山中記

<   2016年 09月 ( 13 )   > この月の画像一覧

イチロー。

稲刈り残りマジック23.5⇒16まで歩みを進める(単位は枚)。

昨日は「稲刈り・乾燥・調製」セットを頼まれた”ごすけ”の田も一枚刈った。
乾燥機を持ってこうした一連した流れの作業受託を頼まれれば、
少量であっても、なかなかまとまった現金収入になる。
ただ、農繫期はどこも重なるので計画性が問われるか、
さもなければ俺のように我がところを必殺・後回しで後ずさりしていくのみ。

長過ぎた連日の雨でぬかるんだ田で、倒伏した稲を刈る。
そのはかどらなさから、「匍匐(ほふく)前進刈り」と命名。
(「歩伏前進」かと勝手に思っていた)

  * * *

先日はコンバインから二回、煙を出した。
湿材が続きすぎて、選別する網が破損し、
敗者復活戦のようにせり上げ戻す筒にゴミが詰まって、
負荷で空回りしたベルトが燃えていた。
炎上ビジネス。
爆発するかと思った。

雨降の予報に総動員(7,8人で一枚の田に集結して居た。)でスパートをかけていた、
下の田の”村田組”の組員に見られ、恥ずかしく頭をかいていたら、
構成員の一人、我ら”ふじみや”の親類・カツオさんが笑いながら駆け付けて、
その場で診断、解説をして、交換のベルトまでくれた。
スモーク・ド・コンバイン。(フランス料理風に上品そうに書いても煙たさ変わらず)

 * * *

昨日。
じつに久々に暑いくらいの日射しに遭う。
コシイブキの稲刈りはじめの日以来の、
「もっと刈りたい」、「もう一枚進めたい」と高揚するような快調な稲刈りだった。
稲刈りはじめから半月かかって(ほとんど雨降り休み)、
やっとツキヨメ沢を完了した。


b0079965_06201445.jpg

残りの16枚は匍匐前進刈りと対照的にひび割れ水不足田が続くので、気は楽。
義父のが5枚(たしか)。
それと受託分が何枚か定かでない。必殺・後ずさりが予想される。

先般、家人がポン酢オトナ買いをした会社からある日、
「コーラパンチ」が一箱届いた。

ワタシは長距離運転や長い原稿を書く時など、
人生のあらゆる集中が求められる時間にラムネをかじっている。
しかしながら、このコーラパンチはポン酢よりも圧が高い。
コーラパンチというネーミングはこの迫力にまったく相応しい。




****************



[PR]
by 907011 | 2016-09-26 06:49 | Trackback | Comments(0)

引越し中。

依然、昨日も雨。
朝に”甚兵衛”のカズオさんが米の注文のことでやってきた。
ちょうどいいアンバイで数量調節できて結果オーライ。

ほんとうの結果はすべてが玄米になってみないとわからないものの、
今年は稲刈りも難航しているので、収量を少なめに想定して進めたい。
なんの謙虚さでも慎重さでもなく、
あらためて、山と農地との境界をきっちり区分けできなかった力不足分。

山は恐ろしいエネルギーと速さで原野に還ろうとする。
変遷からして、圧倒的に後付けの道路や側溝などは
置物のようにフワフワとした存在に過ぎず、
たとえば、道路の下を山の水は染みて通って、田に入る。

山のその水が入ろうとするところで、どう区切るか。
つまりは、自分の農地側の問題で、
自分の側をどのように土側溝にして排水させて、山の水を再び沢にお返しするか。
区切る、つなげる、その両方の問題。

山の出水と雨だけで稲をつくる「天水田」のむずかしさ、こわさと、
ときどき、おもしろさが混然する。
たまに、快晴のなかでしみじみ眺める(余裕があるときの)降雪も同じ。

b0079965_04150032.jpg
隣りの”藤八(とわち)”の家に越した際、
オプションでついてきた、とわちの小屋。
傾きかけた小屋はしばし物置のままだった。
傾きかけたままなものの、山中大工・キミアキさんに頼んで、
「鶏とヒトが遊ぶ小屋」をつくるべく、仕事してもらった。

b0079965_04150023.jpg


土間の上に、
自分の田でとれたて(?)のもみ殻を大量に敷いて、器は完成。
止まり木(鶏どもは寝る時に高いところでリスク回避しながら寝る)はまだない。

役所の人が算段してくれて、
稲刈り後に海カフェ・ドナの辺りの養鶏屋に鶏をもらいにゆく予定。
大型の卵出荷業というのは、年に4,5回も鶏を入れ替えて回すそうだ。
驚きのハイペースで鶏は放り出されているらしい。
俺にはじつに好都合なので一つ乗っかってみることにする。
仲良く合流してくれれば良いがどうなるだろうか。

