこに居た。
存在感はそのままなのでやはりこの人はスゴイと唸らせられた。


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戻って山中。
石黒地蔵峠刈りの前と、翌朝に門出のキヨシさんが来てくれて、
乾燥機の要所(排出・循環などのモーター、スクリュー関連)を
レクチャーしてもらいながら、組み立て後半。

終盤は役所の人の就農状況確認と重なってしまい、
最後はキヨシさんに一気に完成してもらった。
二階に山中大工・キミアキさんが乾燥籾を上げる枠をつくり、
下におろすホッパー(ここらの言葉自体が覚えたて)を据えてもらった。

作業場に役所の人らが立ち寄り、
キヨシさんが「ダ~メだって。こいつに補助金あげないでください。」と言っていた。
5年の給付金のうち、すでに真ん中の折り返しを華麗にターンしたワタシ。
さて、どうしていくか。

※写真には映ってませんが、
 汗と逆光に照らされて、お二人の職人の御顔が
 いつもよりさらに2割増しくらいでコワモテになっていて、
 余計な(本人たちのまったく意図していない)プレッシャーを俺に与えるのでした。


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昨日。
そんなキヨシ親方の一番弟子であるところのヤマさんに急きょ頼まれて、
門出で終日クサネムとり。

前夜の雨で稲が転び出し、見ているワタシもどんどん凹んでいくので、
よその倒伏稲を見に行こうと山中を出る。
塩沢~岡野町間で人の田の倒伏を見て勇気をもらう。
非自立稲農業者会議。

クサネムは名前がかわゆい。
が、稲刈りで混ざると米の粒と同じくらいなので
ふるいにかけられてもしれっと米と一緒にスルーして、もろに製品に入る。
なのですべて、手で抜く。
種は弘法茶という茶になるらしい。

インターン生・コウタ君も参戦して4人で一日やって、
「あちゃー。」と絶句しそうな二枚を無事に終えられた。

一つ年上の山さん@ヤマザキ農舎は、今年から新規就農者になる予定(面接があさって)。
大学が同じ新潟大(学部はそれぞれ)だけど、
山さんは一年受験でお留まりになっておられて、
95年入学の同期の桜だったと門出で出会って後に知る。

そんないろいろ近い環境で絡み合う山さんが新規就農者となるのは、
共に悩めるモノ同士で何でも話せるので、自分も力を与えてもらえるし、
門出でやっているいろいろがとりわけ濃厚なので、頼もしい。

高柳の地ピザ屋、できればいいね(主にワタシが)。




****************



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by 907011 | 2016-08-24 04:15 | Trackback | Comments(0)

長く短い祭り。



人口が減ることに日本中が慌てています。

けれど秋田は
少子高齢人口減少社会のトップランナーとして
ニッポンの先頭を(のんびり)走ってきました。
そんな秋田の一つの使命として、
減るからこそ豊かになるイメージや価値観を
提案したいと思います。

秋田には「ありがとう」に対する返答として
「気にしないで〜」といった意味の
「なんもだー」という方言があります。

取り合うことが当たり前のようになってしまった
いまの世の中に必要なのは
いろんなものをおおらかにシェアしていく
「なんもだー」精神です。
数字では表せない知恵や気持ちを
いまこそインターネットのチカラを介して
日本中に伝えていきたいと思います。

その先にある「ありがとう」「なんもだー」というやりとりに
ニッポンの未来があると信じて。

なんも大学、はじまります。

なんも大学



どこにもよくあるパンフレット棚で、
ふと、「なんも大学」に出会った。

秋田には3年に2,3回というご無沙汰ペースで帰省しているうちに、
秋田の側は県をあげて「あきたびじょん」や「高質な田舎」を掲げ、
目指すその切り口の見せ方、そのエネルギーが秀逸している。
毎度、唸らせられる。

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「秋田に学ぶ、ニッポンの未来」をなんも大学はうたう。
すげえな、高質な田舎。
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秋田新幹線こまち。東京行き。AM8:41。
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「きょうは秋田新幹線に乗る?」と、
店の窓ガラス越しにトランペットが欲しい黒人の子どもみたいになるガク。

実家へ連れ去る。車で。
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あきたこまち。
自分が実家に居たのは主に15年間と数カ月。

