山中記

<   2017年 05月 ( 22 )   > この月の画像一覧

はじめにコピーありき。

昨朝。
5時頃に山に出たら、朝に強いイサオさんがすでに機械に乗っていた。
先納沢へ行き、肥やしをまき始める。

(まだ5時だしどうせ誰も通らないだろう)とたかをくくって肥やしをまいていたら、
5分と経ってないうちに、動噴を背負った自分の”気付き待ち”で背後に一台いた。
朝に強いイサオさんの母マサコさんと
山中帰省中の農繫期スーパー助っ人のチヨコさんがニコニコしながら乗っていた。
「山中女子」は農繁期になると俄然その勢いを強め、
はたから見ていて特に田植え時期などは皆テンションも高く、
「田植え=祭り」みたいなもんだなと毎年感じる。

ただ、この祭りはイベントのお祭りと同様、
その前後の作業(田んぼづくりetc.)の方が大変で、
どちらかといえば田植え自体は(機械の場合は)一瞬で終わる。
まったくイベントのように田植えそのものは意外に早く終わる。
切実なのはその前の行程だ。
そして、ワタシはまだ半分くらいの進捗状況だといえよう。



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ニコニコしながら二人は車から降りて、
ニコニコしながら田の畔でヨモギを摘み取っていた。
お茶摘みをする女性たちのようなヨモギ女子だった。
濃厚な手摘みヨモギを使い、
イサオさんのつくる山中もち米、山中小豆を使い、
団子女子がワッセワッセと山中の笹団子をつくる。

「あんこ濃厚。ヨモギ濃厚。ババア濃厚。」
  (『イサオ・ムラタの名コピー集』(未刊))>



村上の「北限のお茶」(?)という言葉を見るたびに、ちょっと魅かれる。
俺も「北限の○○」とか、豪雪地なのに小麦(ゆきちから©門出総合農場)といった、
この環境をコピーに混ぜ込んだナニガシカシリーズがしたい。
「北限の卵かけご飯屋さん」、…北限ではない。あと、ただただ寒い中で食わされそう。
はじめにコピーありき。
「おまえ、そのフレーズが言いたかったんだろ?」とつっこまれそうな、
不純な動機で、時に人は何かはじめたりもする。

午前は”しちすけ”さんの田植えをした。
親子二代に見守られながら、ゆっくり植えて無事春の受託作業、完了。
しちすけさんに、田打ちした際に酒を二本もらい、
昨日はお茶とビールをもらい、恐縮する。
いっぱいもらいすぎて、
「…これってもしや現物支給でことを済まされるのでは??」と不安になったが、
ビールを渡しながら「請求書もなるべく早く頂戴ね」と言ってくれたので安心する。

 * * *

オクサで水をかまいながら、上の田のイサオさんのモチ米植えを眺めていたら、
タモさん&マサさんの同級生コンビが耕耘機で山から下りてきた。
帰りしに通ったら、手招きをされ、掘ってきた巨大なタケノコを3つもらう。
人は何かくれるとき、
「悪い話じゃあないから。」という笑顔で手招きをするものだ。

午後、一枚だけ田こしゃいをしてみたら、
水が全然足りていないという事実に直面する。
土が泥になるときにはやはり相応の水を使ってしまうものだろうか。

30年産米は水で苦労するオクサの田んぼから
雪融けと同時に始められるように、計画を組み替えたい。
水商売。

ワラビをつまんでもらった密造酒などを飲んで20時前に寝落ち、
その後なんとか起きてヨモギ風呂に入って寝た。




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by 907011 | 2017-05-16 04:26 | Trackback | Comments(0)

仮の姿。

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昨朝。
次なる”オクサ”団地に手を着けるべく、肥やしをまく。

