山中記

なぞる。

<人間には余分な情報があり過ぎるということで
 これが動物に自然に備わっているはずの本能を
 抑えているんじゃないかと思った。>(谷川俊太郎)


今日 一日の終わりの時
何が残っているのか

選ぶということは 同時に
何かを残すこと

一つを得れば 一つを失う
素直に開いて 吸って 吐いて


後には
絞られて残った身体と
自分がその日歩いてきた残像と

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<欲しかったら、ぜんぶ捨てなさい>(『調理場という戦場』)


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# by 907011 | 2009-03-03 07:30 | Trackback | Comments(0)

内側のこと。

今まで自分が見てきた、
その誰よりもマイペースな自分は
地に足の着いた、「静かな時間」にあこがれるものの、
実際はなかなか慌ただしい。気忙しい。
体力不足。

たまにふっと訪れた、その静かな時間に、
ただただ「努力が足りんなあ」と、
仕事でも生活でも、いつまでたっても痛感する。


<何かを言ったり考えたり書いたりということは、
 余計なことだから、
 原則としては、1日が24時間あるうちの25時間目にやります。
 つまり、日常生活で普通の人がやることはすべてやった上で、
 その中で時間を作ってやるのが、
 ぼくにとっての書くことや考えることなんです>
 (吉本隆明)

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「身土不二」。
昔、見習いしていた農業のお師匠さんが話してくれた。
本来、寒い時季にとれる野菜は、
食べて取り入れることで身体を温めてくれるものが多い。
夏野菜はその逆に、身体の熱を抑えてくれる。
人間もまた土に育まれる。

春から土に触れながら、またゆっくり考えたい。

   *   *   *

ニンゲンってのは何が強さで、何が弱さなんだろう。
頭が良いってどういうことを指すんだろう。

ふと疑問が浮かんでからぼーっと考えながら生きてきてて、
おそらくずっと答えは出ないこれらの素朴な疑問が
自分にとってはとても大切な想いなのだなあと思います。

「知っていること」「知られること」よりも、
わからないこと、
見えないこと、
見えていたけど消えてしまったもの、
言葉になりにくい記憶や知恵への
価値を信じ始めている。

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# by 907011 | 2009-02-20 07:07 | Trackback | Comments(2)

写したり、遷ったりすることで。

<私は古画その他工芸品からも平気で写しをする。
 自分がそれの伝承者でなく、それとの断絶を確信しているせいだ。
 断絶している者は、
 古いものの中の、もの凄い前衛性を掴み出す事ができる。
 そして、それを自分の世界に組み入れる事が出来る。>


旅の先々で
寺や神社など古い建物に惹かれることが多いです。
なんというのか、圧倒されているのに心がしーんと鎮まっている状態。
静かなのにいろんな言葉が頭の中でやり取りされる。

昔、ある坊さんが言っていた、
「古いものの中に新しいものを見る」んだと思います。
そして、
新しいものの中にも、
古い(懐かしい)感覚を何か感じ取るんだとも思います。

自分にとっての、
古いもの、新しいものって何だろう。
その感覚はどうして、どんな記憶どんな経験から
沸き起こるものなのか。

ある風景を見て自分が「綺麗」と感じる時、
その風景に自分は何か記憶を重ね見ているんだろうか。

風景や物や、あるいは人を、
「好き」(もしくは嫌い)と感じること、
投影させたり昇華させたりすることについて、
自分なりにもう少し考えてみたい。
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# by 907011 | 2009-02-10 21:46 | Trackback | Comments(0)