小さな「卵かけご飯屋」をやりたい人は山中で起業してみると良いと思います。
米、いっぱいあります(たぶん)。
卵もあります(気候によってたぶん)。

b0079965_04150019.jpg


人が遊ぶ方はサッシをつけてもらっただけで、
土壁は穴だらけだし、土間と外との境い目なく、ケモノ、雪何でも入り放題なので、
なんとかしてゆかねば。

奇遇にも、
ここの”とわち”のジサが親方だった在りし頃に、
弟子入りしたキミアキさんと建てた小屋なのだという。

窓をつけたら6センチも傾きがあり、トリックアートを堪能。
ハシゴで上る二階はけっこう広々としており、
ここもキツツキかモモンガの穴から空が拝める。

二階片づけの際に、囲炉裏の淵が見つかったので、
いずれは囲炉裏を小さく復元し、
じっと火を眺めるか本を読むか酒を飲むかという小屋イメージに近付いてゆきたい。

ただ黙って卵を焼くのみか、
鶏汁にできるか、それが問題だ。





********************




[PR]
by 907011 | 2016-09-24 05:17 | Trackback | Comments(0)

にいさんゴー。

この夏、山中にもイノシシが出た。
先代の名誉区長ことマサオさんの畑のサツマイモとテイモを皆掘り起こされた。
噂が広まる前に矢継ぎ早に”五助”のジャガイモも皆掘られたり、
畑作の根菜類の被害が山の下から向う側まで広範囲に渡って続々と続き、
あらためてイノシシ害の何たるかを見せつけられた。
ならば、秋にはイノシシにとっての空白地帯、未開の楽園・山中に猪軍団が大挙して
田んぼで大暴れ、転がり放題(身体のかゆみをとるらしい)か、
と思いきや、今のところ被害は聞いてない。

そうこうしているあいだに、今度は熊が出た。
国道のあっち側の塩沢で。(「大字山中」で山中&塩沢)
気をつけましょう。
どう気をつけたらよいかは今一つよく分かってないですが。
第一発見者・町事務所のMさんより「森のくまさん」という題名のメールと
熊発見マップ(塩沢の棚田。熊の顔がかわいい)および味ポンをもらう。

10日前、稲刈り残りマジックは31だった(単位は枚)。
異様な雨が続く10日を経て、残M31⇒18.5。泥沼化。
義父のと合わせて残り23.5枚。

b0079965_08064405.jpg
機械の機嫌をニンゲンのワタシが損ね続ける、教訓の年。
雨でどうしようもなく悶々とするところに、
機械のストライキに遭い、雇用側であるところのニンゲンも心が折れかけるので、
電話やメールで農家間自虐ネタトーク(失敗談と情報交換)を交わす。
さすがに皆なかなか良いパンチを持っている。

この間、ミツタカさんのとこに所用でゆき、
カッパ着てバインダーはさがけを強行していたヨシカワさんとモリオさんと一服。
この天候のなか、「バインダー最強説」がささやかれはじめている。
自分で乾燥機というものを使ってみて、
ハサがけ&太陽エネルギーの凄さをあらためて思い知らされる。
山中という一つの集落だけでも、風景に農耕分化が満ちている。

ミツタカさんが籾摺りをしながらしていた前架けが粋だったので、
さっそく戻って押入れをゴソゴソ探して、真似る。
学ぶことは真似ぶことから。
「なんかわからないけど、前架けしめてると、
 いかにも働いてる感があるでしょ。」
とミツタカさんのいう通り、
ふいに作業場でウダウダしている様を覗かれても、
普段より35%ほど動揺が減り、たじろがない(当社比)。

イサオさんからは
「あまりに手刈りが多いので、自分を松之山の木暮さんだと思うことにしました。」
というメールが来ていた。

今年もコンバインは苦戦し、田によっては入れない箇所が懲りずに出てしまい、
大きく手刈りの時間を割いて、なんとか一枚、など遅々として進む。
これぞ人類の知恵、手刈りとコンバインとの「ハイブリッド稲刈り」。
(命名:ふかぐら亭・店主ヒデキさん

今年もしびれる。
俺も田に居りながら、木暮さんを思い出さない日は無いような日々。

教訓に満ち満ちた、今までで最高にしびれる秋。





******************





[PR]
by 907011 | 2016-09-23 05:54 | Trackback | Comments(0)

村雨。

周りを見渡すと、ここらの農家さんは米の収穫はしても、
まったくもってまだまだ「古米」を食う(一昨年の古古米を食っていたりもする)。

ここは俺も頑として、腕組みしながら座布団に座り、古米を食うところ、
とはならず、今年つくって出荷した「はじめてのコシイブキ」を試食。
うまいじゃないですか、コシイブキ。
新米というのは独特の香りや食味がするものだ。
今までほとんど何も感じずに食っていたけど。