5枚、段々となっている田んぼの、
ふと見たら下2枚の田。
4月末に始動した際に試運転というか、
草押さえに入った2枚に、4月の俺は肥やしもまいていたのかどうか問題浮上。
5月の俺はとうとうわからずじまい。
田植を最後に回したのと、残りの肥やし数からと、自分の性分からとで、
おそらくまいてないだろうと考察する。

6:00。
山中のタモさんことタモツさんが(柏崎から)朝仕事にやってくる。
噴霧器の筒先に穴があいていて、
我が頭髪(不耕起自然栽培、植え直しはしていない)にも肥やしがまかれるような状態だったので、
ビニールテープを借りようと思いきや、「いっぺあるすけもってけ」ともらう。
ついでに「これもあるすけもってけ」というので土のう袋ももらう。
いただける話はなるべく断らずにおいしく頂戴するのが
居候(時代に会得した)の大切な要素だ。

ツキヨメへ水見にいったら、
かなり奇妙な卵があって、おたまじゃくしが群がっていた。
あの卵から何が孵るんだろう。要観察。

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いろいろはかどった一日。
苗をもらいにいった仙田の親分に
「各方面からいろんな話が来てあんたも大変なんだな。」と労われる。

山中育苗の匠・マサオさまの苗代もひじょうに楽しみな様子に育っていた。

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夜中にガクが不調で目覚め、そこから何だかんだで寝てないので、
眠くなったら休もう。
眠くなるまでやろうやろう。

今日は作業受託の田植だったので緊張の面持ち。
さりとて緊張といえども、睡魔には勝てまい。



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by 907011 | 2017-05-15 04:43 | Trackback | Comments(0)

涅槃。

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山中で一カ所だけ。
この構図で、我がホーム・ツキヨメ沢の奥の田のはじまりが俯瞰できる場所があります。
(たまに友だちが遊びに来た時に連れていって、
 「さっき立っていたのあそこの場所だよ」と見せてあげると、
 どっちの場所から眺めても相互におもしろい。)
緑ノ谷二居リマス。

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ここです、この構図です。
探して、山中。

『The Catcher in the Tsukiyome.』
ツキヨメ田でつかまえて。
未刊。


 * * *


ゴムの雨合羽、最強。
雨でツキヨメ沢の代かきに思いの外専念できて、
トラクタ、ついに次の圃場”オクサ”に凱旋。
オクサは山の水が少ないので、あまり愛着がないが、
日本の棚田百選にもノミネートされておる眺めのよろしいところで、
他の山に居るよりも、人に会える確立が高い。
人に会える確立、て。

中学校の頃、なぜだか、
雨の日に全身カッパ長靴で自転車こいで学校に行くのが、
「あー、いいなあ。」と感じたことをたまに思い出す。
完全にすっぽりとくるまってこもっている感覚がよかったのか、
いまだに思い出しては複雑な感情のようで、不可解でもある。
カッパ内のだいぶ狭い自分の視界で(危ない)、
”自分の世界”かのように考えごとをしながら(危ない)、
自分の動力でペダルをこいで、
あまり行きたくない中学校にゆく。
なぜあの感情がわいたんだろう、中学生の自分よ。

などということを考えては反芻しながら(危ない)、
明るくなってきたので、
今日もやろうやろう。





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by 907011 | 2017-05-14 04:35 | Trackback | Comments(0)

三遍まわって煙草にしょ。

5月はやたらと「会」が多い。
半月に10個くらい”○○会”の会議、会合があり、
多い日には午前、午後、夜と3種が続く日もある。
出る顔ぶれはだいたい同じ。だいたい友達。

優先順位をつけるという判断が、自分は人一倍鈍く、下手だ。
なので、さまざまな場面で失敗をする。
安請け合いをして、自分のやるべきことができなくなって暮らしに支障を出したり、
請け合ったこと自体もやっぱり手が回らなくなってしまったり、
失敗には事欠かない半生だ。もうすでに半生なのに。

