山中記

<   2017年 04月 ( 20 )   > この月の画像一覧

苗代完成図。

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昨日。
苗代づくりのつづき
半日泥上げ。なかなかハードワーク。
マンノウ鍬で砕き均した後、平鍬で叩く。
板で均す。
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午後、水張りして高低を出し、高いところから土を低い箇所へ投げる。
夕方、マサオさんの仕上げ均し。
マサオ親方の体(over80)の強さが圧巻。
Don't trust under 40.

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フミオさんが前日同様、田に反映されていた。
昨日はスノーダンプを持ってきて、田の反対側へ杉っ葉を運んでいた。
手前に今日も水芭蕉が揺れる。

昼休み。
隣の隣の能登で就農にこぎつけたジョージ木村からメールが届いていた。
向こうでは「切田」というのがすでに始まっているらしい。

<こちらでは切田が始まりました
(荒起こしして水を張った後に土を細かくする作業。
この後二回目で土に草や藁を混ぜ込んで代かきに移行するようです。)

いや~去年の山中の経験が生きる生きる!
水回りの仕事から畔の補修、
機械に頼らぬ根本的な仕事を教えていただいたお陰です。
非常に役立っております。>

夜。
ずーっと干されっぱなしだったヨモギの風呂に入り、本日も寝落ち。

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「みどりの里 山中」の看板がシゲルさんによって取り付けられていた。
山中の春の象徴でもある水仙ロードが続く。
入口の最初のカーブに春にぶわっと湧き出る「山中」。
雪で毎年だいぶ押し下げられるのを水仙の会が補修する。

今日。
6時から老人クラブ、神社清掃。
8時半から土木班、道普請。水仙の会、スイセンの移植など。
終了後、(特に水仙の会が)入念な昼食会ミーティングを行う。
フミオさんはかたくなにスイセンを「チューリップ」と呼び、愛でる。

明後日、神社旗立てなど準備し、
4月21日、山中剱神社の春祭。
さまざまに祈念する。

我らの米はこうしてつくられる。


<目に見えることよりも、目に見えない事を感じたり、
 考えたりすることの方が重要ではないかと思ったりします。
 面白いです。

道具をうまく使って楽をする、大切なことではありますが、
泥に手を突っ込んで確認する方が早いよね!が好きです。
人間らしいもの。

切田した後に、出っ張った所を見つけると、ならさないとな~なんて
トンボ使いながら「ふかぐらってすげえなぁ」なんて思います。
それを引っ張るミチヒロさんも凄いですが…>
ジョージさんの見聞録~能登就農編~』(未刊)





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by 907011 | 2017-04-18 05:49 | Trackback | Comments(0)

田毎のフミ。

昨日。
貴重な晴れた休日の午前中に総会。
「みんな集まり次第、予定時間より早く始めて一時間で終えよう」などとのぞんだら、
書類印刷ミスに気付き、家に走って帰り、
コピーとっていたら開会時間より10分くらい遅れる。
29年度の出だし、つまずく。
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決算だ予算だと読みながら解説する。
区費は今年(去年38万円下げた)さらに10万円減少するけど、
農山村の山中は農業ができていれば大丈夫。
だから、耕作者たちをありがたく眺めて、ケガをしないように注意して見守ってください、
という話を毎度する。農山村だから。

お金に余裕がありそうだった(外れることで有名な私の推測)ので、
あぐらや足を伸ばして座れる椅子と
立ち上がりやすい腰かけを皆で試し座りしてもらい、
「いいね!」ということだったので、
どうせ買うなら早く買って使おうと、午後に買い足す(家人が)。
総会は予定通り?10~11時で終了、解散。

総会を終えてすっきりして苗づくり教室へ。
土合わせ等完了し、準備万端。うちの種籾はすでに芽吹いた。

夕方、マサオ先生とフミオ先生と苗代へ急ぐ。

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”こうすんず(強清水)”の苗代。
”すんず”だけあって、水きれい。
急ぎ来たわりに、冒頭フミオさんと田の様子を歩き見て、まったりする。

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マサオ先生が線を張り、畝の幅を田面に描いて段取り中。
道具は長めの柄(立ち鎌と似ていた)にナタが付けてあった。
「本当は秋に代かきしておくか、
 春でも田んぼこしゃってから10日後くらいだと良いんだけどなあ」
とマサオさんは言っていた。