高校1年の夏に、
通学(家から大曲のバスターミナルまで自転車30分強+バス1時間強)
の日常が嫌になって、
横手という高校の近くの下宿で卒業まで過ごした。

男子寮女子寮のある30人くらいの大所帯の下宿で、
自分とこの高校以外にも
川の向こうに在るおよそ縁の無いお嬢様学校と言われた横手城南高の女子も居て、
今思えば、恵まれた環境だったと思う。
(21時にはしっかりと、女子寮との境界である食堂が施錠されました。)

下宿入りと同じタイミングで門を叩いた山岳部はひじょうに青春だった。

という話しはいいとして、
実家に居る時に毎年毎日眺めて育った、隣の田んぼ。
虫を観察したり、野球サッカーをしたり、
冬に犬と相撲をとったり、鍋でアイスを自作したりした田んぼ。
冬はよく雪で遊んだ記憶がなんとなくある。

秋田に居るまでは、
雪はとにかく静かな時間を与えてくれるので、
冬は好きで、下宿時代も夜な夜な散歩に出たりなどした。
大学に進んで新潟市に住んで、いっぺんに冬を心身が苦手になるのだった。

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実家で扇風機に「あ~」と言って茶を飲み、
油だの出汁だの珈琲やジュース詰め合わせだのといった、
実家にひたすら積もる「開かずのギフト」をくれるというだけもらう。

ここの場面においては、「欲しい。」と決して発言しないことが肝要だ。
ひとたび「あーちょうど欲しがったんだ。」などと口を滑らせると、
母親というものは、年に2回くらい同じ銘柄(貰い物だから俺が指定したわけじゃないのに)を、
買ってきてはそれをビニールだかナイロンだかの袋に入れてグルグル巻きにしたものを、
さらなるギフトの余り物と一緒にして段ボールに送ってよこす。

学生の時は友達同士でアパートに段ボールが来るたび、
「親の愛」と呼び讃え合っている余力とただただ無駄な時間だけが膨大にあったが、
社会人になってふと冷静に暮らしてみると、
そのギフトっぽい偏り方のテーマによる詰め合わせとグルグル巻きの梱包、
そして、有無をいわさず段ボールが到着する前から
したり顔で何度も電話してくる親への対応などに次第に疑問を感じるようになる。

ものをもらうということは、
相応の代償の時間が必ず発生するのだということを、
親のトゥーマッチに濃い愛に知らされる10代後半~20代の社会人編切り替わり期。

見舞いに行った病院の調剤とタニタが連携していた。
我が家の家業とタニタの歴史はけっこう長い。

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秋田は寒い。
鼻穴が本当に痛くなる寒さだったけど、
そのおかげで雪は湿らずに軽くて綺麗なものだった。

道中気付いたのは、
秋田の雪の軽さとその積雪量の違いか、
秋田の家のつくりの方が、自由度がずっと高くて、
新しい(っぽい)最近(風)の家がまったく多く見てとれた。

うちの仙北町のようなとりたてて何も産業のない町であっても、
どの家どの家もとにかく綺麗なのだと家人が感心していた。

「小さな経済」を眺めてみても、
あの田舎で昔から通学路や自転車で見ていた個人商店が、
ざっと7割くらい残っていて、たまげた。
たまげたというか、「よくぞ、まあ。」と生存力に感心した。

小さなひとつの田舎町にある、
酒屋、パーマ屋床屋、文房具屋、
指定学生服や内履きを扱う呉服屋(平時は主におばちゃんの服が飾られるだけ)、
自転車屋、スタンド、材木屋etc.
ところどころに「〇〇商店」という、何もないようで何でもあって、
行くたびにいよいよ何の商売をしているんだか見当がつかない夫婦が生息していたりする。
でも、いずれにせよ、身の丈商売がなぜか残っている。

そこにある「なぜか」は暮らし続けてみなければ分からないこと。
そのなぜかの答えには、相応の小さな経済的ヒントが潜んでいると思う。
そして、ワタシの実家もどうやっているか謎の自営業だったりもする。
毎度帰省する度に、
「おー。会社あったなあ。つぶれてなかった。」と不謹慎な独り言が思わず出る。

そんな「なんも」ないようでいて小さな経済がなぜかある秋田道中で、
林業がどっしりと踏み止まって頑張っている様は、
おそらく越後杉と秋田杉でけっこうな違いを感じさせた。
もっとも車で走った風景なので便の良いところだけだと思うけど、
秋田の林は大きなところも個人の山っぽいところも、
じつに綺麗によくあちこち手入れされている。
そして、山らしい山を持っていないうちの仙北町の材木店までが、
継続してなお仕事をやっているのにまた「どうやって続くんだろう」と唸ってしまった。