優先順位をつけること、
より端的に言えば、断るべき話しは断った方が、
相談してきた側もされた側も、
中長期的に考えれば損しないよねということかもしれない。
人の受け売りだけど、
「断ることに理由を言う必要はない。」という言葉に、考えさせられた。

その時期時期に本当にさまざまにその”理由”はある。
頼みごとに来る人は、(自分もそうだけど)
「この人に頼もう。」とだいたいの当てをつけて、やってくる。

ただ、断る側は、多くのそういう場面において、
手が空いてるわけではなくて、
必ずや片手にすでに乗っていた予定と天秤にかけることになる。
優先順位をつけることは、「はかる」ということだ言い換えられる。
自分の計りはなぜにそこまで難しく、よく狂いがちなのかと考えると、
天秤には重さの数値という明確な判断基準がある一方で、
個々の「はかり」には、定まった基準はなく、
その時々によって判断の仕様は変動的だから、だろう。

セガレができて、考え直させられる場面がたくさんある。
はかり方も少し変ったり、少しだけぶれづらくなったかもしれない。
(振れ幅の”遊び”がなくなったとも言えるかもしれない)

暮らし、農業、気候風土を優先して、時間を使えるようになりたい。
20代半ばの頃にあった(おそらくあったはず)、
自己顕示欲とかを多分に含んだ「働きたいんだ」という欲の時期と同じように、
いまは、「暮らしたいんだ」欲が強いとも感じる。

コシイブキの田植えも、コシヒカリの田植えも始まる。
時期的にだいぶ前から頼まれていた(結局、請けてる)朝仕事に6時から出て、
田植えに迫られながら、代をかいていかねば植えるもんも植えられない、
という毎春繰り返される構図。


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いろいろ逆算しながら、
次の秋から翌春までの段取りを考えねばならない場面が増えてきた。
春のこの打ち方や水や苗との相関図だとだいぶ入り組み乱れた関係になってしまってるので、
秋に稲刈と乾燥調整などと並行しながら
代かきして冬季湛水までの田んぼづくりが必須だなあという結論に至る。
そのための補助金(8000円/反)も集落のやれる耕作者で取りにゆく。
我らは今春、「エコファーマー」になります。たぶん。

とりあえず、水をよく見てこねば。







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by 907011 | 2017-05-11 05:07 | Trackback | Comments(0)

’17春の山道普請/利八ナイト。


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このゴールの画(「利八ナイト」)を目指して、
朝7時半、公民館集合。
の前に、朝仕事で”利八”の田に入り代かき。
畔がどの田も低いため、水張っても高いところが水面から背を出してしまう。
昼までギリギリ水をかけることにして帰飯。
表面張力に賭ける。

 * * *

大学時に物理専攻のコニシ君が、飲み会の際に、
ギリギリまで注ぎながら「表面張力。表面張力だって。」というのが面白く、
それ以降、皆コニシ君ばりになみなみと注いでは、
注ぐ方も「表面張力。」といい、
注がれる方もグラスを見て、「お、表面張力。」というのがしばらく慣習となった。
が一方で、表面張力は難しく、4回にいっぺんくらいはたぶんこぼれていた。
こうして、我らはまったく縁もゆかりもなかった
「表面張力」という用語を知ることができた。
めでたしめでたし。

他方、同じ大学時に建築専攻のノザキ君という仲間がいたが、
うちで飲み会(まったく酒吞んでばかりだった)の時に、
たまさか、ノザキのコップが、
「一人暮らしの先輩がたから代々もらいうける年代もの食器シリーズ」のうちの、
ルパンの人物たちが描かれたもので、
表面張力に注ごうとするたびに、警戒するノザキが、
「ルパンまで。ルパンまでだって!」と声を張り、
最初彼以外誰も何を言われているのかわからなかったが、
ノザキが指でルパンのあごのあたりに指を水平に置いて、
「ここまでしか注いでくれるな(どうせこぼすから)。」
という意思表示をしているのだと後に気付く。