俺も田に入る。
田んぼ長靴を昨秋にボンドでガチガチに補修したのに、
すでにひびが入っていた。そろそろ寿命か。

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たしかにだいぶ泥が柔らかくて不安定だったが、
外周下側のまっすぐのところで泥を上げて、排水用の溝ができた。
「種籾さまが無事発芽されて湯船をあがられたので、
 今晩は風呂につかれるな。」などと企みながら泥まみれになる。

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17時頃。
「柔らかすぎてダメだ。今日はあがろう。」とマサオ親方から号令がかかり、
フミオ先生を探しに行く。
上の田んぼの水面にフミオさんが反映されていた。

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集落内あちこちを次々に移動しながら万能型に仕事をこなしてくれる、
山中の誰もが認める小さな鉄人・フミオさん。

おとといあたりの寝床でふと読んだ、
十日町・池谷集落でもらった”奇跡の集落”の冊子に、
棚田における「田毎(たごと)の月」のことが書かれてあって、
良いネーミングだよなあと毎度に感心させられる。

もうすぐ俺も「田毎の狼煙」(田んぼの杉っ葉燃やし同時着火)が楽しめる。

田毎のフミ。
手前に水芭蕉。
強清水(こうすんず)、水きれい。
我らの米はこうしてつくられる。





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by 907011 | 2017-04-17 06:19 | Trackback | Comments(0)

さわがにナイト。

昨日。
8時半から土(べと)合わせ@まごすけ。
午前、マサオ先生・フミオ先生と3人で160箱くらいできる。
途中、あられが降る。
晴れてみたりどしゃ降りとなったり、
我が精神を具現化したかのような天気の一日。

「春祭(21日)までに苗を終わらせたかったけど、
 う~ん、今年も間に合わないねえ。」とマサオ先生は一服しながら言っていた。

午後。
イサオさん家にお邪魔して「多面的機能支払い」の提出物についてミーティング、
と見せかけて、半分くらいの時間を談笑して過ごす。
せがれ・タクミは終始こたつで寝っていた。安定感。
タクミ、いいバイク持ち。

夕方、風呂。
種籾に恐縮して一族郎党シャワーで済ます。
湯船の水温33℃にして再び種籾さんには湯に浸かってもらう。
「お先、失礼します!」と種籾さまに挨拶してから、風呂を上がる。

夜。
山中耕作者会議。
・29年度産米、植付け確認
・中山間地等直接支払と多面的機能支払いの決算報告
・29年度、新たに水路補修をしてみようという提案
・冬期湛水(稲刈後の代かき、水張り)に対する
 8000円/反の補助事業を取り組むための説明etc.

山中の耕作者たちは今春、「エコファーマー」になります。たぶん。

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開会の宣言どおり一時間で会議を済ませて、
20時からすみやかに懇親会。
”じんべ”のカズオさんが
石塚酒造の新たな地酒「さわがに」を持参してくれて、皆で味わう。
うちのあほう鶏たちの卵焼きを持ってせがれ・ガクも合流し、
紫煙に包まれながら公民館でテレビ(我が家に無いので)を見させてもらう。

今日。
10時から山中区・総会。
年に一度の真面目(退屈であろう)会議なので、
長くても1時間で簡潔に終わらせる予定。
これが終わればしばし農業に専念できる予定、は未定。

かかる議題はこれから作成(修正)。

湯之谷の奥の方にワタシはゆきたい。






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by 907011 | 2017-04-16 05:09 | Trackback | Comments(0)

うぐいす鳴き、種籾、催芽する。


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快晴の昨日。
うぐひす、なおも鳴き、
苗づくりの先生・マサオさんは
苗代にトラクター(写真中央上あたりの赤)を持ってきていた。

一昨日、うちに軽トラが入れた。今年も春が始まる。
なかなか腰を上げずに放置していた「歩ける道」の側溝の泥上げをする。


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自家採取というかばら撒き型のゴボウ、そこら中で芽吹く。
家の回りにスナップエンドウの種をふせて、
鶏糞堆肥を切り返す。相変わらず良い発酵熱が継続している。
ただ、春の無農薬・無化学肥料田に間に合うかどうかはあやしい。
昨秋、もみがらや藁やヌカを大量にまいたので、
この堆肥は来季分にまわして、ストーブの灰だけ耕起前にまくか、未定。
田が平らにできれば即、不耕起実験田んぼに移行したいけど、
これも時間不足で平らにまだできずにおり、積み残し宿題。