同じ車社会でいながらも、
幼い頃からの自分が肌で感じられた、本当にわずかな違いとしては、
まだ町内でのお店との付き合い方が残っていたし、
現に細く長く残っているから、
あの”みへ(店)”たちは持続されているのだと思う。
帰るたびに不思議な故郷。
東北の気質というか、ニンゲンの濃い情がつくる経済というものもまたあるのだなと低く唸る。
なんも無いのに、だ。

秋田の(国体?)マスコット・杉っちや、なまはげの中には、
示唆に富む、地方生き残り最後の鍵が
見るものには見えるとか、見えない(ただのオッサンが内臓されているだけ)とか。


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山形県境に戻る日本海・秋田側最後の道の駅象潟にもよく寄る。
きさかたの地ピザや、比内鶏のからあげとハンバーガーショップなど、
お洒落かつ美味しく地デザインされた店が15店ほど結集してリニューアルされていた。

高柳でもいろんな構想として話題レベルでは浮上するけど、
にかほ市の観光課は、えいっと一気に地デザインを形に具体化していたのが見てとれた。
地元の観光協会は一般社団法人化されており、本気度の高さをうかがわせた。

かくして、地デザインが気持ち良くカタチになり、
農家も漁師も、商人も加工者も、
訪れる客も、老若男女が面白い仕掛けが具現化される。
そして、木が使われる。木がつくられる。
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道の駅にしめで出会った、「東北のシンガー・やしまきよみ」。
道の駅単体で応援ソングがあることにたまげる。
でも、先入観なのか、庄内弁シンガーの方が気になる。
深街エンジとやしまきよみの二人の関係性が気になる。
地方巡業で駅前居酒屋の打ち上げで熱い、地方ソング談義をするかどうかが気になる。
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遊佐にて湯ノ田温泉に投宿。
目の前に海を見て湯につかり、
海を見ながら御飯を食べて、海を見ながら酒を飲んで、
波音に圧倒されながら寝ながら海を見る貴重な一泊。
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1年半前の暴風雪厳冬強行突破の帰省以来に再会した、
iphone2016」。

ボタンなど一つもなく、
プルプルプルは呼び出し中、プープープーは話し中です。」というメッセージのみ。

いたる休憩所中で、居合わせる数十人~百人超が
一様にただただスマホをいじくり続けている姿を見た。
普段そこまで多くの人と空間を同じくすることがないせいか、
ただただ異様な光景に映った。気持ち悪いとさえ感じた。

 * * *

例えば農薬にせよ、補助金にせよ、お菓子の味にせよなんにせよ、
なにかを批評するには、
いったんはそれを使用して自分の側に取り入れてから、
口にすべきだと私的には思うので、
スマホを携帯しない自分が言うのは、嘘になってしまうのですが、
それでもなお、あの異様な光景だけじゃなく、
スマホ自体が脳みそに与える変化について、
けっこういろんなことを考えさせられる。
吉本隆明さんの良寛講演シリーズを6月にずっと聞いた中にあった、
「普通の人の日常でいう無意味といわれる時間の中にある意味と、
 意味の中にある無意味。」とか。

わからないことと、わかること。
「わかる」のはるか手前に「知る」があると思う。
知るの前に検索する・調べる、あるいは「わかるまで考える」があって、
その手前にそもそも感じるがあって、
その前(実際の具体的な体験)から「わかる」までずーっと通しで、
「わからない」と「わかりたい」が合い混じった不快感みたいな感覚がある。

たまに帰省したり旅して訪れることと、暮らすことは異なる。
わかることと、知ることは違う。
そして、考えること、感じることと、
考えないで知れてしまうことは、
まったく次元が異なる時間の過ごし方だと思う。

自省を込めて、
本物のスマートとは、こういうことさ。
と酒田屋旅館のアイホンを見ると思う。
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アイホンが横ちょにひかえながらとる夕飯がまた素晴らしい。
そして3人で海見て温泉入って食い飲み散らかしてもお求めやすい。
昼飯から魚は避けておいての投宿。
食事の素晴らしい宿には全力で味わって飲み食いするのが礼儀だ。

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子は秋田~山形~新潟、どこでも驚くほどに寝相が悪い。

それはどういう寝方なんだ、それはどういう角度なんだ、
その向きで本当に寝れるのか、
キミは布団の形状に何か恨みとかあるのか、
どこで習えばその寝方ができるようになるのだ、
と未明に顔に足を載せられながら目覚めて考えさせられずにはいられない。

