山中記

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最終米。


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6月27日に山中で最後の田植えがされた”ごすけ”のはさ。
秋らしいイベントの先週が終わり(気温はほぼ冬だった)、
月曜日に最後の籾米を預かり、最後の乾燥をした。

太陽エネルギーではさの籾はよく乾いており、
「はさは偉い」などとしみじみ考える。
仕上げにならすという程度の乾燥で良かったので、
最低限の熱で最大限ゆっくりと乾燥したら、マイルド過ぎたせいか、
あやうく存在を忘れそうになるくらいほんとうにゆっくりと回り続けた。

最後の、最後のと書いて、
寒くなってきてすっかり底をついている我が気力を鞭打つ。
天気予報もかんばしくなかったので、最後の調製作業をしようと思っていたら、
みぞれが降ってきた。
最後の調製作業をし、最後の籾をどうにかして、
最後の清掃や片付けが控えている。

 * * *

片付けも掃除も、
要はさまざまなモノの「移動」が仕事のほとんどではないだろうかとこの頃に思う。
雪の下になると困るものを雪から離せるようにしまうのもそうだし、
チリを掃いたり吸ったり捨てたりする掃除も、細々としたモノの移動の連続だ。
落とし板のように、
雪と接する専門のあれこれがとうとう日の目を浴びて外に出され、
それぞれの担当箇所にあてがわれていくという冬支度も、
そのほとんどはモノとモノの位置の移動なんじゃないだろうか。

水も草も雪も、
お金も、食べものも排せつも然り、だろうか。
たとえば、書類や字を書くことも、
情報を伝えることはすでに移動の要素が含まれている。

「めんどうくさがり」な自分が、
寒くなっていよいよ移動が億劫になってきては、ふとそんなことを考える。
思えば、一年間って
ひたすら、右と左の間でモノを動かしているものだろうかとあやしく思ったりもする。

動かすか、動かさないか。それが問題だ。
寒くなると、「いかにして動かさないか」寄りに、無駄に知恵を働かせてしまう。
布団から出られない現象は、その最たるところだと思う。





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by 907011 | 2016-11-09 12:54 | Trackback | Comments(0)