上塚のハサ場に行って、杉っ葉を昼まで燃やす。
3か所同時着火して忙しくこまんざらう。
通りがかりの”ごすけ”ハルキさん
”まごすけ”フミオさんと井戸端会議してお昼。

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眠い昼下がり。
前日と好対照に暖かい一日だったので、
朝に上げた側溝の腐葉土を一輪車で運ぶ。

歩いてオクサの田を巡視して戻ろうとしていたら、
水面にシゲル親方の姿が反映されていた。

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積まれっぱなしだったハサ木を刻んでいて、
「薪ストーブで燃やしな、ってんだよ。」と江戸っ子調に言われ、
そのまま頂戴できる運びとなった。
シゲルさんには折々にあちこちで薪をお世話してもらっており、
何かお返しをしなくては。
山中のヒトと四季に内包されて暮らしている。

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夜。
妻子が職場の飲み会で岡野町泊のため不在。
初物のコゴメとトリアシなどを食べながら酒を飲み、
苗づくりの件でマサオ先生に電話。
一日かけて田んぼの苗床づくりをしてきたとのこと。
二回不具合が生じて春日農機を頼んだそうだ。

風呂の残り湯が34℃まで下がるのをはかって、
(二次会に移行中であろうイサオさんからメールをもらい、
 「あの人もあの人もあの人も一堂に会して飲んでいるんだろうな」と、
 うらやましく凝視しながら)
種籾を入浴させて蓋をしめる。催芽。
主も寝床で本を開いて数ページで寝落ちした。

今日から苗床づくりに合流。
いよいよ山中マサオさん流苗づくり講座が本格化する。
籾殻くん炭の方にかかる時間が明日できるかどうか、未定。

今夜、山中の「耕作者会議」。
終了後、同会場(公民館)ですみやかに懇親会に移る。
この懇親会への移行の速さが、「過疎ではなく、適疎」を考えさせてくれる。

たぶん二日酔いの明日10時から、山中区総会。
村の会議は農繫期に突入する前に、まずもって一区切りをさせたい、
という予定は未定。




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by 907011 | 2017-04-15 06:02 | Trackback | Comments(0)

花冷え。


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梅咲き続け、うぐいす鳴いた昨日。
朝だいぶ冷え込み、外の水凍る。
寒いので車で出かけて道路に係る要望書を県振興局に提出、嘆願。

帰りにふと思い立ち、「炭焼の先生」コーダさんと久々に会って話す。
帰りに自家製炭の粒と絶賛発酵中のボカシ一袋をいただく。

帰宅後、さっそく炭を鶏小屋に少しまく。
ケモノは煙草の灰の臭いを嫌う傾向もあるらしい。
食用可(鶏が)なので来季の鶏床堆肥になる。

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先日仕込んだ昨年の鶏床発酵中堆肥。
覆いをとって切り返すとうまく温度が上がっていて、湯気と香ばしい発酵臭。
発酵か腐敗か、それが問題だ。
自力でまだ頑張れそうだったのでボカシは混ぜず。

畑にジャガイモ(台所から芽が出て引き揚げた芋・食用可)を少し植える。
畝の上はまだ残雪。



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午後、あたりの片付けしたり、隠れ家から農具を下ろし出す。
まだ肌寒いので、杉っ葉を集めて道普請、火を焚く。
炭焼の匠・コーダさんに再会したせいか、
火や煙がトルネードに噴き上がる様を久々にじっくり眺める。


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一冬さんざん世話になった、”うち~ごすけ”の道。
ごすけのバサと昨秋もこうして狼煙をあげたのを思い出す。

集めた灰を隠れ家の火鉢に移す。

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暮らしを考えながら、動く普通の春の一日。
寒かったけど、善き日。

今晩、種籾と風呂に入り、春の農繫期が始まる。




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by 907011 | 2017-04-14 05:48 | Trackback | Comments(0)

鶏と手づくり堆肥。

懸案事項だったうちの鶏どもの床
(鶏ふん、わら、ヌカ、米など)をやっと雪解けの野に積めた。
発酵を促すためふたたび米ぬかを混ぜ、加水しながらまた混ぜて切り返す日々。
今春の手づくり田んぼに間に合うか。