夜明けを待って、
布団という決められたレールの上からはみ出ようとする子どもの上で脱衣して、
湯へ。

 * * *

帰宅後、さっそくなんも大学をチェックしてくれたイサオさんから、
やっぱり同じこと思ったんだなあというありがたいメール。
「適疎」の指針と、「なんも」の紹介文は同じベクトルだったから、共鳴する。

<なんも大学、いいっすねえ。
 なんも大学と適疎の会
 趣旨はほぼ同じじゃないですか!
 わたしら、すごい。
 ババヘラと濃厚ばばあだんごも似てないっすか?>

「ありがとー」の返しは、山中だったら「なんが、なんが」。
「やまんか」や「なんが」でなんかこねくり出せないだろうか。
コピーは大切。



********************





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by 907011 | 2016-08-21 02:41 | Trackback | Comments(0)

「花火と伊藤の街」レポ。


子は寝相が悪いもので、ベッドよりも畳部屋が良くて、
大曲駅前、なつかしの名店「肉のさとう」の横にある「ホテル富士」へinn。

ちなみに、肉のさとうを、秋田イトー家では、
「さどにぐや」といまだに呼び、親しまれていた。
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チェックインの夜。
秋田イトー家と山中イトー家とで寿司や肉を食い散らかし、
雨に降られながらタクシーでリッチに富士に無事に戻る。

フロントで鍵をもらっていたら、
斜め前から、「あの~。人違いでねばいんだけど・・・」と
女将が声をかけてきた。「いどなおき君でねが?」
小学校の同級生・スズキフサコさんと20年以上ぶりの再会だった。
(スズキは旧姓)

風呂後に和ダイニングで枝豆と出生地仙北の酒「出羽鶴」などを呑み直し、
スズキフサコが掃除などの合間に、
仙北町同級生などの「その後」の話を聞かせてくれた。
俺はまったく20年来の浦島太郎(実際2つの島で暮らしていたし)状態で、
酒の肴にまったく楽しく話を聞かせてもらい、よく酔った。

おしゃれな小冊子風の記念写真アルバムを
去年の集まりだか10年前の厄払いの集まりだったか忘れたけど、
とにかく「こんたやづもつくったんだで。いいべ?」と見せてもらい、
しばし、顔や名前の記憶の断片が酔いながら整理され、かつ補われた。

数時間前に兄から、
来夏の厄払いの集まりだけは「あど最後だど思って出だ方、いで。」と
珍しく強く促されたばかりだった。「あどなば死んだりして、会えねぐなるど。」と。

アルバムを見ながら、変わる姿変わらぬ姿や、
中学出て25年間、その一度も思い出しすらしなかったような
ふとした場面などがフラッシュバック(基本的に美化)されたりしながら、
出羽鶴を呑み、スズキフサコに来夏の集まりに「出れ。」とまた促された。
(スズキは旧姓だった)

「う~ん。なるほどー。こういう展開もあるんだな。」と
唸りながらエレベーターで部屋に戻る。
富士のフロントにはマンガが充実しており、
でもとうとう一文字も読む時間なく、後ろ髪をひかれた。
駅前だし、さどにぐや横だし、スズキフサコは女将になってたし、
一階の和ダイニングふじで呑む酒もうまかったので、また泊まりたい。


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日頃の慣習というのは恐いもので、相変わらず早起きが止まらない。
夜明けにそっとホテル富士を出て、なつかしの大曲を徘徊した。

大曲、nobody。
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これでも秋田新幹線が通る駅前のお盆だけど、nobody。

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同級生スズキフサコがつくった(であろう)朝食を
おいしく食べ、アキタコマチを3杯おかわりした後、
ガクと新幹線コマチを見に、駅に歩く。

花火暦というのがそこここにあり、
大仙市では毎月花火が打ち上がるのだという。
すごいことになっているんだな、大曲。


花火の佃煮
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by 907011 | 2016-08-16 06:44 | Trackback | Comments(0)

秋ノ田。

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ボン祭りを終え、
翌朝眠る子を車に乗せて、秋田へ。

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道中いろいろあったけど、
かならず立ち寄(ってかならずうどんを食ってい)る旅の中間地点・温海の道の駅で
顔を洗って手拭でぬぐっていたら、
目の前の壁にぬらりと居た、庄内弁シンガー深街エンジ。
聞きたいぞ庄内弁。