お陰さまで7月頃に27年産の自分の米が全部売り切れ、
28年産米も春に気合を入れて営業をし過ぎたのか、
俺の田んぼの力と注文をいただいた数がかなり拮抗状態。
緊迫する稲刈りも、移住以来見たことないような異例の長雨で足止め喰らい中。
降りしきる雨の中、連日連夜ひじょーに不機嫌な乾燥機械に、
ずっーと小屋で説得しながら暮らす。

他の農家に呆れられ失笑されるくらいに、
俺の田んぼの米の収量は少ない。
徐々にやっていくうちに技術が向上し、増えていくさとたかをくくっていたら、
そう簡単には、増えない。
ある時期、とりあえず牛乳を闇雲に飲む小学生の背みたいに、伸びない。
そうは問屋が卸さない。

おそらく市内の平場でつくっている人たちの半分近いほど少ないと言われる。
”じんべ”のカズオさんは、
「オラたちの米は、一反10俵以上とるようなメタボ米じゃなくて、
 健康的な少数精鋭米なんだ。」と言っていた。

鶏などを眺めていると、たしかにそれも考えさせられることがある。
合成の養分を摂取させられ続けて、過剰に育成促進されて一歩も動けないような鶏と、
ほぼ勝手に遊び寝てケンカしながら、
「悪いけどうちはうちで勝手にやってますから。
 ニンゲンのひとたちには迷惑かけてないと思ってこっちはやってますから。」
とコケコケ言いながら暮らす鶏と。

門出和紙のレジェンド・ヤスオ親方は、
「楮が成りたい紙になる。」という。
志すのは千年生きる「生紙(きがみ)」。
呼吸をしながら、年とともに風合いを加えながら生きる。そしてすべてが土に還る。

稲が成りたい米もあるんだろうか。
米が成りたい稲?
さすれば、稲が成りたい田んぼもあるだろうか。

 * * *

ただただ、山が原野に還ろうする速さと毎日見せる威力に圧倒されて、
俺の暮らしなんぞは、まったく山の四季の時間に追い付けずにいる。
稲刈りも、雪降るギリギリの瞬間までも、
常に追い抜かれて先を進む時間に、「俺はどうして毎年こうなんだろう・・・。」と
半泣きであわあわと後追いしながら用心する。

稲刈りはまだ3分の1くらいの進捗。
ただ、稲が刈り終わった田はすでに「29年産」の田んぼがはじまっている、と言える。
秋の田づくり、山の棚田は冬前に田を再び泥にかいて、
可能な限り「冬季湛水」をして、雪融けを待つ。

雪は水を貯蓄する時限の資源。
「雪害」という言葉は明治の頃に出来た概念だという。

 * * *

ただただ普通のことを、普通にやってみたい。
昔から一貫して、普通のことが普通にできない子どもだった。
丁寧さとか素直さや純粋さが欠落しやすいらしく、
当たり前の暮らしを当たり前にやりたい、
文字にすれば、それだけのことが
実はもっとも難しいのだと痛感しながらまた四季に追われる。

記憶にないはずだろうに、感じてしまうような「なつかしさ」という感情は何なのか。
普通の暮らしの中には、「本当」がたくさんある。
「本当に」とか「本当!?」なんて言う場面で、自分はだいたい驚いてばかりいて暮らす。

普通の暮らしを目指して、その目指すこと自体を普通に感じ、
一つずつでもいいから、まっとうしたいという願望がある。
まっとうさへの過程や出逢うヒトたち、見聞きするもののなかに、
「本当の物語」はあるようだ。
物語りは普通のなかにあった。

 * * *

「うちはこの街でフツーにくらしたいだけなんやけどなあ。あかんのかなあ。」
西原理恵子さんの『ぼくんち』で、男にボコボコにされたまゆちゃんという女のヒトがいう。
フツーってどこにあんのかなあ。けっこうそこらへんの魚屋で売ってたりしてな。」と、
楽しそうに笑うまゆちゃんとねえちゃんを見ながら、
「ぼくは
フツーはあったかいごはんの中にあると思った」と弟・ニ太は考える。

普通がいちばん難しい。
いちばん難しいなかに普遍の物語があるのかもしれない。

とりあえず俺は目の前の倒れた稲を刈る。
籾を玄米にする。
暮らしのなかの当たり前のことがやっぱりいちばん難しい。

年がら年中そんなことばっかり言いながら暮らしている自分が、
それでもここに居るのだから、気持ち一つでできまっせ、山中の暮らし。
(家も複数あっせんできまっせ。)
身体のきしみと知のきしみとを交差させながら、そんなことを想う。