そうして、我らはまたも「ルパンまで。」という発作的名台詞が気に入り、
飲み会のたびにそこかしこで誰かが
注がれるたびに「ルパンまで!」と言う慣習が続いた。
よそん家でも、店でも、
もはやそこにルパンのコップはないのにお構いなく。

ということで田んぼもルパンまで水をかけて
表面張力ぎりぎりにして、昼にとめた。


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去年に続いて小雪の年だったものの、
雪の積もり方が雪質が違ったのか、
倒木・枝葉の落ち方や土砂の崩れ方などが去年とだいぶ違った。

うちの「3組」は8人参戦。
”ごすけ”からは市内で暮らす新社会人・ショー君が来てくれた。
平均年齢ぐっと下がる我ら。
でももしかすると7人の平均年齢が高過ぎて、
ショーが加わったくらいではあまり平均が下がらないかもしれないか、我ら。

前半で二カ所、土砂崩れで側溝が埋まった箇所があり、
そこだけ大仕事だったが、
割に綺麗なところが多く移動もスムーズにいき、
人数少なくなったものの、近年ではもっとも早い4時前に終わるという快挙の春だった。

家に戻り、だいぶ保留状態だった極早生枝豆を播種して、
利八ナイトへ。
山菜ごっつぉ食って(イタドリのマヨ和え、うまかった)ビール飲んで、
ジンギスカン食ってウイスキー飲んで、根曲り竹食って地酒を飲んで、
とにかくまあよく食いよく飲みよく話した夜だった。
18時に”じんべ”カズオさんと二人で飲み始め、4時間半ほど遊ぶ。
22時過ぎまで久々に夜ふかしした。

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カズオさんとシゲルさんとシゲキさん。奥に女性部。
シゲキさんが飲み会で100%、司馬遼太郎の『峠』の話をするように、
他の二人もそれぞれ鉄板ネタというか、
酔って話しているとだいたいこの方向に行くなあという持ちネタみたいなものがある。
シゲルさんなら、山中にIターンして
田んぼを10年間やってきたなかでの稲の考察であったり、
カズオさんだと、最近頭に来たことを思い出して再び怒りながら話したり、
俺と違って町全体のことを考えている人なので、
「俺に言わせりゃ高柳」的な話題提供も多い。

自分はわりと聞き役というのか、
相槌(先日動画で見た刀鍛冶の情熱大陸は面白かった)を打ったり、
聞いていて気になったことを質問したりしながら飲んで過ごす。

農業の話も地域づくりの話にしても、
やや利己的に「それは集落単位においてはどうだろうか。」という切り口で
だいたい話を都合よく編集しながら耳にしているのだと思う。質問もしかり。

”じんべ”カズオさんの「俺に言わせりゃ高柳」はけっこう融通が利く。
何せ一度話し出せば止まらないので、活用例としては、
平澤モータース(平モ)のフミヤスさんなどと2人で実況席をつくり、マイクをあてがえば、
たとえば雪まつりのようなイベントにおいても、
DVDの副音声での解説みたいに、「俺に言わせりゃ雪まつり」の放送が楽しめる。
やれ単管とクランプでこう組んでこうワイヤーを張れだの、
やれあそこで使っている木よりも柿の木かエンジュの木が良いだのと、
今手にしている酒の味わいの話から宇宙の話まで、延々と話は尽きない。
西郷隆盛はその人物を鐘にたとえられて
「大きく打てば大きく響き、小さく打てば小さく響く。」と評されたそうだがしかし、
大きな話題は大きく拾う(ところどころかなり雑にぶった切る)。
小さな話題はむしろ掘り下げ過ぎくらいにミクロまで扱う。
FMピッカラとかでやらないかな、「俺に言わせりゃ」シリーズ。
高柳には語り部が少なくない。






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2017、私のゴールデンウィーク!