ビジネスの大小、およびその成否を抜きとして見れば、
結局のところ大きな組織も小組織および個人も、
こういう角度というか、
こういう「切り方」の視点が求められる。

アメリカ映画の予告にしょっちゅう「全米1位」という宣伝文句が出るけど、
あれは一瞬の統計マジックと切り口次第でそのコピーが出せるんだよ、
賢いよねーと、記者時代に教わって以降、
「切り口」とか、その断面を魅せるための切り方の重要性を痛感することばかり。

重要性というか、世の中(含自分)が、総発信時代になったと感じてから、
切り口がまるで無いような断片があふれるばかりだ。
ナマクラだと物語りはやっぱり力が足りない。

「切り口」はすべての言葉の見せ方に、
そこら中の新聞、雑誌などの紙媒体にあふれていて、
中でもナンシー関さんの切り方は相当に参考になると私的には思われる。

 * * *

とりあえず深街エンジの存在は、
チーム事務のK林さんにすぐメールをして伝えておいた。



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秋田の焼酎、そふと新光。
道の駅のプラスチック入れるゴミ箱になっていた。

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道の駅おおうちの滑り台で入念に遊ぶ。
4つの窓でそれぞれに違った切り口の変な顔を見せる子は、
なかなかアイデアがあって良いじゃないかと思った。
それ、どこで習った?

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親も子も、長く車内で移動したりしていれば、
喜怒哀楽の2つくらいがとりわけぎゅっと凝縮されて、
海を眺めたり雲を目で追ったりしながらも、それぞれに難しい空間や時間を過ごす。

「毎日を機嫌よく暮らす。」というのは、
いわば、毎日の最高の目標だと思う。
機嫌よく暮らし、機嫌よく働く。
それらができれば、その一日は最良のものだと思う。

「機嫌」について、子は子なりに、
じつによく考え、観察し、内省をしたりしなかったりして、
そして「実験」の表現に励んでいるのだと思う。

腹減っているオトナはこんな顔を見せ続けながら、
飯を食わないものなあ。
実験しているねえ。攻めるねえ。

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無事に仙北町(現・大仙)に帰省。
小学校(も名前が変わっていた)への登校の道。
新潟とも違って秋田はとにかく寒い冬なので、
このカントリーエレベーターのあたりで見たツララのインパクトは
いまだにそれを超える存在がないようにすら思う。
学校の帰り道、身の丈もあるような太いツララでチャンバラをして帰った。
延々と続くでかい深い用水路とか、
今の自分ですらどう見ても危険がいっぱいの通学路で、
たいへんよく魅了され、飽きずによく遊んで暮らしたもんだ。

  * * *

今回の移動中に考えさせられた、秋田米の宣伝力。
自分にも厭味なく染みついて浸透している、
「美人を育てる秋田米」というそこら中に書かれている文句。

とくに電車で帰省した時に、「はっ!」と気付くのは、
秋田美人がそこら中にうようよ湧いていて、
うごめきまわっていて、思わず感嘆する。
住んでいる時は気付かなかった贅沢。

うちの田舎の結婚率が高いように感じるのは、
秋田美人の影響が大きいかも知れない。
色の白いは七難隠す。

そうこう期待している中で、
仮に意にそぐわない人が現れたとしても、
「オメの親なば秋田のヒトでねんだべ?」などと言ってはいけない。

というようなことに気付いたのが数年前。
で、今回さらに思ったのは、
なにが贅沢感を感じさせ喜ばしいのかといえば、
秋田美人が全員、そこここ中で秋田弁を話し続けている状況だと思った。

昔家庭教師していた時の子どもが、
初めて秋田弁を聞いて、「イタリア語か何かかと錯覚しました。」と言っていた。
あの秋田弁が駅で道で呑み屋であふれているから、
その光景にある自然さが良いんだなと思った。

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夜。

今回帰省は父の入院に係るものだった。
術後6日目にしてノンアルを呑み、寿司や馬刺しを食い、すこぶる元気。
重い現実を先に知らされた我らと、
これから知らされることになる父。
いろいろ仕方ない。
「仕方ない」という、立ち止り方と進み方の両方いっぺんの感情整理を、
山中で俺は学んで暮らしていると思う。
今回は、自分もいよいよそういうことの起こる歳になったのだと受け止めた。
言葉は軽いものしか出てこない。
仕方ない。仕方ないしまあ大丈夫なんだ。

ガクがよいパフォーマンスをしてくれておかげで、
よく飲み、よく笑い、よく寝た。








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by 907011 | 2016-08-16 03:15 | Trackback

