山中記

<   2017年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

住。



< 山中、栃ヶ原部落は、鯖石川の東側八石山脈沿い標高二五〇米附近の山腹に、
 何れも一二〇戸ばかりの集落が形成されている。
  何れも不便の地で、バスの出る岡野町までは徒歩で一時間は要し、
 冬期は四米をこす豪雪地帯である。
 特に山中部落の歴史は古く、幾多の口碑、伝説が語り伝えられている所である。
  往時の人間が『ナゼ』高地に集落を選んだのだろうか、
 現代で考えれば不可解な点が多いのである。
  昔は狩猟民族のため高地の方が都合がよかったのかもしれない。
 或いは動物の本能としてわざと不便な高地を選び、
 展望の開けた所で、敵のしゅうげきを察知するためとして取り扱っているが、
 筆者は山嵩(※崇?)人であると判断している。>
(藤崎 利勝『高柳町近郷の祖先を想う』)


以前に、グルグルハウスのサイトウさんから
「鯖石郷の先生でいらっしゃいます」という藤崎さんの考察論文をいただいた。
(たしか、「石塚酒造さんで見つけた」と話していた。)


< 高柳、石黒近郷に於て最も古い旧家は、山中部落の村田五助家と、
 板畑部落の中村治平衛家であると古老は伝えている。
  山中部落の最高所、岩野地区に屋号村田五助なる家がある。
 村田一族四〇戸の遠祖と言われている家である。
  同家の先祖は坂上田村麻呂の臣下で
 蝦夷平定の折から同地に住みついたものと言われ、
 主人の姓をそのまま称するのは本意でないとして、
 村田と呼び早くからこの地に住みついたと口碑は伝えている。
  今の山中部落は、傾斜地を段々に切り開いた土地で所謂三反百姓が多い。
 なぜこのような土地に千年以上の昔開拓移民が住みついたのか疑問が残るのである。
  ところが昔からの言伝えを調べてみると、成程とうなづけるものがある。
 岩野地区は元来山中村とは別村であったのであるが、
 土地台帳に記載されている地名は大野と名付けられている。
 数百年の昔は現在のような傾斜地でなく薬師岳連峰の山腹につらなる
 広大な原野があったと伝えられている。
 この附近は地辻(※滑?)り地帯であり、
 長い年月の地辻りと雨水の浸食によって、次第に削りとられ
 現在のような傾斜地に変ったことが判った。>



昨日は山中・五助家のバサのお通夜だった。
山中の衆に見守られながら、家の雁木からスミさんの眠る棺が出され、
喪主ハルキさんも姉のノリコさんも実に気丈に振る舞われていた。
バサらしい素敵な写真だった。



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(春祭と秋祭に山中区長が通う岩野の諏訪神社跡の祠。
 故・スミさんは毎年8月26日に岩野に上がって掃除、参拝していた。)



<山中部落の村田与三衛門家は近在でも知られた資産家であるが、
 村田五助家の分家なのである。
  塩沢集落の遠祖村田清兵衛家は、五助家の当主が
 新田開発のために低地に分居したのが始まりとされている。
  当主の分家であるから勝手なことができたらしく、
 村田一族の産土神であった大野諏訪神社の本体を持って
 塩沢の地に移住したと伝えられている。>




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3月26日、告別。



(参考文献)
ふじみや~ごすけ
ごすけのハサ
ごすけのバサ







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by 907011 | 2017-03-26 06:34 | Trackback | Comments(0)

名残雪。

昨朝4cmくらい、雪が降った。
水雪なのでかさは増さないが、残雪がぐっと重たくなる。
凝固された雪はこの溶ける時期に重くなる分、負荷が強まって、
崖の土を下へとずるずると引っ張って崩していく。