苗作りは来週あたりから作業にかかるので、
もろもろ終わって最後に6月入ってから手植えができれば良いなあと思う。
薪ストーブの灰もたまった。

家の雪割り(「歩ける道」づくり)もあとわずかで、
ようやく我が家にも車が入る(はず)。
鶏どもは小屋に近付くと、「開けろ。」と入口のガラス戸に飛び蹴りをしてくる。
新加入の5羽も気候に慣れ、よく卵を産み、
雪を食べながら雪上を渡って遠出したり、
冬眠中のカエルミミズを食べたりしている。

ヒトも鶏も一日の大半を機嫌良く過ごした昨日、満月。
マサコさんからいただいたノノバを食べて、飲む酒がうまい。


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<私の養生は医者だのみではない。食で養生なのだ。
  だから、私は「太陽があれば、国家はいらない」と考えてきた。
 大地と水と太陽が人生をかたちつくる。
 私は重農主義者だ。農業だけがまともな富をつくるのだ。
 重商主義ももちろんあっていい。
 だが、私は私の主体性として重農主義なのだ。
 これはもはや、信である。信は説明する必要はない。
 * * * 
 うちのカミさんは年をとったらもっとタンパク質をとれという。
 大きなお世話だ。人間は食べすぎて病気になってるのだ。
 不健康なものをつくり、不健康を食って病気になり、医者にいくのだ。
  健康なものとは「地産地消」だ。
 健康なものはみな、つくり手がはっきりわかり
 つくり手が責任をもって僕に手わたしてくれる。
 その責任のやりとりが重農主義という関係性に他ならない。
 重農主義とは関係性の意識化である。
 それがあきないであり、もうけなのだ。
 あきないは飽きないであり、もうけは信者である。
 飽きずにかせぎ、儲けを生みだす。
 その関係性が重農主義なのだ。
 原点だぜ。>
 (小松光一「あしたはどっちだ」農業共済新聞)





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by 907011 | 2017-04-12 05:30 | Trackback | Comments(0)

山中土木部。




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8日土曜日。
土木の親方ヒコスケさんより号令があり、
春の村普請、5人仕事。
公民館のバタリ(冬はパタンと閉めて耐雪の壁となる)を上げて、
落とし板を外して、公民館が春になった。
かたこ(カタクリ)満開。


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ため池上の除雪用シートを外す。
今冬はシートが派手に破れた。
時に命綱をつけるような危険のともなう作業箇所でもあり、
なおかつ県道と市道の境界がはっきりしないため、
頼れる維持管理課イサオさまに相談して
県と市に吹き付け工事の要望書を切にお願い中。
土下座くらいならいつでもします。

 * * *

昨日。
浸種していた種籾の水替え。
マサオ先生に苗作りのスケジュールを確認。
いよいよ本格的にはじまる。

”ごすけ”のバサの葬儀以来、積み残しだった五助米が完売できた。
耕作者ハルキさんと米を運び、
自立経営できている専業農家・ミツタカさんに袋詰め変え作業などを学ぶ。

ミ「あのさ~、お前は折り紙の鶴を折ったことなんてある?」
俺「俺のこの手では折り紙が折れません。一回もないす」
ミ「ナオキー・・・」
というお互いの失意が交錯しながらも、手とり足とり教えてもらう。


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10俵(600㎏)、片が付いたよ、バサ。

  * * *

昼から山菜取り取り締まり役の”じんべ”カズオさんと二人で、
かなり攻め型の看板を設置しながら、取締役会議。
今年も外部から山中で山菜を取りに来ようなどという方は、
「入山禁止」なのでご注意下さい。取り締まられます。
山、すべて私有地ですので不法侵入と窃盗で警察呼ばれます。

あと、俺が重機の練習をちょっとしたりする予定なので、
仮に耕作者のための道を塞ぐような障害物があれば、
「課題」だととらえて物理的にちょっとどかします。
なにせ見習い中なので慎重にことにあたりたいと思いますが、
万が一停めていた車が縦とかになっていたり、沢に滑落していてもご容赦ください。

熊のようなニンゲンと、たまに熊やイノシシが出るようになりました。
獣が出れば猟友会に入ってもらうため、
流れ弾にはくれぐれも当たらぬようご注意ください。

小さな山中集落ですが、道路を綺麗にしたり、倒木を片付けたり等、
土木費だけでも29年度予算で90万円ほどのお金がかかっています。
春は5月7日、夏は7月下旬に集落および通い作の衆総出で、
村中の山道普請をします。
皆で金と労働力を供出し合ってやっています。
山菜取りとおぼしき方には別途案内もしますので、ぜひご参加ください。
お茶くらいは出せるかと思います。