あと、冬は酒蔵でここの地酒づくりを学びながら働くオファーがありまっせ。
(昨日雨に打ちひしがれていたら、石塚酒造さんから電話が来た。)
山の暮らし、半農的暮らし、子育て、年寄りからの口伝継承(酒呑みも多いです)、
冬の超ストイックな暮らし、ものづくり、デザイン、田舎で一人起業etc.
山中という村落はじつに小さな自治の輪の内だけど、
我らの固有の「山中時間」は寛容な力を宿しながら、静かに慌ただしく暮らす。


Dive into 山中。
農山村の暮らしは面白い(きついけど)。
あと、酒蔵は俺もやりたい(区長卒業できたら)。





***************



[PR]
by 907011 | 2016-09-19 06:00 | Trackback | Comments(0)

少ないこと。


b0079965_05435867.jpg

乾燥した籾を、籾摺りマシンに送り、もみ殻をむいて玄米にする。
もみすり作業は、機械サイドの説明では「脱稃(だっぷ)」と呼ばれる。
ex.「脱ぷ率を見てみる。」
この脱稃してくれるロールが凄い圧で玄米と殻を分けようと頑張る。
摩耗して交換などのために外すときは、間に軍手を挟んでネジを緩めるように、とのこと。

てんで機械にうとい人生を歩み過ぎたもんで、
いまだに「〇〇取って!」とテキパキっと言われた瞬間の工具の名前がよくわかっていない。
ボルトとナットがどっちがボルトだか瞬時に見失ったりし、
「ボルトとは何ぞや」「ナットの定義とは?」と考えだし、
「そもそもヒトはなぜ締めたり緩めたりするのか」と我が顎ひげをなぞり、
「恋と愛とはどこから異なってくるのかな。」、
「ワシはさっき昼ごはんは食べたのかな、食べてないのかな。
 食べたような、食べてないような、よくわからないんだな。」、
などと哲学(後半はただの健忘)的なことを想う。

実は、何にも想ってはなく、考えてもいなく、
「何となく考えている振り」をする姿勢は他者との場面で少なくない。
考えている振りでもしないと他者に申しわけないのかな、などと余計に慮って、
後から何も考えてないことはだいたい発覚する。
ニンゲンは社会において自己を演じながら暮らしている。

ちなみに、「ボトル」なら馴染みがあって、よく分かる。

b0079965_05435816.jpg


「はじめての乾燥」以降、慣れない稲刈り後の商品化仕事が続き、
今の自分にできることは何かという問いが続き、
とりあえず床の掃除を続ける。
無心でできる安定した、大義名分が(一応)ある仕事。

ふと袋を見ると、山さん@ヤマザキ農舎が書いてくれた、
乾燥設備一式導入後の想像図と再会。
門出・キヨシさんのはからいで機械もらえる運びとなり、
そのお弟子・山さんと小屋を見ながら、
俺の脳にまったく浮かんでこないイメージ図を
あきらめずに説き続けてもらい、植えつけてもらったのでした。

「0から1」は大変だけど、面白い。

b0079965_05435843.jpg

オクサはあいかわらず誰も居ないな、と見に行ったら、
稲刈り有給休暇のイサオさんが山中犬・フミエとモチ米を刈っていた。
イサオさんの母・マサコさんのようにほほ笑みながら駆け寄るフミエ。

相手が笑っていると、こっちもつられて笑う。
こっちが笑っていると、相手も笑う。
たまにそういう時間を感じられると、
それは良いことをしましたね、と『笠地蔵』の御婆さんの台詞が聞こえてきそうなことがある。

b0079965_05435846.jpg
昨日。
いろいろマイルド乾燥してばかりでモタモタしていたコシイブキをやっと籾摺り。

b0079965_05435811.jpg
28年産「はじめてのコシイブキ」。
無事に24袋ほど商品化されお嫁に出た。

あとはコシヒカリを商品化するだけ。
すべて、これから。

b0079965_05435741.jpg
朝飯を5分で食って、布団が呼んだ気がして、ちょっと横になってみる。
と、カマキリが産卵していた。
網戸がモザイク加工。
b0079965_05435818.jpg

この冬の雪はこのあたりなんだかもなあと、一族郎党で眺める。
カマキリはお尻を振り続けながら網戸とスダレの間でモザイク越しに卵を産んでいた。

「飯を食うために働く。」という言葉の意味や幾重かにありそうな背景のことを、
虫、鶏、ネコ、犬、ケモノや草木を眺めたり、「飯の種」をつくってみながら、
その都度、よく考えさせられる。