などと書いていたら、今朝は倍ほど降っていた。



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<「自分と向き合うっていうのは、わかるようでいて、とても曖昧な言い方だ、
 自分のどこと、何と向き合うかというのが大切なポイントだ、
 オレ達は、自分の、負の部分と向き合う、
 自分のイメージと、現実のギャップに向き合うようになっている、
 それはからだが痛みを訴えて、
 オレ達が異常に気付くのとパラレルになっているんだけど、
 胃に妙なしこりがあって何かの拍子に時々痛む、
 それはからだが生きのびようと信号を発しているわけだ、
 オレ達はその胃の痛みに向き合って、
 薬をのむとか病院に行くとかからだを休めるという風にしないと、
 生きのびていけない、
 同じように、わかりやすい極端な例でいうと、
 ナチスに両親を、いやこの例は消化に悪そうだ、
 途中でこれはいけると思ったトーナメントで、
 自滅して勝てなかったゴルファーだと、
 そいつがこれからゴルファーとして生きのびていく場合、
 自滅してダブルボギーを叩いた時の自分と向き合わなくてはいけない、
 そうしないと次も勝てないもんな。>
(村上龍『長崎オランダ村』)

 * * *

去年読んだ本でもっとも印象が深かったのは、
「チーム事務」のKさんに頂いた『長崎オランダ村』だった。
(これまではたして彼に何冊の本をいただいたことか。)

書かれている大筋は、語り手である作家(九州出身)と、
冒頭に登場人物で「主人公」と紹介されてある九州の後輩・ナカムラが、
ただただ食事し続けながら(店を変えながら本当に次々と食べまくる)
話す、その会話が(おそらく)9割くらいを占めている。

その中で主人公が話す言葉自体に、
読みながらどんどん強く魅かれていった。
これまで、自分が幾度も考えたり言葉にしてみようとして、
まったく中途半端なままに終始していたことが、
主人公が何かを食い続けながら、
後輩を易々と諭す会話のなかに散りばめられていて、
唸りながら、読み終えて、もういっぺん頭から読み直し、
夏~冬のあいだに、何遍繰り返し読んだかわからない。


<「そうだよ、眠れない夜が辛いのは
 ずーっと自分と向かい合っていなきゃならないからだ、
 自分と向かい合うのは必要悪なんだよ、
 楽しい時や、美しいもの、そして他者が、
 自分と向き合うことから救ってくれる、
 自分と向き合うのは、一人ぼっちの時、病気の時、
 自分を許せない時、楽しくない時だ」
 「でも小説を書く時なんかは自分と向き合わんばいけんとやなかですか?」
 「自分と向き合って小説を書く奴はクズだ、
 自分と何か、世界とかね、他者とかね、女とかね、
 自分と何かとの関係に向き合って、そのことを書いていくんだ、
 言葉が美しく力のある順序で並べば、やはり自分は消えるんだよ」>
(『長崎オランダ村』)



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一昨日、夜。
上の”五助(ごすけ)”のバサが急逝した。



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去夏のバサ。

明日お通夜となった。




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by 907011 | 2017-03-24 05:36 | Trackback | Comments(0)

3/25@大阪。

農業を志して、名古屋からやってきて、
昨春の農繫期に山中に一カ月住み込みでどっぷりと
援農(一応研修生という名目で保険等に加入)してくれた、
新規就農の人、ジョージ・木村からメールをもらった。

聞けば今週末に、
「大阪で30分話すことになってんねん。えらい緊張しますわ。
 どないやっちゅうねん。」とのこと。
関西圏の方、是非。
(20名限定みたいだから定員になっていたらスミマセン。)

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詳細は↓ワタシの知るジョージ君そのものは、
飲んだくれて立ち寄ったコンビニのよく磨かれたガラスに、
真っ向から思い切りぶつかり、
店員が気をつかって見なかったふりをしてくれた、という
なんともアホウなニンゲンですので、ご贔屓にどうぞお願いします。


参考文献:『ジョージさんの山中見聞録』(未刊)






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by 907011 | 2017-03-21 06:19 | Trackback | Comments(0)