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by 907011 | 2017-05-08 05:07 | Trackback | Comments(0)

生組。

秋打ちをしなかった田がほとんどなので、
朝仕事から頑張っているものの、なかなか遅々として数枚ずつしか進めず。

カッパ着て代かきをしてたら、
奥の”さんしょ”が除雪機を積んで上がっていった。

だいぶ雨に降られながらの昨昼。
13時過ぎに行ったのにえらい満席で混んでいた
ふかぐら亭にて蕎麦を食いながら、
「今年も田植え機がトラクターに追い付きますね。」という話を義父さまとした。
トラクターをもう一台買おうかどうか去年あたりから真剣に悩む二人。
去年は建物をよくしたり乾燥機を入れたりして、
あと二年を切った就農給付金をもらっているうちに、
今年買おうかな。人生で一番高い買い物かもしれない。

・・・などと思案していたら、亭主ヒデキが
「ほら、御神酒だ。」と林酒造の八石を二杯くれた。
出されたものは素直においしくいただくことが、
(20代の頃にしてきた)居候暮らしにおいてもっとも大切な素養である。
素直に飲んで帰って30分寝て、
起きて、山へ行き動噴で肥やしまきだけしてまた夕方に戻る。帰巣。
山中犬・フミエは鼻に泥をつけながら、山中田んぼ犬となっていた。

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18時から生産組合の総会。
終始にぎやかにやる。
組合長・シゲルさんのきっちりした性分が、
あの徹底した管理に反映されていると感心しながら、
皆で入念に一杯やりながら29年産米の傾向と対策とバカ話および、
M・イトーの免許にまつわる新鮮な経験談とバカ話etc.が21時まで続いた。

本日8時集合、夕方までハードワークな山道普請’17春があるので、
皆、四足歩行までならずに、ちゃんと帰った。





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2017、私のゴールデンウィーク!




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by 907011 | 2017-05-07 04:46 | Trackback | Comments(0)

天と地。

集落で8,9年ぶりに生まれたセガレが4歳を迎えた。
併せて、自分は山中に暮らして6年間が経過し、7年目を迎えた。
子(0歳スタート)でいえば5歳のようなもので、
その辺の高柳小学生のほうがはるかに経験値が高く、
ワタシはまだランドセルを背負えるか背負えないかくらいのものだ。

そんなワタシは神頼みを重要視している。
「神さまに頼むしかないな。」とよくつぶやく。
神にすがって、自己努力の不足分を補ってもらおうという魂胆があるので、
入念に拝む。村の神事などはちょっと緊張する。
(神社で村を見回しながら飲む酒は格別にうまい。)

なにせお天道様の下での暮らし、だからだ。
「どうしようもない」ということを体感し続けて1年は終わるようなもの。
自分のしていることは天候に対する仮説と予防策みたいな程度だ。

どうしようもないから、祈る。

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重要視しているわりに、毎朝していたうちの神棚参拝が
節目節目ごとに最近ペースダウンした。
単純に忘れて、欲のままに朝飯を食っているというパターンが多いが、
「神頼みも休み休み言え。」という格言めいたものが頭をよぎり、
「神を休めよ。」という黒地に黄色のキリスト看板めいたものが脳内にかかげられる。

昨朝。
5日前にまいた大根が発芽していた。

「さささーっと、ずばーっと、(農作業が)はかどりますように。」
と擬音主体で神棚を拝んでいたら、
足もとでガクが見ていたので、
誕生日御礼と「トイレでうんちをします。」という誓いを神さまに拝ませた。
俺の”はかどりますように”頼みが薄まらないよう、
子は誓うのみにさせる。神を休めよ。

・・・果たして、子は出先のトイレでずばーっと、できたらしい。
俺の方はまあまあ集中して、まあまあはかどった。
日差しが痛いくらいに強い一日だった。

朝仕事の時間がいちばんストイックに向き合えるので、出よう。
本日もお天道様の下でくるくる回って、暮らす。



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2017、私のゴールデンウィーク!