山菜食べたければ、買うか、自分の住むところの地元で探すかが賢明だと思います。
でなければ、その山に住み暮らせば良いと思います。
田んぼがしたければ、斡旋して差し上げます。


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天気が良かったので、オクサへ巡視。
田んぼ9枚を回って、水張りがオーバーフローして畦越した田をかまう。

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夕方戻ってふたたび雪を割る人となる。
山中、一部ところにより春。一部まだ冬。

手繰れ、春。





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by 907011 | 2017-04-11 06:12 | Trackback | Comments(0)

二重螺旋構造。

伊坂幸太郎さんの小説も今冬に初めて手に取った。
入口は映画からで、『アヒルと鴨のコインロッカー』を見た時、
(たしか柏崎のソフィアセンターで無料DVDがレンタルできたはず)
その筋書きが衝撃的で、
何をどう考えてどうやったらこの展開が着想できるんだろうと気になっていた。

これまた映画で昨冬に『ゴールデンスランバー』を見て、
見た直後に何の迷いもなくもう一回はじめから見直すくらい面白く、はまった。
この展開もまた秀逸していて、いよいよ伊坂幸太郎さんの原作が気になった。

そこで、『重力ピエロ』を買って、読んだ。
終盤、緊張と緩和に圧倒されてしまい、
最後150頁くらいは眠れぬ夜中に気になって一気に読了。



<「目に見えるものが一番大事だと思っているやつに、
 こういうのは作れない」父の言わんとすることは、
薄らとではあったが、分かった。
この、「軽快さ」は、
外見や形式とは異なるところから発せられているのだろう。
しかも、わざと無作法に振舞うようなみっともなさとも異なり、
奇を衒(てら)ってもいない。
言い訳や講釈、理屈や批評からもっとも遠いものに感じられた。
「小賢しさの欠片もない」私は呟く。
「この演奏者はきっと、心底ジャズが好きなんだ。音楽が」父がうなずく。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
春は、誰に言うわけでもなさそうで、噛み締めるように言った。
「重いものを背負いながら、タップを踏むように」
 それは詩のようにも聞こえ、
「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」
と続ける彼の言葉はさらに、印象的だった。>
(伊坂幸太郎『重力ピエロ』)


 

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後で映画を見てみると、これは熱心な伊坂ファンの方々が指摘されていた通りで、
(映画予告編などには「映像化不可能といわれた原作を実写化!」と宣伝されるけども)
原作を先に読むと、やはり映像化不可能だよなあとすぐに感じた。
あの展開とセリフを二時間でまとめることは不可能だ。

人生経験が乏しい一方で、
過去の生き方を振り返っては絶えず自己破壊欲求とか自己矛盾を抱えたりする冬の自分には、
重力ピエロ一冊が、異なる生き方を一つ体感したかのようにすら思えた。

男兄弟の物語であり、男家族3人の物語でもあると思う。
辛く、暗く、重いものを永く背負いながらも、
「俺たちは最強の家族だ。」と乗り越えて進む。
父親と握手がしたくなる、ということは息子と握手がしたくなる、のかもしれない。


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<店を出て、駐車場までの階段を降りたところで、
春が立ち止まって私の顔を見た。
今度は、「エッシャーって知ってる?」と来た。
「絵描きだろ。あの騙(だま)し絵のようなやつを描く人だ」
「そう。版画家の。彼はさ、ラスコーの壁画を見て、面白いことを悟るんだ」
「版画家が悟るか」
「『造形芸術は進化しない』って」
「進化しない?」
「人類は様々なことで、進化、発達をしてきただろ。科学も機械もね。
先人の教えや成果を学んで、それをさらに発展させてきた。
でもね、芸術は違う、エッシャーはそう言ったんだよ」
「芸術がどう違うんだ」
「どんな時代でも、想像力というものは先人から引き継ぐものじゃなくて、
毎回毎回、芸術家が必死になって搾り出さなくてはいけないってことだよ。
だから、芸術は進化するものではないんだ。
十年前に比べてパソコンも電話も遥かに便利になった。進化したと言ってもいい。
でも、百年前の芸術に比べて、今の芸術が素晴らしくなってるかと言えば、
そうじゃない。科学みたいに業績を積み上げていくのとは違ってさ、
芸術はそのたびに全力疾走をしなくてはいけないんだ。だから」
「だから?」
「一万七千年前のラスコーの洞窟に壁画を描いたホモ・サピエンスも、
二十一世紀の地下道に落書きをする俺も、
同じくらい苦労して想像力を働かせているってことだよ。
エッシャーは壁画を見て、それを悟った」>