「貨幣」と「時間」が媒介している、暮らしの中にある労働。
たとえば、勤めで自分の時間を切り売りする、その大部分の媒介が貨幣だと思う。
(もちろん、貨幣だけでなく得る恩恵もヒトによって大小さまざまにある。
 と同時に、恩恵の反対について回るものも多い、と他人の愚痴や苛々に拝察する。)

もう少しだけ俯瞰すれば、
貨幣は経済に、時間とはすなわち自分の暮らしに置き換えられる。
小さな経済と、自分の暮らしをつくっていくことと、
その折り合いは、食うための飯をつくったり、
あるいは小さな物々交換を身の丈で試験的にでもやってみることによって、
メジャーな議論ではなく、マイノリティとしての我が暮らしの内側の、
土俵に引きずり込んで考えることができる、と思う。

「飯を食うために働くこと」の対象となる、その飯をつくってみることで、
テレビやネット情報の受け売りが多い議論に嫌気がさした時に、たまに少しだけ
自分の脳みそをねじらせて、外すことも自分でできるのだとわかる。
自分が居る空間や時間にちょっとしたねじれを生じさせることで、
自分の視界が変化する。
正直な色彩が見たいのよワタシ、ともう一度探し直す。

今の便利の中で、知ることは無数に洪水のようにあふれている。
知ることと、分かることは違うと思うので、
どうしたら一つを分かるようになるかを分かりたい。

考えたいのはもっと根本にあるものだと思うし、
欲しいのは時間と共に変動し続けるような情報じゃなく、
目に見えなくとも、存在としての強度が感じられるような物語を欲していたい。

その時に、
ニンゲン一人が持っている情報量というのは、
本来、ものすごいものなのだと圧倒される。
驚いていたい。

2つの目で、その対象を肯定も否定(浮かれすぎず慎重に)も同時にしながら、眺めたい。
耳の穴も2つ。
落とし込んでから、自分の言葉にするにはどう考えるか。
話す口は一つなので、伝えることはなかなかに難しい。
だからニンゲンは口のみでなく演技をしながら他者と暮らすのかもしれない。

はじめてのコシイブキを嫁がせて、
昨夜は魚にスダチを絞ったりしながら祝言をしてビールを吞んでまた寝落ちした。







**************




[PR]
by 907011 | 2016-09-14 05:46 | Trackback | Comments(2)

2016は


b0079965_06501777.jpg

10日から稲刈り。
こしいぶき、6枚。

b0079965_06501715.jpg
その後、「はじめての乾燥機」の洗礼を24時間あまりに渡って受け続ける。
①頭上から籾がバラバラと降り続けたり(”ショーシャンクの空に”みたいだった)、
②底のスクリューの一粒のわずかな隙間に、
籾が”倒産した銀行みたい”に殺到し、一晩こぼれて山になっていたり
(朝いちばんに見つけて膝から崩れ落ちそうにショッキングな光景だった)、
③「マイルド乾燥」設定のまま寝て、夜中に見たら水分下がっておらず、我が目を疑ったり
(「ただただ乾燥するのは、俺の目だけじゃねえか。」とつっこんだりした)、
教訓に満ち満ちた乾燥デビューとなった。
稲刈り初めがコシイブキで善かった。実験台。

門出のキヨシさんが絶妙なタイミングで電話をくれて応急処置に来てくれたり、
イサオさんやミツタカさんや山さんにも初歩の初歩なことを教えてもらいながら、
遅々として進み、稲刈り日和2日逃がして(義父の都合などもあり)、
戦意喪失の大雨が一晩続いて今朝に至る。

いやいやー、勉強なる。
今まで刈るのが終わればライスセンターに運んで、
夜は風呂入って晩酌して寝るだけだったので、
乾燥とは何ぞやというのが、ライン作りから試行錯誤して学べた。
まったくフリーイメージ(ゼロということ)だったので、
人に教えてもらっても見聞きしてもさっぱり頭に画が浮かばず、大変だった。

0から1のオトナの授業。

b0079965_06501796.jpg


残りマジック「31(枚)」で足踏み。
早えな、広島。もはやすでに。
高橋慶彦とランスが俺の記憶のヒロシマ。

乾燥機の応急処置してもらった箇所を補強し直したり、
「はじめての調製」でまた洗礼を受けるであろう今日。
雨すごく、明日からさてどのようにマジックを減らすか。




******************



[PR]
by 907011 | 2016-09-13 06:46 | Trackback | Comments(0)

