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山中記

二重螺旋構造。

伊坂幸太郎さんの小説も今冬に初めて手に取った。
入口は映画からで、『アヒルと鴨のコインロッカー』を見た時、
(たしか柏崎のソフィアセンターで無料DVDがレンタルできたはず)
その筋書きが衝撃的で、
何をどう考えてどうやったらこの展開が着想できるんだろうと気になっていた。

これまた映画で昨冬に『ゴールデンスランバー』を見て、
見た直後に何の迷いもなくもう一回はじめから見直すくらい面白く、はまった。
この展開もまた秀逸していて、いよいよ伊坂幸太郎さんの原作が気になった。

そこで、『重力ピエロ』を買って、読んだ。
終盤、緊張と緩和に圧倒されてしまい、
最後150頁くらいは眠れぬ夜中に気になって一気に読了。



<「目に見えるものが一番大事だと思っているやつに、
 こういうのは作れない」父の言わんとすることは、
薄らとではあったが、分かった。
この、「軽快さ」は、
外見や形式とは異なるところから発せられているのだろう。
しかも、わざと無作法に振舞うようなみっともなさとも異なり、
奇を衒(てら)ってもいない。
言い訳や講釈、理屈や批評からもっとも遠いものに感じられた。
「小賢しさの欠片もない」私は呟く。
「この演奏者はきっと、心底ジャズが好きなんだ。音楽が」父がうなずく。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
春は、誰に言うわけでもなさそうで、噛み締めるように言った。
「重いものを背負いながら、タップを踏むように」
 それは詩のようにも聞こえ、
「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」
と続ける彼の言葉はさらに、印象的だった。>
(伊坂幸太郎『重力ピエロ』)


 

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後で映画を見てみると、これは熱心な伊坂ファンの方々が指摘されていた通りで、
(映画予告編などには「映像化不可能といわれた原作を実写化!」と宣伝されるけども)
原作を先に読むと、やはり映像化不可能だよなあとすぐに感じた。
あの展開とセリフを二時間でまとめることは不可能だ。

人生経験が乏しい一方で、
過去の生き方を振り返っては絶えず自己破壊欲求とか自己矛盾を抱えたりする冬の自分には、
重力ピエロ一冊が、異なる生き方を一つ体感したかのようにすら思えた。

男兄弟の物語であり、男家族3人の物語でもあると思う。
辛く、暗く、重いものを永く背負いながらも、
「俺たちは最強の家族だ。」と乗り越えて進む。
父親と握手がしたくなる、ということは息子と握手がしたくなる、のかもしれない。


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<店を出て、駐車場までの階段を降りたところで、
春が立ち止まって私の顔を見た。
今度は、「エッシャーって知ってる?」と来た。
「絵描きだろ。あの騙(だま)し絵のようなやつを描く人だ」
「そう。版画家の。彼はさ、ラスコーの壁画を見て、面白いことを悟るんだ」
「版画家が悟るか」
「『造形芸術は進化しない』って」
「進化しない?」
「人類は様々なことで、進化、発達をしてきただろ。科学も機械もね。
先人の教えや成果を学んで、それをさらに発展させてきた。
でもね、芸術は違う、エッシャーはそう言ったんだよ」
「芸術がどう違うんだ」
「どんな時代でも、想像力というものは先人から引き継ぐものじゃなくて、
毎回毎回、芸術家が必死になって搾り出さなくてはいけないってことだよ。
だから、芸術は進化するものではないんだ。
十年前に比べてパソコンも電話も遥かに便利になった。進化したと言ってもいい。
でも、百年前の芸術に比べて、今の芸術が素晴らしくなってるかと言えば、
そうじゃない。科学みたいに業績を積み上げていくのとは違ってさ、
芸術はそのたびに全力疾走をしなくてはいけないんだ。だから」
「だから?」
「一万七千年前のラスコーの洞窟に壁画を描いたホモ・サピエンスも、
二十一世紀の地下道に落書きをする俺も、
同じくらい苦労して想像力を働かせているってことだよ。
エッシャーは壁画を見て、それを悟った」>




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相当にストイックな性格ではなかろうか、と(勝手に)伊坂幸太郎さんを妄想する。
どういう育ち方をして、何を考えて生きてきたら、
このような構想が練られるんだろうとすごーく気になる人だ。


 * * *



<「兄貴、むちゃくちゃだよ」春が顔を歪めた。
「そうだ、このむちゃくちゃがおまえの兄なんだ」
 できる限り、軽々しく言った。
春が以前、病室で漏らした言葉が、頭から離れない。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」
 まさに今がそうだ。ピエロは、重力を忘れさせるために、
メイクをし、玉に乗り、空中ブランコで優雅に空を飛び、
時には不格好に転ぶ。何かを忘れさせるために、だ。
私が常識や法律を持ち出すまでもなく、
重力は放っておいても働いてくる。
それならば、唯一の兄弟である私は、
その重力に逆らってみせるべきではないか。
 脳裏には、家族全員で行ったサーカスの様子が蘇った。
「そうとも、重力は消えるんだ」
 父の声が響いた。
 私の無茶苦茶な言葉が、春を納得させるとは到底思えなかったが、
ブランコを使い空を飛ぶピエロよりも命がけで、祈っていた。
重力を消してほしい、と祈る。
少しくらい消えても罰はあたらないじゃないか、とも思った。
 頼むよ、と。>





重力ピエロ (新潮文庫)

伊坂幸太郎/新潮社

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本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだ。






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by 907011 | 2017-04-10 04:44 | Trackback