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相当にストイックな性格ではなかろうか、と(勝手に)伊坂幸太郎さんを妄想する。
どういう育ち方をして、何を考えて生きてきたら、
このような構想が練られるんだろうとすごーく気になる人だ。


 * * *



<「兄貴、むちゃくちゃだよ」春が顔を歪めた。
「そうだ、このむちゃくちゃがおまえの兄なんだ」
 できる限り、軽々しく言った。
春が以前、病室で漏らした言葉が、頭から離れない。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
 まさに今がそうだ。ピエロは、重力を忘れさせるために、
メイクをし、玉に乗り、空中ブランコで優雅に空を飛び、
時には不格好に転ぶ。何かを忘れさせるために、だ。
私が常識や法律を持ち出すまでもなく、
重力は放っておいても働いてくる。
それならば、唯一の兄弟である私は、
その重力に逆らってみせるべきではないか。
 脳裏には、家族全員で行ったサーカスの様子が蘇った。
「そうとも、重力は消えるんだ」
 父の声が響いた。
 私の無茶苦茶な言葉が、春を納得させるとは到底思えなかったが、
ブランコを使い空を飛ぶピエロよりも命がけで、祈っていた。
重力を消してほしい、と祈る。
少しくらい消えても罰はあたらないじゃないか、とも思った。
 頼むよ、と。>





重力ピエロ (新潮文庫)

伊坂幸太郎/新潮社

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本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだ。






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by 907011 | 2017-04-10 04:44 | Trackback | Comments(0)

だんごの指針。




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<じぶんがお菓子を好きだということもあるけれど、
 ぼくは、いつのまにか
 「おかしやさん」と知り合っていた。
 そんなに何人もはいないけれど、
 ぼくの出会った「おかしやさん」は、
 まことに「おかしやさん」にふさわしい人たちだった。
 お菓子好きのぼくは、
 「おかしやさん」という人のことも好きになった。
 
 「おかしやさん」は、なかなか不思議なしごとだ。
 おいしいお菓子をつくったり、売ったりするのだけれど、
 それといっしょに、「なんだかうれしい」を売っている。
 買いに行く人たちも、食べる人たちも、
 おいしさやかわいらしさもほしいのだけれど、
 「なんだかうれしい」のほうが、もっとほしい。

 お菓子の好きな人たちは、他の人たちに、
 よくお菓子をあげたがるものだ。
 「なんだかうれしい」をわけてやりたいからだ。
 もらっただれかに「なんだかうれしい」が届いたとき、
 受取ったよとか言われなくても、そのことがわかる。
 「なんだかうれしい」を受取った人は、
 きっと笑うからだ。
 ばかばかばか、おとなのくせに、どうして笑うのだ。
 世間のなんたるを知らぬこどものくせに、なぜ笑う。
 
 「おかしやさん」たちは、
 お菓子がどういうものなのか、よく知っている。
 お菓子は、生まれたての赤ん坊のようだ。
 なんの役にも立たないし、なにも言えずに裸でいても、
 だれかが抱きしめてあたためてくれる。
 栄養だの、健康だの、必要だのという世界が滅んでも、
 きっとお菓子は生き残っていると思う。
 ヒーローが、勇気ある人が助けてくれるというよりも、
 無名のお菓子好きなみんなが、隠してくれて生き残る。
 
 ぼくは、いろんなしごとをしてきたけれど、
 「おかしやさん」のようでありたいと思っている。
 世界中のだれもかれもがよろこぶわけじゃないけれど、
 それなりにたくさんのお菓子好きと共に生きていたい。>
  (ほぼ日「今日のダーリン」から)



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もらっただれかに「なんだかうれしい」が届いたとき、
受取ったよとか言われなくても、そのことがわかる。



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「なんだかうれしい」を受取った人は、
 きっと笑うからだ。



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by 907011 | 2017-04-06 04:18 | ほぼ日などから。 | Trackback | Comments(0)