経て。

昔、社内で『経られる前に経ろ!』の「経てー」が流行り続けたことがある。

しかし、ワタシもだいぶ経たなあ。


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2月某日。
グルグルハウスのイマイさんサイトウさんオーサワ君と
小学校のワカツキ先生が、「シンセサイザー高柳組曲」の下見に
富山から6時間を経てやって来られた音楽家・タキザワさんを連れて、
山中までいらっしゃった。
(詳細は上記「シンセサイザー高柳組曲」にあります。
 ワタシも歳をとりまして、すでに30代でもなく、
 かといってばりばりでもないんですが。)

山中の話を見たり、集落を眺めたいという話を
以前よりグルグルさんからお願いを経ていたので、
山中や高柳の春夏秋冬語り部係のうちの一人として、
”じんべ”のカズオさんと、語れない方の係として俺、
そして、公民館で絶賛体調不調中のカワシマさんにも来てもらって、
山中の今昔や、カワシマンが山中に移住して、
2年ほど前に作詞作曲した「山中の歌」を披露してしばし懇談を経た。

口惜しいのは、カワシマさんがまさにここというタイミングで
風邪をひき、喉まで絶不調だったことだったけど、
頑張って2つ歌ったりして、なかなか良いアンバイだった。
その後、集落を(全貌はできないけど)見下ろせるいちばん天頂まで経て行って、
道中もいろんな話を交換し合った。

冬の山中で雪はまだあるし、とりわけ我らは「交流」とか、
「見どころ」という言葉に一歩距離を置きながら暮しているので、
若干不安だったものの、大所帯でわらわらと歩けて、
まあこんなところです、という冬のイメージは何となく経ていただけたと思う。

タキザワさんはプロの音楽家としてのみならず、
じつはドローンの使い手でもあり、
ワカツキ先生から後日教えていただいた、
数々の動画を見聞きして、その映像と曲の綺麗なことにたまげた。

最近、ワタシは事務仕事の間、ずっとその曲たちをBGMとして経ている。
(たまに、イサオさんの秋田探究熱が高まり、
 「なんも大学」にあったなまはげについて等のメールをもらったりしたので、
 「秋田県民歌」なども経る。)

そんな某日を経て。

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雪まつりも経た。
湯気の後ろで、ライスカレーも経た。


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メンバー強化が著しい、山中・笹団子の母ちゃんたちが
今年は自前出店して、カレーライスではなく、「ライスカレーなのだ。」と、
熱く主張するライスカレーを湯気の向こうで、経つづけた。


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前夜はイサオさんやノリオカ父ちゃんなどと、主にドリンクを経て、
翌本祭は山﨑農舎のヤマさんやその弟分のコータ君と主にドリンクを経て、
じゃれている間に、まつりは経られていた。

・・という写真整理。


「問題はね、経つづけられるかどうかなんだよ」。







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by 907011 | 2017-03-19 08:03 | Trackback | Comments(0)

破壊と破戒。

雪や薪に「ふんが~」と言って夢中になれる瞬間や、
「この時間を求めていた。」と思うようにさせてくれる気持ちは、
「破壊」の前向きなやつかもしれない。
いいやつ。

冬の間、ずーっとあれかこれかと考えたり悶えたりしているようなあれこれは、
ひとの言葉を借りれば、「創造的自己破壊」という、
とっつきにくいけど、でも案外悪くないやつの要素もある。



<疲れが出ると、
早く安直に変化が出るものにとびつきたくなる。

破壊願望が強くなるのはそういうときだ。
私だって追い詰められ続けたらきっとそうなる。

つくづく「考える」のをやめちゃいかん。

勉強だったら、
どうしたらそんな長時間の補習やテストを
受けなくても、コンスタントに点が取れるようになるか?

仕事だったら、
どうしたら、もっと面白い企画がだせるようになるか?

