山中記

物語。

よく寝た。
心地よい身体の疲れは幸せなんだなあ
と、数年前とも違う感情を持てることは嬉しい。
人付き合いを極めて断てる一人の部屋があるからかもしれないけど。



畑の親方が
「トマトは花が咲き出してから畑に移すすけな」
と、水をあげながら話していて、
なんとなくただ鵜呑みにしていたのだけど、
昨日堆肥を配達して運転する道すがらしばらくその話を考えていて、
(なぜ花なんだろう)、
(畑に移してから花が咲いても一緒じゃないのか)
と、考えたものの、脳内堂々巡りのまま帰宅。

ふとつけた天気予報
「明日朝は霜がおりるから農作物の管理に気をつけてください。」

まだ霜にやられるからまだ数日ばかり早いってことだったのか
と、ささいなことだけど「はっ」とした。すげえぜ親方。

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数年前、小さくて静かな島に居た時も、うろ覚えだけど
うぐいすが鳴いたらインゲンの種をまくとか、
この花が咲いたら芋を入れるとか、この草が出始めたらこれを蒔くとか。

他にも新聞で見たのだけど、
山の稜線の残雪の模様を見て、稲の苗をつくりはじめるという記事があって。
それらは天気予報よりもきっと正確というか合っている話だなあと納得して。
そして、その残雪の模様にも人の顔であったり、何らかの像を重ね見、名付け、
それは、自然の時間とヒトの時間とをつなぐ”物語”のように感じた。

 * * *

「神話」について、星野道夫さんは、
生きていくことは誰かを犠牲にすることであり、
中でも狩猟民の生活に触れて、
<約束とは血の匂いであり、悲しみという言葉に置き換えても良い。
 そして、その悲しみから生まれたものが、古代からの神話なのだろう>
と書いてあった。

なんだかそんな朝でした。


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慌てて読み返した、はるか昔のアメリカ先住民の言葉。

<どんな動物もあなたよりずっと多くを知っている>
 (ネズパース族の格言)

<私の前を歩くな、私が従うとは限らない。
 私の後を歩くな、私が導くとは限らない。
 私と共に歩け、私たちは一つなのだから>
 (ソーク族の格言)

いい天気だ。
今日も畑で試されてきます。
いってきます。
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# by 907011 | 2009-04-30 07:38 | Trackback | Comments(2)

ふたつの目。

膨らます受けとめ方と
慎重な受けとめ方。
毎日、出会う物事や言葉に対して
いまの自分が出来る限りの二つの視点で受けとめたい。



二つの目で見、
二つの耳で聞き、
匂いを嗅ぐ鼻腔も二つ。
なんで二つあるんだろうなあ、と畑の土の匂いを嗅ぎながら想った。

二つの足で土踏んで。
出会うものに触れる掌二つ。

それならどうして口は一つなのだろう、とも想った。
光や匂いや音を吸って、
それを感じとって、時に言葉に換えて
いざ吐く口は一つなのはどうしてなんだろう。



「言葉」はいつも断片的で、
過剰にデフォルメされていたり、
逆に感覚した程を表現し切れなかったりという、
疑いのようなものを感じることがあって。

自分が感じた、まさにそのままの瞬間を
過不足なくあらわせる言葉なんて、
実は一つもないのかもしれない。

光も陰も、過去の経験もない交ぜになった、
言葉にできない感情や記憶の方が、
すぐに言葉にできるものよりも、強度はより確かなように最近感じます。


吐いて 表現する口は なぜ一つなのだろう。

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肯定して膨らます見方と、
否定とまではいかなくても慎重な見方。
”両方”を通して、自分なりに取り込むこと。


二つの性が縁を繋いで
一つの命を宿すことにも似ている。

二つの感覚を通して一つの孔から出る言葉を、
土に触れつつもう少し眺めてみようと思います。


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# by 907011 | 2009-04-24 07:25 | Trackback | Comments(0)

「温」/「粟島」

たまっていた写真を少し整理。

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是非。
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# by 907011 | 2009-04-08 09:22 | Trackback | Comments(2)