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山中記

メセナ。

昨日1月20日。
大寒。
お昼から、立川一門の落語会にいってきた。

「13時半開場」とチラシにあって、
順調にちょうどその頃合いに着いたので、
”真ん中の真ん中あたりに座ろうかな”などと思惑を抱きつつ、
入ってみたら、恐ろしや年寄り。

すでに椅子は満席で、
主催スタッフ(東京電力)もたぶん開場を強制された模様で、
定刻に行った自分は補助席を案内された。
高齢者ばかりで頭の位置も低いおかげで、
ちょうど斜めからまっすぐに高座が見えて幸いでしたが。

談志さんが亡くなって以降、
立川一門がどういう様に棲み分けられたのかわからないですが、
この日は立川志の輔のお弟子さんというので、
二つ目が二人と真打が一人だった。

真打・志の八さんの枕によれば、
じつは東電のオファーは当初志の輔師匠にあったが、
予算含め諸所の都合でお弟子さん三人会に企画変更され、
それでもスケジュール調整に一年がかりでやっと昨日の運びとなったらしい。

たしかに、会場を調べるのに(柏崎の地理がいまだにほぼ分からない)、
「立川 柏崎 落語会」などと検索してみたら、
一門の会が津々浦々転々とひっきりなしに飛び回られている様子だった。

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余談ですが大学の友人で富山愛の男・ノザキ君に、
1年生の時に叩き込まれた富山有名人シリーズによれば、
志の輔さんも富山。その他、西村雅彦さん、室井滋さんなどいっぱいノザキに聞かされた。
(「ウィスパーのCMに出ている人」という絶対わかりようのない人まで説明され、
 富山愛の強すぎるノザキは、常に飲み会でもいじられる愛されキャラだった。
 愛の強い男ってのは、人から愛されるのか。)

そんなエピソードを記してしまったのに、
年賀状もらっといて返してなく(昨春祖母を亡くしたのもあるけど)てスミマセン、ノザキ

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初っ端をつとめた二つ目の方は、
出身は忘れたが、小学から大学までサッカー一筋だったのに、
志の輔さんの落語に聴き惚れて、
名古屋公演にヒッチハイクで駆け込んで弟子入り志願したのだという。
3者3様、きりっとしていて立派でした。

その他、立て続けに行われる無料コンサートや三味線や
映画上映会や各種講座などのチラシを配られましたが、
めっちゃメセナ活動の金あるやん、東電と複雑な心境になり、
アンケートに、遠方の当地ですが無料で使える場がいくつもあるので、
どうか高柳などでも企画してくださいと書いて、
帰りにいわしと油揚げとしじみといいちこを買って帰った。

俺はしかしながら、雪掘りと道踏みと夏の田の草取りの時に、
志ん朝さんだの談志さんだの柳家小三治さんだの、
名人の落語を繰り返し聞き過ぎ(?)ているのだな、
と、これも複雑な心境の帰り道だった。

ちなみに志の輔さんが富山をモチーフにした創作落語で、
先用後利」という噺もかなりおもしろいです。


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われら山中の暮らしも「長屋」みたいなもんなんだと、ときどきに想う。
熊公も八つぁんも与太郎も、良くも悪くも皆がそんなで
(俺を筆頭に)とんちんかんなことをし合いながら、
いろんな感情や難儀は絶えないけど、
笑いへの昇華も含めて、長屋みたいに暮らしていると落語を聞くたんびに感じるのだ。

先日、ある脚本作家のドキュメンタリーで、
人を笑わせるのと、人を泣かせるのはどっちが難しいですかという質問に、
「いや、同じでしょ。感情の高ぶりが笑いでもあり、涙でもあるから。」
と答えていたけど、
俺は前者の方が難しいのだと考えて生きてきたし、今だにそう思う。

談志さんがおっしゃられていた、
「落語とは業の肯定である」。

根暗な自分もなるべくつとめて、
「まったく、しょーがないね、どーも」って笑いに昇華させながら、
この長屋のような小さな村の暮らしをして、
まずは一冬乗り越えよう。








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by 907011 | 2019-01-21 05:33 | Trackback