山中記

小ささへ移行していくこと。

山中に暮らして7年目を迎えた。

と同時に、
昨秋に家人の祖母が亡くなったのを筆頭に、
自分が移り住むことを決める前後からずっとお世話になり、
面倒を見てもらってきた年寄りたちが、加速度的に次々に亡くなっていっている。

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                     (自分が合流して移り住む前の2010秋)        


うちのすぐ下の”ごんぱち”のジサが亡くなった。
葬式は豪雨と重なった。

自分が2011年春に山中に来て、
当初しばらく畑など見ながら「さて、どうやって暮らすのかな俺は。」などと
毎日、雑誌『自由人』よりも自由かつ、
良品計画(無印)が好きでありながらも超無計画な、
きわめて身分証明の難しいニンゲン(当時まだ独身)として過ごしていたので、
職安で「無職=パーカー率高し。」と地方の雇用問題について考えさせられたり、
畑が段になってつながっているごんぱち夫婦と毎日のように顔を合わせ話していた。



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                    (長岡から絶賛引っ越し直前準備中の2011年4月・
                     写真奥が現在我らが暮らすことになった”とわち”の家)


 * * *


「オラ、テレビで東北の地震を見てわかった。
 いまに都会のニンゲンたちがぼっとん便所を借りに山中に来るったぞ。
 水もいらん電気もいらん、ぼっとん便所はすげえんだ。」
などという日々の気付きを余すところなく話してくれながら、
随所にバサとの夫婦農山村漫談をノンストップで入れるごんぱち夫婦。
毎日顔を合わすたびに、
「いやー、上の家にいい人が来てくれたってバサと話してるんだ。」
と、怪しい30代・無職男性の俺に繰り返し繰り返し言ってもらって、
それは当時の自分の貴重なエネルギー源となって今日に至る。



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                            (「友達。」より)


自分がいざ住みはじめた山中暮らし2週間くらいのある日、
ジサがかけてくれた言葉は今も励み(時には自己矛盾への「許し」)になっている。

<「ここは、誰も居ねすけ、ゆっくりやればいい。
 今日の仕事が明日になっても、
 明日の仕事があさってになってもいいから、
 あわてず、ゆっくりやりなさい」

「言葉について。」より)>


2世代くらい離れた若者にすっと自分も言えるようになってみたいというもんだ。


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                          (2011年6月の鶏たちとごんぱちの屋根)


山に願いを。
「わからない」から祈るのだ、と俺は想う。




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# by 907011 | 2017-07-07 03:52 | Trackback | Comments(0)

山の中の七夕。

総予算200円。
昨年より100円アップ。
(山中区長「交際費」より捻出し、
 昨夕、軽トラで100円のお店に画用紙を買いに走る。)


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短冊を配られた皆さん、よろしくお願いします。
夢に手足を。




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# by 907011 | 2017-07-02 03:47 | Trackback | Comments(0)

草酒。

戻って山の中に暮らす2日間。

日曜夜。
帰宅直後に、幸せに満ち満ちた山﨑農舎・ヤマさん夫婦からお誘いをうけ、
荻ノ島移住中の夢の森公園・タクロー君カッポー(サモア島からあがってきたナイスカップル)と
塩沢の”センセ”とふかぐら亭にて入念に懇親する。
乾杯しようとしたら、
「俺もちょっと混ぜてもらおうかな。」と亭主ヒデキさんおよび、
「あー!ワタシも。」とタキモトさんのグラスにもビールが行き渡る。
ふかぐら亭、愛すべし。
教育の生々しい現場をちょっとだけ垣間見る。
アロハシャツみたいなのを着たタクロー君が
お笑い芸人「大自然」の人に見えて仕方ない一晩だった。

昨日。
田んぼのいろいろ。
3泊4日分の時差を取り戻すべく、
1日で2拍拍子で手を叩きながらやらねばと奔走。

昼休憩もろくにとらずに夕方まで溝切りしたり草取りしたりして、
都合朝仕事から12時間が経過していた17時頃、
無農薬田の中で棒立ちしながら、草の勢いに押されヘラヘラと笑うしかなく、
見る人いわく「ドM農法」全快状態で、
(もう疲れたよパトラッシュ。)とつぶやいていたら着信あり。
即座に麦麦ベイク・ノリオカ家に肉を食い飲みにゆく。
朝が早い分、ワタシの夕方の切り上げ方は、
知らない人がみたら「男っ前~。」と錯覚するくらいにすっぱり早い。
すぐ田からあがって、「よし。」とひと言つぶやいてバイクにまたがって帰る。

麦麦さん夫婦に、山・人・暮らしetc.森羅万象、
たっぷり飲みながら昨晩もじつにいろんな話を聞く。
セガレ・カズミチが”ピタゴラスイッチ”を自作していて、
ときどきメンテナンスしては、
その都度「全員集まって凝視するように。」と適確に指令を出す。
ノリオカ父ちゃんの山の話とノリオカ母ちゃんの教育関連よもやま話が興味深く、
ハイスピードで酒も進んだ。

そういえば、ノリオカさんに「農協の軽トラ乗っとったやろ?」と言われ思い出したが、
昨日は午前に2回目の予察調査のバイトをしていた。
今回はJAの指導員キタハラさんと組になり、
のべつまくなしに多様な話しをしながら1時間半くらいで終了。
いろいろ情報と肥やしのサンプルをいただく運びとなり、
おそらく1万円くらいを一瞬にして稼げた。「予察は良い仕事」。
歳がいくつも変わらないのに、
20数歳でフリーターしてたセガレさんがこの度東京で就職することになり、
引っ越し中のパーキングエリアでトイレに財布を置き忘れて
瞬時に盗まれて敷金礼金ウン十万を立て替えた等、
キタハラさんはかなりハードボイルドな話題をさらりとするので凄い。

 * * *

もはや”旅人”に成り下がった秋田では
交わす会話、見る場所、立ち止まる空間にて、
いろんなことがフラッシュバックして、
若かりし時代の考え方と今の自分とが対話をするようにして、
さまざまに気付きがある。
鳥海山を見ながら、ガクの変幻自在な様を見ながら、
考えさせられること無尽蔵な時間だった。

ただの一小市民の自分。
音楽家なら曲を作るのだろう。
詩人なら一遍の詩をうたうだろう。
画家だったら絵のインスピレーションに、
料理人は一皿分の着想が湧くであろうか。

自分には表だって早急に”具体”として表現するものはないので、
「姿」であればそれで良いのだと思う。笑いが一コマでも増えれば素晴らしい。
自分や誰かのイライラを、ブラックボックスみたいに
ユーモアに変幻させて表現することが自分の脳みその理想だ。

田んぼにいたり、ガクが保育園バスに乗るべく一緒に歩いたり、
鶏たちをもんだり、薪を割りながらムロフシ状態にトランスしたり、
そして、酒を飲む先輩と仲間が大勢ひしめきあっている我らの暮らしで十分だと想った。

重さをどかすような、ヘラヘラな軽さで在りたい。








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じつは我ら山中から「適疎」を考える会も
ひそかにTシャツづくりプロジェクト進行中。
俺の手ぬぐいづくり企画はなかなか議決されない。
”ばんきち”の洗濯機も未処分。
いろいろ、やらねば。
ババヘラアイスもなまはげも杉っちも秋田犬もじゅんさいも
頑張って良い仕事をしていたので、俺もヘラヘラと努めねば。

んだんだ、秋田。







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# by 907011 | 2017-06-27 04:14 | Trackback | Comments(0)