そこを考えなければ。

そこを何とかしてくれるのが本当のヒーローだ。

結局、上司や先生は変わっても、
もっと酷い人が変わりに来ただけ、
根本の問題はなにもかわらず、
みたいなこともあるのではないだろうか。

破壊願望は、海に行ったとき、
砂でお城でも作って、一気に蹴って壊してカタルシス、
などで、自分で昇華するとして。

人との関係性のなかでは、
「作ろう」「創ろう」と意識していかねば!

と私は、私自身に言い聞かせたいと思う。>
(「おとなの小論文」から)


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1月にそんなことを想っていた。
だから、雪の解け具合と同時に、
それまで積もらせた「抽象」を「具体」にしたくなっていくんだろう。

という、(よく外れることで有名な)わたしの推論文。


(写真は一昨日の「オクサの棚田」。まだ雪)

毎冬、割った雪を「ふんが~」と運び落としながら、
また思い出し、考えさせられては、その都度書いてますが、
山中時間内の「ムロフシ的時間」が私的には肝心要だ。

また少し雪が降ったようで、屋根から落ちてくる。





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by 907011 | 2017-03-18 06:38 | Trackback | Comments(0)

寝太郎と亀。

ようやく春の農繫期に向けて早起きができるようになってきた。
(町事務所・某氏からのメールに
 「私は三年寝太郎の話を思い出しました。」と書かれてあった。)

杉っ葉に着火して薪が燃えだすまで、
”ふじみや”のカメキチじさ(故人)の3年連続日誌を数冊見比べるようにして読む。
湯をわかしながら、子が起きるまで事務作業。
ときどき小用に立ち、雪をすこしつついたりして気を紛らす。
申請書類もあと一歩だけど、区内の細かな仕事も並行してなんとかする。なかなか。
うち唯一の雄鶏・ツユは4時から頑張って今日も雄叫びをあげている。
(昨日、ホームセンターで鶏の雛の看板をあごひげをなでながら、
 しげしげと見つめていた。)

今日も9時から高柳19集落の区長会議(地区連合会)なるものがあり、
農協、町事務所など所用を足して滑り込まねば。
議題の内容いかん(集落に関するかどうか)によっては
睡魔に襲われたり襲われなかったりする。
連合会や区長に半ば自動的に付いてくる当て職についての、
割り振りも議題に含まれているので、そこは毅然と協議せねば。

今年も田んぼが増えそうで、田んぼ40数枚(未整備地)が本当は自分のメインの職場で、
冬の子が保育園にお勤めする手伝い
(かんじきで家から「歩ける道」をつくったり、
 山中は車が雪で家に置けないので共同駐車場まで往復したり)もけっこう、なかなか。
じき、春が来る。

今年はこれまで我流(これこれで、見ての通り見事に我流過ぎた)で
何度か試みてきたのと異なる、
山中でも絶えそうな(いま2人)昔ながらの田んぼを苗代にした育苗を
先代区長・マサオさんに習いながらとりあえず100枚だけつくる予定で、
先日種もみがやってきた。
いずれにせよ、とりあえずマサオ式を習う。
そこからもういっぺん考える。

農繫期がそこまで来ている。
迫る春作業、牛歩なみで進行中の雪割り隧道掘り。迫る年度末書類。
まだまだ山中でワタシは季節ごとの山中時間に追い抜かれては、追いかける。
惑いっぱなしの四十。

未明~夜明け直前の青い時間帯が好きだ。マジックアワー。
あと、男は火遊びが好き。


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<やっぱり春が一番いいようだ。気持が落着く。
 今朝も起床は7時少し前 雪もかなり消える
 権八(ごんぱち)が苗代除雪の件で来てくれる
 区長へ申込せねば
 午前中はオクサの方水廻り方、彼岸の為の墓ごしらいに行って来る3軒分を
 午後は普及センター主催の苗代育苗等の話を聞きに行く
 約12、3人質問したりで懇談的な話で気楽にやれ楽しい一ときだった
 夜は利八(りはち)へ除雪の件やら老ク(老人クラブ)の件で行き
 10時迄話して帰る>
(『故・石塚亀吉3年連続日記』(未刊)1995年3月16日より)