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by 907011 | 2017-05-06 04:52 | Trackback | Comments(0)

モーキン。

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昨朝の”オクサ”。
去年の秋に村のユンボを入れて、
排水を直してもらったままだった田に水を入れる算段。
土のう袋を3つ詰めてどうにか水口はできた。
漏れずに安心の予定。

”月ヨメ沢”の田に移動して、7時頃までかかってこっちも水管理。
一本の水を棚田でどのように振り分けるか、なかなか頭を使う仕事でもある。
あと2枚ほど田んぼを覆っていた雪もようやっと畔なりに削られて溶けた。

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トラクター、移動。
肥やしをまいたりごみを拾って、帰飯しようかと下りていたら、
畔にカラスの群れがいた。
蛇か、ケモノの死骸でもあったんだろうかと発作的野次馬根性で見に行くと、
猛禽類の子(?うちの鶏より大きい)が震えながら居た。

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カラスを追っ払って近寄るが、威嚇されて近付けず。
襲われて田に落ちたのか、羽が濡れていた。
しばらくカラスが隙を狙っていたので、
特に何もできないけどウロウロしながら見守る。
自然の理を前にして、ニンゲンができることはないなあなどと実感させられた。

足を怪我したっぽかったが、その後朝食後に行くと
どうやら襲われずに飛び立った模様。

昼まで頑張り、泥んこだったので外でござを広げて
子と昼飯を食って寝ていたら、
ふかぐら亭で蕎麦を食ったのだという長岡からの友だち夫婦が
新しい家族イッセイ君(一歳)とともに遊びにきてくれた。


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うちの新たなネコと新たな鶏としばし遊ぶ。
イッセイ君はよく歩き回り、よく笑っていた。
”モーキン”(朝飯を食いながら勝手に命名)もここに居ればと少し思ったが、
無事に自然に還り、いつか田んぼのマムシなどを駆除しに来てくれるだろう、
などと、昔話風今話を利己的に創作したりなどした。

午後、長岡時代のことをあれこれ思い出したりしながら、
4枚代かきできた。
水が多すぎて打ち残しもだいぶありそうだけど、
ひとまず先行するこしいぶき分が無事終わった。

「こしいぶき分5段が終わったよー。5段が終わったよー。」と、
ヨシトモ先生に倣い、大きな独り言を言いながら上がる帰路。
本日も夜明けから日没までよく働いたということで、
神の魚はたはた(鰰)を食い、ビールと焼酎を飲んで寝た。

 * * *

<完全に1つのものに没入してしまって、
それが世界で最高のものなんだと
思い込んで撮っちゃうと、
一本やりでおそろしい映画になってしまう気がして。>
(矢口史靖監督『揺れ動くほんものの景色のなかで。』







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2017、私のゴールデンウィーク!


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by 907011 | 2017-05-05 04:50 | Trackback | Comments(0)

みどりの日。

未明の3時からネコはやたらと威勢が良い。
俺は木かなんかだと思われているのか、やたらとひっかかれる。
爪を研いだり、背中脇腹から上ったりジャンプして下りたりされる。
(いままさに繰り返されている。)
名前はまだない。

薪ストーブを燃やすとそっちに行って横たわって寝るので、
起床と同時にとりあえず着火。
未明から徐々に5~6時にかけて肌寒くなってくるように感じる。
まだ寒い。
そして田の雪はまだまだ溶けない。

昨朝。
「極早生」と書かれた枝豆の袋2つを手にしたまま固まり、思案。
しばし迷った末に、「あと数日だけ待ってくれ。」と
借金取りに追われるかのような表情で事情を話し、田へゆく。

「日本の寒がり百選」があれば(ないけど)間違いなく選抜されるであろうほどに、
なぜか寒さに弱い東北人のワタシなので、上着を1枚ずつ多く着込んで
5時から田を打ち始める。
朝仕事で一枚終えられた。