Road to 道。

昨春(日蔭はまだ冬季ですが)は3月23日に、車が入った
今季も小雪だったので、同じようなもんかと思いきや、
雪融けがはるかに遅れている。


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「今年の雪はとけねえったない。」と会話の節々でよく言われていた。


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小さな用事から掘って運んだり、割って積んだり投げたりをして、
ようやっと昨夕に「歩ける道」が開通した。人一人分。
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剣先スコップで延々と割って(硬い)は放り投げる(重たい)という行為を、
数百回くらいひたすらに繰り返す。

手で同じ行為をやみくもに繰り返しながら、
スコップ一つ分ずつ割り進んでいくと、
振り返った時に、単調さのみが生み出した光景を目にすることができる。

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雪を割りながら、「3~4月は春だけど、冬もまだはさまっている」と思った。
同じように6~7月あたりは、夏でもあり春も残っているように暮らしながら感じる。
秋は農繫期の為か、夏の積み残しを反省しつつ、でもどっぷりと秋の忙しさがあり、
そのうえに一方で、冬が始まるというプレッシャーも迫ってきており、
「三つの方角からの三重苦にいちいち悩むキリギリス」状態になり、
雪が降る前頃すでに燃え尽きたまま、冬が始まる。

毎年、この冬と春との立ち分かれの節分を体感し、
単純作業を繰り返し続けた跡にできた手作り回廊を見て、
ふと、「綺麗だな。」と声に出しては、飽きずに眺める。

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”ごすけ”の下のところで自分の雪上からの見立てが狂っていたらしく、
側溝が出てしまう。
秋田でいうところの「かっぱり」(水に関わる失敗ごと)の可能性大な落し穴に、
いずれ誰か(含む自分)が足を落とすだろう。

自分で掘って、自分でかっぱりをして、
自分で「誰だ、こんな場所掘って。」と嘆く。

「怒りのエネルギー」で自家発電みたいに行動力を生み出せる、
そういう稀な人たちが高柳で暮らしてみたら、けっこう居ることに気付いた。
俺は怒りの感情は(小心者過ぎて)幼少から抑圧して生きてきたと思われる。
怒りの代わりとして、嘆きのエネルギーみたいなので自家発電して、
それをもって行動につなげている、かもしれないけど、
自分の自家発電の場合は心身ともに貧弱なので、よく作動停止もする。

側溝に落ちぬよう、警告のサインをつくる。
雪を割った足元から出てきた木の枝2本で5秒で標識ができた。
昨夏にかみえちご山里ファン倶楽部の「里創義塾」
講師セキハラさんがおっしゃっていた、
「ブリコラージュ」という言葉を思い出す。

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そこにあるもので、モノや暮らしをつくっていく、その極小版ブリコラージュ。
「豊かだね、山中。」と想った。

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三差路。
村道下(まだ冬)につながる階段と、うちが出入りする道。

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今朝。
放射冷却か、雪融け水がつるっつるに凍っていた。
側溝よりも要注意箇所。
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鶏小屋へのショートカット。
雪のある暮らしは冬に徐々に、自分たちにあった道を、
想えばそのように創れるから、雪のおかげで便利な面も(少し)ある。
思った通りには、なかなかそうもうまくいかないですが。

ブリコラージュと似たとらえ方で、
だいぶ以前に夢の森公園で聞かせてもらった、
「パーマカルチャーのデザインの仕方」というのも雪と戯れながらよく思い出す。
その環境で、暮らしをどうデザインできるか。
デザインした通りには、なかなかそうもうまくやれてないですが。

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今日。
28年度の会計監査を経て、終了後に
そのまま新体制となった役員に集まって29年度の新予算案などの会議。
会議の類はなるべく雪があるうちに終わらせないと、
農繫期(今年は苗作りをもういっぺんやり直すことにしました)に入り、
また集まれるのが6月までずれ込んでしまう慣例があるので、
だーっと終わらせたい。

不肖ワタクシ、「はじめての区長、できるかな?」の任期2年をどうにか経て、
もう2年留任が先日の”山中総選挙”で(30秒くらいで)決まりました。

冬季はなるべく山中籠りをしながら、事務のヒトとなる。
事務と雪と焚き火と読書(と酒)。

雪が溶けて、節分を経て、春が近付くにつれて、
特に焚き火や読書(と酒)の面白ろソロ活動も、
来冬までしばし溶けて持ち越しとなる。




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by 907011 | 2017-04-03 05:55 | Trackback | Comments(0)