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by 907011 | 2017-03-16 06:14 | Trackback | Comments(0)

暁。

寝不足だったか、よく寝た。

昨夜は、グルグルハウスさんに正月いただいた、
高柳米を使って醸造されたプレミアム地酒『高柳』がよく染みて、
寝床と湯船読書中の『重力ピエロ』もほぼ読めずに寝落ちしていた。
山中でも『高柳』は好評で、村の行事や神事でも皆(主に男衆だけど)で、
「うめえなあ、この酒は」と言いながら、競い合うようにして吞んでいる。

昨年、山中の暮しを体験するというインターン生に来たハザマ君
(今季も石塚酒造さんで活躍中)に雪まつりのときに聞いたら、
「今シーズンは『高柳』が2種類になりますよ。」と話していた。
(今年はちょっと頑張りすぎて疲れました~、とも言っていた)

昨日は小雨で雪掘り
(橋本監督の山越隧道ドキュメント『掘るまいか』
 ときどき思い出しながら、一掘り数十センチずつ「歩ける道」を掘り運び中)はあまり進まず。
副区長のシゲルさんと改選の投票の仕方について打合せをしたり、
(雪が豪儀で公民館まで出て来れない世帯の年寄りにも
 今春、区の役員改選に参加してもらえる策をここ数週間、練っていた)
たまっていた区の会計がようやく3月まで処理したりできた。

現在の山中体制は不肖ワタクシが区長をして、
家人が会計係を務めているので、
うちの”ふじみや”で区の会計を握ってしまっている。
総会、役員会や行事で皆衆で話し合って決めてもらったけど、
「一戸だけで、区の財産を管理していいものか?」と念を押すべく、
先代の名誉区長マサオさんや、先々代サイチさんに恐縮しながら聞くと、
「まあ皆んな、だーれもいま村の成り手がいねえんだすけ、
 他に仕方ないし、いいんじゃない。」
と笑い飛ばされた。

各種会計等一式を冬仕事にと”ふじみや”で溜めていたので、
なかなかボリューミーだった。山中、なかなか。

頭が疲れると、トイレを兼ねて外に出て、しばし雪をつついたり、
考えごと(現実逃避)をしたりする。

隧道はまだまだ先が長い。
「知のきしみと肉体のきしみを、交互に」という、
長岡時代から折に触れて読み返していた、かみえちごさん
山里からの箴言』を諳んじる。



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<五感をバランスさせない知は、人間性を持ちえない。
 五感を感覚するためには、心を漂白し、まず観ること。
 知のきしみと肉体のきしみを、交互に行うこと。>
              (『山里からの箴言』)





子が珍しく早く起きてきて、
「是が非でも恐竜の動画を見たい。曲げてお願いしたい。」
というのでいきなりおしまい。
(”ふじみや”にはテレビが無い。)







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by 907011 | 2017-03-15 06:29 | Trackback | Comments(0)

雛を宿す丸み。

そういえば、今年は酉年だった。
2月頃からなぜだかうちのあほう鶏たちが毎日俄然卵を産むようになった。


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隠れ家のもう一方にある鶏どもの家。


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東日本の大震災の頃を経験した鶏は、
すでに一羽もいなくなった。
(5か月前に老衰したもみおが最後だった)



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<悲しみに関わる儀式には、かならず黙祷がある。
 どんなことばを発するよりも、発することをやめる。
 それは、なにも言えない小さなものになることで、
 祷るべき相手への敬意を示すというやり方だと思う。>
(3月11日の「今日のダーリン」から)








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by 907011 | 2017-03-13 05:24 | Trackback | Comments(0)

隠れ家。

東日本大震災が起きた頃、
ちょうど山中移住も決まっていて、
当時いた長岡の農業体験施設をやめることもすでに話をつけて、
ぼーっと加工施設で燻製の後始末をしていたことを思い出す。