ヤマナカ、夏のボン祭り。


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坪野団地の”心の先輩”ことヤマさん夫婦(とそのピザ仲間たち)が
農協の広報誌に載っていた。
集落のヒトもけっこう見ている(主に登場人物の顔を)ので、
ちょっとした茶飲み話で根掘り葉掘り(?)、
山さんおよびヤマザキ農舎のことを聞かれた。

そんなヤマさんと私的”自然農の師”カズエさまの夫婦。
一族郎党体調不良で行けなくなったヤマさん夫婦の結婚パーティチラシにあった、
「ヤマザキ、秋の感謝祭」みたいなコピー。
ヤマザキのパン祭りに寄せた文言を見て、
「これはいただきだ。」と思った。

かくして、「ヤマナカ、夏のボン祭り」が行われた。
たまにコピーが先行して、実態を走らせて引っ張っていく、
そんなこともある。

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残念ながら公民館に松たか子もいないし、
お皿が抽選で当たるわけでもないが、
今年も遠くから近くから、
座って飲むヒトも、宙に浮遊しながら見守るヒトたちも、
たくさんのご参加をいただいた。
(カワシマさんと0次会をして話したけど、
 だんだん後者の見えない側の方がいっぱいになってきたのかもしれない。)

まあ、出られる人が、出られる時に、出たいように出ましょう。

そうして、ガクはマサコさんにドジョウすくいをさせられるの図。
歌はたしか六本木心中だったけど、突発的ドジョウすくい。



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思い付きでスイカ割り。
スイカならいいのがあるじゃねえか、というので
突発的にリンを目かくしして、
そこら中の各方面から手を叩き、
各方面から「そっちじゃない、こっちだ。」「前だ」「後だ」
と全方位に指示が一斉に飛ぶ。

あきらかに指示飛ぶ声が多く、
目隠しされているのに表情が曇っていくのが分かるリンの顔
視力を塞がれ、聴覚から突発的に右だ左だの指令を闇雲に伝達され続けると、
ヒトは口が「うぅ~ん」っとすぼまる。

b0079965_05342594.jpg
ガク3歳もエントリーさせてもらい、
最後は俺が手を添える振りをして砕いた。

今年はイノシシ肉を焼いて振る舞い、
火を起こしながらビールをよく飲んだ。

来年は、今年プラス花火と盆踊りかな。
本家・ヤマザキのパン祭りのチラシにある黄色と赤(?)の文字のロゴを、
全力で積極的に丸パクリしていきたい、とワタシは思う。




****************




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by 907011 | 2016-08-15 05:36 | Trackback | Comments(0)

化粧。

8時半集合、
といえばヒトは8時に集まる山中時間の今朝。
盆行事の準備。

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”さぜん”の竹を調達。
ミズナが群生していた。
竹の見立てをするヒコスケさんとチヨエイさんコンビ。
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事前に女衆でつくってくれた花を竹に飾る。
山中唯一の中学生、小学生の
”きゅうのすけ”の子・リョウタロウとリンも手伝い。
リンは夜にスイカ割りでも活躍してもらう。

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屋号の入った提灯を付け、
山中公民館一階の特設会場入り口と近辺とを結ぶ。
山中の銀座通りと公民館が一つの空間になり、盆。
見えないものと見えるものとがイッショクタンになり、盆。


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シゲル、しばる。
スイカ割りのスイカは”きんべ”のシゲルさんトシコさん提供。
ハクビシンやイノシシに荒らされながら山中の畑から夏の供物。

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釣り上がる提灯群。
夜に映える灯たち。
公民館の右上は昨日がラッシュだった墓地がある。

高柳のスーパー・ハシモトヤが上がってきて、
飲み物が調達される。
「請求書は要らないでしょ」と皆で言うが、
ほほえみながら黙殺される。

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シゲル、しばる。

 * * *

終って、一杯。

「いや~、俺も歳とってあちこちダメだなぁ。
 ・・・あと、いいのは顔だけだ。」
とヒコスケさん。
場を盛り上げてくれる衆の力は大きい。
笑い合い、皆で喉を湿らせて解散。

すべては夜に。
今夜、すべての盆行事で
それぞれがそれぞれに唄ったり食ったり飲んだり踊ったりして、
見えるヒトも見えないヒトも、逢いましょう。

「まあ、盆だからね。」のワンフレーズでこの数日は何でも済まそう。
突き抜けよう。





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by 907011 | 2016-08-14 10:59 | Trackback | Comments(0)