蟹と内。

やまんかの上から中(中山中)までよっこらせと下りてきた、
”きんねん”タエさんがその辺で出逢ったカニをつかまえながら農協の注文書を持ってきてくれた。
あと、東京の菓子「ひよこ」もいただく。
タエさんの自己紹介は、「女が少ないと書いて妙。」だった。

ひよ子とカニ。
前日に買い物ついでに某回る寿司で流れるたまごとカニを見たのと違い、
俄然楽しそうにひよことカニを眺める子ども。

自分の半径3キロメートルの内側あたりで、
すべて会得して暮らしてきたような年寄りと、
すべてはこれから知るだろう子どもと。
カニが二者を媒介する。


b0079965_05412401.jpg
米粒をあげたらカニが食った。
たとえば、カニがいきなり拉致されてもまず食いつくくらい山中の米はうまいのだ、
ということを一つ知った子ども。



b0079965_05412450.jpg
下の”ごんぱち”(ジサバサが去年の越冬後、柏崎に遠征のまま)の窓が開き、
カーテンがヒラヒラしていたので、台風の予報前に連絡とって、
いっとき上がらせてもらった。
ウチの下から見上げる”内”。

我が家の周りは自然栽培の草木で満ちている。
(田んぼの管理も追い付けないので、家周りのことは一番後にやれるかやれないかくらい。)

一つの暮らしとして可視化される”内”。
家屋という外壁と”内”。
一つの内のなかにいくつもの内があり、
壁を隔てた外から推察する内と、
内側に居て、感じる内とはどこのウチでも大なり小なり異なるものだ。

人体の内もそうだし、
我らのいうところの「村」という単位の円
(暮らす人それぞれの頭が描く、境界より少し緩い輪っか)、
その円なる内についても、同じことが当てはまると思う。


b0079965_05412486.jpg
”ごんぱち”のバサのことを家人は「ごんぱちゃん。」と呼ぶ。
山中の名物夫婦漫談

俺が移住して1年目はまだ田んぼもなく、
畑や鶏を見て暮らしていた(今は逆になってしまった)ら、
ほぼ毎日、ごんぱちのお二人と畑越しに面白ろ話を堪能させてもらっていた。
できることなら、またあの時間が欲しいと時に山で懐かしんで思い出す。

ジサがいちばんはじめの頃(引っ越して2週間目くらい)に俺に言ってくれた、
「あわてず、ゆっくりやりなさい。」
という言葉が忘れられない。
自分がナニガシカの者であることをなんとなく証明しなくては信用を得られない、
・・・かのような義務感みたいなものが、
山の中に移住してフワフワしていると、
ふいに一人になったときに急角度の追い込みをかけてくるもので、
あのひと言にいかほど支えられたかわからない。

辿ってみると5年と4カ月前。
2011年5月のごんぱちジサのお話しだった。







************




[PR]
by 907011 | 2016-09-10 05:41 | Trackback | Comments(0)

阿波の国から。



b0079965_04424176.jpg
「秋波を送る」という言葉は本来、異性間で用いられるらしい。
すだちに対する秋波的なメールを送っていた徳島の高給官僚・エガミ君から
「ザ・すだち」という感じの箱が届いた。
開けるとスダチや阿波の品々が徳島新聞に包まれてあった。
徳島県民セミナーなどの広告をしばし見る。四国をまわりたい。

 *

田植え後、寺泊に子と遊び行くにあたって、
良寛のことを実に産まれてはじめて学んでみた。

そのなかで、長岡の公民館であった『僧としての良寛』を聞いて、
すっかりしびれた。まいった。

坊さんと村落、農業。
良寛の記した戒めの言葉(書)。
「子どもと居ること」ができるということの、その背景が持つ意味。
農家や食についての良寛解釈を聞き、
ぼんやり、小旅先の寺泊で海を見ながら「小さな物々交換」が丁度良いなと想った。

すだち⇔山中の米
あたりはちょうど良い。
身近な物々交換には鶏の卵もとても良い。


b0079965_04424205.jpg
NOSAI(農業共済)が「干害」調査に来てくれた。
今まで掛金は皆支払うものの、俺も災害など対岸の大きな出来事だろうと勝手に思っていたけど、
自分の田が干ばつに遭ってみて、もとより貧乏性なので「せっかくだから」と思い、
特に水が無くて切なそうだった田んぼの2戸に話して、はじめての申請を提出。
はたしてNOSAIはすぐやってきた。

一枚目の田んぼに案内してみたら、
評価委員の皆さんの顔が曇り、
「俺は長くやったけど、こんなのは初めて見た。」
「これは検査かけたって(収量)ゼロだろ。」
「ひどい。こりゃ米ならんだろ。」
などの、このケースでは高レベルな損害評価をいただけた。