あれからもう6年になるのか。
来月末には自分も山中で移住者としての6歳を迎える。
(子・ガクは5月に4歳になるので、俺と2年しか時間的にかわらんのだな。)
自分はまだランドセルを背負ってうろちょろとしているような者だ。
上ったり下りたり、すべてが一喜一憂の繰り返しで山中の四季に内包された、
長いとも、短いともどちらとも思えない時間だ。

濃厚な時間のなかでも、
「ん?登ってもないはずの二階でいきなり梯子を外された?」かのような気分に
なったことも少なからずあったりしたものの、
「山中でどうやって暮していくんだよ!?」と自他共にツッコミを入れられながら、
自分がそれでもいまここでこうして、「居る」ことの妙を想う。

妙といえば、現在の山中の一番上に屋号”きんねん”というおもしろ一家が居り、
きんねんの妙(タエ)さんという、ことさらユニークなおかあちゃんがいる。
団子名人の一人でもあるタエさんのところに、
いつだったか若者を連れていったときに、
「女が少ないと書いてタエです。」と自己紹介していた。
当時、少なかったんだろうか、山中女子。

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”きんねん”のあたりから見下ろした2月17日の山中。
(このあと、また降ったり、土が出せるくらい春化しかけたり、
もうできることは笑うしかないくらいに、また止まずに雪が降ったりした。)

  * * *

その年の降り方によっても異なるけど、
いよいよ本降りが続けば、無理やりにでも不調でも何でも、
必然と徐々に朝起きてやるしかないという状況に追い込まれ、
(子がここから保育園まで出勤するのに幾多のステップがある為)
朝仕事が毎日のルーティンになってくると、
なぜだか自分は日中も一心不乱に雪掘りに夢中になれてくる。
イヤホンを耳に突っ込んで数年前から吉本隆明の183講演を聞きながら、
難解だなあとか、ときどきおもしろいなあだの、すごい着眼点だなあとか、
知らぬ間にじつは違うこと考えて聞き飛ばしていたりしながら、
身体を動かしている時間が増えることで、
やっぱり、「ムロフシ的時間」が肝要なのだなと体感する。



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そうして、やっと頭が回転し始めて、
春夏秋に「いいやいいや、冬の暇な間に全部やるから大丈夫。」と
山に積まれていた年度末締め切りがぐんぐん迫って来る各種書類たちに、
やっと腰を上げて取り掛かる。
・・・さっぱりわからないので、方々に電話やメールで教えを請いながら、
遅々として進める日々。
会議の案内も少なくない。

「オメはあんまり頭っこ使う仕事なば、やめだ方がいいべな。」
と、10数年前に脱サラ(第一段)する時に、
秋田の母親が言っていたのを毎年この時期になると思い出す。
(秋田人は何でも名詞に「っこ」をつける)

 * * *

いろいろ煮詰まっては、また雪をつついたり、鶏を眺めたりする。
今夏に山中大工に相談しながら必用最低限お求めやすい経費で、
改修をしてもらったうちの二階建て小屋。
(大工キミアキさんは、
 「傾き過ぎてとりあえずこの入口の戸が6センチずれてるぞ。」
 とくわえ煙草で静かにおっしゃった。)

主目的は鶏が獣に襲われずに一冬を越せるように、
そしてその鶏たちの小さな住み家の反対側に、
共に床板をはがして土にしてもらい、
薪小屋という名目で自分の遊び部屋を創設。

頭がぐっと煮詰まった時、
ワタシはこの小屋に通い、しばしの現実逃避をする。
ストーブ用のメインの大事な薪は家の納戸の奥に積んであり、
こっちは薄くて濡れたような板っきれが山積みされたが、
それも残り半分を切った。

杉っ葉に着火して、乾いてそうな板を割って割って
割り箸になりそうなくらいにこまざいていって、
焚き火も楽しめる。
一面煙に包まれて、間違ったスェットロッジみたいになり、
瞑想というよりは妄想をする。


