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山中記

吸って、吐くこと。


もう何年くらい前のことだったか
ある写真家の方と飲んでいた時に
その人がふと話してくれた
「写真でしか表現できないものが
 たしかに自分にはあるんです」
という言葉が、今も時々ふっと頭をかすめる。
その一瞬だけ浮かべたマジメな顔つき口ぶりも。




吸って、吐くこと。_b0079965_12365498.jpg


自分が、瞬発的な”熱”に圧倒される時々に、
その表現が
その言葉が
その人が、
発しているその熱は、おそらく
放つ本人がそれまでに受けた、もしくは蓄積してきたエネルギーと
同じだけの量であったり、大きさなんじゃないんだろうかと思う。

絵、写真や音の非言語な表現も。
視覚だけのものじゃなくて、
味と香りだってそう言えるかもしれない。


たとえば、それがネガティブであっても。
苛々(いらいら)をイライラっと伝播しないように、
感じて、留めて、表される。
ざわつかないように。鎮まるように。
できるのであれば、明るい方へ。
昇華。


 * * *


インプット/アウトプット。
取り入れること、放熱すること。
吸って、吐くこと。


毎日、毎時間、あったことの、
そのまたささやかなすべてを澱みなく言葉にできるのであれば
それもまたさらりと潔くてきっと良いのだろうけど、
自分の場合は、実際には言葉にできない感情や記憶がとても多い。
できずにいるという方が正しいかもしれない。


光や匂いや音、その感覚を混ぜ合わせた時に起こる自分の感情。
そのままでは言語化できない、まだ言葉にできずにいる記憶。

今までは、そんな記憶が生々しいところからいったん離れてしまっては、
結局、黙って物言わず腐って溶けてなくなってしまうんだと思っていた。
で、思い出した頃に慌てて探しに戻っては、
腐敗臭のようなものだけ残ってやっぱり何も思い出せないような。

(どうやらそうでもないらしい)
と、最近思うんです。
しかも、何の脈絡もない場面で。
やはりどこか瞬発的に。

車を運転している時に、
雪がただしんしんと降っている様を見上げている時に、
飲み屋のカウンターでおっちゃんの話を聞くともなしに聞いてる時に、
旅先の電車やバスで見知らぬ光景が窓の外を流れていく時に、
小説の人物が想いをどうにか手繰っている言葉を目にした時に、
海や空、雲、夕陽の前でぼーっとしている時に、
静かな気持ちになるような絵や写真の前に立っている時に、
ほんとうにふとした瞬間に、ふと。



吸って、吐くこと。_b0079965_1151687.jpg




味噌や酒づくりをしてみると、
発酵や熟成という言葉に出くわす。
「眠らす」「寝かす」という言葉で言い換えられたりもする。
育って、収穫したものに、ある程度手を加えて仕込んだ後、
そこから先は自分の手を離れ、形として捉えにくい酵母や菌に委ねられる。

記憶や感情を、眠らせる。
自分じゃないものと時間とに委ね、任せ、身を預ける。


日ごと夜ごと。
光や匂いや音、を吸う。
感覚を混ぜた後と、そこから先。
言葉にできる記憶よりも、
やはり言葉にできない記憶の方がまだまだ多い。


 * * *


で、またふっと上記の写真家さんの顔を思い出す。

何れにせよ、
手段も様々にあるにせよ、
表現されたモノには、
それだけの想いの量があって、
たとえそれがすべては形に成りきらなくても
中にはその背景ごと伝わってくることだってあるんだなあと思う。
そう感じることができたら、と思っている。











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by 907011 | 2009-03-12 12:22 | Trackback | Comments(0)
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