「ダメ元」で何かできることがあれば、
それは時間も手間もエネルギーがかかることではあるけど、
未知の0から1に進むには、ダメ元はいろんな機会を寄与してくれると思う。


b0079965_04424273.jpg
はさ、つくる。
主に、義父が。
(NOSAIを山の田でアテンドしている裏で。)

ハサができて、あとは稲刈りだけとなる。
稲刈りだけとはなったものの、その畦の草刈りが追い付かず、
半泣きで黙々と畦を刈る。

b0079965_04424199.jpg
マムシの小さいのが居た。
つんつんしたが死んでいた様子。

ヘビというのがひじょうに苦手で、記憶から消そうという作用が脳にあるのか、
死んだものでも、脱皮した皮であっても、
はじめにびっくりして、また帰り道に出逢って、まったく同じ狼狽の仕方でたまげる。逃げる。
で、またまた通って3回4回と、何度でも自分は驚き続けることができる。

そのうちに「驚き疲れ」という現象が起きる。
驚き腰を引くのだけども、一方で同じことで驚き過ぎの自分にあきれてくる。
あきれる己のバカバカしさを、次第にその驚きの対象(この場合はヘビ)に転嫁する。
ヘビに「いつまで同じとこに居るのだお前は」とか、
「なにもここで死ななくても。」などとぼやき始める。

かくして、驚き疲れる「ワタシ」を俺の脳は忘却しはじめ、
また翌日に発見しては、同じレベルで腰を引かして驚く、という現象が繰り返される。
と、今写真を見て思った。
ヘビは先住民であり、俺が後から来たのだから悪くもない。
ただ、俺が苦手なだけ。

 *

あと、ほとんど関係ないですが、
二回くらい車で通って見ていて(勝手に)じいさんだと思っていたのが、
3度目には話しているのを間近で見聞きしてみて、じつはばあさんだったと知って驚く
という田舎の「ときどきあるある」もある。
(「ジサだと思っていたらバサだった」編と、
 「バサだと思っていたらジサだった」編、
 引き分けくらいの比率だと思います。)


b0079965_04424277.jpg
学生時代に入り浸ったアパートがいくつかある。
エガミ君のうちもその一つで、入り浸り慣れした俺は、
「エガミ家⇒友人サトー家」のような”入り浸りハシゴ”を昼夜問わずした。
うちには魚焼きがなかったので、
干物(さばみりんとか)と時にマイごはんを丼で持ってうろうろしていた。

そして、エガミ君の家にあった徳島からの親の愛・スダチを丸かじりするなどしながら、
笑ったり、泣いたり、怒ったり、また笑ったり、本当は半分寝ていたりしながら、
酒宴は続くのだった。

 * * *


良寛を考える場合、
 少しだけつかまえる場所を変えてしまうとすぐ道徳とか教訓とか、
 まるで馬鹿みたいに子どもと遊んでいた無邪気な人みたいな像に
 すぐに変わってしまうわけです。
 ほんとうはそういう場所で言われている言葉ではないし、
 また良寛が引っかかった場所はかなり高度な場所であって、
 少なくとも道元の思想が高度であるのと同じ意味あいで、
 かなり高度な場所で良寛はその思想を受けとっています。
 決して道徳とか教訓で受けとっているのではないということが
 非常に肝心なことです。>




子どもが泣いているときに「誰がした?」と言ってはいけない。
 そのことはなぜいけないのかというと、
 さまざまな経験を経た大人だったら、こんなことをしたのは誰だといって、
 それが間違っていたら他の大人はそれは間違っていると判断できるんだけれども、
 子どもはそういう意味の判断をしても不正確である。
 だからそういう不正確な子どもの心に、そういうことを言っちゃいけない。
 なぜならば、そういうことがほんとうに肝心なことなのかどうかという重さが判断できないうちに
 全面的に子どもはそれを受けとっちゃって、
 自分が他者に悪いことをしたときもそれはものすごく重大なことで、
 誰がしたのかが追求されねばならないほど重大なことなんだという気持ちを
 子どものなかに置いてしまうからそういうことを言っちゃいけないと言っているんだと思います。

 みなさんもおわかりだと思いますけれども、
 子どもが泣いているときに「誰がしたの」なんてことを言っちゃいけない
 ということに気がつくということはたいへんなことです。
 そういうことに気がつく、言葉に対する、他者に対する微妙な受けとり方は、
 たいへんよくものごとを洞察している人でなければ
 書き留められないことだということがわかります。
 こういうことは悪いことだということは言えないということだと思います。
 鋭敏でたいへんな洞察力がなければ書き留められないことです。
 ぼくでも、自分の子どもが泣いていたら、誰がやったんだと訪ねて、
 誰々がやったという返答を引き出そうとする経験はなきにしもあらずです。
 そういうふうに言ったとき、
 こういうことは子どもに聞いちゃいけないということに、誰でも気がつくだろうと思います。
 子どもが泣いていて誰がやったんだと言って、
 それがあまりに子どもに重大な受けとられ方をしてしまうことに気がつくことはぼくらでもあります。
 だけれども次の瞬間にはそういうことは忘れてしまうのが普通なわけです。