迷ったものの、やると調子が出る。
そのまま昼までやり続けるか、朝食をとるかまたしばし迷った末に帰飯。
ここでもまた迷っていたわりには、飯をがつがついっぱい食べる。
四季を通じて、自分の選択などまったく「迷ったわりには結局そっちかよ。」などという
「迷ったわりには」反対側の選択肢でも意外におさまっていたというパターンが多い。
抽象か、具体か、それが問題だ。

あと、自分はこれまで、
稀に飲食店で注文したのと違うものが運ばれて出てきても、
それはそれでおいしく食べる、という場面が何度かあって、
人といると「それ、食べたらダメしょ。言わないと。」と指摘されるが、
小心者なので言うよりも、穏便に食べることでなにがしかの手助けになれば、
間違えた店員も、自分も、嬉しいのではなかろうか・・・、
と思ってやってきたけど、間違えられた客の中には怒る人もいるんだろうな。
間違えて運んだ方を叱るか、違うのにおいしく食べた方を叱るか、それも問題だ。

  * * *

今日、山中出の人が連休で帰って来て、
28年産米の残り半分6袋を持っていくというので、
岡野町のヨシトモさんの保冷庫の空きに保管してもらっていたのを取りに行く。
ヨシトモ先生はいつも会うたびに自分の農作業の進捗状況を
聞いてよというでもなく、大きな独り言であるかのように言う。
「あ~疲れた。いま6反部代かきしてきた。いま6反代かきしてきたよ。あ~疲れた。」
と昨昼も大きくかつ独り言であるかのように二回繰り返していた。
農繫期になると細かな数字も大きな独り言に含まれる。
孤高か、孤立か、それが問題だ。

20代の頃に石川直樹さんの本のなかの言葉で素敵だなあと感心したのが、
「明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ。」
という一節だった。

「ものごとは独り言をいうくらいのように伝えろ。永世に伝えるかのように耕せ。」
とヨシトモさんは伝えているのかもしれない。
が、もしかすると伝えていないかもしれない。

「そうやってヨシトモさんみたいに嬉しそうに報告しているうちは
 それは楽しみでもあるから、良いことかもしれないなあ。」
と田んぼで会ったイサオさんがくわえ煙草で上手に総括してくれた。

みどりの里・山中のみどりの日。
耕せ、山中。




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by 907011 | 2017-05-04 04:28 | Trackback | Comments(0)

忘れ霜。

昨朝。
6時集合、オクサ水利組合の水揚げ試運転。
囲いを外してポンプ始動。
が、途中停止してしばらく農器具全般の医者である春日農機の解説を聞く。
が、電気盤の中身のなんたらかんたらいう説明が
集った我ら3人、まったく理解できず。
4分くらい話しを聞いた後、元江戸っ子の生産組合長シゲルさんが、
「・・・ま~その、すぐには理解できねえけどよ。
 ま~要は、動いたっつうことだな。」
と上手にその場を総括してくれた。

農協でお金をおろして区内の3団体に助成金を配った後、月ヨメ沢に入る。
水利組合長であるところの義父さまがすでに来て、雪を割ってくれていた。
半袖一丁、屈強。
b0079965_05065673.jpg
雪はまだとけず、予定通りコシイブキ田をスキップして
下のコシヒカリ田を打ち始める。
肥やしをまいたり、水をとったり、枝と杉っ葉を拾ったりして数時間経過。

俯瞰して撮影して高速再生しても
あまり進展ないかのように一見写るかもしれないが、
まあ要は動いてたっつうことだな。

続きを始めよう。
数時間トラクターの右後方を凝視しながら運転していたせいか、
首の右側がひじょうに痛い。
我らの米はこうしてつくられる。




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by 907011 | 2017-05-03 05:26 | Trackback | Comments(0)