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物置の二階にロフト式に上がれる細工をしてもらい、
煙は一応二階に置いた板や屋根裏や鶏たちのための米を狙う虫などを燻す、
という素晴らしい仕組みになっているが、
残念ながらキツツキのあけた穴や、崩れた土壁から外が眺められたりするくらいなので、
そう上手くはいかない。

こんなことをしていることも、
一年前の自分ですら考えてもなかった(と思う)。
明日の自分が何を考えているんだか、
よくわからないような悪ふざけをしながら、
「山中でどうやって暮していくんだよ!?」と時々ツッコミを入れながら、
でも、干渉もまったくされず自由度の高い山中で
なんだかんだおかげさまで暮らせている。

10あるうち、9くらい難儀なことがあっても、
たまに1だけでも、
「あー、こんな時間が欲しかったんだよなあ。」と思えるから、
いまここに居るのだとワタシは思う。



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by 907011 | 2017-03-11 07:39 | Trackback | Comments(0)

小さな用事。

去年から青色申告にして、
「今年は自力でエクセルで挑んでみよう。」と思い立ち
(むしろ、何も手を打たずにいたために)、
ありとあらゆる(サルにもわかる簿記とかQ&A的なものとか)検索をしまくり、
頼れるツテそこら中に電話をしたり、
税務署の人に「こいつ、怪しいっぽいな。」とおそらく怪しまれそうな質問をしたり、
そんな格闘(と度重なる間違った憶測)の末に、
ようやっと「正式な複式簿記」なる一式が出来上がって、
労いのビールを飲んだのが一昨日の晩。

なにせほぼ独学なので、
「ワタシ、エクセル、使えます。」といっても単純な計算(合計金額を出すとか)以外は、
無数に備え付いていそうなあらゆる便利な計算式や機能はわからないから無視して、
とにかく我流帳簿等もろもろが出来上がり、清書をしたのが昨日。
自力で何とかなるもんだなあ(すごい日数かかったけど)と感慨にふけながら、
清書をした、本当に最後の最後の貸借対照表なるものを書いていたら、
どうしても数字が合わず、すべて清書仕切ったのに「やり直し。」となったのが昨夕。

心が折れて、雪をつついたりした後、
ガクが帰宅(パソコンとられるので)する直前までギリギリかかってなんとか修復。
再び試算の紙を眺めながら、
「完璧だ。完璧すぎる。俺も個人事業主だな。」と、
焼酎お湯割りをすすったのが昨夜。

 * * *

夢でうなされて、ごそごそと起きて、正しく清書をはじめる今朝未明。
順調にはかどり、ストーブの薪もよく燃え、
上に乗せたやかんの湯もたぎり、お白湯やコーヒーやお茶をがぶがぶ飲む。

小用に立った5:00。
予報通り、雪が舞っていた。
この時間に除雪が出てきていないので、さほどは積らないのだろうと思われる。

うちのあほう鶏のうち、唯一の雄鳥のツユが毎朝暗いうちから熱心に鳴いている。
見回していたら、遠くの街路灯に照らされ、
木の小枝が「森永の小枝」(ホワイトチョコ?)みたいになっていた。

用を足して、スコップで雪を割る。
(ちなみに、「用」で溶かされた雪などは速やかにあたりの雪壁と一緒に掘られ、
崖に運ばれるので、景観的には配慮されてます。念のため。)

山中の干渉されない暮らしの「自由度」を感じる季節ネタの一つとして、
「小用で雪を溶かした後、軽い気分で始めた雪掘りが意外と熱心にとまらなくなる」
という(主に冬の男の小用のための)”あるある”がある。
あるある。

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ほんとうは一回、違うことを、
グルグルハウスさんと山中の歌について備忘録を書いていたのだけど、
これまた最後に更新前に写真をかまっていたら全部消えていた。
ここでも心が折れかけ、また用足しに出ては雪をつついたりなどした。





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by 907011 | 2017-03-07 06:19 | Trackback | Comments(0)