(吉本隆明の183講演『僧としての良寛』から)






*************








[PR]
by 907011 | 2016-09-09 05:09 | Trackback | Comments(0)

白露、善き日。


b0079965_03533602.jpg

門出の市議兼木こり・コウタロウさんのユニックをお借りし、
同じく門出の「農業×商人」キヨシさんが、隣の仙田・高倉集落にて
吊り上げていたのが8月7日。

一連の作業イメージがすべて出来上がっているキヨシさんと、
対象的に未知過ぎてイメージフリー(ゼロということ)のまま、
フラフラしながらあわあわとするだけのワタシ。
夏の空にクレーンがよく映えるなあ、という高倉の夕空だけはよく覚えている。


b0079965_03534740.jpg

なおも、スプーンとフォークで手掘り隧道開拓に挑むような、
無知とイメージフリーと鈍足なあまりに、一カ月間が経過。

b0079965_03534713.jpg

途中、「お前、それじゃ間に合わんだろ。」と叱咤しながら、
様子を覗きに来てくれた諸先輩がたおよび友達のおかげで、
何とか”ふじみやの乾燥作業場”が一通り、ライン完成にこぎつけました。

b0079965_03534739.jpg

めでたしめでたし。
これであとは「山中米」用の稲架づくりを終らせれば、
晴れて稲刈りにこぎつける。

今年の山中米は良い出来で、なるべく隠密に麦麦さんやドナに置かせてもらい、
残った米を我が家で食べたい。
22日頃を予定している稲刈りに地元紙の”大きな巨人”・イワシタ記者が
ドタバタと取材に来てくれるらしいので、
ガクと鶏を遊ばせてその背後に隠れて俺は稲刈りしたいぞ、岩下記者。
アンダーロック・ライター。


b0079965_03534715.jpg

稲刈り前恒例の、秋を告げる風物詩となった、超ロング肥汲みひしゃくでの水汲み。
我ら(主に俺とイサオさん)の業界で「ルート営業」と呼ばれる、
各田んぼにスコップで開けた穴にたまり続ける水を、
汲み続け、遠く道の上などに投げ続けるという根気が要る勤め。

田によっては多ければ4,5箇所の穴があり、
一応、我ら(主に2人で自虐するだけですが)の業界で「得意先」と呼ばれるやつだ。
得意先が多ければ「ちょっと外回りしてきまーす。」と営業に出るは良いが、
何せルート営業で得意先もそれなりに案件を抱えて待っているので、
高速移動しても1時間は費やされる。
というルーティンワークが朝昼夕。
多い日には4,5回呼び出されたりする。(呼び出さないけど、実際の穴は。)

俺がここでこうして暮らしたり、思い付きで行動できていたり、
よその集落にぽんと遊びにいったり、四角い会議に出たり出なかったり、
というようなことができるのも、
これは一重にこのモジャモジャっとした山のなかで健気に待ってくれる車のお陰だ、
としみじみと感じたある日のルート営業からあがる晩方でした。

 * * *

「妻有ポーク」の脂身率に抵抗を感じながら、
この夜も正しく穏やかにビールを飲み続けて、寝た。

ここ数日、子よりも先に寝落ちする自分に、
子・ガクが延々と話しかけ続けて、ひじょうに寝不足。
まったく意識を失ったような昼寝でリセットする他ない。




*****************






[PR]
by 907011 | 2016-09-07 04:28 | Trackback | Comments(0)

夜、起きて居られない症候群。

未明に目覚める。ごそごそ起きる。
二日酔いか、あるいは筋肉痛か、それが問題だ。
湿布薬をベタベタと雑に張ってみる。案外、気持ち良い。剥ぐ時は思いの外痛い。
不安定な自由か、不自由な安定か、それも問題だ。

朝。畔の草刈りをして、身体をいじめる。
農繁期仕様になりますよう。

「なんかに失敗して一歩進んで二歩下がったとしても、
 その3歩分動ける筋力がついて良かったんじゃないのかな。」
みたいなことを糸井さんが書いていた。
うろ覚えシリーズ。
『何度聞いても、覚えられないのだ。』(山中から「適疎」を考える会出版部・未刊)より。




*************





[PR]
by 907011 | 2016-09-06 04:55 | Trackback | Comments(0)