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山中記

月に咲く花のように。

すごく個人的な嗜好なのですが、
ヒトはときどき、全裸で太陽の光を浴びてみると良いと思う。
ってなことを10年ぐらい前のある昼間に長野の飯山の日帰り温泉にて、
カンカン照りの日光を露天風呂で受け止めながら思った。

今朝もそんなことを、やはり温泉で久々に体感。
二日酔いながら全裸で日光浴(兼入浴)しながら想う考え事は、
なんだか自分にとってとても大切なことのように思えた。

先日もちらりと書いたけど、
素敵な友人夫婦が柏崎の海のまん前でumicafeを開くべく奮闘していて、
うまい珈琲をすすりながら、二人(と助っ人職人たち)の姿にすごく刺激を受けた。

海を眺めたり、強い風に吹かれたり、露天風呂で日光浴をしていると、
ふと、粟島にて半年も居候させてもらった漁師のオヤジの姿を思い出す。
「働かざる者食うべからずだ。この馬鹿者が」と思い出すたびにバシッと叱られて回想終了。
我に返る。俺はまだまだオヤジを怒らせることしかできない馬鹿者だ。

 * * *

ヒトが助けの手を差し伸べてくれること。
食べ物をもらったり、種や苗をおすそ分けしてもらうこと。
時に褒めてもらったり、許してもらえたりしたこと。
自分のことを面白がって、笑ってくれること。
笑い合うこと。
ヒトを好きになること。

自分にはとうぶん借金をして何かを興そうという予定も、その覚悟もない。

でも、そんなヒトの「好意」というものを、
自分のなかの小さな経済なりに当てはめて考えてみると、
自分は、自分が想っている以上にとてつもない財産、
いわゆる”ソフトマネー(貨幣じゃないお金)”をたくさん持っているのだと思った。

その反対に、というべきか、同時にというべきか、
ヒトの助けを借りっぱなしな分、「借金」もたくさん背負っているともいえるかもしれない。
居候なんてその典型で、借りたまま返していない、ヒトの好意や、
好意で面倒を見てくれたそのヒトたちの時間や空間を奪ったまま今こうして暮らし、
過去とは無関係な顔をして酒を飲んでへらへら笑っていたりもする。
で、山の畑で、温泉でふっと一人の時間を持った時に、その財産のことを思い出したりする。
ほんとうに馬鹿者だ。
一人泣くより他にやりようのない、どうしようもない大馬鹿ヤローだ。

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ニンジンの花が咲いた。

22時間ほど山中の家を留守にした。
帰ったら、軽トラの下の日陰に菜っ葉が新聞紙にくるんで置かれていた。

俺も必ず自分の手を動かし続けて、好意を渡すことがしたい。
せめてもの好意を伝えることができるようになりたい。
ダメなんだよ、言葉だけじゃ。


月に咲く花のように。_b0079965_12474598.jpg

by 907011 | 2012-06-29 13:22 | Trackback | Comments(0)
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